八月の組香

季節ごとの風をテーマにした組香です。

聞の名目にあらわれる微妙な季節感を味わいながら聞きましょう。

※ このコラムではフォントがないため「」を「柱」と表記しています。

説明

  1. 香木は、4種用意します。

  2. 要素名は、「春」、「夏」、「秋」、「冬」です。

  3. 香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。

  4. 「春」、「夏」、「秋」は各4包(計12包)作り、そのうち1包ずつを試香として焚き出します。(計3包)

  5. 次に、残った「春」、「夏」、「秋」各3包(計9包)に「冬」3包を加えてを打ち交ぜます。 (計12包)

  6. 本香1炉(初炉)は、「ほのか」として廻します。

  7. 本香2炉から11炉までの10炉は、「二柱開(にちゅうびらき)」とし、2炉ずつをひとまとめにして答えを1つ当てはめます。

  8. 本香12炉(末炉)は、「松の琴」として廻します。

  9. 本香は、「1+(2×)+1」12炉回ります。

  10. 本香1炉「ほのか」の答えは、要素名をそのまま書き記します。

  11. 本香2炉から11炉までの10炉の答えは、2炉ずつをひとまとめにして「聞の名目」を都合5つ書き記します。

  12. 本香12炉「松の琴」の答えは、要素名をそのまま書き記します。

  13. 答えは、「ほのか」にあたる要素名+(名目×5)+「松の琴」にあたる要素名で合計7つ書き記します。

  14. 下附は、全部当った場合は「皆」となり、その他は点数で表します。

 

 毎日暑い日が続きますと、高原の木蔭や湖面を渡ってくる風・・・時には、ヒートアイランドの一陣のビル風さえ恋しく思えることがあります。私は、子供の頃、夏休みの昼寝をしている時にフ〜ッと頬をなでて吹き過ぎるそよ風が好きでした。また、自然の風がなくとも「居寝つつも団扇絶やさぬ母の愛」などというものが昔は存在していたものです。それから数十年を経て、今度はこちらが団扇を動かす立場となり、昼寝の暇も無くなりました。この頃は、もっぱら草木の香りをはらんで、どこからともなく吹いて来る「五月の風」を聞くことが好きになりました。夏季ならば、台風一過の晴れ渡った空を勢い良く吹き抜ける暖かく湿った風も、思わず風の吹く方向に向き直って深呼吸してしまうほど好きです。思えば私は、地球が「生きているぞ。」と言うメッセージを人間に投げかけてくれているような、「風」「雨」がとても好きなのでした。

 私がいくら「風好き」でも、香気は「風」を嫌います。そのため、香席では冷房がなくとも部屋を閉め切ることが習わしとなっています。すると、香炉からの放射熱でじっとしていても汗が噴出してきますから、もう「心の遊び」などと気取ってはいられなくなります。「香席は盛夏を避けるもの」とは冷房のある現在では死語となりつつありますが、「心の自由度を落として、無理をしてまで香遊びはするな。」ということは、最も基本的な先達の教えのように思えます。

 とはいえ、先達が香気を以って席中に風を起すことを考えつかないわけはありません。今月は「風香」(ほのか香)をご紹介致しましょう。

 「風香」は「ほのか香」と読むのだそうです。「ほのか」とは、現在一般的には「仄か」と言う字をあて、「はっきりと見わけたり、聞きわけたりできない様子や幽かであること。」を表しますが、この組香では、「ほのか」に「風」の漢字をあてて表記しています。そこで「風=ほのか」であることの立証を試みました。「風」の象形文字は「鳳」と同じで「帆」を表す「凡」風を起す「鳥」(後に「虫」に替わる)の合体した字であり、大昔は「ほ」と読んだ可能性があります。しかし、現在「風」に関する読みに「ほのか」というものはなく、「ほのめかす」という意味のなかに関連性を見るのみです。また、熟語としても「風記」(ほのき)というものの他に風を「ほ」と読む用例はありませんでした。更に中古の和歌等にも「ほのか」は多数使われていますが、その用例は、ほとんど「仄か」と同義で使われており、「風=ほのか」という証拠は極めて心許ないものとなってしまいました。中古文学から用例が見出せないということは、組香の作者の知る由もないことと思われるのですが、「一二三香」を「うたたね香」を読ませる口伝の如く、何か謂れはあるのかもしれません。ここでは結局「風=ほのか≒仄か」を前提に解釈することとしました。

