六月の組香

や川に因んだ景色を自ら選んで答える組香です。

「一*柱開」と「二*柱開」を交互に焚き出すところが特徴です。

※ このコラムではフォントがないため「 ちゅう。火へんに主と書く字」を「*柱」と表記しています。

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説明

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  1. 香木は2種用意します。

  2. 要素名は、「山(やま)」と「川(かわ)」です。

  3. 香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。

  4. 「山」と「川」は各7包作ります。(計14包)

  5. このうち「山」「川」の各1包を試香として焚き出します。(計2包)

  6. 手元に残った「山」「川」の各6包を打ち交ぜます。(計12包)

  7. 本香は「一*柱開」と「二*柱開」を交互に4回焚き出して、計12炉廻ります。(1×+2×=12)

[奇数の組]

[偶数の組]

※ 以上を4回繰り返します。

  1. 本香が焚き終わってから、執筆は「半紙」に記された連衆の回答をすべて 香記に書き写します。

  2. 執筆は、連衆の答えを審査して所定の点星を掛けます。(委細後述)

  3. 点数は、「一*柱開」「二*柱開」にかかわらず、各名目の当りについて1点となります。(点)

  4. 一方、答えの景色に限られない曖昧な名目や既に連衆が回答した名目と重複した場合は1点減点となります。(星)

  5. 下附は、全問正解の場合は「全」、全問不正解の場合は「無」、その他は点数を漢数字で付記します。

  6. 勝負は、各自の点星 (得失点)を計算し、最高得点者のうち、上席の方の勝ちとなります。

「杓底の一残滴」が大きく波紋を広げていくよう祈っています。

今月の組香が「226組目」となりました。この「226」という数字は、現代香道界のバイブルとも言える杉本文太郎著の『香道』に掲載された組香の数で、私が20年前「香筵雅遊」を始めた際に「ここまで続けば凄いな ぁ〜」と夢に近い目標としていたものでした。誰にも求められず、評価もされず、自己満足的に続けて来た「今月の組香」のコラムを集めると「日本最多の掲載数を誇る解説付き組香書」ができることとなります。激務もあり、震災もあり、転勤もあり・・・人生いろいろの浮き沈みの中から閑を偸み、こうして大きなマイルストーンを越えてみると、「やった!」という達成感よりは、「残せたぁ〜」という安心感の方が先に立っています。まぁ、勝手に サイトを始めて、勝手に立てた目標ですので、勝手に「大業成就!」と思わせておいていただければ幸いです。

目標としていた『香道』は、昭和4年に発刊された刊行本で、もともと茶道と香道を嗜んでいた文太郎氏が「鼻茸(はなたけ)」という病気を患って嗅覚を失った際、以前に知人から「茶に先んじて本邦に普及した香道に関する著書の絶えて甚だしく、斯道の全く退廃に帰せんとするは遺憾である」と聞かされたことを思い出して「せめてはこの世界無比、我国独特の技芸をして書籍なりと残し置かんにはと・・・」と「金沢旧家旧蔵の香書」(おそらくは志野流藤野家の聞書)をもとに執筆したというエピソードが書かれています。このことは、明治時代に水原翠香が『茶道と香道』 を著したとの共通しており「廃れ行く香道を書物に残さなくては!」と思わせる状況が明治、大正、昭和を通じてあったということを表すものだと思います。時を経て、平成の御代に「 香道を世界のアーカイブとするために、ネットに残さなくては!」と思った私が、当時手に取った『香道』は、昭和59年に矢野環氏が校閲を加えて発刊された「増補改訂版」で、その最後の組香が「二二六 暮秋香」だったのをよく覚えています。

その後、私が手に入れた伝書には組香の集大成と言えるものも多く、『奥の橘』は4冊で150組、『聞香秘録』は10冊で200組、『御家流組香集』に至っては6冊で293組もありました。『御家流組香集』を発見した時点で目標修正も有り得たのかもしれませんが、中には翻刻・解説するにはあまりにも内容の乏しい小品もあり、自分の寿命も勘案して、初志貫徹のまま『香道 226組』を目標に「解説付き組香書の最高峰」を狙って参りました。また、平成14年に発刊された尾崎左永子著/薫遊舎 校注の『香道蘭之園』も236組を掲載しています 。私は、これを単に「組香書の翻刻本」と捉えており意識はしていませんでしたが、これをしても「あと10組」に迫っています。

