六月の組香
初夏の風物詩を満載した水無月の組香そのものです。
要素名や下附に隠された工夫が特徴です。
※ このコラムではフォントがないため「」を「柱」と表記しています。
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説明 |
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香木は、6種用意します。
要素名は、「御祓(みはらえ)」「名越(なごし)」「津嶋祀(つしままつり)」「祇園会(ぎおんえ)」と「薫風」「涼風」です。
香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。
「御祓」「名越」「津嶋祀」「祇園会」は各2 包、「薫風」「涼風」は各1包作ります。(計10包)
「御祓」「名越」「津嶋祀」「祇園会」のうち各1 包(計4包)を試香として焚き出します。
この組香では、「薫風」と「涼風」の両方に試みがありません。
残った「御祓」「名越」「津嶋祀」「祇園会」各1 包(計4包)に「薫風」「涼風」各1包(計2包)を加えて打ち交ぜます。
本香は6炉廻ります。
答えは、要素名で6つ書き記します。
記録は、香の出を要素名で書き、連衆の回答は「み」「な」「つ」「き」「薫」「涼」と頭文字のみを書き記します。
点数は、「み」「な」「つ」「き」の各要素は1点、「薫」と「涼」の当りは2点とします。
下附は、答えの当り数によって、前記のように「水結(みずむすび)」「夏陰(なつかげ)」「露凉し(つゆすずし)」「岸遊(きしあそび)
6月は、衣替え・・・夏仕度の季節ですね。
京の町屋では、襖や障子等の建具を「簀戸(すど)」「蘆戸(あしど)」「簾(すだれ)」等に替えて風通しを良くするとともに、寒冷紗(かんれいしゃ)を下げるなどして視覚的にも涼しさを感じ取り、少しでも暑さを凌ぐ工夫をするそうです。京都の人は「冬は働けば暖かくなるが、夏はじっとしていても熱い
」ということで、夏向きに家を造るそうですが、東北では「夏は着物を脱ぐだけで涼しいが、冬は暖かくしないと命を取られる。」と冬を意識して家を作ります。そのため、私も特段に「夏の設え」はしたことがなく、窓を開け放ってやり過ごしています。
今月は、京都貴船神社の「乙女舞」から始まって、晦日の「夏越の祓」まで全国各地で数々の祭礼が行われますね。私達は日々の生活の中で、知らず知らずのうちに身も心も過ちを犯し、罪穢(つみけがれ)に染まってしまいますので、暑い夏を迎えるにあたり「夏越の祓」の神事により、半年間の罪穢を人形(ひとがた)に移して川に流し、水の霊力によって罪穢を祓い除き、清浄な姿に生まれ変わる必要があるのかもしれません。
今月は、初夏の風景を楽しみつつ、悪疫退散・除災招福・延命長寿のご利益もあるかもしれない?「水無月香 」(みなつきこう)ご紹介しましょう。
「水無月香」は、大同樓維休編の米川流香道『奥の橘(月)』に「外十組」として掲載のある組香です。「水無月」とは、誰もが知る6月の異称です。「みなづき」ともいいますが、ここでは、濁音を入れずに「みなつき」と読んでおきたいと思います。皆さんは、「水無月は梅雨の月で水はたっぷり有るのに、どうして水の無い月なの?」と疑問に思われたことはないでしょうか?これは、月名を「睦月、如月・・・」と暗記する時期に誰もが通る疑問ですよね。実は、「みなつき」の「な」は「無」の字が当てられているため、「ない」の意と捉え勝ちですが、本来は「の」の意で「水の月」または、「田に水を引く必要のある月」という意味だそうです。因みに10月の「神無月」も同様「神の月」の意味なのですが、後世に「無」の意として「八百万(やおよろず)の神々が出雲大社に集まり、他の地には不在になる月」との俗説が一般化されるようになりました。そのため、神が集まってくる出雲地方では、この時期を「神有月(かみありづき)」と呼んでいるそうです。
