このコラムは、筆者の主観的な判断を文章にしています。
香木を木所に当てはめる作業は、香人が長年の修行で培った「香りスケール」のような判断基準に大きく依拠していますので、流派、地方、社中によっても違いがあることをお含み置きください。
沈香のうちもっとも高貴とされる木所で、「宮人の如し」と形容されます。
オレンジ色のものは、木目にチョコレート色の縞があり、全体的に上品な光沢があります。 |
これは、「白菊色」という伽羅の一類型となっています。香りも華やかで艶っぽく、五味を当てはめるのが難しいほど総合的な完成された香りがします。この種の名香を聞いた際の印象は、「鼻から香りが入るというより、雰囲気に包まれる」というような感覚を覚える筈です。「一木四銘」の「白菊」「初音」「柴舟」「蘭(藤袴)」はこの種の代表的な名香です。
チョコレート色のものは、現在最も一般的な伽羅といえます。黒みを帯びた樹脂を結んでいて、よく見ると複雑な色の木筋が密に詰まっています。 |
香りは、華やかさで鋭い感じがあり、五味の「辛」「苦」はこの鋭さから由来するようです。しかし、その「辛」「苦」さえも円熟していて、少しもイガイガしないのが伽羅のいいところです。
ネズミ色のものは、脆く粘り気の少ない木肌で、樹脂もほんのりと均一に結んでいて、あまりジクジクと油が出ません。香りも柔らかくほんのりと立ちます。そのため、真那蛮や羅国の極上品として扱われることも多いようです。
羅国は、「武士の如し」と形容されます。鑑定の際は持ち味の甘さの質を探ることが大切です。
羅国は、大抵オレンジ色をしています。そのため、見た目では、伽羅の同色のものとほとんど区別がつきません。 |
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香りで言えば伽羅のように鋭く、羅国特有の甘いところが少ないので、木肌の艶や粘りの少ないものを無理して伽羅から格下げしたという感じです。しかし、綿飴のような甘さの内に梅の花のような軽い鋭さをもったものが羅国では上品とされています。
ネズミ色のものは、伽羅のそれに比べて木目が粗く乾ききった軽さがあります。香りは、蜜を練るような「もったり」とした甘さがあり、私はこれを「リンゴ飴」と印象づけています。 |
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黄色のものは、木目も粗く粘りや油気はなく、サクサクしています。香りは、ネズミ色のものより、砂糖を焦がしたような澄んだ感じの香ばしい甘さがあり、これが、五味で言う「甘」であると言っていいでしょう。
真那蛮の極上品は、伽羅を凌駕するといわれる程、似た性質を持っています。そこで先達は、伽羅を陽香、真那蛮を陰香として区別してきました。このごろ出回る真那蛮はなかなか良いものがなく、別名「鼻曲がり蛮」と言われて嫌われがちですが、上品なものを聞くとイメージが変わります。また、伽羅と真那蛮では、火末(ひずえ)の香りが違うので、焚きっぱなしにして、もう一度聞いてみることをお奨めします。
チョコレート色の真那蛮は、木目が粗く木質が柔らかく粘り気があります。伽羅の同色のものとほとんど変わりませんが、多少光沢が少ないのが外見的特徴です。 |
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香りについても伽羅と判別するのは困難ですが、「辛」「苦」の中にさわやかさ、涼しさがあればそれが持ち味の「酸」です。
ネズミ色のものは、言い放てば「駄香」が多く、銘のついた香木もあまり見られません。木質は粘り気がないのですが、黒い筋が入っていてそこから油が出てきます。火加減も強くしないと香りが立たず、ムッとした鹹味や鈍い酸味(私は鼠のオシッコと呼んでいます)があったりと千差万別です。差別用語になりますが、「百姓の如し」と言われている品の無さが特徴です。
黒色のものは、木肌が密で黒いわりに光沢はなく、焚くと真っ黒な油がジクジク出ます。 |
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香りは、薬臭いようなツンと尖った感じで梅肉のような酸味もあり、これが真那蛮の基本的な香りと言えます。一つの香りが焚き始めから火末まで持続するので「一味立(いちみだち)」と言いますが、このタイプは、樹脂が豊富なので、そういう特徴を併せ持ったものが多いです。
これまで、「難しい難しい」と書いてきましたが、いままでの木所は、鑑定のためのなにがしかの手掛かりがありました。しかし、真那伽は、はっきり言ってつかみ所がなく、五味で言っても「無」とあります。但し、この「無」は、味が無いということではなく、「万物に通じる」という哲学的な含みがあります。御家流が真那伽のことを「四」とはせずに「ウ」(「客香」といって組香でも特別の意味を持つ記号)を当てているのも、そんな哲学の現れではないでしょうか。
現在、多くの香舗では、伽羅の油のないものを真那伽と称して販売しているところが多く、焚きはじめから柔らかく優しく香立つ真那伽は、本当に少なくなりました。
オレンジやチョコレート色のものは、大変稀です。香りは伽羅と変わりありませんが、香りの持続性がないので、格下とされたものと思われます。
ネズミ色のものは、一般的な真名伽です。油はなくカサカサと軽い木でありながら光沢があり、木目もはっきり通っています。初心者は、香木を目で追いがちなのでこの判別法だけは、自信を持ってお奨めします。 |
