五月の組香
陰陽五行に通ずる五色をテーマにした組香です。
正色と間色の因縁を記録に表すところが特徴です。
説明 |
香木は、6種用意します。
要素名(組香を構成する要素の名)は、「青」「黄」「赤」「白」「黒」そして「紫」です。
香名(香木の固有名詞)と木所(きどころ:香木の種類)は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。
「青」「黄」「赤」「白」「黒」は各2包、「紫」は1包(計11包)を用意します。
その際、試香包には要素の表書きは行わず、それぞれ「青」「黄」「赤」「白」「黒」の色の紙に包みます。また、本香包は、客香(試香のない)の「紫」に合わせて全部「紫」色の紙で包みます。
それぞれの色の紙で包まれた「青」「黄」「赤」「白」「黒」の各1包を試香(こころみこう:あらかじめ要素名を宣言して出す香)として焚き出します。
紫色の紙に包まれた「青」「黄」「赤」「白」「黒」各1包と「紫」1包(計6包)を打ち交ぜ(シャッフル)します。
本香は、6炉廻ります。
答えは、出た順に要素名で記します。
記録では、「赤」の出を「紫」と書き記し、「紫」の出の部分は「空白」としておきます。
下附は、全部当りの場合は「五色」、その他は点数で書き記します。
私は、「薫風」というものは、いろいろな木の花の香りが大気に混じって人間の鼻に入り、無意識のうちにイメージが形成されてできた言葉ではないかと思っています。この時期に散歩をすると、木々が発する香気にいろいろな色彩を感じ、まるで色の違う気団の中を掻き分けながら歩いているような感覚に襲われます。新緑一色の景色の中で、春の花のような色彩の違いを感じられるのは楽しいことです。上を見上げれば澄み渡った青空・・・その大気色を水色に観立てて鯉のぼりが泳いでいます。五月は、端午の節句ですね。
今月は、鯉のぼりと一緒にはためく吹き流しをイメージして「五色香」をご紹介いたしましょう。
「五色香」は、「五行香」同様、中国古代の「陰陽五行説」に基づくお香と考えて良いでしょう。「五色」は、単に「カラフル(多彩)」であることを表現する言葉でもあり、「様々な色のコントラストを味わう組香」としても楽しむことができますが、やはり、陰陽五行説から派生した色と考えた方が、呪術的な力や、陰陽、相剋・相生等、イメージの相乗効果も期待できますので、組香の世界に広がりが出ると思います。「五色」は、森羅万象全てを表象する色、永遠の安定性をあらわす色という中国から伝来した思想です。もともと、古代の日本語では、固有の色名は、アカ・クロ・シロ・アオの4色があるのみで、それぞれ「明」「暗」「顕」「漠」を表すものだったようです。そこに中国大陸から、黄土の「黄」を中心とする「五行」の考え伝えられ、方位(東⇒青龍、南⇒朱雀、西⇒白虎、北⇒玄武)や季節(春⇒青陽、夏⇒朱明、秋⇒白蔵、冬⇒玄英)等にも色が配されました。そのため「五色」は、「鯉のぼりの吹き流し」以外にも多くの日本の伝統行事に使用されています。「棟上式の幟」や「七夕の五色糸」、また、昔の話ですが「腹帯やお産の時に手懸りにする紐」などもそれぞれ、陰陽五行説から由来するものです。
まず、この組香の要素名は、「正色(せいしょく)」である「青」「黄」「赤」「白」「黒」と「間色(かんしょく)」である「紫」です。正色とは、混じり気が無く、正しいとされる色で、間色とは、正色以外の色であり正色(原色)を混ぜ合わせてできる紫、緑、橙などの中間色のことです。この要素名が持つイメージを単に「色」だけに留めないため、五行配当表を抜粋しておきましょう。香組をする際にも、香木の陰陽や五味等に留意して各色に当てはめていけば、自然に連衆と共感しやすい出香ができると思います。
五色 |
陰陽 |
五行 |
五方 |
五時 |
五常 |
五味 |
五声 |
五臓 |
五事 |
青 |
陽 |
木 |
東 |
春 |
仁 |
酸 |
角 |
肝 |
貌 |
赤 |
陽 |
火 |
南 |
夏 |
礼 |
苦 |
微 |
心 |
視 |
黄 |
中 |
土 |
中央 |
土用 |
信 |
甘 |
宮 |
脾 |
思 |
白 |
陰 |
金 |
西 |
秋 |
義 |
辛 |
商 |
肺 |
言 |
黒 |
陰 |
水 |
北 |
冬 |
智 |
鹹 |
羽 |
腎 |
聴 |
さて、この組香の第一の特徴は、香包にあります。通常、試香包は、包紙の表に組香の要素名を書き付けますが、この組香の試香包では、5色の紙をそれぞれの要素に当てはめて使い、書き付けをしません。つまり、「青」の香には青色の紙、「赤」の香には赤色の紙・・・という様に、その包紙の色で要素名を表す様にします。そうすることにより、試香包が総包から取り出され、地敷紙に並べられた瞬間に、「カラフル!」という驚きと同時に「この席では色で遊ぶのですよ。」という組香の趣旨を連衆の脳裏に刷り込むことができます。また、試香が焚き出される際にも、香包の色によって、香のイメージが結び易くなります。香書では、「白一色の紙で略式とする場合は書き付けも可」となっていますが、是非とも省略せずに5色の紙を使っていただきたいと思います。また、本香には、客香である「紫」が入ります。これも「紫」を紫色の紙で包むため、他の香木も全てわからないように紫色の紙で包みます。このように、試香包と本香包の両方に規定があるのはたいへん珍しいことだと思います。
