九月の組香
宮人が秋の野に出て虫を探すという組香です。
連衆が持ち寄った御香が賞品となるところが特徴です。
|
説明 |
|
連衆は、各自香木を5包(5種)を持ち寄ります。
持ち寄られた香木は「白菊(しらぎく)」「苅萱(かるかや)」「薄(すすき)」「竜胆(りんどう)」「露草(つゆくさ)」と5種の秋草の名前を書いた香包に納められ、賞品用のお香となります。
賞品用の香包は、香盤の秋草の名前(5種)に合せて、左右5枡の所定の場所に5包ずつ置きます。
亭主は、組香用の香木を5種用意します。
要素名は、「鈴虫(すずむし)」「松虫(まつむし)」「轡虫(くつわむし)」「蟋蟀(きりぎりす)」「機織(はたおり)」です。
香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。
「鈴虫」「松虫」「轡虫」「蟋蟀」「機織」は各4包ずつ(計20包)作ります。
連衆は、「左方」「右方」の二手に分かれて聞きます。
「鈴虫」「松虫」「轡虫」「蟋蟀」「機織」のそれぞれ1包ずつ(計5包)を試香として焚き出します。
この組香には客香はありません。
試香が焚き終わった時点で、残っている「鈴虫」「松虫」「轡虫」「蟋蟀」「機織」各3包(計15包)を打ち交ぜます。
さらに、その中から任意に5包引き去り、焚き出します。(計10包)
※ 「一*柱開」とは、香札(こうふだ)等を使用して「香炉が1炉廻る毎に1回答えを投票し、香記に記録する」聞き方です。
本香1炉が焚き出され、これを聞き終えた客から順に試香に聞き合わせて香札を1枚打ちます。
※ 以下、16番までを十回繰り返します。
執筆は、打たれた香札を札盤(ふだばん)の上に並べて仮に留めておきます。
香元から正解が宣言されたら、正解者は当った虫名の書いてある枡から賞品の香包を一つ取ります。
賞品の香包が無くなっても、本香が焚き終るまで「一*柱開」を続けます。
記録は、香の出の順に要素名で記載し、当りには傍点を付します。
下附は1炉当りを1点とし、点数で記載します。(10点満点)
最も当り数の多い人には、「虫籠」の中の香包を贈呈します。
今月は台風の襲来が多く、虫の鳴く夜もまちまちです。
先月は、各地で真夏日の連続記録が更新されていましたが、暦というものは良くできたもので、立秋の声を聞けば、どんなに暑い日が続いても、日の入りはあっという間に早くなり、朝夕には涼風が吹くようになります。盆の入りには蝉の声も突然聞こえなくなり、 今では秋の虫の声が聞かれる季節になりました。
秋の虫の声を聞くと、とりあえず田舎の男子(女子には虫嫌いが多い)は虫捕りに興じます。私の場合も実家の畑でコオロギを捕まえるのは造作なく、枝豆やトウモロコシの茎を集めて置き、その下に巣くったところを一網打尽にしていました。ウマオイやツユムシ、ヤブキリなどは時折、網戸にとまって鳴いているのを捕まえたりもしました。
捕獲した虫をつまみ上げると、足をピョンと突っ張ったまま、あまり抵抗する様子もありません。観察すれば、お腹が柔らかく、光沢のある黒褐色や緑色の羽は絹地のように薄く、柔らかく・・・・・・
後になって「羽の付根あたりにある鋸状の硬い筋をすり合わせて弦楽器の要領で音を出す」ということがわかりました。
私は、昆虫が「成虫期」として与えられた短い季節を過ごすと生命を終えてしまうことを早くから教えられていましたので、捕獲しても虫は飼ったこと(もちろん昆虫採集と称して殺したこと)がありませんでした。それは、彼らが残り少ない余命を謳歌できるようにとの子供なりの思いやりであったのかもしれません。まっ、小学校の「コオロギの観察」も庭にキュウリやナスを立ててやったほどですから、それほど虫は身近な存在で、所有する必要のないものだったのかもしれませんが・・・。
今月は、お香による秋の野遊び「撰蟲香」(せんちゅうこう)をご紹介いたしましょう。
