六月の組香

 

衣更えでお気に入りの衣をしぶしぶ仕舞い込むという組香です。

段組があり使用済みの香木を再度焚くところが特徴です。

 

 

説明

  1. 香木は、4種用意します。

  2. 要素名は、「夏衣(なつごろも)、卯花衣(うのはなごろも)、更衣(かえごろも)、花染衣(はなぞめごろも)」です。

  3. 香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。

  4. 「夏衣、卯花衣」は、各々3包、「更衣」4包作り、そのうち1包ずつ(計3包)を試香として焚きます。

  5. 「花染衣」(1包)は、試みがありません。

  6. まず、「更衣」3包から任意に1包引き去り、残った2包に「花染衣」1包を加えて(計3包)打ち交ぜます。

  7. 本香A段は、3炉廻ります。

  8. ここで、連衆は一旦答えを書き記して執筆に提出します。(A段の答えは、要素名を出た順序に3つ書きます。)

  9. 香元は、香の出を宣言し、香包に先ほどA段で焚いた「花染衣」の香木(焚殻:たきがら)を戻して包み直します。

  10. 執筆は、香の出によって記録を認め、当否の点だけ打っておきます。(下附は未だしません。)

  11. 次に「夏衣」「卯花衣」各2包と残しておいた「更衣」1包に、先ほど包直した「花染衣」の焚殻1包を加えて(計6包)打ち交ぜます。

  12. 本香B段は、6炉廻ります。

  13. B段の答えは、要素名を出た順序に6つ書きます。

  14. 下附は、A段とB段の点を合わせて点数で表しますが、その上にB段の「花染衣」(焚殻)を聞き当てた場合は「移香」(うつりが)、外れた場合は「更衣」(かえごろも)と書き添えます。

 

6月1日の衣更え(ころもがえ)、人が街の風景を変える日です。当地では、この日のローカルニュースのトップが「○○女子高等学校」の登校風景と決まっており、濃紺の冬服から白いブラウスに替わった女の子たちのすがすがしい笑顔が夏のおとずれを告げる風物詩となります。一方、オジサンたちもとりあえず、「袷の背広」から、「軽量爽快スーツ」に着替えたりもするのですが、格好は同じで色合いや素材感だけが軽くなるものですから、街の風景に与える影響は少ないようです。

今月は、夏の訪れ「更衣香」(こういこう)をいたしましょう。

まず、この組香の証歌は、「花の色(「櫻の色」は「はなのいろ」と読みます。)に染めたお気に入りの服を箪笥にしまうのが惜しいので、衣更えをしようとすると心が沈んでしまう今日であるよ。」と詠人のちょっと浮かない気分を表しています。私自身も春の初めに買ったウールのシャツが薄くてシャキッとしていて好きなのですが、素材がウールと見破られると「季節感の無い奴(--;)」と言われそうで、肌寒い日などに恐る恐る着るということがあります。そのような訳で、気に入っているのに「しきたり」だから着られなくなる・・・「衣更え憂き」というのはよく理解できました。

衣更えは、中古以降の宮中のしきたりで、季節に応じて衣服から調度、家具の類まですべてを、季節に合った物に替えることを意味しました。昔は相当に細分化されていて、年に何度も衣更えがあったようです。

江戸時代には、陰暦4月1日に夏の衣に替え、10月1日に冬の衣に替えるようになり、現在では、新暦6月1日に夏服に替え、10月1日に冬の衣に替えることが一般化しています。

次に、この組香の要素について解説を加えますと、一般的に「花染衣」とは露草の花の汁で染めた衣のことです。「花染」は、藍色・薄桃・桜色などに染まりますが、変色しやすいところから、うつろいやすいことのたとえにも使われます。「卯花衣」も染色から由来する言葉で、陰暦4〜5月に用いた「うのはながさね」や「うのはないろ」といった色味の衣ではないかと思われます。また、襲(かさね)の色目(いろめ)では、普通「表は白で裏は青」と解されています。「夏衣」はその他の夏用の衣として匿名化された要素として用いられています。「更衣」も同じく匿名化された要素ですが、おそらく春物の「替えられる衣」という意味で用いられいると思います。

さて、この組香は、段組によって2つの場面に分けられているという特徴があります。まず、A段では、「更衣」や「花染衣」といった春物の衣を葛篭(つづら)に仕舞い込む情景が表されています。「更衣」から1つ引き去って置くのは、涼しいときに着るものとして取っておくのでしょうか?そして、この「更衣」にいつも一緒に畳んであった「花染衣」の香りがついていたと仮定してみてください。続くB段は葛篭から箪笥に夏物を移していく情景が表されていると思います。箪笥の中に「夏衣」「卯花衣」、そして「更衣」を入れますと、何とは無しにそこに懐かしい香りがしてきます。思い出してみると聞き馴れたその香りは、「更衣」に染み込んでいた、あのお気に入りの花染衣の香りでした。B段で花染衣の焚殻を焚くのは、「着古し馴れ親しんだ」という意味と「花染衣への名残り」という2つの意味が込められていると思われます。

最後に下附は、この聞き馴れた香りを「花染衣」と判別できれば、「あぁ、あのお気に入りの花染衣の移り香なんだなぁ。」とわかるので「移香」とします。判別できなければ、「あっ、この更衣の香りか。」とそれだけで納得する訳ですから、「更衣」とします。それに加えて、A段とB段の当たりを合わせて点数を記載します。

更に、「更衣香」には同名で証歌も要素も同じ組香があります。こちらは右記のような構造となっており、10包(うち3包焚殻)で成り立っています。

こちらの方は、「夏衣」「卯花衣」「更衣」もみんな同じ箪笥に入っているようです。

A段では、これらからランダムに4着取り出して取り置き、残る2着と「花染衣」を最初に着古します。B段では、先ほど着古した3着を全部箪笥に戻して、取り置いた4着と交ぜ「花染衣」の香りが分かったら「移香」。ここまでは同じですが、分からなかったら「花染衣を忘れたか、見切りをつけた」ことになり「脱捨」と下附します。こちらの組香は、各要素の季節感の捉え方がはっきりしないこと、段組と焚殻の使い方に必然性が薄いこと等から、むしろ「着替香(きがえこう)」とでも言うべきものと判断してコラムには採用しませんでした。

日本人は、「衣更え」という気候的必然からくる家事労働を「季節を楽しむイベント」にしてしまいました。「京の町屋」のように襖を簾に替えたり、調度を夏物にしたり・・・生活空間を時宜に応じて、演出し直すことはとても重要だと思います。長年住み慣れると身の回りに物が増えて、動かし辛くなるのが現実問題ですが、そんな中にも「季節のうつろい」が感じられる何かを生活に取り入れて、心からリフレッシュしたいものですね。

 

衣更えは「マンネリ生活」をリセットするいい機会です。

服を着替えて、部屋もサッパリして・・・

「夏の私」「冬の私」を使い分けるもの良いかもしれませんよ。

組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。

最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。

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