一月の組香
新春かるた会の替わりに楽しめる組香です。
要素名にこだわらず同香のみを探し当てるところが特徴です。
※ 慶賀の気持ちを込めて小記録の縁を朱色に染めています。
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説明 |
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香木は5種用意します。
要素名は、「一」「二」「三」「四」「五」です。
香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。
この組香に試香はありません。
「一」「二」「三」「四」「五」は、それぞれ2包ずつ作ります。
これを、各1包ずつ(A組「一、二、三、四、五」、B組「一、二、三、四、五」)の2組に分けます。
A組とB組を組ごとに、それぞれ打ち交ぜます。(各組「一、二、三、四、五」の順序を変えるためです。)
AとBの各組のうちそれぞれ1包ずつを交換します。(A組の1包をB組へ、B組の1包をA組へ)
本香は、任意のどちらか1組(計5包)のみ焚き出し、残った1組は総包に戻します。
本香は、5炉回ります。
答えは、香の出の中に「同香」が場合、何番目と何番目に出たかを確かめ、「聞の名目」に記された句の「同音」の箇所が符合しているものを探し出して書き記します。(すべて異香の場合もあります。)
当たりは、傍点(赤)で示し、下附はありません。
新年あけましておめでとうございます。
お正月といえば、昔は凧上げ、羽根突き、カルタ、双六といった遊びが定番でした。私はその中でも双六が好きで、画用紙にユニークな指令やイベントを書き込んだ自作の双六盤をたくさん持っていました。カルタといえば、当時は「いろはカルタ」で、お決まりの「犬も歩けば・・・」ですが、その他にも「花カルタ」、「宮城県名所カルタ」、「漫画キャラクターカルタ」等、たくさんのバリエーションがありました。このカルタ取りというゲームはトランプの「神経衰弱」同様、右脳派の私の得意分野でした。生来、古典好きの私は、高校時代に『小倉百人一首』と出会い、校内のクラブ活動にも所属していました。娘が生まれて苦節10年・・・。「百人一首カルタ」を使うゲームは「坊主めくり」が関の山でしたが、昨年の正月にとうとう百人一首の本(漫画版)を買い与え、今年の対戦の準備をさせたというわけです。「歌の記憶が朧気な娘」と「頭と体の俊敏さが衰えた父親」の対戦ですから、微笑ましいことこの上ない勝負となりましょうが、今年のお正月で1番楽しみなイベントでもあります。
今月は、お香による新春かるた会「小倉香」(おぐらこう)をご紹介いたしましょう。
この組香は、大枝流芳の『香道秋農(の)光』の後編として出版された『香道千代乃(の)秋』に掲載されている三上双巒( そうらん)作の組香です。何故この組香が「小倉香」と名付けられたかは、「聞の名目」に記載されている5文字11組が、全て『小倉百人一首』の句から引用されているからで、このことは、少々古典の知識の有る方ならばすぐに 理解いただけることと思います。この組香は、引用されている歌に秋の歌が多いことから、通常、「秋の組香」として取り扱われることが多いのですが、今回は、「新春」の「かるた とり」をイメージしてご紹介することといたしました。
それでは『小倉百人一首』の「小倉」は何故つけられたのでしょうか?『小倉百人一首』は藤原定家が撰者であるというのが現代の通説です。その定家の山荘「時雨亭」が小倉山麓(現在の京都市右京区嵯峨)にあったからです。この山荘で定家は晩年に秀歌撰の仕事を行っており、『秀歌大体』や『百人秀歌』を残しています。そのような中、定家の縁戚(嗣子為家の妻の父)にあたる宇都宮入道頼綱が、自分の山荘の障子に貼る色紙を定家に依頼し、それを受けて百人の名歌を選び、書き連ねたものが所謂「小倉色紙」で、これが『小倉百人一首』の起こりであると言われています。このことは、定家の日記である『名月記』に「予もとより文字を書く事をしらず、嵯峨中院の障子の色紙形、ことさら予に書くべき由、彼の入道懇切なり。極めて見苦しき事なりといえども、なまじに筆を染めてこれを送る。古来の人の歌各一首、天智天皇より以来、家隆、雅経卿に至るまでなり。」とあります。また、「百人一首」という言葉は、宗祇の『百人一首抄』(1478)に「右百首は京極黄門小倉山庄障子色紙也。それを世に百人一首と号する也」とあり、それより半世紀以上も古い、応永13年(1406)の古写本にも「これを百人一首と号する也」とあることから、南北朝直後には使われていたと考えて良いでしょう。当時は、「百人一首」と言えば定家撰のものを表していたのですが、その後足利義尚の『新百人一首』をはじめ『後撰百人一首』、『武家百人一首』、『源氏百人一首』、『花街百人一首』、『愛国百人一首』と昭和の初期に至るまで、たくさんの「百人一首」が世に出ることとなりましたので、これらとの混同をさけるために「小倉」を冠したということのようです。
この組香の構造は、@5種5包のお香を2組作り、Aその中の1包だけを交換し、B交換された2組のうち1組だけを再度シャッフルして焚き出します。このことによって、1組に同じお香が2つ出ることが一般的となり、同香の出た順番に因んであらかじめ用意された「聞の名目」で答える趣向となります。(ただし、Aの際に偶然同じお香を交換してしまった場合は、本香が全て異香となるケースもあります。)この構造は、御家流古十組の「小鳥香」、中古十組の「草木香」と全く同じで、おそらく作者の着想もこれらを継承しているものと思われます。
