三月の組香

春の野に妻を恋慕う雉子の様子を表した組香です。

「結び置き」や「段組」などを駆使した複雑な構造が特徴です。

 

説明

  1. 香木は、4種用意します。

  2. 要素名は、「一」「二」「三」と「ウ」です。

  3. 香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。

  4. 「一」「二」「三」はそれぞれ4包、「ウ」は1包作ります。(計13包)

  5. これらから、@[一、二、二]とA[三、三、一]となるように香包をまとめて結び置きします。

  6. 残りの香包は、「一」「二」「三」が各2包、「ウ」が1包となりますが、そのうち「一」「二」「三」それぞれ1包ずつ(計3包)を試香として焚き出します。

  7. 先ほど結び置きした、@[一、二、二]とA[三、三、一]を3包結んだまま打ち交ぜ、任意に1結びを引き去ります。(引き去られた1結びは元の位置に戻します。)

  8. 本香A段は、手元に残った1結び(@ or A)を解き、順番を変えずに3炉焚き出します。

  9. 本香A段の答えは、@[一、二、二]と出た場合は「春の野」、A[三、三、一]と出た場合は「雉子」と書き記します。

  10. 本香B段は、最終的に残された「一」「二」「三」「ウ」各1包(計4包)に、先ほど引き去られた1結び(3包)を解いて加え、計7包を打ち交ぜて焚き出します。

  11. 本香B段の答えは、香の出の順に要素名で書き記しますが、「ウ」は「妻恋」と書き替えて記します。

  12. この組香の下附は、点数で表します。

 

 私の住まいは市街地でありながら、なかなか自然に恵まれたところで、春になると度々雉子に遭遇します。日曜の朝に「ケン!ケン!」という決して美声とは言えない鳴き声で起されることもあり、田舎にいたときよりも身近に感じています。日差しが力を帯びて暖かくなりますと、オスは濃い緑色の身体にハート型の赤い顔をして、美しく長い尾になり、ケンケンと鳴きながら妻を求めます。鳥達は恋の季節の始まりですね。

 今月は、そんな雉子たちの妻恋をお香に表した「雉子香」(きぎすこう)をご紹介いたしましょう。

 「雉子」は、言うまでもなく現在の「キジ」の古名です。日本特有の鳥で、昔から日本人とかかわりが深く「古事記」の神話をはじめ「桃太郎」等いろいろな物語りに登場しています。また、「朝にキジが鳴けば雨、地震が近づけば大声で鳴く」といいう言い伝えもあり、予知能力のある鳥としても知られています。

 まず、この組香の証歌の出典は「拾遺集」大伴家持の春歌とされており、その意味は「春の野に餌を漁っている雉が、妻恋しくて鳴く声は、自分のいる場所を人に知らせてしまうのになぁ。」ということです。この歌は「妻恋」のテーマではあまりにも有名で、この歌がもととなって、雉子は「妻恋鳥」とまで呼ばれるようになっています。

 証歌の出典には、同じく大伴家持の「萬葉集」を挙げる書物もあります。萬葉集には、大伴宿祢家持春雉歌一首 「春野尓 安佐留雉乃 妻恋尓 己我当乎 人尓令知管」と表記されており、「おのがありかを」「おのがあたりを」となっているところのみ相違します。「組香の証歌の出典は、古い方を典拠とすべきか?」とも迷いましたが、組香が作られた時代の参考書は、古今集以降のものが多いので、おそらく作者は「拾遺集」の方を見て創案したのではないかと思います。いずれにしろ、歌の意味合いとしても後述する組香の構造的要因としても大差ないので、どちらでも問題ないのではないでしょうか。

 ただし、この組香における証歌の役割は大変重要です。聞の名目は全て証歌の句から引用されていますし、構造や香数についても基本的にはこの証歌の句を分解することによって作り出されているからです。

 次に、この組香の第1の特徴は、「結び置き」という手法です。これは、あらかじめいくつかの要素を決めて、まとめて1結びにすることを言います。この組香では、@[一、二、二]とA[三、三、一]となるように香包をまとめて結び置きし、その結びの単位で打ち交ぜたり、引き去ったりします。これによって聞き手は、あらかじめ意味付けされた香の組を聞き、その意味を探ることとなります。

