十二月の組香

「共に生まれ、共に生き、共に老いる」という万能の祝香です。

同じ「聞の名目」が4つあるところが特徴です。

※ このコラムではフォントがないため「火篇に主と書く字」を「*柱」と表記しています。

説明

  1. 香木は4種用意します。

  2. 要素名は、「一」「二」「三」と「ウ」です。

  3. 香名と木所は、景色のために書きましたので、季節等に因んだものを自由に組んでください。

  4. 「一」「二」「三」は、それぞれ3包、「ウ」は2包作ります。(計11包)

  5. まず、「一」「二」「三」のそれぞれ1包(計3包)を試香として焚き出します。

  6. 残った「一」「二」「三」の各2包(計6包)に「ウ」2包を加えて打ち交ぜます。(計8包)

  7. 本香は、「二*柱開(にちゅうびらき)」で8炉廻ります。

「二*柱開」とは、「香炉が2炉廻る毎にそれを1組として、1つの答えを書き記す」やり方です。ここでは、答えの数は「8÷2=4」で4つ書くことになります。

  1. 答えは、2炉ごとに香の組合せに照らし合わせて、手記録紙(名乗紙)に「聞の名目(ききのみょうもく)」で書き記します。

  2. 記録は、香の出に従って、各自の回答(聞の名目を4つ)書き記します。

  3. 点数は、「聞の名目」がそのまま当った場合は2点、「聞の名目」が外れていても内包されている要素が片方当っていれば1点(「片当り」)と換算します。(その他の決まりは後述)

  4. 下附は点数で書き記します。

 

 今年は暖かな冬の入りとなりました。

 師走はただでさえ忙しいというのに、月末に引越しを控えていますので、もう家の中はバタバタです。「1つ買うなら1つ捨てる」をモットーにしていたものの、子供が出来てから10年以上暮らした部屋なので、まぁ〜いつの間にか「もの」は増えています。幸い「衣装箱4つで一生暮らす!」をコンセプトにしている私は、香道具類と香書が増えただけでしたが、それでも、引越し荷物を減らすために、薄皮を剥ぐようにして結婚以来の「思い出もの」を随分捨てました。勿論、老後の楽しみの一杯詰まった「PCサーバ」も香友からいただいた「万年青」の鉢と一緒に『最恵国待遇』で新居へ移動です。今回初めて知りましたが、万年青は徳川家康が駿府から江戸城に移った際に一緒に持って入城し、その後、徳川家が栄えたということから「引っ越しに万年青を持っていく」という風習ができたようです。一方、我がサーバにつきましては、引越し直後に、これまた『最優先』でインターネット環境を整えます。月末には例年どおり「新年の組香」がアップできるように頑張りますので、皆様も祈っていて下さい。(-λ-)

今月は、「八方塞」封じの最終仕上げとして、数ある祝香の中で「家移りにも効く(!?)」と言われる「相生香 」(あいおいこう)を御紹介いたしましょう。皆様方には、新春の祝香の予習としてお付き合いいただければ幸いです。 

相生香」は、『香道蘭之園(四巻)』に掲載のある組香で「祝香」に分類されるおめでたいお香です。出典にも「この香、吉事なり。年始、移宅、婚礼等に別して興行あるべし。」と記載されており、祝宴の後、別席を設けて催すことを推奨しています。

「相生」とは「一緒に育つこと」で、「1つの根元から2つの幹が分かれ出て共に育つこと」を表します。また、「相生(あいおい)」の「生い」は、「老い」に転化し、夫婦が仲よく連れ添って長命であることを意味する「相老」にも派生します。この名を戴した「相生の松」は、1本の幹から2本の松が出ているものを指しますが、2本の松が1本に絡み合っている「連理の松」を含むこともあります。「相生の松」も「連理の松」も全国各地で見られ、縁結び、夫婦和合、長寿の象徴とされています。

まず、この組香は「一」「二」「三」「ウ」と匿名化された要素名が用いられています。これは、最初から香席に景色をつけず、ニュートラルな気持ちで試香を聞き、本香が出て初めて連衆の心に景色を結ばせるという趣向なのでしょう。景色の描写を重要視する「桜香」や「雪見香」と似た構造がみられ、匿名化された要素の組み合せから、「聞の名目」を導き出すことによって、舞台、景色、登場人物を連衆の心の中に配置して、組香の景色を際立たせるように出来ています。

次に、この組香の香種は4種で、「一」「二」「三」「ウ」の要素名に対応します。香種は、単純に「十*柱香」の形式を踏襲しただけとも考えられますが、後述の「聞の名目」から察するところ、高砂 ・住江の松の本数(2+2=4本)から発想しているとも考えられます。香組については、祝香ですので「すべて陽香で華々しく」という向きもあろうかと思いますが、「相生」(雄松、雌松)という意味合いや「聞の名目」の景色を生かすために「陰香」と「陽香」を同数織り交ぜて「陰陽和合」を醸し出す方が 作者の意思に添うものと思われます。

