八月の組香

左右二方に分かれて扇を取り合う組香です。

扇面に記録を書き記すところが特徴です。

※ このコラムではフォントがないため「」を「*柱」と表記しています。

説明

  1. 香木は、4種用意します。

  2. 要素名は、「一」、「二」、「三」、「ウ」です。

  3. 香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。

  4. 連衆は、「左方」、「右方」とも同人数に別れて点数を競います。

  5.   「一」、「二」、「三」は各4包(計12包)作り、そのうち1包ずつ(計3包)を試香とします。

  6. 次に、残った「一」、「二」、「三」各3包(計9包)に「ウ」3包を加えて(計12包)を打ち交ぜます。

  7. さらに、その中から任意に2包引き去り、焚き出します。(計10包)

  8. 本香は、「一*柱開」(いっちゅうびらき)で10炉廻ります。

※ 「一*柱開」とは、香札等を使用して「香炉が1炉廻る毎に1回答えを投票し、香記に記録する」聞き方です。

  1. 本香1炉が焚き出され、これを聞き終えた客から順に試香に聞き合わせて香札を1枚打ちます。

※ 以下、12番までを十回繰り返します。

  1. 執筆(または盤者)は、打たれた香札を札盤の上に並べて仮に留めておきます。

  2. 香元から正解が宣言されたら、正解者の矢を所定の数だけ手前に進めます。

※ 一人聞は4間飛び、二人聞は2間飛び、三人以上は1間進む

  1. 執筆は、正解と各自の答えを扇面に記録します。

  2. 盤上の勝負は、最初に12間進んで終点にたどり着いた者の勝ちです。

  3. 盤上の勝負が決してしまっても、香がある間は、続けて最後まで焚き出します。

  4. 記録上の得点は、各要素1点の10点満点です。

  5. 下附は、全問正解が「全」、その他は点数で記載します。

  6. 記録上の勝負は、点数の合計の多い方が「勝(かち)」となり、勝方の上座の最高得点者が「扇」を受け取ります。

 

 真夏は火を使う芸道にとっては、ちょっと辛い季節ですね。

 数年前の話ですが、真夏の月釜に呼ばれて出かけて行ったことがあります。その日は、正に真夏日で、谷間の茶室は風通しも無く、日本庭園の苔がうらめしいほど湿気が多いという状況でした。まぁ、茶席ですので、葦簾を下げたり、打ち水をしたりとそれなりの対処はされていたのですが、何せエアコンがわりに風炉の火が熾っているという小間ですから、じっとしていても汗の噴出すのが止まりませんでした。私は夏用のスーツで伺ったのですが、流れる汗でワイシャツまでグッショリ・・・、座っていてもズボンに汗染みが広がるのがわかるような状態でした。ご婦人方も絽の着物などをお召しでしたが、もう私以上の状態だったようです。
 それでも席には、申し訳程度に扇風機が1台据えられ、首を振っていましたが、この風が廻ってくるのが、本当に待ち遠しく、且つ有難かったことを思い出します。(この日、茶会帰りに食べた冷やしトマトがおいしいかったこと!)

 一方、「障子、襖を開けず」「扇子も扇がない」が原則の香道では、香道法度に「扇ぐ時は『そろ』と扇ぐべし。」と敢えて書くほど風を嫌います。「香屏風」なども部屋を開けた際の風除けに用いる道具でした。その上、火の熾った香炉を手に持つ訳ですから暑さは倍増です。そのようなわけでエアコンの無い時代、真夏の香席は催さない方が無難とされていました。現在では、エアコンの効いた部屋でゆったりと「納涼香」を催すことも可能ですが、風のありがたさを感じるために、敢えて真夏に「扇子御法度」の状況で、1本の「扇子」を争い合いながら座に興じるのも面白いかもしれません。

