四月の組香
今を盛りと咲き誇る桜の景色をテーマとした春らしい組香です。
香の出によって証歌が変わるところが特徴です。
※ このコラムではフォントがないため「」を「柱」と表記しています。
説明 |
香木は、4種用意します。
要素名は、「一」「二」「三」「ウ」です。
これを、「一」は「初春」、「二」は「如月」、「三」は「弥生」、「ウ」は「花」と見立てます。
香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。
「一」「二」「三」各4包と「ウ」を3包作ります。(計15包)
そのうち「一」「二」「三」をそれぞれ1包を試香として焚き出します。(計3包)
残った「一」「二」「三」それぞれ3包ずつと「ウ」を3包を打ち交ぜて、その中から任意に2包引き去ります。(12−2=10包)
本香は、10炉廻ります。
連衆は「二*柱開(にちゅうびらき)」という形式に則り、1つ1つ廻ってくる香炉の2つを1組として「聞の名目」を1つ選びメモしておきます。
答えは、5つの「聞の名目」で書き記します。
例:「一」・「二」=「白雲」、「ウ」・「一」=「曙」、「一」・「三」=「下臥」、「ウ」・「ウ」=「色香」、「三」・「二」=「枝折」
下附は、全問正解を「皆」とし、その他は「聞の名目」1つを1点と換算して、点数で書き附します。(5点満点)
今年は、桜の開花が例年より早いようですね。
もう既に日本列島の半分以上で開花宣言が出されています。例年「桜前線」は、1月下旬に沖縄からスタートし、5月中旬に北海道(稚内)まで「北上」するのが習いです。先月の開花情報では、3月17日に東京と福岡が同時に咲き始め、その後、関東圏では神奈川・千葉→埼玉→山梨・栃木・群馬→茨城と前線が広がりを見せました。さすがに当地の開花予想は今月となりましたが、例年より10日程も早いということで、そろそろ蕾が赤みを帯びて膨らんでいます。
桜は、夏の間に翌春に咲く花の芽を作り、秋風が吹いて気温が下がり始めると「休眠」しはじめます。秋から冬にかけて休眠した桜は、一定の「低温」が続くと眠りから目を覚まし、温度の上昇とともに蕾が「生長」して「開花」します。この生長期にあたる2月以降の気温が高ければ、今年のように開花の時期は早まるというわけです。また、花の期間は、花々や木々の個体差もありますが、関東以西では約1週間咲くのに対し、北陸・甲信越地方では約5日、東北・北海道では3日から4日程度と短めになる傾向もあります。所謂「寒のもどり」や「花冷え」は開花を遅らせますが、開花後であれば満開までの時期を引き延ばしてくれることもあります。
桜の語源は、古事記に登場する「木花開耶姫」(このはなさくやひめ)の「さくや」が転化したものだという説があります。
また、民俗学者の折口信夫(おりくちしのぶ)は、さくらの「さ」は田の神・穀霊を表す古語で、「くら」は神霊が鎮座する場所を意味し、「さ+くら」で、春に山から降りてきた穀霊が宿る依代(よりしろ)を表すという説を立てています。そのため、「花見」も田植え前に桜の下で酒宴を開き、桜が早く散らないように田の神を供応したことが起源と言われています。
また、桜は、「ピカピカの♪一年生♪」の出で立ちに似合うものですが、当地では4月上旬に行われる入学式に桜の開花が間に合うことは近年稀でしたので、今年は、一層華やかなものとなりそうです。他方、「夜桜」 にも風情があります。一人宴席から離れて、「花の下風」に吹かれながら月でも眺めていれば、朧月夜の君が現れるかもしれませんね。
今月は、朝な夕なに桜を愛でる・・・「桜香」
(さくらこう)をご紹介いたしましょう。
「桜香」は、『御家流香道要略集』に掲載のある組香で、杉本文太郎著の『香道』にもほぼ同様の掲載があります。今回のコラムは、この双方を出典として書き進めたいと思います。
まず、この組香には三つの証歌が用意されているところが第一の特徴となります。
1つ目は「桜花咲にけらしなあしひきの山のかひ(峡)より見ゆる志ら雲(古今和歌集 紀貫之)」で「歌たてまつれとおほせられし時によみたてまつれる」との詞書があります。意味は「桜の花が美しく咲いたらしいですね。山あいの谷を通して見える白雲は、あれこそ確かに今は盛りと咲く桜花です。」ということです。
2つ目は「おしなべて花の盛りに成りにけり山の端ごとにかかる白雲(千載和歌集 円位法師=西行)」で「花の歌とてよめる」との詞書があります。意味は「この世はどこも花の盛りになったよ。どの山の端にも白雲がかかっている。」ということです。
