十一月の組香

夫婦仲睦まじい鴛鴦をテーマにした組香です。

相方と離れてしまわないための盤上の仕掛けが特徴です。

鴛鴦香の小記録

 

※ このコラムではフォントがないため「火篇に主と書く字」を「*柱」と表記しています。

説明

  1. 香木は、4種用意します。

  2. 要素名は、昆陽(こや)」眞野(まの)」「益田(ますだ)」と「鏡池(かがみのいけ)です。

  3. 香名と木所は、景色のために書きましたので、要素名に因んだものを自由に組んでください。

  4. 昆陽」眞野」「益田」は各4包、「鏡池は1包(計13包)作ります。

  5. 昆陽」眞野」「益田」のそれぞれ1包ずつ(計3包)試香として焚き出します。

  6. 試香を聞いた後、連衆は所定の方法で2人一組のペアになります。(後述)

  7. 連衆は、自分の名乗りに見合った香札を取ります。

  8. 続いて、香元は、手元に残る10包を打ち交ぜて焚き出します。

  9. 本香は、「一*柱開(いっちゅうびらき)」で10炉廻ります。

  10. 連衆は1炉ごとに答えを「香札」で投票します。

  11. 盤者は、1炉ごとに当否を判定し、所定の方法で盤上の立物を進めます。(後述)

  12. 執筆は、正解の要素名のみを香記に書き記します。

  13. この組香は、盤上の勝負記録上の勝負の勝者が異なる場合があります。

  14. 下附は、点数で書き記し、客香は2点、独聞は3点、その他は1点となります。  

 

夕空を見上げると渡り鳥の「V」の字が行く筋も見られました。 

仲冬ともなりますと、各地の湖沼に渡り鳥が飛来します。宮城県にも「伊豆沼・内沼」というラムサール条約に登録された渡り鳥の名所があります。私も近くの河原でバードウォッチングと洒落込みましたが、鳥の夫婦というものは、けっこう種類の別なく仲睦まじいものです。有名な越冬地を避けて街中の河原に来る鳥は、それなりに「乙」な夫婦なのでしょう。それぞれにドラマが見えて、漫画のように吹出しなどつけて遊ぶと結構おもしろいものです。ただ、この時季の彼らの仲睦まじさは、越冬地で「限られた餌を啄ばみ、寄り添って寒風を避け、お互いが相方を支えにして耐えている」夫婦の姿であり、繁殖地で「川面の陽だまりをニコニコ笑って泳いでいる」夫婦の姿とは異質のものでした。確かに子育てを終えて2人きりになり、越冬に有利な土地を求めての道行の末の夫婦ですから、その愛は磐石この上ないものなのでしょう。 彼らのしっとりと落ち着いた清貧さに「裸電球の明かりが漏れる家」のようなやすらぎが感じられ、というたった一つの鳥になる枝に結びし紅き玉の緒」などと短歌を詠み、雪のそぼ降る川辺で、渡り鳥の来し方、行く末から人の世の夫婦の関わりに思いを馳せるのでした。

今月は、夫婦、手を携え合いながら盤上を進む「鴛鴦香 」(えんおうこう)をご紹介しましょう。

「鴛鴦香」は、大枝流芳編集『香道千代農秋(下巻二)』「新組香十品」として掲載のある組香で、流芳自身の作とされています。

鴛鴦とは、ご存知のとおり仲むつまじいので有名なオシドリのことです。文字を分解すれば、「鴛」は雄、「鴦」は雌のオシドリということで、文字面からして既に「雌雄和合」の意味合いを持っています。また、鴛鴦の夫婦は1羽が捕らえられると、もう1羽は思い焦がれて死んでしまうと言われることから、「思い死ぬ」⇒「思死」⇒「オシ・(トリ)」となったとも言われています。古代中国の時代から仲睦まじい夫婦の象徴とされて来た鴛鴦は、結婚式のお祝いに「双(つがい)」が贈られました。また、その代わりに「鴛鴦図」が贈られることも多くなり、画題としても確立されています。

鴛鴦は、カモ目/カモ科の水鳥で、繁殖期の雄は冠羽や橙色の銀杏羽や持ち、「カモ科随一」と言われるほどカラフルになるため、印象の強い鳥だと思います。反面、雌は灰褐色に斑のある地味な鳥で、春から夏にペアリングが行われると、広葉樹林の水辺に近い木の空洞に巣をつくり、抱卵、子育てを行います。夫婦で越冬地へ渡ってからは、暗い池や小川の木陰などを好みますが、冷たい湖面をぴったりと寄り添って泳いだり、岸辺で休んでいる姿がよく見られるようになるので、その印象から「冬の鳥」とされています。