 今月は、夏に行えは、ご褒美の「扇子」の価値も増す「扇争香 」(おうぎあらそいこう)をご紹介いたしましょう。

 「扇争香」は、聞香秘録の『勅撰新十與香』等に掲載のある「盤物(ばんもの)」の組香です。「扇」と言えば、中古以来「贈答品」として使用されるアイテムでした。平安貴族は、扇面に歌を書いて愛しい人に差し向け、戦国時代では、戦巧の褒美として「そちに、わしの扇をとらぁす!」などということもあったでしょう。そういう意味で「扇」を組香の戦利品とする「扇争香」は古式ゆかしい「争奪戦」の原点なのかもしれません。

 まず、この組香は、連衆を偶数として人数を同数に分け、「左方」「右方」の2グループが、一蓮托生で扇を取り合う、対戦型の組香となっています。「盤立物(ばんたてもの)」とは双六盤と駒のようなもので、各自の得点やグループの戦況を俯瞰するゲーム盤のことです。この組香で使用する立物は、「矢数香」の「矢(箭)であり、これによって「両軍が先を競って矢を放ち、扇を先に射落とすこと」を表すようです。的は「白地の扇」を1本用意し、最後に記録を書き記します。

扇争香盤立物之図

 「扇と矢」といえば、やはり、 『平家物語(第十一巻)』の那須与一を思い出しますね。
 那須与一は下野国(栃木県)那須出身の弓の名手で、源平の合戦には源氏方として参戦しました。物語の舞台は、1185年(元暦2年)2月の「屋島の戦い」で、当時、与一は20歳前後だったとされています。
 「屋島の戦い」で両軍は激しく戦い合いましたがなかなか勝負がつかず、夕方近くになり、源氏はひとまず海岸へ集まってひと息入れていました。その時、船のへさきには高い柱が建てられ、そのてっぺんに赤地に金色で日の丸を描いた立派な扇をくくりつけた1隻の船が浜辺へ向かって漕ぎ寄せてきました。そして、その横には美しい女官が立ち「源氏の弓の名人、どなたかこの扇を射てごらんなさ〜い♪」と言うようにしきりに手招きをしています。源氏の大将である源義経の命を受けた与一は北風が激しく吹きつける海上に馬を乗り入れました。沖では平家が何百隻という軍船を並べて、そのなりゆきを見つめています。陸では義経をはじめとして一同が固唾を飲んで見守っています。
 ここから先は、「与一、目を塞いで、南無八幡大菩薩・・・」と高校の古文で暗記した一節に続きます。基本的な「扇の的」というイメージはこのようなものでしょう。(上記の香銘もそのようなイメージで組んでいます。)
 また、この組香は、三十三間堂の「大矢数」(通し矢)の行事を模した「矢数香」にも似ており、「矢数香」で射通す「的」を那須与一の扇に例えてアレンジしたもののようにも見えます。ただし、「矢数香」は、同時にたくさんの矢をそれぞれの的にめがけて放ち「的に当てる数」を競うのに対して、「扇合香」は、的である扇が1つであるため、香を当てることによって放たれた各自の矢の距離が伸び(または加速度がつき)「的に当るまでの速さ」を競うという景色のように見えます。

 次に、この組香の香種は4種、香数は本香10包と所謂「十種香」の派生としての形式を取っています。「矢数香」が4種12包で行う盤物であるのに対し、「扇争香」は試香が終った段階で、4種各3包(計12包)を打ち交ぜて、任意に2包引き去り、計10包とします。このことにより、盤物の代表的構造である「十種香」(3+3+3+1=10)の形よりも本香の出の組合せの幅が広くなります。それでいて、どの香が2つ引かれても 3包のうち必ず1包は手元に残ることから、本香が4種となることはあらかじめ確定しています。客香も必ず1つは出ることとなりますから、単純に見えてなかなか考えられた構造かもしれません。

