二月の組香
冬景色の中から香りを頼りに梅花を探す組香です。
名目や下附が多様で香気の景色が複雑になるところが特徴です。
※ このコラムではフォントがないため「」を「柱」と表記しています。
説明 |
香木は、4種用意します。
要素名は、「月」「雪」「冬」と「梅」です。
香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。
「月」「雪」「冬」は各3包作り、「梅」は2包作ります。(計11包)
「梅」2包のうち1包を試香として焚き出します。
本香は、残った10包を打ち交ぜて焚き出します。(匿名のお香が3種9包含まれています。)
答えの書き方は「十*柱香」と同じように、要素名や木所に関わらず、1番目の香りは「月」、次に出た異香は「雪」、3番目に出た異香は「冬」として、それぞれ同香(3包)は同じ名目で書き記します。
「梅」は聞いたことのあるお香なので、何番目に出ても「梅」と書きます。
執筆は、香炉が10炉廻って「香の出」(正解)が発表された時点で、「梅」の香が出た順番により、「冬至梅」〜「南枝早梅」等の名目を「香の出」の記録の下に書き加えます。
成績は点数で表しますが、当り方によって次のとおり下附します。
「梅」が当り、且つ「冬」が外れた場合は「年内立春」(ねんないりっしゅん)
「冬」が当り、且つ「梅」が外れた場合は「蝋梅」(ろうばい)
全部当りの場合は「降りおける・・・」の歌
全部外れた場合は「咲きそむる・・・」の歌
今年は、春のおとずれが早いのでしょうか?
先月は、全国的にかなり暖かな日が続いて、東京では中旬に「梅の開花」が見られたそうですが、また、少し寒が戻って参りました。梅と言えば初春の花・・・2月から3月下旬にかけて最も多く咲くものですが、寒紅梅のように年末から正月にかけて紅い花が咲き始め、お正月用の盆栽に使われたりするものもあります。梅の種類は登録されているものだけでも300以上を数えると言いますから、早稲(わせ)も晩生(おくて)もあるのでしょう。
「梅は、春を告げる花」と言いながら、実は冬中楽しめる花だということです。今月は、「雪中に梅を探し、梅が香で春を知る。」・・・「冬梅香」を紹介いたしましょう。まず、この組香の証歌は
「白々とした冬の月夜に降り積もった白い雪を掻き分けて梅の枝を折った」と言っています。このことから「冬梅香」は「梅を探す」組香だということがすぐにわかるでしょう。そして、この「梅を探す」という単純行為に様々な脚色を施して香記の景色を彩っていくところに、作者の腐心を最も感じます。また、施された脚色の1つ1つに深慮があり、且つ辻褄があっているので、結局のところ複雑さを感じさせない理解しやすい組香となっているところに感心します。証歌の出典は、撰集抄の中の
「公任(きんとう)中将の歌の事」と詞書のある「しらしらししらけたる夜の月影に雪かきわけて梅の枝折る(公任の中将)」という歌だと思います。ある香書には「しらしらと・・・」と掲載されていますが、仮名文字での「し」と「と」は判読が難しいのでどちらとも言えないと思いますし、あるいは、異本からの出典かも知れません。確かに「しらしらと」の方が「しらしらし」に比べて文字が重複せず句切りも良いですし、解釈上の繋がりも良いように感じますが、このコラムでは、私の調べの付く範囲内で原典に忠実に「しらしらし〜」と詠嘆にしておきたいと思います。次に、この組香の要素名は、
「月」「雪」「冬」「梅」と証歌の景色から素直に選定されています。この組香の景色は、月影の「白」、雪の「白」、冬の「白」、梅花の「白」・・・と正に「白尽し」であり、「初霜香」の「白菊」と同じように「冬の白い風景の中から、紛れ易い白梅の枝を探す」という趣向になっていると思います。(仮に「梅」については「白梅」を想定していないものだとしても、今度は鮮やかな色の対比が趣向となるでしょう。)要素名があまり具象的でなく、冬の風景として一般的なものとなっているのに物足りなさを感じる方もおられるとは思いますが、私は、後述する2つの理由によって、敢えてそうしているのではないかと思っています。この組香の聞き方は、基本的には
「無試十*柱香」と同じように聞きます。「無試十柱香」と違う点は、「梅」は試香を聞いているので、何処に出ても「梅」と記載するところです。即ち、最初に聞いた「梅」以外の香りは必ず「月」(1番目の香りの名目)となります。そして、2炉目が同じ香りだったら「月」とし、違う香りだったら「雪」(2番目の香りの名目)とします。3炉目も同じく前出のいずれかと同じ香りだった場合は、その名目(月か雪)を記載し、以前のどれとも違う香りならば「冬」(3番目の香りの名目)とします。4炉目以降も同じようにし、香の数が月3+雪3+冬3+梅1=10炉となるように答えを書き記します。例えば要素名「冬」が「佐曾羅」だからと言って、1番目に出た「佐曾羅」を「冬」とするのは間違いとなります。あくまで1番目に出た「梅」でないお香は「月」と書かなければなりません。このように「月」→「雪」→「冬」は、「十柱香」の「一」→「二」→「三」と同じように出た順番に附される名目となり、小記録に書かれた要素名と木所は、そのまま答えに直結するものではなくなります。そのため、