 さて、この組香の要素名は「春」「夏」「秋」「冬」です。四季の名称を組み合わせて、季節感のある聞の名目を形成する方式は、「四季三景香」等にも見られますが、その風景を全て「風」に特化させたのが、「風香」ということになります。また、この組香は、四季を要素にしていますので、季節を問わずに用いることができる組香ということになります。

 本香の香数は、四季の要素が3包ずつ、計12包となっており「一年12カ月」を表すものと思われます。試香は、「春」「夏」「秋」にあり「冬」はウ香の扱いになっていますが、「夏は『夏の風』を探すために『夏』をウ香とする」等、季節によってアレンジすることも「よくよく工夫あるべし」の範疇として許されることかと思います。

 この組香の構造については、「二柱開の十柱香」の形式をメインとしながら、初炉「ほのか」と末炉「松の琴」というプロローグとエピローグを設けて、情趣性を持たせているという特徴があります。他の組香にも、末炉を「名残として聞く」という例はありますが、初炉にも「露払い」や「先触れ」のような機能を持たせた例は、大変めずらしいと思います。また、「籬香(まがきこう)」のように回答に必要のない要素を「聞き捨て」(聞くだけ聞いて回答にも記録にも書かないこと)にするのとは違い、初炉と末炉の答えをも採点の対象にもしています。

 次に、この組香の景色を彩る「聞の名目」について、若干解説します。

 初炉「ほのか」については、先ほどの考察どおり「はっきりと見わけたり、聞きわけたりできない風」として、本香の露払いをしてもらうことにします。「風が吹きました。さぁてこれは何の風?」というプロローグです。

 末炉「松の琴」については、「琴曲香」でも説明したとおり、中国古代の『松風入夜琴』の詩歌から「松風」と「琴」という中国の古典的美意識が国文学上に定着したものと思われます。

 その他の名目については、私の主観的イメージで「風の温度」順に配列してみたいと思います。

「春・春」→【春風】(はるかぜ)の時節に、東または南から吹く風のことです。「東風」と同義語という一面もあります。《季・春》

「春・夏」→【東風】(こち)春先に東の方から吹いて来る風のことです。「こち」の「ち」は風の意味で「東風吹かば匂いおこせよ梅の花」(拾遺雑春)が有名です。《季・春》

「春・秋」→【花の吹雪】(はなのふぶき)主に「桜」の花びらが散り乱れるのを吹雪に見立てていう語です。「花の吹雪」が「春・秋」の名目となるというのは、花が散ることから花の秋をイメージしたものでしょうか?秋の草木の花吹雪もあるからと考えるべきでしょうか?《季・春》

「夏・春」→【風薫る】(かぜかおる)初夏、青葉の香りを吹きおくる初夏の快い風のことです。現在では、「風薫る五月」という言葉が一般的です。《季・夏》

「夏・夏」→【涼風】(すずかぜ)夏の終わりに秋の訪れを告げて吹く涼しい風のことです。「涼風やほのみか月の羽黒山」(芭蕉) 《季・夏》

「夏・秋」→【川風】(かわかぜ)川の面を吹き渡る風のことです。山おろしに対して川おろしという言葉もあります。

「夏・冬」→【夜嵐】(よあらし)夜吹く強い風のことで、語そのものにはあまり季節感はありません。 「夜嵐」は「夏・冬」の名目ですが、夏の夜風(涼風)と冬の夜風(寒風)の両方のイメージでしょうか?

「秋・冬」→【初風】(はつかぜ)その季節の初めに吹く風のことで、主に秋の初めに吹く風を言います。「わがせこが衣の裾を吹き返しうらめづらしき秋のはつ風」(古今集秋)《季・秋》

「秋・秋」→【秋風】(あきかぜ)秋に吹く風のことです。「秋風月」とは、陰暦八月の異称です。《季・秋》

「秋・夏」→【野分】(のわき)二百十日(9月1日頃)、二百二十日(9月11日頃)前後に吹く強い風のことで、台風を示すこともあります。《季・秋》

「冬・春」→【木枯し】(こがらし)秋の末から冬の初めにかけて吹く、強く冷たい風のことです。「木枯し」は、「冬・春」の名目となっていますが、「春の木枯らし」はイメージができません。《季・冬》

「冬・夏」→【松風】(まつかぜ)松の梢を吹く風のことです。「松風月」は、陰暦六月の異称で季節がずれるような気がしますが、「風を待つ(松)月」の意からきた語なので、このこと自体に季節感は結びつきません。「松風」が「冬・夏」の名目となっているのは、「夏の浜辺の松風」と「冬の夜の松風」の両方の景色をイメージしたものでしょうか?

