八月の組香

酷暑を避けて各所に涼を求めるという組香です。

心象の中に涼風が吹いた瞬間のすがすがしさを味わいながら聞きましょう。

 

説明

  1. 香木は、5種用意します。

  2. 要素名は、「海邊(うみべ)」、「清水(しみず)」、「木蔭(こかげ)」、「蝉声(せみのこえ)」 と「涼風(すずかぜ)」です。

  3. 香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。

  4. 「海邊」、「清水」、「木蔭」、「蝉声」は各2包(計8包)作り、そのうち1包ずつ(計4包)を試香として焚き 出します。

  5. 次に残った「海邊」、「清水」、「木蔭」、「蝉声」各1包(計4包)を打ち交ぜ、その中から任意に1包引き去ります。

  6. 引き去った1包は総包に戻します。

  7. そして手元に残った3包に「涼風」1包を加えて打ち交ぜ、本香は4炉廻ります。

  8. 答えは、要素名を出た順序に4つ書き記します。

  9. 記録者は4つの答えを2つずつ前段、後段に分け、「涼風」を含まない段は、答えをそのまま記録します。

  10. 「涼風」を含む段については、その答えが当った場合のみ後述の漢詩・和歌に書き換えて記録し、外れている場合は答えをそのまま記録します。

  11. 下附は、全部当った場合は「納涼」となり、全部外れた場合は「炎暑」と附されます。

 

盛夏から残暑の季節となりますと、東北に住んでいても逃げ場のない酷暑に見舞われることが何度もあります。現代でしたら、「エアコンの効いた部屋に逃げ込んで、なるべく身体を動かさないようにしてビデオでも見ている」という避暑の方法もあるのでしょうが、どうも遊芸の世界とエアコンは似つかわしくないような気がします。やはり、すだれや打ち水、風鈴といった設えの中で、ときより吹き寄せる風の涼しさを感じながら行われるのがふさわしいと思います。

さて香道は、火のついた炭団を埋めて「温まった香炉」を連衆に廻して遊ぶものです。また、香気が散乱しないように風を嫌って「締めきった部屋」で行われるものです。どうです?考えただけで「暑っ〜い」(;+_+;)でしょ?そのような訳で、香道は元来「夏には行われなかったもの」と聞いています。しかし、「それじゃぁ今月の香席は休みネ!」とは、決して言えないのがお稽古の世界・・・そんなときに持って来いなのが「納涼香」です。

「納涼香」は夏の代表的な組香で、たくさんの香書に出典を求めることができます。組香や要素名、聞き方は、出典や流派によって異なりますが、その景色は「山や水辺に涼を求めに行き、そこに風が吹いてくる」という点で共通しています。

この組香の要素は、「海邊」、「清水」、「木蔭」、「蝉声」です。「蝉声」は、組香によっては「夕蝉」と書かれているものがありますから、ひぐらしの鳴き声と解釈する方が良さそうです。すると、この要素名だけでも涼しい感じがする方がいらっしゃると思います。しかし、本当にこれらの要素の語感そのものが涼しいのか、目を閉じてよ〜く情景を思い浮かべてください。本当に涼しいのは、「海邊」の照り返しや潮騒ではなく、頬に吹きある汐風の感覚ではないでしょうか?「清水」そのものは冷たいかもしれませんが、山道を歩いて、清水を見つけて飲んで、顔を洗って、首筋を冷やして、来し方を振りかえったときに、ふと谷あいから吹きあがって来る風・・・あのときの涼しさではないでしょうか?「木蔭」天然のクーラーと言われる風がなくては、気化熱を発生しないタダの日陰。「蝉声」も日中の草いきれが落着いて、夜の香りをまとった風が吹かなくては、日暮れの涼しさが感じられません。これらの要素は全て「己に風を抱いて完結する」ものと思われます。ですから、涼風が重く扱われ「客香」となっている訳です。

この組香の聞き方は、「4つの要素をシャッフルして、1つ引き去り、『涼風』を加えてシャッフルして焚き出す」というものです。要素のうち1つを引き去る理由は、風景にランダムな変化をつけるためではないかと思われます。また、作者は、心象風景に構成しやすいように要素を座りの良い3つに絞って、そこに「涼風」を吹かせたかったのかもしれません。別の組香では、4つのうち3つを引き去って、1つの要素と「涼風」をペアにするというものもあります。この方法だと、「海邊の風」「木蔭の風」・・・と端的に心象を結びやすくなります。

この組香に証歌はありませんが、それよりも面白い記録上の趣向があります。それは、出てきた4つの答えを2つずつ前段、後段に分け、「涼風」を含まない段は答えをそのまま記録し、「涼風」を含む段については、その答えが当った場合のみ、下表の漢詩・和歌に書き換えて記録し、外れている場合は答えをそのまま記録するというものです。

香の出

漢詩・和歌

海邊→涼風

秋風自沖来

清水→涼風

水冷池無三伏夏

木蔭→涼風

松高風有一聲秋

蝉声→涼風

風樹鳴蝉咽

涼風→海邊

夕されば磯山松に聲たてて秋をよせくる沖つしらなみ

涼風→清水

せき入れて結ぶ清水の涼しさに秋をおほゆる袖の白露

涼風→木蔭

松蔭の岩間の清水結ひあげて夏なきとしと思ひける哉

涼風→蝉声

日くらしの聲もひとつに響ききて松蔭凉し山の瀧つ瀬

このような記録の仕方は、執筆側で正解を漢詩と和歌に書き換えることによって、「聞きの名目」と「証歌」の中間の機能を持たせるための手法と考えられます。ただし、この記録法は難解であるばかりか、香記の景色を美しく配する上でも、狭い解答欄に(漢詩ならばまだしも)和歌をしたためるという難しさがあり、近年の稽古では次第に省略されつつあります。私は、このことがあって必然的に「新納涼香」が生まれてきたのではないかと思っています。

「新納涼香」では、漢詩は「聞きの名目」に、和歌は香の出によって決まる「(後づけの)証歌」にと使い分けられ るように再構成されており、それぞれの役割が明確で理解しやすくなっています。また、漢詩の言いまわしをはじめ要素名や聞き方にも若干の変更が加えられていますが、「山や水辺に涼を求めに行き、そこに風が吹く・・・それは暑い夏の至福のとき」という『避暑の理念型』は、他の「納涼香」とも共通しています。

夏のお香ですから、香炉と部屋の暑さを忘れるためにも、あまり「妖艶な香り」を用いず、「さっぱり」「すがすがしい」「冴え冴え」といったイメージで香木を選んでお試しください。

浴衣姿に風鈴と打ち水もお忘れなく・・・

 

暑い夏の至福のとき?

「エジプトの王家の谷で辛抱たまらず使ったなけなし氷温パック−7℃」

〜体感温度差57℃〜

ζ:^ё^:ξ

組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。

最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。