まず、この組香には、「鴛鴦香盤」と立物、香札等を使用します。香種は4種、香数は、「4+4+4+1=13包」作り、下線部の3香は、試香として各1包焚き出し、都合「3+3+3+1=10包」となります。これは、「有試十*柱香」と全く構造が同じであり、香盤を用いた「盤物(ばんもの)」としての基本パターンとなっています。ただし、各香には要素名が付されており、その点「一、二、三、ウ」と匿名となっている十*柱香よりも、雅趣が豊かになっています。

要素名は、「昆陽 」「眞野」「益田」「鏡池」となっており、それぞれ池にまつわる歌枕等が使われていますので、簡単に説明します。

昆陽【こや】

兵庫県伊丹市内の古い地名です。行基の開創の昆陽寺・昆陽池があり、「昆陽の池」は、現在公園化され、渡り鳥の飛来地として有名です。[歌枕]

「葦の屋のこやのわたりに日はくれぬいづちゆくらん駒に任せて(能因法師)」後拾遺集

真野【まの】

滋賀県大津市内の地名です。「真野の入江」は、真野川が琵琶湖に注ぐ河口付近にあった入江のことです。中世までは広大な入江だったようですが、江戸時代に埋め立てられて現在は田地になり、入江の最深部だった真野四丁目に「真野の入江跡」の碑が立っています[歌枕]

「うづらなく真野の入江の浜風に尾花なみよる秋の夕ぐれ(源俊頼)」金葉集

益田【ますだ】

奈良県橿原市西池尻町の辺りにあった灌漑用の池「益田の池」のことです。「益」は「増す」に掛るため、「恋」の歌に多用されています。[歌枕]

 「わが恋はますだの池の浮きぬなはくるしくてのみ年をふるかな(小弁)」(後拾遺集)

鏡池【かがみのいけ】

昔、貴人や英雄が姿を映したり、持っていた鏡を落としたりしたという伝説のある池の総称です。この要素は場所の特定ができませんので、未知のものとして「客香」となっているものと思われます。また、深く解釈すれば、水面が鏡のように穏やかになり、周りの景色が反映されている様を思い浮かべる「景色のニュートラルゾーン」と考えても良いかもしれませんし、「貴人・英雄の伝説がある池だから別格」と考えても良いかもしれません。

 さて、この組香の第1の特徴は、「連衆の組分け」です。一般的な盤物であれば、あらかじめ「左方」「右方」とか「○○方」「○○方」と、大抵2組に分かれて聞き比べをします。しかし、この組香では、試香が終った後、雙定(つがいさだめ:双定)」と言って、連衆を2人ずつ組み合わせて5組のペアを作ります。 組み合せの法は、「菖蒲(あやめ) 左」「菖蒲 右」、「杜若(かきつばた) 左」「杜若 右」、「玉藻(たまも) 左」「玉藻 右」、「村芦(むらあし) 左」「村芦 右」、「真菰(まこも) 左」「真菰 右」とそれぞれ表に書いた札10枚(裏は無地または水波など絵)をつくり、札を伏せて連衆に任意に取らせて、同じ紋に当った人を組み合わせます。

EX:「菖蒲 左」「菖蒲 右」の札を取った人がペアとなる。

 この札の「左・右」については雌雄を示し、「左が雄」、「右が雌」となります。立物は、鴛鴦の人形が雌雄五双(計10羽)ありますので、雌雄を確認し、各自の取った札は、目印のために自分の人形の傍らに置きます。(札を人形の台座に載せたまま進む。)

EX:「〇〇 左」の札を取った人は雄鳥の立物、「〇〇 右」の札を取った人は雌鳥の立物となる。

 こうして出来た5組が互いに対戦相手となり、香記にも各自の名乗をペアごとに書き記し、ゲームを開始します。 

 出典に書いてはいないのですが、この組香は、試香が終るまでは「仮座」として、定の終った後に菖蒲から順にペアが隣り合って着座し、「本座」とする方が都合がよいと思われます。ペアが隣り合わなくとも、組香を行うことは可能なのですが、盤者、執筆の便宜を図ると、連衆の並び替えをした方が合理的に且つ姿良くことが運ぶように思われます。(ただし、順番を決めて行うと真菰のペアがいつも末座となり、香 気の末枯れで不利になるということもあります。)