アスリートの場合、目標を達成し、特に新記録を更新しますと「頃合いのところで止めて置く」のが上品なのでしょうが、私は「癖」でやっておりますので、未だ「頃合い」が分かりません。ただ、読者と筆者のお互いの省力化のため、毎回書いて参りました「御目怠い(おめだるい)」エッセイ部分の執筆は、今後止めようかと思います。緩やかに黄泉に向かう老香人が狭い了見で、日常に 「もがきながら」必死に言葉を紡いでも、そこにはもう「雅趣」は無く、そのことがかえって「香人921」に対する皆様のイメージを汚すことにもなろうかとも思いました。今後は、掲載当初のように、時宜にかなった導入部のみとして、皆様の目を煩わせずに「さっさと」組香の解説に入らせていただこうかと思っています。

本年9月にはサイト開設20周年となりますし、来年4月には『香道蘭之園』を越え、再来年の3月には退職です。その後の余生は伝書の翻刻に本腰を入れるかもしれません。どのような啓示で「頃合い」が現れるのだろうと思いつつ、「癖」に流されて筆を執る梅雨のつれづれです。

今月は、山河の景色を一座で作る「山川香(やまかわこう)」をご紹介いたしましょう。

「山川香」は、水原翠香著の『茶道と香道』「山川」( 「香」の文字は欠落か?)として掲載された組香です。取り立てて季節感を意識したところも無いため「雑の組」と分類してよろしいかと思います。同名の組香は、姉弟書ともいえる杉本文太郎著の『香道』の26番目にも「山川香」として掲載され、ほぼ同様の記載内容となっています。もう一種、『御家流組香書(信)』に掲載された「山川香」は、香2種で要素名も同じですが、「山」「川」の各10包をあらかじめ2包ずつ結び合わせて、本香20炉を「二*柱開」とし、定められた「聞の名目」10枚の札を打って答えるという規模の大きいものです。いずれの組香も「山」「川」という要素名からの山河の景色を結ぶという趣旨は共通しています。今回、この組香をご紹介するにあたっては「答えとなる聞の名目を自分で考える」という非常に珍しい趣向が目に留まりました。このようなことから、今回は刊行年代の古い『茶道と香道』を出典とし、『香道』の記述も参考としながら書き進めて参りたいと思います。

まず、この組香に証歌はありません。作意についてもなんらの記述はありませんが、題号の「山川」がすべて を表すと言っていいでしょう。要素名は「山」と「川」の2種類のみをシンプルに対峙 させています。「山」「川」とは銘されていますが、これも未だ茫洋として具体的な「景色」となっておらず、匿名の要素に近いもの として扱われています。この2種の「茫洋とした要素」を素材として、連衆がそれぞれの想いで答えを編み出し、香記に「山河の景色」を散りばめていくということが、この組香の趣旨となっていると思います。

次に、この組香の香種は2種、全体香数は14包、本香数は12炉となっており、その焚き出しの方法に構造上の特徴があります。まず、「山」「川」を7包ずつ作ります。このうち各1包を試香として焚き出します。次に、手元に残った「山」「川」の各6包を打ち交ぜて順に焚き出します。その際、出典には「始め一*柱開、次二*柱開を替わるかはるに一*柱と二*柱、四度づつに出だすべし」とあり、本香12包 は「一*柱開」 と「二*柱開」を交互に4回繰り返して、都合8組 として焚き出すことが指定されています。このため、回答に使用する名乗紙は試香の前の所作で「1人前8枚」配っておきます。本香1炉は「一*柱開」とし、香元は香炉に添えて「手記録盆」を出し、連衆は本香を聞いた後、「山」「川」を聞き定めて答えを1つ名乗紙に書き記して回答します。 続いて、本香2炉と3炉は「二*柱開」とし、香元は2炉焚き出した後に「手記録盆」を出し、連衆は「初・後」の香を聞き定め、2炉の組み合わせで、答えを1つ名乗紙に書き記して回答します。このようにして、奇数の組(1、4、7、10炉)は「一*柱開」、偶数の組(2・3、5・6、8・9、11・12炉)は「二*柱開」と続けていきます。

ここで、連衆が名乗紙に書き記す「答え」については、出典に「一*柱の時に山と思わば、嶺、坂、谷、峡、峯、尾など、何にても山に付いての字を記し、又、川と思わば、橋、舟、渡、波、瀬、堤、など何にても川に寄せたる字を書くべし」とあり、山や川に因んだ一字を「自由に選んで答えとすることができる」と記載されています。この「何にても」この組香の最大の特徴と言えます。また、「二*柱の時には、山山と思わば、小倉とか三笠とか、その他何処にても川に同名なき山の名を選びて書く。川川と思ふもまたその如く、同名の山なき川、隅田川、淀川、名取川のたぐひを書くべし。山川にても川山にても前後は拘わらず、両方出でたりと思ふ時には、山川共に同名ある吉野、龍田、宇治、富士の類を書きて出だすべし」とあり、「山・山」と同香が出た場合は「山だけにある名前」、「川・川」の場合も「川だけにある名前」で答え、「山・川」「川・山」と異香が出た場合は、前後にかかわらず「山川に共通してある名前」で答えることとなっています。

