六月の組香

 

歌枕で有名な六玉川を聞き分ける組香です。

季節に応じて「名乗」や「要素」が変化するところが特徴です。

 

 

説明

  1. 香木は、5種用意します。

  2. 要素名は、「山吹」「萩」「調布」「千鳥」と「ウ(卯花)」です。(ウ香は、季節によって変わります。)

  3. 香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。

  4. 「山吹、萩、調布、千鳥」は、それぞれ2包(計8包)作り、そのうち1包ずつ(計4包)を試香として焚き出します。

  5. 「ウ」(1包)は、試みがありません。

  6. 残った「山吹、萩、調布、千鳥」各1包(計4包)に「ウ」1包を加え、打ち交ぜます。

  7. 本香は5炉廻ります。

  8. 答えは、要素名を出た順序に5つ書き記します。

  9. 点数は、下附で表します。

  10. 全部当たりは「玉川」、全部外れは「紀の毒」その他は当たりの数によって点数に「川」の字をつけて「○川」と記します。

例:2炉当たりは「二川」

 

六月は「水無月」と言いますけれども、それは旧暦でのこと。現在では「梅雨」の時期に当たることもあり、「あやめ香」「水茎香」など、水に関係のある組香が多いように思います。実は、先月取り上げました「五月雨」も旧暦では「梅雨」のことで、旧暦の「五月晴れ」は新暦の「梅雨晴れ」旧暦の「梅雨晴れ」は新暦の「梅雨明け」となります。(?。?)暦以外にも、京都と仙台では季節の時間差もあるものですから、当地において、1月に「梅」、2月に「鶯」、3月に「桜」などと書くのは、実際、思いめぐらすのも辛い作業なのです。古典を扱うコラムを書くときに一番苦労するのが、この「季節感」ですね。

今月取り上げました「玉川香」も水のイメージですが、この組香は、季節を問わずお楽しみ戴けるような趣向が隠されています。玉川香は「六玉川」(むたまがわ)と呼ばれる諸国六ヶ所に散在する古来の歌枕「○○の玉川」とその風物を織り交ぜて巧妙に作り上げられています。

それでは、組香の説明に入る前に「六玉川」について少し説明を加えておきます。

名  称

場所

風物(季)

説  明

井手の玉川

 

山城

山吹(春)

 京都府綴喜郡井手町を流れる木津川の支流。

駒とめてなほ水かはむ山吹の花の露そふ井手の玉川(俊成:新古今)

三島の玉川

 

攝津

卯花(夏)

 大阪府高槻市三島江付近を流れる川。

見渡せば波のしがらみかけてけり卯花さける玉川の里(相模:後拾遺)

野路の玉川

 

近江

萩(秋)

 滋賀県草津市野路町を流れる川。

あすも来む野路の玉川こえて色なる波に月宿るなり(俊頼:千載)

調布の玉川

 

武蔵

調布(雑)

 東京都調布市付近を流れる川。多摩川のこと。

玉川にさらす手づくりさらししに昔の人の恋しきやなそ(読み人しらず:拾遺)

野田の玉川

 

陸奥

千鳥(冬)

 宮城県塩竈市野田を流れる母子川の末流。

夕されば汐風こしてみちのくの野田の玉川千鳥なくなり(能因法師:新古今)

高野の玉川

 

紀伊

槙杉(−)

 和歌山県高野山奥院にある弘法大師廟の付近を流れる有田川の源流。

忘れても汲みやしつらむ旅人の高野の奥の玉川の水(弘法大師:風雅)

※ 代表する歌については、諸説あります。

この組香では、「玉川の場所」「名乗」(なのり)として使われています。名乗とは、席順によって連衆にあらかじめ割り振られた席中の仮名(かめい)のことです。この場合連衆は、「山城」→「近江」→「武蔵」→「陸奥」と表紙に書かれた解答用紙をもらうか、配布された手記録紙の表紙に自分の名前と割り振られた名乗を書き(例:921陸奥)、その中に答えを記載して提出します。この組香の名乗は、「六玉川」から開催日の季節をつかさどる場所(例:夏なら「攝津」)と「紀伊」を除外するので4つしか使われません。参加人数が名乗の数によって限定され、客4名+香元+記録の計6名で遊ぶというところが第1の特徴です。

深読みかも知れませんが、六玉川の「6」と香席の人数の「6」は不思議にも符合します。「多くなったら2人一組にして回答する。」などと、かなり強引な人数制限を加えて「6」という数を守っているのは、席中の全員が「玉川」であるという設定にこだわっているではないでしょうか?

次に、「玉川の風物」(4要素)は、それぞれ試香のある「既知の要素」として使われます。そして、除外された要素のうち、開催日の季節をつかさどる風物を「ウ」(客香)として匿名化し、他の風物を味わいながらこれを探し出すことが、この組香の趣向となっています。つまり、夏開催の組香の場合は、「山城の山吹(春)」「近江の萩(秋)」「武蔵の調布(たづくり)(雑)」「陸奥の千鳥(冬)」を味わいつつ、「ウ」香となった「攝津の卯花(夏)」を探し出すのです。このように季節によって要素と名乗の組み合せが変わるところが第2の特徴です。

一方、「紀伊」を除外するのは、「高野の奥の玉川には毒虫が多くこの水を飲んではいけない」と風雅集の詞書にあることから由来します。「紀伊」は名乗にも要素にも使われません。(ご当地の方は、ご容赦願います。他意はございません。)

そのかわりと言ってはなんですが、全部外れた場合、「紀の毒」という下附がつきます。これは、勿論「お気の毒」という意味と掛けられています。(~_~;)・・・下附は、この他にも全部当たった場合は「玉川」、その他は当たり数によって「一川」「二川」・・・と記載されます。

「玉川香」は別な遊び方もあります。

  1. 名乗は「紀伊」のみを除外した5つ設けます。

  2. 「紀伊」以外の5つの要素を2包ずつ(計10包)作り、うち各1包(計5包)を試香として出します。

  3. ここでは「紀伊」の代わりである「玉川」を「客香」として1包加えて打ち交ぜ、本香を6炉回します。(ここでは本香の「6」炉が「六玉川」を形成しています。)

  4. 答えは、「自分の名乗となった場所の風物」「玉川」のみを聞き当て、あとは聞き捨てにします。つまり、「陸奥」の名乗を割り振られた人は、何炉目に「千鳥」が出たかと、何炉目に「玉川」が出たかだけを記載します。

    例:記録紙表紙「太郎陸奥」、記録紙解答欄「三 千鳥、五 玉川」

この方式だと、各人の名乗の違いが答えの違いに現れるので、名乗の持つ意味が一層重要視されることとなります。

しかし、私は「季節による変化に富み、風物を匿名化することによって、より強烈に季節を印象づける」前者の組香の方が好きです。小記録を一見すると「夏」の季節感の現れない組香で、奇異な感じも受けますが、その実、ちゃんと「夏」の心象風景が形成されるこの組香は、組香の奥義を垣間見せてくれているような気がします。

 

「陰の書き込みによって光を描き出す」洋画的手法とでもいいましょうか?

「秘したる花」に辿りついたような喜びがこの組香にはありました。

 

組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。

最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。