九月の組香
証歌の句を分解して要素にした基本的な組香です。
客香「ウ」の名目に香名がそのまま使われるところが特徴です。
説明 |
香木は6種用意します。
要素名は、「を」「み」「な」「へ」「し」と「ウ」です。
香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。
「を」「み」「な」「へ」「し」は2包ずつ(計10包)作り、そのうち1包ずつを試香として焚き出します。
残った「を」「み」「な」「へ」「し」各1包(計5包)を打ち交ぜそのうち4包を任意に引き去ります。
引き去った4包は、総包に戻します。
残った1包に「ウ」1包を加えて打ち交ぜます。
本香は2炉廻ります。
答えは、出た順に「聞の名目(ききのみょうもく)」で書きますが、試香になかった「ウ」が出た場合は香名(ここでは「初時雨」)を書き記します。
成績は点数で表します。
山が彩られ始めると、秋の主役は紅葉(もみじ)に変わってしまいますので、この時期が草木を愛でる良いチャンスなのかもしれません。
「秋の七草」といいますと、萩(はぎ)、尾花(おばな・すすき)、葛(くず)、女郎花(おみなえし)、藤袴(ふじばかま)、桔梗(ききょう) 、撫子(なでしこ)をいいます。その中で女郎花は、その語感からは想像し得ない「ご無体な当て字」によって、少々損をしているかもしれませんね。しかし、いにしえに立ちかえれば
「おみな」は「女」の意、それも高貴な家柄の若い婦女子に使われた言葉で、決して「女郎(じょろう)」ではありません。更に「えし」は古語の「へし(圧)」で、 黄色い清楚な花は「美女を圧倒する美しさ」という意味で名付けられたといいます。また、秋の「黄色を司る花」でもあり、表が経青緯黄(縦糸が青で横糸が黄)、裏は青の襲(かさね)の色目の名としても使われています。「をみなへし」を折り込んだ歌は、万葉集に14首も登場します。
「手にとれば袖さへ匂ふをみなへしこの白露に散らまく惜しも(万葉集)」と秋の花として美しさを詠んでいる歌と、「我が里に今咲く花のをみなへし堪へぬ心になほ恋ひにけり(万葉集)」のように花を女性にたとえて恋の歌として詠んだものが見られます。また、源氏物語の「野分」「夕霧」「総角」「宿木」「蜻蛉」「手習」各巻にも多くの歌が詠まれています。証歌の「小倉山・・・」は、古今集の歌で「女郎花」は歌中に詠み込まれていません。それでもこの組香の証歌に据えられているのは、お気づきのとおり各句の頭文字が「を」「み」「な」「へ」「し」となっているからです。このように
歌の句を分解して要素とし組香を作る技法は、もっとも基本的なものと言えます。以前に書きました「慶賀香」の「君が代は・・・(国歌)」は、句ごとに分割した要素をシャッフルして、また新しい歌の景色を作ってしまうという手法です。また、「八橋香」の証歌「かきつばた・・・(伊勢物語)」は、もともと折句(おりく)として証歌が作られていて、それをまた「か」「き」「つ」「ば」「た」の要素に戻してシャッフルするというように作られています。こういった組香では、もともと一貫したテーマのある証歌の句がランダムに入れ替えられるだけなので、シャッフルされて出来上がった景色もなんとなく辻褄が合ってしまうものです。その点で、あまり深い配慮がなくとも景色が作れてしまう初心者向きの手法と言えます。証歌「小倉山・・・」は、
「朱雀院女郎花歌合」の時に「を」「み」「な」「へ」「し」の折句として紀貫之が献上した歌で、長い年月の経過を慶賀の意味を込めて詠んだとされています。数ある秋の歌の中からこの折句を探し出して「をみなへし香」を作った作者には敬意を表さなければなりません。更に、要素を6つとして、客香「ウ」を加え、聞きの名目に使用した香木の名をそのまま使うというのは、大変めずらしい趣向を取り入れたものです。作者の創意に報いるためにも香組者としては、「ウ」に使う香木の名は、秋にふさわしく、且つ証歌「小倉山・・・」の各句とも相性のいいものを選ばなければなりません。6つの香気を選んで香を組むほかに「香名」も選ばなければならないのですから、大変な作業(即ち楽しみ)となるでしょう。さて、この組香は、あらかじめ与えられた「を」「み」「な」「へ」「し」を試香で順に聞くことによって、証歌「小倉山・・・」の景色を形成します。
本香に「ウ」を加えるのは、証歌の景色に現れていない「女郎花」の景色(姿・色・香りなど)を加えて「彩り」を添えるとともに、組香名「をみなへし香」と証歌「小倉山・・・」の連関を連衆に思い起こさせる役目を果たしているものと考えます。本香は、「を」「み」「な」「へ」「し」の要素をシャッフルして、1包取り出し、「ウ」と打ち交ぜて2炉焚き出します。このとき聞きの名目は、証歌「小倉山・・・」の各句に1つずつ対応していますが、「ウ」は「香名」をそのまま使います。この組香では、「ウ」は必ず焚かれるように組まれていますので、
「香名」が香記の景色をかなりな部分で規定してしまうことになります。そういう意味で香名選びは大変重要な作業と言えます。私はここで「初時雨(はつしぐれ)」という香名を使用しましたので、景色全体は、「経にけむ秋を・初時雨」「峰たちならし・初時雨」「知る人ぞなき・初時雨」等と幾分湿っぽい感じになりました。もともと私は「夢野で影待ちをしていたら二夜の月が出た、ふと、足元に目をやると菊がさねの上に白露が留まっている。あぁ、明日は初時雨が来るかなぁ・・・」というストーリーで各要素の香名を選びましたので当然の景色ともいえましょう。「ウ」の香名選びについて、もう1つ留意したいことは「5文字がベター」ということではないでしょうか。要素が三十一文字(みそひともじ)の分割なので、やはり「七五調」の方が言葉の座りが良いようです。成績は点数で表されますが、本香の数が少ないので、実際は下附で、もう1つ景色を付けたいところですね。オミナエシ科に「男郎花(おとこえし)」という花もあります。形はそっくりの白い花で、葉や茎が女郎花より大きく「力強く」見えるのだそうです。
全部当ったら「女郎花」、1つだけ当ったら「男郎花」、全滅は「野分(のわき)」と下附するのはいかがでしょうか?女郎花には昔から悲しい恋の物語が伝えられています。
「その昔、京都の南に住んでいた男が、契りを結んだ京の女を捨てて近江の国へ去ってしまいました。 女は男を追っていきましたが、男が妻を娶ったことを知らされ、悲しみのあまり、着ていた山吹がさねの衣を脱ぎ捨て、川に身を投げたところ、その後、その場所に咲いた可憐な花が女郎花であった。」ということです。別名の「思い草」もこんなところから来ているのでしょうか?
万葉では「娘子部四」「佳人部為」「美人部師」「姫押」と表されていました。
当て字で損をする「女郎花」(--;)は平安以降ということです。
組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。
最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。
女郎花月は陰暦の7月です。
またも、季節感のずれに悩む私・・・