次に、この組香の香数は、「五色香」であるにも関わらず、「香6種」で組み、要素名は「 6色」、本香も6炉廻ります。それは何故でしょうか?この謎を解く鍵は、小引の「紫の朱を奪うといえる心なり」という文章の中にあり、それが参考として示した『論語』陽貨の一節と通じているのです。陽貨十七には「子曰、悪紫之奪朱也 悪鄭声之乱雅楽也 悪利口之覆邦家」(子曰く 紫の朱(あけ)を奪うを悪(にく)む 鄭声(ていせい)の雅楽を乱すを悪む 利口の邦家(ほうか)を覆すを悪む)とあり、このことは、間色の紫色が正色の朱色に混じると色を濁すことから「間色である紫が正色である朱の鮮やかさを奪う」⇒「贋物が本物を乱す」ということの喩えとされています。また一説には、長い歴史の中で、「紫」が宮中や仏門で高貴な色として珍重され、他の正色を圧倒する勢力を誇るようになったことによる「正色たち」の恨みや 他所者意識が、この組香に内在しているという考え方もあります。
続いて組香の構造ですが、こちらは至極単純です。試香で正色の5色を覚え、本香では正色5色に「紫」を打ち交ぜで焚き出します。連衆は、 香の出のまま答えを書き記して提出します。まだ、この時点では「六色香」と言えるのかもしれません。
しかし、記録を書き記す段階で、「赤」と記載された答えは、執筆者が「紫」と書換えることとなっており、このことによって、香記に書き記される色の数は「青」「黄」「紫」「白」「黒」の5色となります。このことが、「紫の朱を奪うといえる心なり」ということで、「赤」は「紫」に陵駕されたことを表していると言われています。また、「紫」と記載された答えの部分は、「空白」として一間開けておき、当り外れは、「赤」の代わりに書いた「紫」のところに点で表します。このことは、「紫」は他の正色に疎まれ、恨まれていることを表すと言われています。「紫」の点は、「赤と紫」が当れば文字の両肩に付します。「赤」のみが当りの場合は文字の右肩に、「紫」のみの当りは文字の左肩に付します。下附は、全問正解には「五色」、その他は点数で記載します。水原翠香著の「茶道と香道」では、点数にも「色」を付けて「一色、二色と記す」という記載もあります。
最後に、現代人にとっては陰陽五行説より親しみ易いかもしれませんので、「心理学上の色イメージ」を記載しておきましょう。
青:客観的、シャープ、繊細、冷静、深い、静か、探究心、自立心、憂鬱な気分
赤:無理解、動物的、幼稚、直情的、強い生命力、愛、勇気、情熱、怒り
黄:曖昧さ、敏速、異質を好む、批判的、希望、幸福、健康、欲求、外向的、依存性
白:自然主義、開放的、写実的、素直、明るい、清純、無垢、平和、純粋、清浄
黒:破壊的、死、暗闇、絶対的な超越感
紫:やさしさ、優雅、情緒的、ロマンチック、感情的、女性的、性的、不安、嫉妬
また、医学的、生理的、心理的な立場からは、こんな効用もあるようです。
青には、沈静効果があり、血圧降下、脈拍数減少の作用があると言われています。赤は、昂進効果があり、心臓の鼓動を速め、血圧上昇、男性ホルモンの分泌促進の作用があると言われています。黄は、明るく華やいだ気分にさせてくれる色ですが、用い過ぎると飽き易いという傾向があるようです。白は、気分を軽くするとともに、物理的にも荷物を軽く感じさせる心理効果があると言われています。黒は、全てのものを覆い隠したり、秘密めいたムードや未知なるものを予感させる心理効果があると言われています。紫は心や体が傷付いた時の癒しの色で、細胞の中の光回復酵素を刺激し、遺伝子の損傷を直す働きがあると言われています。 こういったイメージでお香を組むのも今風かもしれませんね。
現在では黄色が曖昧さを表しますが、古代の日本では「アオ」が「漠」でした。色も純色ではなく、「白馬(あおうま)」に見るように灰色がかった白色を言っていたそうです。紫は、欧米では昔から高貴な色とされ、日本でも冠位十二階(603年)で最高位の色とされて以来、高貴な色として用いられています。現代に至って、さらに「癒し系」等、情緒的でフェミニンな良いイメージを確立していますので、これでは「直情的」な赤がやっかむわけですねぇ。
紫を好む人は変わった人・・・
しかし、変わっている自分に自信を持っていることが多いようです。
組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。
最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。
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