さて、この組香は各自が自由に答えとなる名目を選ぶことができるという反面、香の出を端的に示すことのできない答えを排除するという工夫もされています。このことについて出典には「この規則に背くものあれば、罰として一点を引き去る、二度あれば二点を去る。」とあり、例えば、「山・山」と出て、「入日」などと書いても(もともと山の名なのか?というところもありますが)「 入日は、山にも川にもある景色」として排除され、一点減点となることがあります。また、「八度共悉く(ことごとく)ちがふ名を書して、一度出でたるを再度用いるを許さず」ともあり、「自分や他人が一度使用した名目は二度使えない」というルール もあります。これにより、自分は当たり前ですが、他人が前の組などで回答した名目と重複した場合も一点減点となります。ただし、「同時、同名は双方知らずしての事なれば赦す」ともあり、同じ組で違う人が同じ名目を回答しても、それは双方知らないことなので減点とはなりません。この「既出の名目を排除する」というルールがあるため、出典には「其の度毎に記者は一連の人々の書き出せるを半紙を横にして手にとらずとも克(直に)みゆる程に大書して中央に出しておくべし」(『香道』では「席上に掲げて置くもよい。」と追記)とあり、香記とは別に、全員の回答を「半紙」に書き写して、既出の名目を連衆に 逐次示しておくという工夫がなされています。これにより、同時以外に名目が重複することは、苦し紛れの盗用や凡ミスしかないことになり、「懈怠の星」が付くのは当然ということとなります。この組香は 「既出排除」のルールによって、香人としてのオリジナリティや教養の深さが問われるため、中級以上の方々が催すのにふさわしいと言えましょう。

ここで、答えとなる名目についてですが「二*柱開」の場合は 両書とも山や川の「名前」が2文字で記載されていますので異論はありません。一方、「一*柱開」の名目は、出典では「横雲」「一本松」「噴火」「風穴」など文字数に関わらず、山や川に因む「言葉」で書いてあるのに対し、『香道』の名目は必ず「1文字」となっています。これは、文太郎氏が原典を書き写す際に、「嶺、坂、谷、峡」などの例示と「字を記し」との記述を厳格にとらえて、「一*柱開は1文字、二*柱開は2文字」原則を整理し直して書き換えたのではないかと推察しています。私としては、審議は難しくなる一方で、香記の景色が格段に広がる出典の回答法を指示したいと思 っています。両書の違いについては、出典の「半紙」を今回掲載していますので、『香道』の本と 見比べていただければ、一*柱開の2文字の名目 はすべて書き換えられていることがわかると思います。

このように、本香は、組ごとに連衆が答えを考えて提出し、香元が正解を宣言し、執筆が「半紙」に各自の回答を書き写して示すところまでを8回繰り返して終わります。

本香が焚き終わりましたら、執筆は半紙の答えを香記に書き写します。その後、各自の回答の当否を定め、当たった名目には点を掛けます。一方、この組香では「既に他人が使っている名目」と「当たってい たとしても景色にそぐわない名目」を排除する必要がありますので、執筆は亭主との審議や衆議により、 これらを割り出して「否」となれば、名目に星を打ちます。この組香の点数は、「一*柱開」「二*柱開」の要素の数に関わらず、各名目の当りにつき1点でとなり、星のついた名目は1点減点となります。

この組香の下附は、各自の得点を漢数字で表します。その他の下附について、出典の「山川香之記」の記載例に明記はないのですが、次に掲載されている「関守香 之記」を参照して、全問正解の場合は「全」、全問不正解の場合は「無」とするのが順当かと思います。また、減点がある場合はあらかじめ計算して得点のみを書き付し「星〇」と並記することはありません。

最後に、勝負は最高得点者のうち上席の方の勝ちとなります。

「山川香」は、回答とする名目が自由に決められますので、その表す景色は、数えきれない広がりを示すでしょう。通り一遍でない名目をたくさん知っている教養の高い方々が集まって、当否について衆議することで、新たな蘊蓄が身につくかもしれません。香の出によって歌を詠む「当座香」は、皆さんが等しく高いハードルを感じる組香ですが、「山川香」は字句レベルですので、是非挑戦してみてはいかがでしょうか?

  

山川香の答えは「古今東西ゲーム」のようなものですね。

「地域限定」にして故郷の山河を深堀りするのも面白そうです。

来し方にしるき形見はあらねども裾野に長き夏草の径 (921詠)

組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。

最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。

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