五月の組香
夏山に遅咲きの桜を探す組香です。
2つの客香を数の違いで判別するところが特徴です。
説明 |
香木は、3種用意します。
要素名(組香を構成する要素の名)は、「夏山(なつやま)」「青葉(あおば)」「遅桜(おそざくら)」です。
香名(香木の固有名詞)と木所(きどころ:香木の種類)は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。
「夏山」は2包、「青葉」は3包、「遅桜」は1包を作ります。(計6包)
そのうち、「夏山」の1包を試香(こころみこう:あらかじめ要素名を宣言して出す香)として焚き出します。
残った「夏山」1包、「青葉」3包、「遅桜」1包の計5包を打ち交ぜ(シャッフル)ます。
本香は、5炉廻ります。
答えは、出た順に要素名で書き記します。この組香では、客香(試み香で焚かれていない匿名の香)が2つあるので、試香で焚かれた「夏山」以外は、数の違いで判別して書きます。
下附は、全部当りの場合は「一枝」、青葉のみ当った場合は「新樹」、遅桜のみ当った場合は「木間花」、夏山と遅桜が当った場合は「深山桜」、全部外れた場合は「散」となります。その他は点数で書き記します。
※ この組香には、後述のような特種な遊び方もあります。
五月になって、澄み切った青空の下、遠く山の端を見渡しますと、淡き緑、濃き緑に混じって、遅咲きの八重山桜などが春の終わり(人によっては初夏の訪れ?)を告げています。山桜は、ソメイヨシノに比べて花の色が濃く、葉も茶味を帯びているので、新緑に紛れてもそれなりに目立つものです。一方、ソメイヨシノは、毎年ゴールデンウィークに見頃を迎える青森県弘前城ですら4月中旬に開花してしまって、今では見る影もないそうです。今年の桜前線は、あまりに早く日本列島を駆け抜けたので、もう深山路に残花(桜)を見ることは難しいでしょうね。そんな年の五月には、お香で遅咲きの桜を楽しみましょう。
今月は、夏山に遅桜を探す
「残花香」をご紹介しましょう。まず、この組香の証歌について出典を調べましたところ、金葉集(二度本)に
「二条関白の家にて人々に余花のこころをよませ侍りけるによめる」と詞書があり、続いて「夏山のあを葉まじりのおそ桜はつはなよりもめづらしきかな(藤原盛房)」とありました。意訳すると「初夏、山に散策に出かけた。青葉のまぶしい景色の中に、ふと遅咲きの桜が残っているのを発見した。あぁ、こんな時分に咲き残る桜は、すぐに一斉に咲き揃ってしまう初咲きの桜よりも珍しいことだなぁ。」というところでしょう。この歌は題林愚抄の「残花」の題にも掲載されており、おそらく「残花香」の「証歌のもと」であると思います。この歌の上の句は、香書によって
「夏山の緑にまじるおそ桜」「夏山の緑にまさるおそ桜」等、まちまちの表記がされています。特に「夏山の緑にまじるおそ桜」は南朝五百番歌合に「夏山の緑にまじるおそ桜まがはぬ色は時ぞともなし(無品法親王)」などという歌もあり、単なる「伝承に伴う変化」なのか、所謂「本歌取り」なのかは判断が難しいところです。組香の証歌に出典は要らないものだとすれば、作者が上下を合わせて創作した証歌でも良いわけですが、私は今回、
独断で上記(金葉集)の証歌に書き換えました。そうすることで、証歌と組香の要素名が一致しますし、ストーリーの流れも同じとなります。また、構造も「証歌の要素をそれぞれ分解して組香の要素とする」という最も基本的な作られ方をしていることがわかり、すっきり解釈できるようになります。次ぎに、要素名については、
証歌の要素をそのまま取って「夏山」「青葉」「遅桜」となります。先ほど証歌と組香の要素名を一致させてしまいましたので、ここに解釈の余地は残されていないこととなります。ただし、これが「緑にまじる」や「緑にまさる」であれば、まず「緑」が「青葉」に読み替えられだ謎を探らなければなりません。また、「緑にまさる」に至っては「緑にも勝って、初花よりも珍しい」ということになり「遅桜」を相当高貴なものとして取り扱い直さなければなりません。ここで、先ほど定めた証歌にも反省点を加えましょう。それは、
