七月の組香

宇治川の蛍を愛でる組香です。

夏の夜風と光の競演を味わって聞きましょう。

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説明

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  1. 香木は、4種用意します。

  2. 要素名は、「蛍(ほたる)」「風(かぜ)」「水(みず)」と「草(くさ)」です。

  3. 香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。

  4. 「蛍」「風」は各3包、「水」は1包 、「草」は2包作ります。(計9包)

  5. 「風」のうち各1包を試香として焚き出します。(計 1包)

  6. 手元に残った「蛍」3包、「風」 2包、「水」1包、「草」2包を所定の組合せで2包ずつ4組に結び置きします。(2×=8)

    ※「草・蛍」「風・蛍」「蛍・水」「草・風」

  7. 本香は、この4組を打ち交ぜて、8炉焚き出します。

  8. 香元は、結びを解き、前後を違えないようにして「初・後」の香を焚き出します。

  9. 連衆は、試香と出された香の数を頼りに判別し、名乗り紙に組ごとの名目を4つ書き記して回答します。

  10. 点数は、組ごとに記された名目1つにつき1点となり、「片当たり」はありません。

  11. 一方、外れた名目を構成する2つの要素がともに外れていた場合は1点減点(1星)となります。

  12. この組香に下附はなく、名目に付された「点」「星」により成績を表します。

  13. 勝負は、各自の点から星を差し引いて、最高得点者のうち上席の方が勝ちとなります。
     

山あいの田んぼや小川で「蛍の源平合戦」が繰り広げられる季節となりました。

 全国各地の友人が、夏の訪れに伴って田や森を渡るホタルの光跡画像を送ってくれるようになりますが、みちのくの蛍シーズンは、まだ始まったばかりです。仙台で「蛍の名所」といえば、太白区の「坪沼」が有名で、田圃の中に浮かぶ「坪沼八幡神社」では、 今年で29回目となる「蛍と平家琵琶の夕べ」が開かれました。昭和の田園風景を色濃く残す集落の里山には、蛍が短い命の光を灯して飛び交っており、久々に夏らしい 「幽玄と幻想の夜遊び」を堪能しました。

 ひと昔前になりますが、福島県双葉郡川内村の小川に川床を設け、篝火の下で管弦の夜会に興じたことがありました。演目が「平家物語」 に変わってしばらくすると、真っ暗な川上から無数のヘイケボタルが下って来たという、不思議な現象に遭遇したことがあります。それはまるで「耳なし芳一」の琵琶に聞き入る平家の人魂のようで したが、怖いという感覚はなく「幽玄」極まりない気持ちになりました。あの場所で聞いた琵琶は、「音魂」が人と自然に染み入って森羅万象の魂を慰める呪術のよう な音色でした。あの場所は、福島第一原発事故の避難指示が解除されたものの、住民の帰還もままならない土地とな っていますが、私は、あの夏を一生忘れないでしょう。いつかは戻りたい心のふるさとです。

今月は、夏の川辺に蛍が舞う「宇治川香」(うじがわこう)をご紹介いたしましょう。

「宇治川香」は、『軒のしのぶ(三)』に掲載されている夏の組香です。「宇治」と言えば、「おくやまに…」の「宇治山香」が秋の組香としてはあまりにも有名で、その他にも「異宇治山拾遺香」「後宇治山拾遺香」をはじめ、「宇治香」「宇治名所香」「新宇治名所香」と四季の景色を映したたくさんの組香を見ることができます。「宇治」の冠はないのですが、平成18年7月にご紹介した「蛍香」は夏の組香で、「宇治の蛍」と「瀬田の蛍」が宇治川を舞台に光を競う盤物の組香で した。「宇治川」と言えば有名な地名のような気がしますが、今回は、他書に類例も無いことから『軒のしのぶ』を出典として書き進めて参りましょう。