続いて、本香10包を打ち交ぜて焚きだします。本香は、「一*柱開」として、香盤に鴛鴦の立物を進めながら行います。 「一*柱開」は、香元から本香1炉が廻されたら、連衆は順に香を聞き、聞き終えたら試香と聞き合わせて、即座に香札によって答えを投票します。盤者は、札筒・折居から香札を取り出し、名乗のとおりに並べます。香元が正解を宣言し ましたら、各自の当否によって立物を進めます。その際、外れの札は伏せるか取り除くと記録しやすくなります。執筆は、その当否を見ながら当りのみ香記に書き記します。(以上を十回繰り返します。)

 香札は、裏に「菖蒲(左・右)、杜若(左・右)、玉藻(左・右)、村芦(左・右)、真菰(左・右)」とそれぞれ名乗を書いたものを作り、表に「昆陽(3枚)、眞野(3枚)、益田(3枚)、鏡池(1枚)」と答えを書き、10枚で1人分とします。

EX:札表「菖蒲 左」、札裏「昆陽(3)、眞野(3)、益田(3)、鏡池(1)」=10枚

続いて、この組香の第2の特徴は、「盤上の立物の進み方」にあります。他の組香では、同じ組方に独走的に正解する人がいると、全員が助かる訳ですが、この組香は、「双(つがい)」が基本ですので、ペアのうち一方が独走することはありません。  

双のうち、雄でも雌でも「一間」だけ遅れている場合は構いませんが、客香以外の香で「二間」遅れる場合は、不正解の場合でも正解(先行)している相方に「一間」付いて進むことができるという得をします。一方、客香を聞き当てて「二間」進むべき時、相方が「二間」遅れるような場合は、客香を当てた人が「一間」戻り、当らなかった相方が「一間」進みます。また、客香を独聞して「三間」進むべき時、相方が「二間」遅れるような場合は、客香を当てた人が「一間」戻り、当らなかった相方が「二間」進み、同じ桝で出逢います。ともかく、相方が良ければ、盤上を離れることなく進むことが出来ますし、離れすぎると先行している方が戻されるので、相方の出来によっては損得があるのです。また、盤が進むと、真中には「玉藻の床」と言って藻と菖蒲の作り花を飾った円台があり、ここへ「ペアで」早く行き着いた組が「盤上の勝者」となります。一方が先に円台に到達した場合は、その相方の当たり分も進むことができますので、遅れている相方は正解できなくてもゴールすることができます。

盤上の景色は、鴛鴦の夫婦が水辺を泳ぐ景色を表すことは疑いないところですが、状況に応じて随」随」のどちらになるかはわかりません。その点では、「鴛鴦図」の構図と違って「男女共同参画社会」に即した景色と言えるでしょう。また、立物を進ませるための独特なルールは、「水辺を離れずに進む鴛鴦の景色」と、「離されれば死ぬという言い伝え」等を表すものと考えます。これらの景色が相俟って、「鴛鴦の契(えんおうのちぎり)」や「比翼連理(ひよくれんり)」のテーマを表す趣向となっているのではないかと思います。

最後に、5組の内いずれかのペアがゴールすれば、香が残っていても盤上の勝負は終わりますが、その後も本香は残らず(十*柱)聞くことになっており、こちらは「記録上の勝負」なります。記録は、まず、菖蒲左、菖蒲右・・・の順に名乗を書き記し、各自の正解した要素名のみを書き付けます。(この点で、名乗と同じ並びで着座した方が都合が良いわけです。)点数は、盤の進みと同じく、客香は2点、独聞は3点、その他は1点となります。 記録上の勝負は、盤上の勝負、相方の点数如何に関わらず、得点の1番多い方のうち上席の方勝ちとなります。

冬の湖沼で鴛鴦を見つけたら、是非観察してみてください。行きつ戻りつしながら、離れずに泳ぐ微笑ましい姿が、「鴛鴦香」そのものですよ。

 

「鴛鴦の契」の実態ですが・・・

雌は毎年相手を替えるし、雄は雌の抱卵期に浮気もするらしいです。

意外に「普通」ですね。(^.^;)

 

組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。

最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。

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