まず、この組香には証歌はありません。その代わり「水無月香」と呼ぶにふさわしいテーマが構造や要素によって堅固に貫かれています。その第一は、香種・香数が「6月」に因んで「6種、本香6*柱」となっているところです。これは、「五行香」「七夕香」等にも見られる技法ですが、背景に「数」を連想させる組香では、まずこういうところを外さないことが、組香創作の第一歩ですね。 第二に、要素名は一見して各地の「6月の神事」を中心とした言葉のラインアップで見る人をして祭祀の周辺にある初夏の風景を連想させるものとなっています。下記のとおり若干の説明を加えておきましょう。
御祓(みはらえ)
一般的には「おはらい」と読みますが、ここでは「みはらえ」と読んでおきます。「水無月祓(みなづきばらい)」は、陰暦6月と12月に宮中や各地の神社で行われる祓えの行事の総称です。この時期、伊勢神宮では八座置神事(やつくらおきじんじ)の祓、大阪の諸社では罪や災いを除く大祓の神事などが営まれます。
名越(なごし)
「夏の名を越して相克の災を祓う」意味の「夏越の祓え」の略とも、「邪神を払い和む」意味の「和(なごし)」の変化であるとも言われます。上古から行われた民族信仰に基づく年中行事の1つで、浅茅(あさじ)で輪形を作り、参詣人にくぐらせ、茅麻の幣で身を祓い清めたり、また、撫物(なでもの)の人形(ひとがた)を川原に持ち出して、水辺に斎串(いぐし)を立て、祝詞をとなえて祓えを行ったりするものです。
※ 「御払」「名越」については、取り立てて何処の神事という限定はないようなのですが、宮中や京都、大坂あるいは伊勢と見立て、その場所柄も含めて香を組むとより楽しいと思います。
津島祀(つしままつり)
愛知県津島市の津島神社の祭礼「津島天王祭」のことです。祭りでは、神輿を乗せた車楽船(だんじりぶね)五艘に五百個ほどの提灯をつけ、笛を奏して天王川の対岸から御旅所に詣でる等の神事を行います。陰暦6月14日から16日にかけて行われることとなっており、現在の宵まつりは、概ね7月第4土曜日、朝まつりは、翌日曜日に開催されています。大阪の天満天神祭、広島厳島神社の管弦祭と並び日本の三大川まつりの1つに数えられています。
祇園会(ぎおんえ)
京都の祇園社(現在の八坂神社)の御霊会で「祇園祭」のことです。有名な山鉾が巡行し盛大で、疫病除けの祈祷の御利益があると言われています。陰暦6月7日から14日まで行なわれることとなっている起源の古い神事で、現在では、7月1日の「吉符入り」に始まり、31日の境内摂社「疫神社夏越祓」で幕を閉じるまで、1ヶ月にわたって各種の神事・行事がくり広げられます。
※ 両社の「紋」が同じことに気付いて調べてから分かったのですが、牛頭天王(ごずてんのう)⇒素戔嗚尊(すさのおのみこと)を祀る神社は、「西の八坂神社、東の津島神社」と言われており、この2つの要素はそういう関連性も含めて用いられたものと思われます。情報の少ない時代にそのような着眼点を持っていた作者の素養にも敬服します。
薫風(くんぷう)
初夏、草木の緑をとおして吹いてくる快い風のことで、ここでは「風景の初めに吹いてくる風」と捉えています。
涼風(すずかぜ)
一般的には、夏の終わりに秋の訪れを告げて吹く涼しい風という意味ですが、ここでは「風景の終りに吹いてくるすずしい風」と捉えています。
以上のように、要素名は「水無月」や初夏の風物にあふれていますが、こればかりではない工夫がなされていることにお気づきでしょうか?そうです、ウ香の「薫風」、客香の「涼風」以外の要素名の頭文字を順にならべて仮名書きすると「み・な・つ・き」となるのです。「おみなへし香(お・み・な・へ・し)」や「蓮葉香(は・ち・す・は)」、「八橋香(や・つ・は・し)」のように1文字を要素名としたものは多いのですが、この組香のように折句的技法で趣向を加えたものは大変珍しいと言えましょう。