 では、ここでその「結び」の意味を探ってみましょう。この組香では@[一、二、二]が焚かれた場合は「春の野」と答え、A[三、三、一]と出た場合は「雉子」と答えますが、これは、[一、二、二]→「異、同、同」→「春のの」、[三、三、一]→「同、同、異」→「ききす」という相関の上に成り立っています。つまり、本稿A段では、聞の名目の音韻を同香によって表すことで最初の景色を作り出しているのです。これは、「小鳥香」や「草木香」などにも見られる珍しい手法で、この組香の第2の特徴と言えましょう。また、この組香の要素名が、「一、二、三、ウ」とされているのも要素を単なる「汎用の効く記号」として取り扱うためではないかと思います。

 さて、この組香では、結び置きの技法を用いて、A段で証歌の「春の野」「雉子」を切り出しました。さらにB段では、「ウ」香を「妻恋」とすることによって、証歌の上の句は、そのほとんどが引用されています。残る「あさる」はどうしたのかということになりますが、これは、結び置きに使用されず、各々1包ずつ引き去られた「一、二、三」なのではないかというのが、私の考えです。「春の野」「雉子」が餌を啄ばむ風景を「あ・さ・る」と1包ずつ引き去って、表現したのではないでしょうか。これによって、作者は上の句の全要素を10包のお香で表したことになります。

 更に、B段では先ほど切り出した「春の野」「雉子」のうち、A段で焚かれなかったものと、「妻恋」「あさる」を合わせて、打ち交ぜ7炉焚き出しますが、この7炉は即ち7文字を表し、「おのがありかを」と符号させているのではないかと思います。このことにより、雉子のありかは「春の野に餌をあさりながら妻恋」「雉子が餌をあさりながら妻恋」のどちらかの情景のなかで「人に知れる」というストーリーが表現できることとなります。また、B段で「妻恋」の香の出る順番は、「おのがありか」と結びついて「前にでれば出るほど近く、後にでれば出るほど遠い」という雌雄の距離感を表しているのではないかと思います。

 証歌の上の句、下の句を段組という手法で舞台変換し、さらにB段の7文字に組香の全ての情景を反映するという作者の発想には驚愕するばかりです。

 私がこのように解釈した根拠は、答えの記録方法の中に隠されています。即ちこの組香では、証歌を連衆の答えの後に書かず、連衆の答えの前(正解を書く場所)に書きます。そして、A段に「春の野」が焚かれた場合には、「春の野」の右横に「一、二、二」と書き記します。また、B段の香の出は「おのがありかを」の右横に「ウ」香の出を抜いて6つ記載します。更に「妻恋」の横には、「ウ」香が何番目に出たのかを番号で記すことになっています。この記録方法も、「菊合香」以外に例は少なく、この組香の第3の特徴と言えましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

雉子香

・・

名前

名前

 

 

 

春の野に

一二二

 

・・・

・・・

ききす

一三二二

妻恋二一

春の野

三三一妻恋

一三二

 

おのがありかを

三三一一三二

あさる雉子の

 

 

香組

・・・・

 

人にしれつつ

 

妻こひに

 

 

 例えばこの記録を解釈すると、まず「春の野」の横に「一、二、二」書けば、同音を同香であらわしたA段の仕組みが何となく見えてきます。次ぎに「おのがありかを」にB段の6つの答えを符合させますが「妻こひ」の香が1つ足りず、この時点では、相手が何処にいるかは分かりません。しかし、上の句の「妻こひ」の横に書かれた番号により、相手は「おのがありか」から数えて「2単位」の距離にあり、「かなり近い」ということが分かるという訳です。まるで、宝探しの地図のようにうまく仕組まれていると思いませんか?

 こうして、出遭った雉子たちは、仲むつまじく春を過ごします。次ぎに人間が雉子に出遭うのは初夏の頃でしょうか?そんな時は必ずと言っていいほど「ヒナを連れた雌が草むらから突然現われて両者とも驚く」という光景なんですね。

 

このコラムを書いていて雉子は日本の国鳥であることを思い出しました。

日本の固有種で「国鳥」であるにもかかわらず「猟鳥」なんですねぇ。

???

 

組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。

最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。

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