3つ目は「みよし野の山辺にさけるさくら花雪かとのみぞあやまたれける(古今和歌集 紀友則)」で「寛平の御時后の宮の歌合の歌」との詞書に続いています。これは「吉野山に咲いている桜花は、まるで雪かとばかりに思い違えられることだ。」と解釈できます。この歌の表記は『御家流香道要略集』と『香道』で若干の食い違いがありました。『香道』では「雲かとのみやあやまたれぬる」との記載がありましたが、出典である古今和歌集の記述に合わせ『御家流香道要略集』の「雪かとのみぞあやまたれける」を採用しました。また、詠み人を見れば「桜花・・・」と「みよし野の・・・」は、従兄弟同士の作品であることが分かります。しかも古今和歌集では、巻の一(春上)に隣同士で掲載されています。
このように、中古の時代
では「花」と言えば「桜」であり、「桜」を「白雲」や「雪」と喩えることも通常行われていた表現法でした。しかも証歌のうち2つには端的に「さくら花」と詠み込まれています。このように「桜香」は、春の花「桜」をテーマとして「桜咲く風景」を表現するよう創作された組香と言えましょう。
次に、この組香の要素は、香組の段階で「一、二、三、ウ」となっているものを香席の要素名としては「初春、如月、弥生、花」と替えて呼ぶところが第二の特徴です。これは、小引の香組の欄は「一、二、三、ウ」と記載してありますが、本文には「一を初春、二を如月、三を弥生、ウを花と(見)立てて・・・」とあり、要素を「月名と花」に置き換えることが指示されているからです。通常であれば、要素名は香組の段階から「初春、如月・・・」と記載してあるものなのですが、昔の小引にはこのような形もたまに見られます。月名の要素については、後述する「聞の名目」とも符合しており、「桜香」が1月、2月、3月の時期に催すべき「春の組香」であることを厳然と示しています。
一方、「桜といえば4月」と考えるのが現在では普通の感覚ですが、「桜香」には「4月」の要素はありません。旧暦の4月は既に「夏」であり、組香としては「卯花香」がふさわしい季節となるのです。これは、旧暦と新暦の季節感との違いに起因するもので、そのため、一般的な感覚として「桜香」を4月に催すと、要素名の齟齬から奇異な感じを覚えざるを得ない状況となってしまいます。芸道の世界では、季節の先取りを美学とするということもありますので、「桜」を3月のものとして取り扱うことも可能でしょう。 今年のように桜の開花が早い場合は尚のことかもしれません。
さて、この組香の香種は4種となっており、基本的には「一、二、三、ウ」という十*柱香の形式から派生しているものと考えるのが安易かつ妥当と思われます。敢えて解釈を加えれば、1年(12ヶ月)を4分割して「春」の季節を3ヶ月分切り取り、最後にテーマとなる「花(客香)」を加えた「3+1=4」という積算も成り立ちます。これは、十*柱香の「三葉一花」という香種の考え方に通じているとも解釈されます。
また、この組香の香数は、(4×3)+3=15とし、このうち「一、二、三」については各々試香として焚き出しますので、残りは12包となります。これは、前述のように12ヶ月と符合していることから、一旦、連衆に「桜が過ごした1年の時のめぐり」を思い起こさせるという趣向なのかもしれません。さらに本香では、12−2=10と「全体を打ち交ぜて、その中から任意に2包引き去る」という手法を用います。これは、3包ずつ均等に加えられた各要素(特に「ウ」)の香の出にランダムな変化を与えるとともに、十*柱香の香数に全体を納めるための工夫と思われます。
さらに、この組香は「二*柱開(にちゅうびらき)」という回答法が第三の特徴となります。「二*柱開」とは、1つ1つ廻ってくる香炉2つを1組(ペア)として、「聞の名目」に見合わせて、答えを1つ回答するものです。聞の名目は、4種の組合せとなりますので16通り用意されています。これにより、例えば 1炉目が「一」、2炉目を「三」と聞いた場合は「下臥(したぶし)」と書き記します。続いて3炉目が「ウ」、4炉目を「一」と聞いた場合は「曙」と書き記します。このように、10炉で都合5つの答えを名乗紙に記載して提出します。
聞の名目は下記のとおりです。イメージを結びやすくするため、香の出を要素名に置き換えて一覧にしてみましょう。
香の出 | 要素の組合せ | 聞の名目 |
解釈の一例 |
一・一 | 初春・初春 | 初春 |
陰暦正月の異名 |
二・二 | 如月・如月 | 如月 |
陰暦二月の異名 |