まず、この組香に証歌はありませんが、「宇治川香」という題号と要素名からおよその景色が見て取れると思います。「宇治川」とは、大阪では「淀川」で有名な「淀川水系」の京都府内での名称で、現在の京都市伏見区を流れてい る川のことです。その流域の一帯である「宇治」は、『源氏物語』の「宇治十帖」に見られるように京の都から少し離れ、川によって地理的にも隔てられ た土地柄であるに加え、「うぢ」は「憂し」の意味を含み、侘び・寂びや世の無常観を表すところもあります。そのため、「宇治」に住む人 には、暮らしぶりも心根も「鄙と雅」の間に住まいするような微妙な感覚があり、これが琴線に触れるためか中古から様々な文学作品の舞台となっています。畿内の「歌枕」としては、組香の題号ともなっている「宇治川」「宇治橋」があり、「宇治十二景」(春岸酴醿 清湍蛍火 三室紅楓 長橋暁雪 朝日靄暉 薄暮柴船 橋姫水社 釣殿夜月 扇芝孤松 槙島瀑布 浮舟古祠 興聖晩鐘)と言われる四季折々の景色が「郊外の景勝地」として画題となり、古くから都人の心を楽しませていました。ここの組香は早瀬を蛍が舞う「清湍蛍火(せいたんのほたるび)」の景色をお香で表したものと言えましょう。

次に、この組香の要素名は「蛍」「風」「水」「草」となっています。「蛍」はこの組香の主景であり、「風」「水」「草」は蛍の居る背景を表しています。この組香は、主景と背景の組み合わせから「蛍が草の葉に留まっている。」「風の中に飛んでいる。」「水面を渡っている。佇んでいる。」などの景色を連衆の心に描くことが趣旨となっています。

さて、この組香の香種は4種、全体香数は9香、本香数は8包となっています。まず、「蛍」「風」は各3包、「水」は1包 、「草」は2包作ります。次に「風」1包を試香として焚き出します。すると手元には「蛍」3包、「風」2包、「水」1包、「草」2包 の計8包が残ります。出典ではこれを「初後を付けて二包づつ一結、四結なり。」とあり、そのあとに書かれた「聞の名目」を導き出すべく「草・蛍」「風・蛍」「蛍・水」「草・風」と2包ずつ4組に結び置きすることが指定されています。この結び置きがこの組香の第一の特徴となっています。

そして、本香は、この4組を打ち交ぜて、組ごとに8炉焚き出します。香元は、1組目の結びを解き、「初後を付けて」なので、前後を違えないようにして、2包×4組=8包の香を焚き出します。この組香は「風」にだけ試香がありますので、 本香の段階では「蛍」「水」「草」がそれぞれどのような香りがするのかはわかりません。試香の無い要素が3種もあり、客香の判別 は本香で焚き出された「香数」によって推量するしかないというのが、この組香の第二の特徴です。

つまり、「草・蛍」「・蛍」「蛍・水」「草・」のうち、「」は 試香と聞き合わせれば判りますので、1つ出る 客香は水」「2つ出る客香は草」「3つ出る客香は蛍」と覚えておきましょう。

すると・・・

「草・蛍」⇒初炉に同じ香りの2つあるものが出て、後炉に同じ香りの3つあるものが出た組

・蛍」⇒初炉に「」が出て、後炉に同じ香りの3つあるものが出た組

「蛍・水」⇒初炉に同じ香りの2つあるものが出て、後炉すべてと違う香りが1つ出た組

「草・⇒初炉に同じ香りの2つあるものが出て、後炉に「」が出た組

・・・のように推量することができます。

勿論、これは本香が回っている途中では判断がつかないことなので、連衆は、 試香と出された香の数を頼りに香の異同のみを判別し、「無試十*柱香」のように本香が焚き終わるまでこれをメモしておくといいでしょう。例えばメモが「風、〇、△、〇、△、風、〇、×」となった場合、「〇は蛍」「△は草」「×は水」ということになりますので、これを2つずつに区切って「風・蛍」「草・蛍」「草・風」「蛍・水」という香の出を導き出すことができます。