「撰蟲香」は大枝流芳編集の『香道千代乃秋(中)』に掲載のある組香で、大枝流芳自身の創作と記載されています。「撰蟲」とは、取って来た虫を自邸の庭に放ったり、飼ったりする目的で、秋の野辺に出て、鳴き声の良い虫を選んで持ち帰るための猟(遊び)です。小引には、「おおやけには九月に行わる。あながち式ある事にはあらず。殿上逍遥院(三條西実隆)とて嵯峨のなどへむかいて虫を籠に撰び入れて奉る。是れ堀川院(堀河院)の御時(1079-1107)より始まれるといえり。」
証歌「色々にさが野の虫を宮人の花すり衣きてぞとるなる」は、貞治5年(1366)『年中行事歌合(公事五十番歌合)』の中に「撰虫」と題して、
忠頼朝臣が呼んだ歌です。
忠頼朝臣とは、同歌合の後書に「忠頼朝臣 鷹司」とあることから、鷹司(藤原)忠頼のことということになります。鷹司忠頼は京極摂政師実の末裔、参議宗平の子で、左中将だったようですが、官人としても
歌人としても、特に名を成した人ではなかったようです。歌合は、「十月更衣」と題した「たちかえて露も残らぬ衣手を今朝はたぬらす初時雨かな(為邦朝臣)」との対戦で、忠頼の歌が2対0で勝っています。この歌は、後
世の『題林愚抄』等にも見つけることができます。
まず、連衆は各自5包のお香を持ち寄ります。出典には「各自(めんめん)1人より五*柱(ごちゅう)ずつ出だすべし。」と書いてありますので、5種5包なのか1種5包なのかは厳密にはわかりません。これを5つの香包にし、「白菊」「苅萱」「薄」「竜胆」「露草」と包の表にそれぞれ記載します。これが、連衆の人数分集まりますので、例えば連衆が10人とすれば、合計50包(50種)集まります。これを、「賭(かけもの)」(掛物⇒賞品)として使用するところが、この組香の特徴です。
「撰蟲香」専用の香盤には、「左方」、「右方」それぞれに「鈴虫」「松虫」「轡虫」「蟋蟀」と記載された金縁の桝(5×2=10)があり、間に「白菊」「苅萱」「薄」「竜胆」「露草」の秋草の彩色絵が施してあります。「直衣烏帽子の人形」は2体ありますが、「誰々」という特定はなく、普通の立物(たてもの)のように盤上をコマとして進めたりもしません。いわゆる「左方」、「右方」のシンボルのような存在です。また、「虫籠」も左右一つずつ置かれますが、こちらは、取得者が決まらない場合に賞品を一時保管しておくための道具となっています。(盤立物は、『香道千代乃秋(上)』に掲載)
各自から集めた香包は、秋草の名と包の表書きが同じになるように区分けして二分し、それぞれ左右の虫名の桝に5包ずつ重ね置きます。
EX:白菊の香(10包)を左方「まつむし」、右方「松虫」の枡にそれぞれ5包ずつ置く。
「撰蟲香」専用の香札(10人前が基本)は、札の表に「女郎花」「桔梗」「刈萱」「花薄」「糸萩」「白菊」「竜胆」「藤袴」「朝顔」「露草」と文字で書かれています。連衆は、それぞれの札を取り、その草花名を各自の「名乗」(なのり:席中での仮名)として使用します。札の裏には、草花ごとに「鈴虫」「松虫」「轡虫」「蟋蟀」「機織」が3枚ずつ書かれており、1人前で15枚の札を用意します。
EX:女郎花の札(鈴虫3、松虫3、轡虫3、蟋蟀3、機織3)=15枚
次に、組香で焚き出すお香は、「掛物とは別に」亭主が用意します。要素名は、「鈴虫」「松虫」「轡虫」「蟋蟀」「機織」これらを各4包つくり、試香としてそれぞれ1包ずつ焚き出します。ここで、各虫の名について説明を加えたいと思います。
鈴虫(すずむし)
コオロギ科の昆虫で秋に鳴く虫として古くから飼われていました。草むらにすみ、雄は前羽を立て「リーンリーン」と鳴きます。 [マツムシの古名]
松虫(まつむし)
コオロギ科の昆虫で古来、鳴く虫の代表として親しまれていました。草原・林にすみ、雄は「チンチロリン」と美しく鳴きます。 [スズムシの古名]
轡虫(くつわむし)
キリギリス科の昆虫で、雄は羽をすり合わせて「ガチャガチャ」とにぎやかに鳴きます。
蟋蟀(きりぎりす)
コオロギのことで、古くは秋に鳴く虫の総称となっています。多くは地表にすみ、雄は種類によって「コロコロリーリー」とか「リリリリリ」と美しい声で鳴きます。大別して「呼び鳴き」、「口説き鳴き」、「脅し鳴き」の3種があるそうです。[コオロギの古名]
機織(はたおり)