三・三 | 弥生・弥生 | 弥生 |
陰暦3月の異名 |
ウ・ウ | 花・花 | 色花 |
(桜がいっぱいで)色と香りのあでやかな様 |
一・二 | 初春・如月 | 白雲 |
白い雲(のように見える桜) |
二・一 | 如月・初春 | 白雪 |
白い雪(のように見える桜) |
三・一 | 弥生・初春 | 木陰 |
桜木やその枝葉の陰(から花を愛でる) |
一・三 | 初春・弥生 | 下臥 |
桜の木の下に寝て(花を愛でる) 用例:「月見の床は花の下臥」「朧月夜の花の下臥」 |
二・三 | 如月・弥生 | 横雲 |
東の空に横にたなびく雲が見られる頃(桜を見に山に入る) |
三・二 | 弥生・如月 | 枝折 |
(桜を見に山に入り)木の枝を折っておいて道しるべにする |
ウ・一 | 花・初春 | 曙 |
夜がほのぼのと明ける頃(の桜) |
一・ウ | 初春・花 | 夕映 |
夕日に反映して物の色が照りかがやく頃(の桜) |
二・ウ | 如月・花 | 尋花 |
桜を尋ねること(未だ見ていない) |
ウ・二 | 花・如月 | 見花 |
桜を見ること(見ることができた) |
三・ウ | 弥生・花 | 朝の花 |
朝の花(朝に見る桜) |
ウ・三 | 花・弥生 | 夕花 |
夕の花(夕べに見る桜) |
以上のように、同じ要素の組合せは、そのまま季節的要素を伴った暦(初春、如月、弥生)という風景になり、客香同士の組合せである「花・花」は、「花いっぱいで色香も麗しい」風景として光彩を放ちます。一方、違う要素の組合せは、要素の入替えにより個々に対比されており、「花の形容」や「花見の状況」を物語る風景(白雲・白雪、木陰・下臥、横雲・枝折)となっています。また、「初春⇔如月」「初春⇔弥生」「如月⇔弥生」のそれぞれの組合せが見せる風景も季節感が微妙に進んで、桜にも物理的に近づいている様子が分かります。さらに、組合せに「花」を含むものは、「花との出逢い」に時間的要素が結び付けられた風景(曙、夕映、尋花、見花、朝の花、夕花)などをあらわしています。このうち、香の出「三・ウ」の「朝の花」については、『御家流香道要略集』には「都花」とありますが、「花」を含む組合せは後先によって「朝・夕」や「時間の後先」等の対比で表されているものが多いため「都花」は転記ミスと判断し『香道』の記述を採用して「朝の花」としました。
この組香は、香の出によって記録に書き記す証歌が変わることが第四の特徴です。ウが一つ出た場合は、「桜花咲にけらしな・・・」の貫之の歌。ウが二つ出た場合は、「花の盛りに成りにけり・・・」の西行の歌。ウが三つ出た場合は「雪かとのみぞあやまたれける・・・」で友則の歌をそれぞれ一首のみ記録の奥に書き記すこととなっています。これらの歌は、すべて「花の盛り」を愛でた歌ですが、歌に読まれた花の分量や開花後の経過時間、花との遠近感を深く味わうことで、香の出とイメージを共有することが出来ます。これにより、香記に散らされた「花」の答えが多ければ多いほど証歌の表す「花」も多く咲くという大変計算された趣向を味わうことが出来ます。
下附と勝負は、前述のとおり全問正解を「皆」と記し、その他は「聞の名目」1つを1点と換算して、点数の多い方が勝ちとなります。
最後に、この組香は、組香名が「桜香」であるために、その 風景は自ずと「1月に桜、2月に桜、3月に桜」と、少し気の早い桜前線のようなもの とな り、東北人は「4月が登場しない」という景色のギャップにどうしても悩んでしまうことになります。 そこで、開花の遅い地方の皆様への提言として「桜香」を4月に行う際は、「1月が来て、2月が来て、3月が過ぎて 、やっと花(桜)が咲いた。」と「花」を「4月の代名詞」として用い、その他の要素 は 「時の経過を振り返るためのもの」として取り扱うのが無難ではないかと思いま す。 これが「花盛香」なら「梅、桃、桜・・・」など月毎の花をチョイスして一年中楽しむことができるかもしれませんね。
ん〜っ。創作意欲が湧いて来ました。
桜の花言葉は 「高尚」「純潔」「心の美」「優れた美人」「精神美」「淡白」です。
香人向けの褒め言葉だと思いませんか?
組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。
最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。
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