本香が焚き終わりましたら、連衆は、名乗紙に組ごとの名目を4つ書き記して提出します。回答に使用する聞の名目については、出典に以下の通り列記されています。

香の出と聞の名目

香の出 聞の名目 解 釈
蛍・草   露玉

(つゆだま)

草の露のこと。葉に留まった蛍を見立てたもの。
風・蛍  散花

(ちりばな)

散りゆく花。飛ぶ蛍を散る花びらに見立てたもの。
蛍・水  川面

(かわも)

川の水面。川を渡り、佇む蛍の光が水鏡に反射する景色。
草・風  扇芝

(おおぎのしば)

平等院観音堂脇の扇形の芝のこと。「宇治十二景」では「扇芝孤松」とあり。治承4年(1180)「宇治川の戦い」で平知盛に敗れた源頼政の自刃した場所として有名。

このように、聞の名目は、宇治川の蛍を周囲の様々な景色に反映させて、連衆の心にさまざまな蛍の景色を結ぶように工夫されています。

ここで、出典の小記録には「蛍乃香 三包試香なし」「風の香三包内一包試香」に続いて「水の香二包試香なし」「草の香一包試香なし」とあり、香組は「水が2つで草が1つ」となっています。しかし、「宇治川香記」の記載例の香の出の欄に は「風蛍、蛍、蛍、蛍とあり、聞の名目の景色からしても「扇芝」には「・風」よりも「・風」の方がふさわしい要素の組合せです。このように、出典の他の記述から「水が1つで草が2つ」でなければ辻褄が合わないため、このコラムでは香組を「水の香一包試香なし」「草の香二包試香なし」に書き改めています。

続いて、 手記録盆が帰って参りましたら、執筆はこれを開き、連衆の答えをすべて香記に書き記します。執筆が答えを請う仕草をしましたら、香元は香包を開いて正解を宣言します。執筆は、香記の香の出の欄に8つの要素を「右左、右左」と「千鳥書き」にして、組が分かるように4段に書き記します。香の出を書き終えましたら、執筆は正解となる聞の名目を定めます。ここで出典では「二*柱一結の当り一点。一結のうち一*柱当りは点なし。一結び二*柱とも不当は星一つ」とあり、正解には複数の要素の当りを示す「長点」を打ちます。続いて、執筆は外れの名目を要素ごとに精査します。この組香では、聞の名目を構成する要素が1つでも当たっていれば得点とする「片当り」のルールはありませんので、「川面(・水)」を「露玉(・草)」と書いて初炉の「蛍」が当たっていても得点に はなりません。執筆は、1組の構成要素が2つも当たっていないものを見つけ出して、これに1点減点を示す「星」を打ちます。例えば「川面(蛍・水)」を「散花(風・蛍)」や「扇芝(草・風)」と書くと1点減点になります。

最後にこの組香の下附について、出典の「宇治川香記」には記載がなく、名目の右肩に掛けられた点と星の状況で個人の成績を表すこととなっています。勝負は各自の「点」から「星」を引き去った得点で競われ、最高得点者のうち上席の方の勝ちとなります。

家の前の田んぼに団扇を持って出れば蛍狩りができた時代とは異なり、今の蛍狩りは車で出かけなければなりませんし、勿論「お持ち帰り」もご法度です。四季の風情を楽しむのには、とても手間のかかる昨今ですが、皆様も是非「宇治川香」で川辺の蛍を集めてみてはいかがでしょうか。

 

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昔は「蛍狩り」でしたが、現在は「蛍鑑賞会」と呼ばれています。

「狩り」にも「鑑賞する」という意味は含まれているのですが・・・

現代人の言葉の貧しさから「捕獲」というイメージを敢えて払拭しなければならないんですね。

小夜風に袖振る稲の波しげし玉と散らぬは蛍なりけり(921詠)

組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。

最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。

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