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香りは、「匂い軽く艶なり」と形容され、羅国の甘さを取り除いたツンとしたすがすがしい香りが、全体に柔らかく立つものが上品です。しかし、上品は稀である上に香りに持続性がないので、多くの場合、素枯れた後の無味を味わい、印象付ける人が多いようです。私も最初は「灰の匂い」とメモしていました。
黄色のものは、木質も粗く油気もなく、光沢もありません。同色の羅国と表面的にはかわりませんが、香りは、甘いところが無く、ものによっては白檀にあるような鹹味がわずかに感じられます。
茶色のものは、厳密に言うとと薄い褐色をしています。木目が粗くてカサカサしていてほとんど油は出ません。 |
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香りは、羅国や真那蛮の火末のようなムッとするような感じで、さらに火末に多様な変化があります。「香りにくせありて…女のうち恨みたるが如し」形容される所以ではないでしょうか。
佐曾羅は、いわゆる沈香ではありません。原木そのものも白檀(サンダルウッド)に類するもので、原木の内心部分をそのまま使います。中国では、一般的な線香の材料なので、結構手軽に手に入ります。
黄色のものは、厳密には薄黄色に橙色を少し混ぜた感じの色です。木目は、非常に密で堅く、油も艶もありません。 |
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香りは、白檀系のお香ですから容易に見当は付くと思いますが、これを五味では「鹹」というところが説明に値します。「鹹」とは、「しおはゆい」と読み、「海藻を火に焼く匂い」「汐くさいむさくるしさ」を表しているとされています。こうした鹹味がきつく鋭く鼻にきますが、次第に甘さや、華やかさも感じとれると思います。当てものの場合でも目で判断せずにじっくり聞いてみてはいかがでしょうか。
茶色のものは、白檀の扇子のようにココア色をしています。先程述べた「鹹味」が一層強く甘みもあるので、黄色のものが太く円熟した感じです。佐曾羅の鋭さを「冷たさ」と感じる人は多く、「僧の如し」と形容されています。私個人的には、この冷徹さが大変好みで、沈香等もきつく鋭いものを集めてしまいます。
赤いものは、御家流で珍重される「赤栴檀」という類型にあたります。私の出会った赤栴檀と言われるものは、二種類あります。ひとつは赤みのかかった白檀(木筋のあるものと無いものがある)のような姿で、香りは華やかで豊かな「酸」味を持っているのが特徴です。
もう一つは、白檀系の佐曾羅とは、見た目も香りも違います。木筋のはっきりした赤い色の油がジクジク出る木です。 |
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香りも濁った酸味がムッとくる感じで個人的に好きではありませんが、香舗などでも販売しているので、一応書いて置きます。また、昔は、紫藤香や降真香も沈香以外の香木という意味で佐曾羅として用いられていたようです。
「佐曾羅」という名称は、一時期、六国以外の沈香や「沈外」とされた代用香木等、諸木を含めて呼称されていたという説もあります。いわゆる「和の佐曾羅」とは、「尾上の松」、「吉野の梅」「三輪の杉」等で、このような香木でない木を交えて焚く組香も行われていたようです。
寸門多羅も香りに特徴があり、わかりやすいお香です。一説には、香りの成分も前述の沈香とは違うそうです。この木所は、好き嫌いが激しいのですがそれだけに香りの印象は強いと思います。
オレンジ色のものは、一般的な寸門多羅です。キャラメルのような色をしていて、木質は筋がなく、堅く、脆く、熱すると黄色い油を出します。 |
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香りは、「苦き薬種を刻み或いは煎じる匂い」と言われ、五味の「鹹」「苦」に通ずる油ぎったアジアのエキゾチックな感じがします。私は「東南アジアの汗」と表現しています。
黄色のものは、油が少なく、光沢のない以外は、オレンジと変わりません。香りの立ち方も弱い苦味の後にクッキーのような甘みを感じることができます。香気の嫌みが無いところが特徴です。
黒いものは、木質は寸門多羅ですが、上品で香気にもすっきりした鋭さがあり、時に酸味も感じられます。伽羅や真那蛮と見紛うほどのものもあるので「地下人の衣冠を 粧たるが如し」と形容されます。
茶色のものは、すっきりした香気に酸味が加わり、その酸味が薬くさいので、黒よりは寸門多羅らしい感じです。
古伽羅は即ち「伽羅」ですから、伽羅の円熟していないものが「新伽羅」とされています。
先達は、この「円熟」という言葉を判断基準に主観評価して「油気が多くて華やかに立つもの」「羅国や真那蛮との中間要素をもつもの」「立ち味の薄い」ものを「未熟」とし「新」の字をつけたものと思われます。
現在でも、一般の香人が香舗で「新伽羅!」と木所を明言して求めるのは難しく、伽羅を買って「これは伽羅とするにはもの足りない」というものを新伽羅として所持し、香組のなかに織り交ぜているのが現状です。
足利から徳川中期の時代は、伽羅がよく輸入されていたので、新しく輸入された伽羅を「新参者」の呼称として新伽羅と名付けていたという説もあります。
以上、木所別に簡単な道標を示しましたが、これも私の主観評価にすぎません。
なにせ相手は香りですから絶対に表現できないニュアンスがあります。
「百聞は、一聞にしかず!!」
皆さんも是非、香を聞いてみてください。
よくぞここまで、お付き合い下さいました。
御礼にとっておきの名香をお見せします。
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