構造は、「有試十*柱香」に似ていますが、各要素の香数が異なります。「一」「二」「三」については3包作り、そのうち1包ずつを試香として焚き出します。「ウ」は2包作り、これを残った「一」「二」「三」各2包と交ぜますから、本香数は、各要素2包×4種=8包となります。香数の「八」は末広がりで、祝事にふさわしい香数となっています。

さて、本香は、「二*柱開」という形式で行います。二*柱開とは、1炉ずつ廻ってくる香木を聞き、2炉ずつをひとまとめにして、答えを1つ書き記すという方法です。この組香では、「1炉・2炉」「3炉・4炉」「5炉・6炉」「7炉・8炉」をペアとして考え、香の出に聞き合わせて聞の名目を導き出し、都合4つの答えを名乗紙に書き記して提出します。このように、4種8包の香を2つずつ組み合せて、和合させるのも「相生」の意に添った趣向です。

因みに、この組香は「焚合(たきあわせ)」といって、銀葉の上下に2つの香木を載せて、1炉で2つの要素を聞き合わせて、聞の名目を書き記すという方法で行われることもあります。「焚合」の式法は秘事となっていますが、「二*柱開」の形式をとる組香には「伝授の香」と称して、この形式を併記しているものが多く見られます。

この組香には証歌はありませんが、聞の名目から察することができるように能や謡曲の『高砂』がそのテーマとなっていることは間違いないと思います。いわば、あの「高砂や〜♪この浦舟にぃ帆を上げてぇ…♪」がBGMとして流れていると思って良いでしょう。

それでは、聞の名目に解釈を加える前に世阿弥作の能『高砂』について概説してみましょう。

『高砂』

 肥後の国の神主、友成(ともなり)は京に上る途中、播磨の国(兵庫県南西部)高砂の浦に立ち寄り、そこで熊手を持った尉(じょう=老爺)と杉箒を持った姥(うば=老女)に出会います。 友成が、尉と姥に「高砂と住吉の松は離れた場所に植えられているのに、何故、相生の松というのか?」と尋ねると、「尉は住吉の住人、姥は高砂の住人ですが、遠く離れて住んでいても夫婦の心は通い合っています。非情の松にさえ『相生』の名があるように、人間の夫婦も相生の夫婦となり得るものです。」と答えます。

 やがて、尉と姥は「自分たちは高砂・住吉の松の精で、貴方の前に夫婦となって現れたのです。」と告げます。友成は二人に誘われ、舟で住吉へと向かいますが、その場面で出てくるのが例の謡曲・・・「高砂や この浦船に帆をあげて この浦船に帆をあげて 月諸共に出で汐(しお)の 波の淡路の島陰や 遠く鳴尾の沖すぎて はや住の江に着きにけり はや住の江に着きにけり」・・・住吉に着いて、友成は住吉明神の来迎を仰ぎ、住吉明神は千秋万歳を祝って舞います。

 このように、『高砂』は常盤の松に象徴される国と民の繁栄、天下泰平を主題とした「祝言」の原点とも言える作品なのです。

続いて、組香では、聞の名目が組香の景色すべてを醸し出しています。4種8包から任意に2包を取り出す組合せは、全部で16通りありますから、普通は「十六景」の名目が用意される筈なのですが、この組香は、そのうち同じ要素名が2つ重なった場合は、すべて「相生」とするところが特徴となっています。このことによって、以下のとおり名目は13種となっています。

「相生」 (あいおい)

香の出が「一、一」「二、二」「三、三」「ウ、ウ」となった場合は、すべて「相生」となります。これは、登場確率を他の要素より4倍上げることにより、香記に「相生」の文字が出やすくする「相生香」ならではの工夫だと思います。ただし、同じ要素を「相生」とすることは、五行説の「相生(そうじょう)」や「相生の松」のように「違ったものが一緒になる(陰陽和合)」とは違ったイメージかも知れません。ここでは、1本から2本育っている「双子」に近い発想で用いられているものと思われます。

「高砂と住江」(たかさご・すみのえ)

「高砂」は、兵庫県南部の地名であり、相生の松の発祥は、兵庫県高砂市の「高砂神社」にある「高砂の松」であると言われています。高砂の松は、根は1つなのですが、幹が雌雄二つに分かれている珍しい松で、1つの幹は海辺に生える「黒松」、もう片方は山に生える「赤松」となっており、種類も植生地も違うものが共生していると言われています。「相ともに生まれ、生きて老いる」ことから『相生松』」と名づけられました。松葉は枯れて落ちても離れないため、境内に落ちている松葉を持ち帰ると、縁結びのご利益があるとされています。因みに、現在の松は5代目とのことです。