「秋・冬」→【激しき風】(はげしきかぜ) 文字どおり激しく吹く風のことです。「激しき風」自体に特定の季節感はかんじられませんが、基本的には山風や嵐と同義語ではないかと思います。

「冬・秋」→【山風】(やまかぜ)山から吹きおろす風。山おろし。「ふくからに秋の草木のしおるればむべやまかぜをあらしといふらむ」(古今集秋)

「春・冬」→【嵐】(あらし)激しく吹く風の中でも、特に山風や山おろしを意味することが多いようです。「あらし」の「し」は風の意です。「嵐」が「春・冬」の名目になっているのは、春先の風花の飛ぶ頃をイメージしているのでしょうか?

「冬・冬」→【木の葉落とし】(このはおとし)木の葉を吹き落とす風のことで、基本的には木枯しと同義語です。「木の葉落とし」が「冬・冬」の名目になっていますが、究極の冬は木の葉が落ちてから深まるものと思います。《季・冬》

 現代用語の注釈を基に季節感を並べ変えると以上のようになります。春から秋については、若干の入れ違いはありますが、微妙な季節のうつろいと「風」の名称が一致しています。おそらく作者は全ての名目においてそれを狙ったのでしょう。しかし、季節が連綿していない「春・秋」「夏・冬」「秋・春」「冬・夏」といった組み合わせには苦慮したようです。また、冬の風について、イメージが乏しいのは残念なことです。激しき風は具体的イメージが湧きませんし、山風と嵐、木の葉落としと木枯らしは基本的に同義語で温度差も感じられません。おそらく作者は、冬の寒さというものをあまり体感できない土地柄に住んでいたのではないかと想像されます。北国住まいの方であれば、【木の葉落とし】よりも温度の低い冬の風【朔風】【空風】【寒風】【吹雪】等を容易に思いつくでしょう。木の葉が落ちた後にも霜枯れがあり、雪の降る季節があることを思い出していただきたかったです。

 回答方法については、前述のとおり初炉を「ほのか」にあたる要素名を書き記し、本香2炉から11炉までの10炉の答えは、「二柱開の十柱香」のイメージで2炉ずつをひとまとめにして「聞の名目」を書き、末炉は「松の琴」にあたる要素名を書き記します。答えは7つとなりますが、点数は、各炉毎に1点と採点します。初炉と末路は各々1点で、聞き当てた場合のみ「ほのか」「松の琴」と記録して点を付します。例えば、初炉「ほのか」が「春」だった場合「春」と回答したもののみ香記に「ほのか」と記載します。外れた場合は、要素名をそのまま「夏」「秋」「冬」で記載します。本香2炉から11炉までの10炉は、聞きの名目そのものが当った場合は2点となり、聞きの名目が違っていても1つの要素を聞き当てていた場合は1点が加算されます。例えば「春風」を「春風」と当てた場合は要素名2つ分(春・春)を当てたこととなるので、2点が加算されます。「春風」(・春)を「東風」(・夏)と聞き誤った場合でも前半の要素名「春」の部分が1つ当っているので1点となります。こうして、満点は12点で「皆」となります。

 先日伺った茶席では、部屋を開け放って御簾を立て、自然の風が入るように設えてありましたので、本当に風のありがたさが身にしみました。香席では、「障子を少し開けて…」ぐらいが関の山ですが、皆さんも暑い盛りに涼やかな風を演出されてみてはいかがでしょうか?

 ※ この組香は、原典に説明書きが少ないため、香記を解読して聞き方を推測しています。「風香」の鑑賞に関する一考察としてお考えいただければ幸いです。

 

耳で風を聞く風鈴。目で風を見る吹流し。

冷房のなかった時代には、風は本当にありがたい存在だったのですね。

 

組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。

最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。

Copyright, kazz921 All Right Reserved

無断模写・転写を禁じます。