七月の組香
深山に入ってホトトギスの声を聞くという組香です。
1度聞いた香木を再度焚いて第2場面を構成するところが特徴です。
説明 |
香木は、5種用意します。
要素名は、「行きやらで」「山路くらしつ」「今一声の」「聞かまほしさに」と「ほととぎす」です。
香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。
「行きやらで、山路くらしつ、今一声の、聞かまほしさに」は、それぞれ2包(計8包)作り、そのうち1包ずつ(計4包)を試香として焚き出します。
「ほととぎす」(1包)は、試みがありません。
残った「行きやらで、山路くらしつ、今一声の、聞かまほしさに」各1包(計4包)に「ほととぎす」1包を加え、打ち交ぜます。
本香A段は、5炉廻ります。
廻り終えた香炉の香木を1つずつ香包に納めます。(計5包)
焚殻(たきがら)の香包が5包集まったら、再度打ち交ぜます。
B段は5炉廻ります。
答えは、要素名を出た順序に10個書き記します。
点数は、下附で表します。
夏夜の心地よさにまかせて、パソコンに向い「チクチク」とコラムを叩いていますと、もう夜が白々と明ける時刻・・・。恵まれたことに、自宅の周囲では、夜半を過ぎる頃からホトトギスの声が聞かれるようになりました。
昔の人は、
「五月雨の短夜を寝覚めして」徹夜覚悟で山に出掛け、泊まりがけでホトトギスの「艶なる声」を聞きに行ったのです。鶯に代表されるように、「誰よりも早く初音を聞く」ということは、昔の風流人にとって、命を賭しても構わないほど重要な事柄だったのでしょう。しかし、現代の「働く風流人(~_~;)」は、なかなそういう訳にもいきませんので、せめてお香でホトトギスの鳴き声「テッペンカケタカ」を賞玩していただきたいと思います。「山路香」は、大変ポピュラーな夏のお香です。さて、この組香の構成は、
証歌を構成する5つの句を要素として成り立っており、「最も初歩的かつ基本的な形」と言えます。この方式は、どなたでも「気に入った和歌の句を分解して5要素を作り→それをシャッフルして焚き→できあがった各句の並び方で新しい景色を結ぶ」といった組香がお手軽にできてしまいます。和歌は、もともと連関性の強い要素を結んで構成されているので、シャッフルしても何となく落ち着く歌に再構成されてしまいます。ご自分で組香を作りたいという方は、まず、この方式からいろいろアレンジしてみることをお勧めします。次に、この組香は
「段組構成」をとっています。通常、段組を作る場合は、時間的・空間的な「大きい場面転換」を表します。「梅花香」では「昼→夜」、「鶯香」では「見渡す景色→鶯の登場」、「除夜香」では「12ヵ月の思い出→新年への夢」といった具合です。この手法は、組香の構成としては、採り入れやすい技法ですが、精神的な意味付けや香木の構成等、高度な素養を必要とします。さて、組香が始まりますと、まず試香で「ほととぎす」以外のお香を聞ききます。(「ほととぎす」は「客香」として扱われています。)これは、単に要素の香りを覚えるのみならず、ホトトギスの声を探して歩く
「山路の道行き」と捉えられます。そこに忽然とホトトギスが鳴くというのが本香A段です。また、A段は普通に5炉聞くのですが、この組香の最大の特徴は
「A段で焚いた香木をもう1度香包に戻して、その焚殻(たきがら)をB段で焚く」ということです。この組香について段組の意味を探るためのキーワードは「今一声の」ではないでしょうか?証歌は「ほととぎすの声をもう一声聞きたいので、帰らないで山に泊まってしまった」と詠んでいます。ホトトギスは(A段で)一度鳴いたのだけれども、聞き逃したり、名残惜しく思ったりで、「もう一度聞きたい」と二度目を待つのですが、なかなか鳴きません。夜も白々の明けて来て、そろそろ帰途に着き始めた頃に、また一声(B段で)鳴いたのでしょう。この組香では、一声目と二声目の時間的経過やシチュエーションの違いを段組に託していると思われます。さらに、B段を「焚殻」(たきがら)で構成するのは、作者が
「聞き手の感動の薄れ」に気を配ったものではないでしょうか?最初鳴いたときは「あっ!!鳴いた」という新鮮な感動で聞くことができますが、明け方近くまで待った後のホトトギスの声は、疲れや眠気を伴って「あぁーやっと鳴いた」という安堵感のようなものに変性しているのではないかと思われます。このような、登場人物の心の移ろいまでも「焚殻の再利用」で表現したのだとしたら、作者の技量といものは賞賛に値すると思います。焚殻の使用については、古くから行われている「返し」(アンコール)と捉えている向きもありますが、私は、それだけではいい尽くせない作者のメッセージを感じています。この組香は、一見なんの変哲もない組香が、全ての時空と感情の変化を焚殻による段組構成によって表した珠玉の名作であると思います。昨今、新組(しんくみ)と呼ばれる創作組香の中には、複雑を極める構造に陥っているものが見うけられますが、自分の有り余る情熱と作意の矛先をサラリと振り払うことも必要かと思います。私は、この組香のように構造は簡素でありながら意味が深く、しかも、涼風が通るような解釈の冗長性をもった組香を作って行きたいと思ってます。
ホトトギスは古くから和歌に詠まれて有名ですが、異字、異名の多い鳥ですね。
郭公(カッコウ)vs郭公(ホトトギス)なんて積年の疑問では??
その実態を知るためにも「短夜の山路行き」をお勧めします。
組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。
最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。