一方、「住江」は、摂津の国の郡名で、古くは「すみのえ」と呼ばれ、平安初期以降「すみよし」として定着しました。昔の住江には多くの松が茂り、歌枕として今に伝えられる松の名所でした。中でも大阪市天王寺の「住吉大社」の「住吉の松」が有名でしたが、天明の時代に枯死するものが多く、それを憂えた風流人らの間で、「松苗の奉納」が起こり、現在でも松苗神事(まつなえしんじ)」が4月の年中行事となっています。ただし、現在「住吉の松」の名残は無いとのことです。

「尉と姥」 (じょう・うば)

「お前百まで わしゃ九十九まで」で知られる尉と姥は、能の高砂にあるように「住吉・高砂の松の化身」とされ、兵庫県高砂市が発祥の地だと言われます。「尉」は、福の象徴である松葉をかき集める道具の「熊手」を持っており、「姥」は、場を清めて厄を払う「杉箒」を持っています。これには呪術的意味があり、「和合長寿」の祝い物として、数々の画題や人形等にもなっています。

「松と竹」 (まつ・たけ)

単純には、「松竹梅」の「梅」を抜いて2要素で対比させたものとも思われますが、「松」は前述のとおり、この組香の主題でもあります。また、「竹」は「尉」の持つ「熊手」(竹杷=さらえ)にも通じ、寿福の象徴である相生の松葉を掻き集める道具でもあります。

「鶴と亀」 (つる・かめ)

『高砂』には登場しないのですが、七五三の千歳飴や蓬莱山の絵のイメージからすれば、「尉と姥」とは、切っても切れない風景で、「鶴」は松の木の上に、「亀」は波打ち際に描かれています。「鶴は千年、亀は万年」で知られるように非常に長寿でめでたいものとされています。

「八千代と万代」 (やちよ・よろずよ)

「八千(やち)」は、きわめて多い数のことで、「八千代」はきわめて多くの年代のことです。また、「万代」もほとんど道義語であり、千秋や千代と同様、限りなく長く続く代を祝っていう語です。

「妹背と諸白髪」 (いもせ・もろしらが)

「妹背」は夫婦のことで、「諸白髪」夫婦ともに白髪になり年老いること。所謂「共白髪(ともしらが)」です。この2つの名目は、他のペアに比べて互いに関連性が高いというわけではなく、「尉姥」の派生語として、添えられた景色ではないかと思われます。因みに、山形県南陽市の双松公園の裏手には「妹背の松」という連理の松が立っています。

以上のとおり、名目は互いに連関する他の名目とペアになっており、この点でも相生・連理の意識が高く維持されています。ただし、対比される名目同士は、共通の要素名を1つずつ含み合う形で構成されているだけであり、それ以外の法則性は見当たりません。序列の設け方だとは思うのですが「竹(二、三)と松(三、二)」のような要素反転で組んだ方が、分かりやすく更に完成度が上がると思います。 

答えは、本香8炉を聞いて名乗紙に聞の名目を4つ書き記します。記録は、連衆の答えのまま、聞の名目を1人あたり4つ記録します。下附の点数は、聞の名目を構成している要素それぞれに当り外れを付け、1点として換算します。例えば、「高砂(、二)」が正解の場合に「住江(一、三)」と答えた方は、初香の「一」の部分のみ当っていますので、1点が加点されます。一方、「八千代(二、一)」と答えた方は、順序が逆のため得点となりません。

その他、下記のとおりの得点上の決まりがあります。

 出典の香記では、「八千代」「相生」「鶴」「妹背」の全問正解者に「8点」の下附がついていますが、上記の換算方法をとると得点は、2++2+2=9点(独聞なし)になると思います。

なお、点数の最大値を想定すると、「相生が4つ」、例えば「相生(一、一)」「相生(二、二)」「相生(三、三)」「相生(ウ、ウ)」と出た場合の「全問正解者」「すべて独聞」した場合で、4+4+4+6=18点となるのかな?と思います。このように換算して、勝負は、点数の多い人の うち上席の方の勝ちとになります。

安寧長寿の「相生(あいおい)」を「相生(そうじょう)」と読めば、五行説の「互いに他のものを生み出す関係のこと」となります。これは、木が火を、火が土を、土が金を、金が水を、水が木を生む循環のことであり、とても創発的で活動的なイメージがします。なんとんなく「家移り」にも向くような気がしてきました。

皆様も万能祝香の「相生香」で・・・まず自分自身の現状を寿ぃ!と祝ってみてはいかがでしょうか?

 

 

兵庫県には高砂市と相生市が揃っていますね。

徳島県の相生町は「日本一の万年青の産地」ということで・・・

引越しと相生の接点はこんなところから来るのかもしれません。

今年も1年ご愛読ありがとうございました。

良いお年をお迎えください。

組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。

最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。

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