「あを葉まじりのおそ桜」とは、「遅桜」(葉桜)だけを見て詠んでいることになりはしないか?ということです。遅桜の周辺の「青葉」も脇役として表すならば、「あを葉にまじるおそ桜」が最も適切なのかもしれません。いずれにしろ、この組香は「散りゆく際の遅桜」と「茂りゆく青葉」とを対峙させつつ、これらが交叉する大変微妙な刹那を切り取っており、小品でありながら玄人好みのする作品です。さて、この組香に使われる「香数」には、構造上の理由がありそうです。
「夏山」は「初夏になるといつも散策にいく山」です。「既知なるもの」は試香で表されるのが組香の通例ですので「夏山」には試香があります。しかも、遅桜を探しに行く客体としての「山」は1つなので、本香は「1包」だけ焚き出されます。「青葉」は、季節感を表す意味でこの組香の名脇役と言えます。新緑の季節でもあり、山でどんな「青葉」が見つかるのかはわかりませんので、「未知なるもの」として試香はありません。また、「青葉」は初夏においては、桜よりも優勢を誇りますので、香数を多めに設定する必要があります。その数は、おそらく全体香数が「5包」であり、真の客香である「遅桜」が「1包」であることから、バランスをとって「3包」としたものと思われます。「遅桜」は、前述のとおり「真の客香」です。大変珍しい花なので、香数は「1包」が当然でしょう。この「遅桜」の出現により、香席で結ぶ心象風景と季節感が一段と明確になる筈です。また、この組香は、試香の無い
「客香」が2種類出ることに特徴があります。この場合、香木の性質である「木所」(きどころ)を知らない方にとっては、どちらが「青葉」でどちらが「遅桜」かを瞬時に判別することは、不可能だと思います。そういう場合は、香りの異同を「〇」「×」などで仮にメモしておき、聞き終わってから3つ出た客香を「青葉」、1つだけだった客香を「遅桜」と書きかえると良いでしょう。EX:「〇、×、〇、夏山、〇」→「青葉、遅桜、青葉、夏山、青葉」
更に、この組香の下附については、書物によって
「全部当った場合は『一枝』とする。その他は点数」と書いてあるものもありましたが、ここでは最も多様な下附を有するものを取り上げました。それによれば、全部当った場合は「一枝」と記します。これはおそらく全問正解の御褒美として貴重な桜の枝をお土産にできる「一枝献上」ということを表しているものと思われます。「青葉」のみ当った場合は、桜が見つからないので、山は緑ばかりの「新樹」となります。「遅桜」のみ当った場合は、折り良く樹間から桜を見つけたので「木間花」(このまのはな)となります。「夏山」と「遅桜」を聞き当てると、目線が少し遠くなり「深山桜」(みやまざくら)となります。全く当らなかった場合は、花もう終わっていたということで「散」と記します。その他は点数で記します。最後に、この組香の
「特種な遊び方」をご紹介しましょう。書物を意訳すると「この組香は余りに簡単なので、折角下附をたくさんつけてもなかなか全部外れたり(散)、遅桜だけ当ったり(木間花)はしない。すると下附が無駄になり香記の景色もつまらなくなるので、連衆それぞれが聞き当てる要素の担当を決めて、割り当てられた下附のとおりになるように聞き当てて遊ぶ」と書いてあります。例えば、正客は「青葉」のみを聞き当て、その他はわざと間違い、下附が「新樹」となるように努力する。以下同様に、次客は「遅桜」を担当し「木間花」を目指す。三客は「夏山と遅桜」を聞き当て「深山桜」を目指す。四客は全て間違い(無太郎聞き)「散」を目指す。五客は普通に聞いて「一枝」を目指す。・・・というふうに香の聞き当てばかりか、外れ方まで限定して、香記に多様な景色をちりばめようとしています。これは、大変面白い趣向ですが、香気に達していない人達がやってしまうと、中途半端に当たり外れが出て、結局「点数」ばかりの香記となってしまいそうですね。この遊びは、熟達した香人の集りで行い、全員が目的を達成し、「全ての下附が順序良く並ぶ」というところに一座建立の醍醐味を見出しているものと思われます。
今年は、藤の花も咲くのが早いようです。
夏山に残花を見に出かければ、「木間花」は藤ということになりそうですね。
組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。
最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。
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