 続いて、この組香の聞き方は、「盤物」ですので「一*柱開」によって、1炉ごとに戦績が盤面に現れるようになっています。盤は、縦12間(各自の点数を表す)、横5間(連衆の数を表す)のものを「左方用」「右方用」の2揃使用します。矢は、盤の「奥」に立て、基本的には1炉当ると当てた人の矢が1間(1マス)手前に移動します。「一人聞(連衆のうち1人だけがあたった場合)は4間飛び、二人聞は2間飛び、三人以上は1間」と記載されていますので、ある人が「 独聞」を続けると最短3回で終点に到達します。
 そうして、矢を終点である「扇の要」まで早く到達させた人が盤上の勝者となります。これは「要(かなめ)を射て取るの心」を意味すると出典に記載されています。矢の進み方も諸説(例:建部隆勝は 独聞3間飛びのみ)あるのですが、ここでは、出典の『勅撰新十與香』 の「扇争香」と、同じ「聞香秘録」中の別冊、『続十種香之記』の「矢数香」との共通性をとって、上記のとおりご紹介しています。

 さて、盤上の勝負がついても、お香が残っている場合は、盤はそのままにして、「一*柱開」を継続します。そして、香が10炉聞き終ったところで、最終的な勝負を決します。記録上の勝負は、各自1炉当りを1点として計算し(10点満点) 、各グループの合計点数が多い方が勝となります。双方同点の場合は「持(もち)」と記載します。

 なお、出典には「盤が無ければ、畳の目を十二かぞえて用いるあり。」と有り、盤が無くても遊ぶことのできる略式も示されています。しかし、「矢の根をかね(金)にて錐のごとくして畳へ刺すべし。」は、現代では歓迎されないでしょうね。駒のように置いて進めるのがよろしいかと思います。

 ところで、「扇争香」は、『御家流要略集』に記載のある同名異組の方が 、簡易で一般的に行われているものと思われます。

@こちらの組香は、香四種で「一、二、三」は各4包作り、うち各1包は試香に出します。
Aウは1包で試香はなく、十種香と同様の構造(3+3+3+1=10)で「引き去る」という所作はありません。
Bその他、左右両方に分かれて聞くところ、「一*柱開」であるところ、扇面に記録するところは共通しています。

 聞き方は、扇一本を6間ずつにたたみ、真中に鶯を立て、左右それぞれの合計点の差分だけ扇を開くという方法で戦況を表し、早く扇を開き終えた方が勝となります。

例:札盤に投票された札を並べ、左方3人当り、右方2人当りであれば扇の左方を1間開ける。(扇状グラフのようなものですね。)

 なお、扇の勝負が決定してもお香が残っている場合は、最後まで焚き出すところも同じです。記録上の勝負は、扇の勝負に関わらず、10炉聞いた後の結果を書き記します。一方、香を残らず焚き終えても、扇が開き終えるほどの差がつかなかった場合は、最終的に扇がより多く開いている方の勝とします。この場合は、記録上の勝負と扇の勝負の結果が同じということになります。こちらの組香ですと、道具は「白地の扇」1本だけで、いつもの組香とは違った雅趣を醸し出すことができると思います。

 最後に、扇に記録を書き記す珍しい組香としては、「五明香(ごめいこう)」というものがあります。「五明」とは中国での「扇」のことで、日本語としては、足利時代の禅僧や五山の詩僧が好んで使った言葉です。組香の構造は「十種香」と同じですが、個人対戦方式であること、当りの札は戻されて各自に配布された串扇の上に載せられて表示されること、記録する扇が、定められた仕様に基づく豪華なものであること等の違いがあります。香道では「五事伝法」という秘事に属する組香ですので、イメージだけお伝えしておきます。

 以上、どの組香も記録上の勝負がつけば争奪戦は終りです。勝方の上座の最高得点者が「扇」を褒美として受け取ります。このとき、「カンラカンラ」と高笑いしながら扇で扇ぐと(すべて香席法度違反ですが・・・)、熱い部屋での激戦を勝ち抜いた喜びも一入となるでしょう。(^o^)v'' 

 

扇は日本オリジナルの大発明品です

小さくたたんで大きく使い、意匠も優れて個性も出る

雅人必携のアイテムには、こだわりたいですね。

 

組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。

最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。

戻る

Copyright, kazz921 All Right Reserved

無断模写・転写を禁じます。