一月の組香

正月にふさわしく琴の調べをテーマとした組香です。

2つの要素をまとめて1つの答えを出すところが特徴です。

 

慶賀の気持ちを込めて小記録の縁を朱色に染めています。

説明

  1. 香木は、3種用意します。

  2. 要素名は、「松風(まつかぜ)」「波音(なみおと)」「琴(こと)」です。

  3. 香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。

  4. 「松風」「波音」はそれぞれ4包作り、「琴」は2包作ります。(計10包)

  5. 「松風」「波音」はそれぞれ1包ずつ(計2包)を試香として焚き出します。

  6. 残った「松風」「波音」の各3包に、「琴」2包を加えて(計8包)打ち交ぜます。

  7. 本香は、8炉廻ります。

  8. 回答方法は、「二柱開」(にちゅうびらき)といって、2炉廻る毎に「聞きの名目」に当てはめて答えを1つ書き記します。

  9. 答えは、すぐに記録者に渡され香記に記録された後、香元が正解を宣言します。

  10. 上記(8,9)の動作を4回繰り返します。

  11. 下附は、全部当たりの場合は「和調」、全部外れた場合は「断弦」とし、その他は点数で表します。

※ このコラムではフォントがないため「」を「柱」と標記しています。

 

新年あけましておめでとうございます。

新世紀も二年目を迎えました。2年遅れの「アンゴルモアの大王」かと思われたアフガン問題をはじめ本当にの年でした。今年は、皆が平和で心豊かに(できれば懐も豊かに)暮らせますよう、祈りを捧げたいと思います。

ペコリ・ペコリ・パン!パン!ペコリ(二礼二拍手一礼)

「お正月」と言えば、一般市民にとっては、琴(筝)の調べを気安く聞くことのできる数少ない機会ですね。そうは言ってもテレビから流れてくるのは「六段」「春の海」といった近世以降の曲が多いようです。できれば、古き管弦の調べに耳を傾け、悠久の昔に心を遊ばせるというのが良いのでしょう。今年は、愛子様の御生誕もあり、宮中儀式で奏でられる雅楽に触れる機会も多いかもしれませんね。また、仏事でも「管弦講」と言って、仏前で読経に合わせて管弦を奏し、仏を讚歎(さんたん)、供養する新年の儀式があるそうです。更に先日、弐条御家流の御宗家から昨年の初席に使われた「琴音」という羅国を戴きましたので、その馥郁(ふくいく)たる香の調べを組んでみたくなりました。今月は「琴曲香」(きんきょくこう)をご紹介します。

まず、この組香の証歌は、「(夜のしじまに)弾く琴の調べに峰の松風が響き合っている。(この松風は)いったいどの峰から奏ではじめているのだろう?」と詠っています。「いずれの緒より・・・」の「緒」は、山の「峰」(お)に「琴の緒」(お)を掛けた掛詞です。証歌の出典は、拾遺集のほか拾遺抄、和漢朗詠集等にも見られ、「松風」と「琴」という中国の古典的美意識を国文の中で定着させた秀歌だと思います。詠人は、斎宮女御徽子(きし)女王で、詞書には「斎宮の野々宮で、庚申の夜に『松風入夜琴』(松の風夜の琴に入る。)という題で詠んだ。」とあります。『松風入夜琴』の句は中国古代の「李橋百詠」(橋は山へん)の「風」の詩歌に原典ありとされています。

さて、証歌の考察を終えた時点で、要素名の「松風」「琴」については、登場の必然性が証明されたものと思われます。しかし、「野宮で峰の松風に思いを致して」作られたこの証歌に「波音」の入り込む隙はないように思えます。、原文『松風入夜琴』の対句等がわかれば、その情景の中に海や波音が含まれているのかもしれませんが、その全容は調べがつきませんでした。いずれ、松と言えば「峰の松」も「浜の松」もある訳ですから、「波音」があることも一般的な情景であるとも言えます。また、斎宮女御が野宮で浜の離宮にでも行ったつもりで詠んでいたと仮定すれば、「琴を弾いていると琴音と松風と波音が交互に響き合って、いろいろな音律に変わる」というこの組香の情景にも合致するような気がします。