1度匿名化されて聞きの名目として使われる「月」「雪」「冬」の要素名はあまり存在感を示さないようにしてあるというのが、第1の理由です。さて、この組香は、
「香の出に名目が付く」という大変珍しい特徴があります。香の出の名目は、下記に示すとおり冬至から春先までの「冬」の期間を時系列的に網羅する熟語となっています。冬至梅」(冬至の頃に白く咲く早咲きの梅のこと。)「
「
雪中探梅」(雪の中に梅を探すこと。)「雪中
寒梅」(寒中に雪の中に咲く梅のこと。)「梅枝
待春」(梅の枝が春のおとずれを待つこと。)「
南枝早梅」(日あたりのよい枝に早咲きの梅が咲くこと。⇒「南枝春信」)この名目は一般的な下附とは違い、「香の出」という正解を書く場所の下に1ヶ所だけ記載され、
「香の出(10柱)」のどの時点に「梅」が出現したかによって、「梅を探した時」を確定する役割を担っています。そういう意味で、単なる組香の景色の脚色ではなく、証歌に次ぐ重要な要素であると言えましょう。このように「梅を探した時」が確定するまで、全ての要素は時期的な色合いを組香の中に醸してはならないこととなります。このため各要素名は抽象的な「冬」の景色としておき、
どの時期にも対応できる様にしているというのが第2の理由です。なお、蛇足ですが、「寒梅」「早梅」は、六十一種名香にも銘があり、こういう意味での脚色も暗に意識されていると思います。更にこの組香には、
多彩な下附が用意されているのも特徴です。下附の基本部分は、点数で当り数を表示するだけなのですが、その「当り外れの形」によって下附が更に加わる場合があります。まず、「梅」が当り、且つ「冬」が外れた場合は
「年内立春」と下附します。これは、陰暦で、新年になる前に立春が来ることを示し、本格的な冬が来る前に花が咲いたことを意味しています。つまり「梅は見つかったが、まだ冬が来ていない」ことを表しているのだと思います。次に、「冬」が当り、且つ「梅」が外れた場合は
「蝋梅」と下附します。「蝋梅」は中国原産のロウバイ科の落葉低木で、冬に香気のある黄色い花を咲かせます。しかし、「蝋梅」はバラ科の梅とは似て非なるものであり、「冬ではあるが、探した梅が本当の梅ではない。」ことを表しているのだと思います。更に、全部当りの場合は
「降りおける・・・」の歌を下附します。この歌の出典を調べましたところ亜槐集に「梅久薫」(梅久しく薫る)という詞書があり「ふりおける・・・いまは梅か枝色もまがわず(飛鳥井雅親)」という歌が見つかりました。香書には「いまは梅が 香花をまよはす」とあるものもありますが、白々とした景色の中から全てを聞き当て、梅を探し当てたときの歌なので、「降り積もった雪の下からでも香りがして、梅の枝(花)は色も間違えることもない。」という解釈の成り立つ「色も紛わず」の方が「花を迷わす」よりもがふさわしいと思いました。(しかし、「まよはす」を「迷わず」と判読すれば、「・・・梅の香りは花を間違させることもない。」とあまり大差ない解釈となります。)全部外れた場合は「咲きそむる・・・」の歌を下附します。これも出典を調べましたところ題林愚抄に「梅花混雪(玉葉集)」(梅花雪に混じる)という詞書があり、「咲きそむる・・・雪のみ匂ふ梅のした風(源兼氏朝臣)」という歌が見つかりました。これも香書には「雪かきわけて梅の枝折る」と証歌の下の句と同じ表記がなされているものもありますが、これは明らかに原典である伝書の転記ミスであろうと思われます。これについても「咲き染めた花は全部雪に埋もれてしまって、梅の下風とは(名ばかりの)雪の匂いばかりであることよ。」と詠んだ「雪のみ匂ふ梅のした風」がふさわしいと思います。
香道界に伝承されている「組香の書」には、基本的に使われている和歌の出典等は明示されていません。また、当時の組香者にしても参考とする和歌集の多くが写本であったことから、そこから引用される歌も字句のまちまちなものがあって当然だったと予想されます。更に、香道の世界では歌の一部を引用して組香の景色に見合った歌を自詠(本歌取り)したとしても、なんら咎めるものでもありません。私は、趣味で組香に使用されている歌の出典を明らかにして、このコラムに掲載していますが、このことは必要条件ではありません。ただし、今回の
「雪かきわけて梅の枝折る」の二重使用は、明らかなミスであると思われましたので、敢えて注意喚起する意味で今回のみ詳しく書いてみました。
奈良時代以前に中国から伝わったという「梅」は、もう千三百回近くの「春」を告げているのですね。
皆さんは、何時、何処で春を見つけるのでしょうか。
組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。
最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。
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