この組香の要素は、匿名化された数字です。「小鳥香」をご紹介した際は、鳥が共通のテーマとして明示されていますので「それぞれの要素が、小鳥の羽の色や囀りだと思って聞きましょう。」と書きましたが、「小倉香」の場合は、統一した景色があらかじめ設けられていないので、どのように連想すべきか悩みました。「小倉山の景色?」などとも考えましたが、引用された歌にもそれほど具体的な「小倉山」は出てきません。そこで私は、各要素は「それぞれ任意の文字」として、匿名化されたまま使われ、答えを記す際に初めてその「句」を形成した文字に昇華されるものなのではないかと考えました。また、各要素は試香もありませんので、どの要素がどんな香りなのかについては、全く解らないまま本香を聞き、同じ香の出た順番のみを記憶するということになります。ですから、連衆は、出された本香のイメージを「一、二、三、四、五」や「○、×、△、◎、▲」のような記号等でメモしておき、同じ記号となった香の順番を確認して聞の名目に当てはめるという作業が必要となります。
EX:香の出「○、×、△、△、◎」⇒「3炉、4炉が同香」⇒答え「あきののは」⇒「○=あ、×=き、△=の、◎=は」
聞きの名目の元になっている和歌は次の通りです。
番号 |
歌(引用部分) |
作者 |
1 |
あきのたのかりほの庵のとまをあらみわが衣では露に濡れつつ |
天智天皇 |
6 |
かささぎのわたせる橋に置く霜の白きを見れば夜ぞ更けにける |
中納言家持 |
10 |
これやこの行くも帰るも別れてはしるもしらぬもあふ坂の関 |
蝉丸 |
17 |
ちはやぶる神代もきかずたつたがわからくれなゐに水くくるとは |
在原業平朝臣 |
26 |
おぐらやま峰のもみぢば心あらばいまひとたびのみゆきまたなむ |
貞信公 |
37 |
白露に風の吹きしくあきののはつらぬき止めぬ玉ぞ散りける |
文屋朝康 |
42 |
ちぎりきなかたみに袖をしぼりつつ末の松山浪こさじとは |
清原元輔 |
75 |
ちぎりおきしさせもが露を命にてあはれ今年の秋もいぬめり |
藤原基俊 |
83 |
よのなかよ道こそなけれ思ひ入る山の奥にも鹿ぞ鳴くなる |
皇太后宮大夫俊成 |
94 |
みよしのの山の秋風さ夜ふけてふるさと寒く衣うつなり |
参議雅経 |
100 |
ももしきや古き軒端のしのぶにもなほあまりある昔なりけり |
順徳院 |
以上のように、『小倉百人一首』の初めから最後まで、実に約570年間の時の流れを網羅的に聞きの名目にとり込んでいることは、驚きに値します。おそらく作者は、聞の名目とする句を選定した際に、文字の並びの適合もさることながら、引用する歌の景色も考慮に入れたものと思われます。
作者の腐心を推測するとこのようになります。
「あきのたの」の他にも「みちのくの」「すみのえの」等の句もありますが、やはり「最初の歌」を掲載したいということで天智天皇の歌を採用したのでしょう。同じく「ももしきや」にも「こころあて」という候補はありますが「最後の歌」というこで採用されているものと思われます。
「かささぎの」には「ながからむ」「なげけとて」、「みよしのの」には「なげきつつ」の候補がそれぞれありますが、やはり歌のムードや景色、歌そのものの知名度等を勘案して採用されたものだと思います。
「たつたがわ」は上の句の第1句ではないので厳しい選択だったと思います。第1句には「きりぎりす」のような候補もあったでしょうが、やはり「小倉山」には「立田川」の景色が欲しかったのだと思われます。
「おぐらやま」は同音を含まない句で、同香同士を交換してしまって本香の出が異香ばかりとなった場合の名目です。同音を含まない句はたくさんありますが、やはり、組香名とも直結しているということからの採用でしょう。
「これやこの」「あきののは」「ちぎりきな」「よのなかよ」にはライバルがいませんので、無競争当選ということでしょう。特に「あきののは」は第1句ではありませんが「小倉山」「立田川」に次ぐ景色の「秋の野」として採用されたものと思われます。
最後に、この組香は、答えが聞の名目1つですので下附はなく成績は「長点」のみで示します。また、勝負は、正解者のうち上席の方の勝ちとします。
この組香には証歌はありませんが、聞きの名目を選び出すことによって得られる和歌1首を最終的なテーマと据えることも可能でしょう。そうすると、季節感も最終的に正解となった歌によって左右されることとなります。先ほど、「各要素はそれぞれ任意の文字として捉え、答えを記す際に初めてその「句」を形成した文字に昇華されるもの」との解釈を示しましたが、組香全体も香が充ちて初めて景色が創出される「見返りの香」という特徴をもっているまのではないかと思います。いずれにしろ、木所等がわからない素人の方が、同香・異香を聞き分けるだけで、参加できる簡単な香遊びでありながら、和歌の持つ雅な雰囲気も味わえる組香ですから、お正月に家族や気のあった友人とかるた会気分で香筵を開いてみてはいかがでしょうか?
正月のかるた会は、昔は社交の場でもあったということです。通りすがりにかるたを読上げる声を聞けば、案内を乞うて見ず知らずの家に上がり込み、着飾った初対面の異性たちと遊び戯れることが許されていたということです。その当時は、「故意のお手つき」は「恋のお手つき」となる可能性も孕んでいたとか・・・。(^_^)touch!
本年も稚拙なコラムでお目汚しですが、よろしくお願い申しあげます。
今年も宮殿「松の間」で歌会始の儀が執り行われます。
お題「町」でしたね。
御製も楽しみですが、ご自分で一首詠まれてみてはいかがでしょうか?
組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。
最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。
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