次に、「聞きの名目」について若干説明を加えます。

颯々(さっさつ)は、風のやや激しく吹く音や雨の降る音。松風の音。

鼕々(とうとう)は、水が波や滝となって勢いよく音をたてるさま。鼓などが鳴りわたるさま。

合奏(がっそう)は、二つ以上の楽器を合わせて曲を奏ずること。

波返し(なみがえし)雅楽の青海波(せいがいは)の曲に用いられる打物(うちもの)の奏法。

緩調(かんちょう)調子が緩やかな、ゆったりとしたリズム。

律(りつ)は、雅楽の音律で十二律の中で、「陽」に属する六つの音。わが国では壱越(いちこつ)・平調(ひょうぢょう)・下無(しもむ)・鳧鐘(ふしょう)・鸞鏡(らんけい)・神仙(しんせん)の六音。

呂(りょ)は、雅楽の音律で十二律のうち「陰」に属する音。断金(たんぎん)、勝絶(しょうせつ)、双調(そうじょう)、黄鐘(おうしき)、盤渉(ばんしき)、上無(かみむ)の六音。

雁鳴調(がんめいちょう)は、五箇の調(ごかのしらべ)と言われる琴の奏法の1つ。

急調(きゅうちょう)調子が急な、速いリズム。

以上は、全て管弦(琴)の調べにまつわる言葉で、要素の合わせによって作り出される音律や調子を表します。

この組香の特徴は、「二柱開」という回答方法にあります。これは「2炉を続けて聞き、その2つの要素名をまとめて、聞きの名目に対応させて1つの回答を出す」ということです。例えば「松風と松風」ならば風ばかりなので「颯々たる音」、「波音と波音」ならば水ばかりなので「鼕々たる音」、「琴と琴」ならば「合奏の音」という風に「琴音と松風と波音が交互に響き合っていろいろな調べを奏でる」という情景がこれによって表されます。なお、答えは1回毎に記録しますので、1度聞き間違えると取り返しがつきません。(同じ聞きの名目は2度使わず、それを構成する要素名も4度は使わないのが礼儀)ですから、試香をしっかり聞き、試みの無い「琴」についても十分に聞き分けることが大切となります。

下附については、2つ設けられています。全部が当った場合は、互いがほどよく和合して和らぐという意味で「和調」となります。全部外れた場合は、琴を破り弦を絶って止めてしまうという意味の「断弦」と附されます。「弦を絶つ」とは「伯牙は古い友人の鍾子期を失い、もう自分の琴曲を理解するものはいなくなったと嘆いて弦を絶ち、生涯琴を引かなかった」、という古い中国の故事に因み、「知己または慣れ親しんだ者の死」を意味する重い言葉でもあります。(「和調」にも「琴瑟の和」(きんしつのわ)という言葉があり、夫婦の中がむつまじいという意味を込めることもできるでしょうか?)

最後に、古代中国の詩歌の世界では「琴の音に風が入る」という情景は一般化されており、松風を琴の音に喩えるということもされていたようです。また、「入松」(じっしょう)という琴曲もあったということです。中世日本においても源氏物語の「松風」の帖で、明石が上洛して大堰山荘(おおいさんそう)での生活が始まったばかりの頃、物思いの日々が続いて、捨てた家も恋しく、所在ないので「かの御形見の琴を掻き鳴らす。折の、いみじう忍びがたければ、人離れたる方にうちとけてすこし弾くに、松風はしたなく響きあひたり・・・」とあります。また、平家物語の「小督」(こごう)の章にも「松の一むらある方に、かすかに琴ぞ聞こえける。峰の嵐か松風か訪ねる人の琴の音か・・・」とあり、後世に筝曲「小督」も生まれています。これらも全て『松風入夜琴』の影響を受けていると思われます。

本年も拙いエッセーを書き綴りますが、よろしくお願い申しあげます。

 

管弦の曲は、余りにも生活から切り離され過ぎてしまいました。

しかし、「ワールドミュージック」として聞いてしまえば、新しいかもしれませんね。

五線譜で書き表せない神々しい空気感と間(ま)の音楽は心癒されるものです。

 

組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。

最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。

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