五月の組香

 

五月雨の様々な降り様を四季の雨にみたてた組香です。

香の出に対してあらかじめ名称を付けて聞くところが特徴です。

 

説明

  1. 香木は、3種用意します。

  2. 要素名は、「一」「二」「三」です。

  3. 香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。

  4. 「一、二、三」は、それぞれ2包ずつ(計6包)作りA組「一、二、三」、B組「一、二、三」の2組に分けておきます。

  5. B組の3包を打ち交ぜて任意に2包引き去り、1包を残します。(B段本香となります。)

  6. 引き去った2包のうち1包(1’)をA組に加え、残る1包は総包に戻します。

  7. すると、A段は4包、B段は1包(計5包)となり、使わない香が1包となります。

  8. 本香A段は、この4包を打ち交ぜて4炉焚き出し、それぞれの香を証歌の登場順に「五月雨→時雨→村雨→夕立」と当てはめます。

    ※ このように、本香の出に対してあらかじめ答えるべ名目を定めることを「本座の名目(ほんざのみょうもく)」と言います。

  9. 本座の名目は、どんな香が出ても順番が変わりません。同じ香も1組ありますが、それに構わず香を焚かれた順に結び付けます。

    例:五月雨(一)、時雨(三)、村雨(二)、夕立(一)

  10. 続いて、本香B段を1炉焚き出します。

  11. 答えは、B段で聞いた香りをA段で聞いた香りと照らし合わせて、同じ香りだと思うものをその名目で1つ答えます。

    例:3番目に聞いた香りと同じ香りならば、「村雨」(二)ということになります。

  12. 答えについて、「中り」の場合と「外れ」の場合、それぞれに下附があります。

 

私は一年中で5月が一番好きな季節です。

すがすがしい風と暖かい日差しに誘われて、つい散歩に出たまま「鉄砲玉」になってしまいます。そんな時期が過ぎますと、行楽にはしゃぎすぎた身体がちゃんと休養できるように、自然というものは「五月雨」を与えてくれます。五月雨の時期は、お香の立ちもよく、雨の夜中は自分のためだけに「悟りの香筵」を設けることが多くなります。香席はあまり暑い時期も好みませんから、湿度もあり、そう暑くもないこの時期がオンシーズンなのかもしれませんね。

さて、「五月雨香」は、江戸時代における香道中興の立役者ともいえる「東福門院」の御作とされています。東福門院は後水尾天皇の中宮で名は和子。父親は、最近大河ドラマでネームバリューを上げている徳川二代将軍秀忠です。幕府の婚姻による朝廷懐柔策のため、元和六年入内。このとき既に香道具が嫁入道具の中に備わっていたと言います。後に東福門院と称し、女院御所内でも生涯、香を嗜んだということですが、この方がいなければ、当時 の香道があれほどまでに、武家社会の娘への教養として浸透することはなかったでしょう。

この組香のテーマである証歌は、中和門院の御詠歌といわれ「五月雨は、時雨(晩秋〜冬)、村雨(夏)、夕立(夏)などの季節を彷彿とさせる様々な降り様をするものよ。」と解釈の必要のないほど素直に詠まれ ています。忙しい現代人ならば、雨の降り様を庭先で味わう余裕もないところでしょうが、さすがに宮廷内の教養人の感性は鋭いものがありますね。

「景色を空にまじえて・・・」とありますので、空を見上げて詠んだと解釈するのが普通でしょうが、僕は、この歌は雨の降り様そのものを見て詠ったのではなく、部屋に居て「雨音」を聞きながら詠ったものではないかとの仮説を持っています。女院御所の主が、そう、おいそれと縁側で五月雨を鑑賞する機会に恵まれるとは思えませんし、客体を「雨」そのものでなく「雨音」としたほうが、要素を「一、二、三」と抽象化した意味が解釈しやすいと考えています。屋根を叩く雨音の違いによって、「これは時雨のようだ・・・これは夕立のようだ」と当て推量する姿は、実に香道の感性表現法と似ていますよね。(あずきを小箱に入れて数を聞き当てた「耳香」の世界です。)

本香A段は、とりあえず、様々な雨をパラパラと降らせます。そして、本座の名目を利用して「これは五月雨」「これは時雨」順に規定していきます。これが、この組香の第一の特徴です。香包は、別の組から1包加えていますから、いずれかの雨は同香となっている筈で、その香は、B段ではもう焚かれないこととなっています。全ての雨が降り終わり、イメージが出来たところで、ややあって・・・本香B段で、今度は一度だけ雨が降ります。そこで、この雨が「先ほど降った雨のどれと同じなのか」を答えます。また、香数の合計がA段(4炉)とB段(1炉)の「5」となるのは、「五月雨」の「五」と掛けるといった念のいった組香の趣向でしょう。

答えは、「五月雨」とか「時雨」とか名目で答えますが、この組香の第二の特徴は、答えが外れていても答えた名目に対応した下附が付くということです。大抵の場合、下附は「 当たり方」に対応しており、「全部外れ」以外に逐一下附があるのは稀です。

下附は、例えば、「五月雨」が中りの場合は『玉水』となりますが、これは、清らかな水、あまだれなどの水滴の美称ですね。そして、外れの場合は『滝の音』となりますが、『玉水』自身も「滝」の意味をもっています。また、「時雨」における『紅葉』と『木葉散る』との関係は、「盛り」と「廃れ」、「陽」と「陰」の関係がはっきり示されています。このように「中りの下附」と「外れの下附」には季節感と陰陽の因果関係が含まれていると思われます。

ここで、先ほどの仮説なのですが、外れの下附には、「雑音」的なイメージが含まれており、「それぞれの雨音が滝の音や木葉の散る音、私語などと入り混じって良く聞こえなかった」ことを表しているものと解釈すると下附の意味が一層理解しやすくなると思います。

ただし、『稀』だけは、解釈が成り立ちませんね。『薫風』は、初夏、草木の緑を通して吹いてくる快い風のことですが、季節、陰陽、雑音とどれを当てはめても『稀』との関係が絵解きできません。もしかすると「初霜香」で、全部間違うと「夜目」という下附が付き「夜だったんでよく見えなかったんですよね。」慰められるというのと同じように、「貴方が夕立を聞き違うなんて珍しい出来事ですね。」と下附して慰めてくれているのかもしれません。

昨今の香席では、A段を省略し、香4種 として要素名を「五月雨、時雨、村雨、夕立」と付けて、それぞれ試香を出し、後に1炉焚き出して、そのうちのどれかを当てるという、本香1炉の簡便な組香も使われています。この場合でも、香の総数は試香(4炉)と本香(1炉)の「5」となっています。この場合は、庭先で雨の降り様を見て当てるという端的なイメージになりますね。

この組香の香組を考え始めると、自分がどれほど自然現象に無頓着だったのかが思い知らされました。夕立と村雨(にわか雨)、時雨・・・どれをとっても「一過性の雨」程度のイメージしかなく、降り様がどうだとか、雨粒の大きさはどうだとか・・・ましてや、「雨音の違い」となると全く思いも及びませんでした。「このままでは、雨をお香で表現できない」と今更ながらに反省しきりです。

今年の今月今夜は「香」ばかりでなく「雨」も悟ってみたいと思いました。

 

東福門院の名は「和子」。徳川二代将軍の娘で天皇家に入内

静寛院宮の名は「和宮」。天皇家から徳川十四代将軍(後ろから二代目)に降嫁

いずれも公武の橋渡し役として運命を全うした女性

僕はここに「輪廻」を感じてしまいます。

 

組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。

最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。