次に、この組香の構造は、「御祓」「名越」「津嶋祀」「祇園会」は各2包作り、それぞれ1包を試香として焚き出します。本香は、客香を加えて打ち交ぜて、合計6炉、1種1*柱ずつ焚き出すこととなります。ただし、この組香では、加えられる客香は「薫風」と「涼風」の2種あるところが特徴であり、小引では「ウ香」「客香」とそれぞれ区別して香組に配しています。そのため、4つの要素に打ち交ぜられた、無試の香2種をどうやって判別するのかが問題となります。このことは、出典の小引には記載がありませんが、香記録から類推するに最初に出た無試の香(初客)を「薫風」、後に出た無試の香(乙客)を「涼風」として回答するものと思われます。この手法は、米川流香道では良く使われており、皆さんご存知の「舞楽香」でも、「源氏」と「朧月」が同様に取り扱われています。勿論、聞香に達した方ならば、木所を違えて出香すれば判別が可能かもしれません。しかし、前述のルールに則った場合、例えば「薫風(伽羅)」、「涼風(佐曾羅)」とあまりにも特徴の違った香木を出すと、「こちらは出香上の涼風(佐曾羅)なんだけれども初客なので薫風と書かなくては(-_-;)」というふうに 悩みますし、わざと入れ違えて回答するのも抵抗がありますので、この組香の「ウ香」と「客香」は、同じ木所の香木を選んだ方が趣旨に沿うかもしれません。
さて、こうして焚かれた6種のお香に聞き合わせて、連衆は、要素名で答えを書き記します。本香が焚き終って、香元から正解が宣言される場合も「薫風」「涼風」が入れ違っている場合のあることを忘れてはなりません。執筆は、香記録の本香の出については、要素名をそのまま書き記し、連衆の答えについては、「み」「な」「つ」「き」「薫」「涼」と頭文字のみで書き記します。この時点で、先ほど述べた要素名の持つ風景に加えて、香記の中に「み」「な」「つ」「き」の隠し文字が現れ、「水無月香」のテーマ性を別な側面から補強する趣向となっています。
さらに、この組香は、下附によっても同様の趣向が凝らされています。下附は当たりの数により変化し、当たり1つは「水結(みずむすび)」、当たり2つは「夏陰(なつかげ)」、当たり3つは「露凉し(つゆすずし)」 、当たり4つは「岸遊(きしあそび)」、皆当たりは「水無月」、皆外れは「暑」と書き記されます。もうお分かりでしょうが、この下附も最初の4つの頭文字が「み」「な」「つ」「き」となっています。このように、作者は要素名や下附といった、普段ならば雅趣を増すために演出として使われるだけの言葉に隠し文字を潜ませ、「水無月香」のテーマを単なる夏の風物や季節感といったものに止まらせず、文字遊び「みなつき香」としても確立することに腐心したのです。
最後に、点数は「み」「な」「つ」「き」の各要素が各1点、「薫」と「涼」の当 たりは2点とします。勝負は、各要素の回答に合点を掛け、点数の多い方のうち上席の方が勝ちとなります。
この組香の折句的手法を編み出した作者は、一朝一夕には作ることの出来ない言葉選びをテーマから逸脱することなく、すんなりとやりとげており、本当に感服します。現代の香人としては、ここまで「みなつき」にこだわられると、出香の香銘も「み」「な」「つ」「き」の文字で組みたいところですが、6月の風物であり、且つ頭文字が「み」「な」「つ」「き」に限定されるとなると、作銘でない限り自分の持ち香で香木を揃えることは難しいでしょうね。それでも香木の所蔵に自身のある方は、是非ここまでこだわってみてください。香が満ちてから種明かしをすると、席中の皆さんがため息をもらすほど感心されるのではないでしょうか?
先日、氏神様の祭に詣でましたら、なんと今年は「八方塞」でした。
知らずに引越しを予定してしまって・・・(-_-;)
お祓いすれば何とかなるでしょうか?祓いたまえ〜。清めたまえ〜。
組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。
最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。
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