キリギリスのことで、草むらで「チョンギース」と鳴く虫です。[キリギリスの古名]
以前、源氏物語の鈴虫の帖を題材にした「鈴虫香」の際もお話したとおり、平安時代の「松虫は鈴虫。鈴虫は松虫」となっていますし、江戸末期あたりまでは「蟋蟀(こおろぎ)と書いてきりぎりす」と読ませたりしています。古典の「虫」を主題として扱う場合は、こういった迷いがあり、そのために出香のイメージも曖昧になってしまうものなのですが、私は、現代語の用例と文部省唱歌の「虫の声」(あれ 松虫が 鳴いているぅ〜♪ チンチロ チンチロ チンチロリン・・・)のイメージに則って取り扱うことといたしました。
さて、本香は、残った15香を打ち交ぜて、任意に5包引き去り、本香は10包焚き出します。この組香は、「一*柱開」で行われ、答えの投票には先ほどの香札を用います。この組香は、「左方」「右方」と連衆を物理的に二分して聞くことも特徴です。しかし、所謂「一蓮托生、グループ対戦型ゲーム」ではなく、基本的には個人戦です。記録にも、「左方」「右方」の表示や「左方勝」などの勝負の表示がなく、普通に名乗が十人分並ぶ十*柱焚きの組香のようです。おそらく左右に分かれた盤の景色は、「秋の野を両端から手分けして虫を探して追い込んでいく猟の景色」を想定しているものと思われます。
香元から本香が焚き出されたら、1炉ごとに試香に聞き合わせて、虫名が書いてある札を1枚投票します。1炉廻り終えて、投票も終り、香元が香包を開いて正解を宣言すると、聞き当てた人は、聞き当てた虫の桝(自方)からご褒美の香を1包もらいます。これは、「虫の音を聞いて、それを頼りに虫が捕れた」という景色となります。
続いて、この虫捕りを10回続けますが、1桝には香が5包しかありませんから、正解者が多い場合や本香で焚き出された虫名が偏った場合等は、ご褒美の香が尽きてしまうことがあります。野の虫にも限りがあり、声が聞こえるからといって無尽蔵に捕れるものではないということです。香を聞き当てても、ご褒美の香がもらえない場合は「虫の音を聞いて、虫を得ず」の意を表し、最初の正解とは違う景色を呈します。
「撰蟲香」の虫捕りルールでは・・・
@「鈴虫」の香を聞き当てた場合は、自分に面した香盤の「すずむし」の桝から香を1包もらう。
A自方の桝に「鈴虫」の香が尽きてしまった場合は、相手方(向い)の「鈴虫」の桝から1包もらう。
Bどちらの桝にも正解者に各々分けるだけの香が残っていない場合は、香の残された方の「虫篭」にその香包を一時保管する。
EX:「鈴虫」の正解者3名あり、左方「すずむし」の盤上に「白菊」が1包しかない場合は、左方の虫篭に1包を保管する。その後は、「鈴虫」を聞き当てても褒美の香は無し。
C虫篭に残されたご褒美の香は、最終的に最高得点者に贈呈されます。
D得点が同点となった場合は、貴人、老人、子供の順に優先権があります。
秋の虫の声を意識し始めると、温度や季節の進み具合等で「総体的な虫の音」が変化することに気付きました。それは、鳴く虫の種類(構成)が変わるのかと思っていましたら、今回、虫単体でも鳴声が変わるということを知りました。諸外国では、虫の音をおよそ「雑音」として認識しており、「声」とか「風情」として受け止めるのは日本をはじめ非常に限られた国の文化らしいです。皆さんも、香筵を自邸の庭と想定して、綺麗な音を発するお香を放ち、鳴き比べをさせて見て下さい。
「虫が嫌いでどうしても撰蟲香ができない。」という方がいるそうです。
「虫の字も嫌い。」ということでしたから「蟲」なんてみるだけでゾッとするのでしょうね。
私もちょっと「蟲」の字は モゾモゾとうごめくようでエグイかなと・・・。
組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。
最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。
Copyright, kazz921 All Right Reserved
無断模写・転写を禁じます。
Special Thanks to