一月の組香

正月行事の「小松引き」をモチーフにした組香です。

直衣姿の人形が進みつつ小松を引いていく様が盤上に良く表現されています。

慶賀の気持ちを込めて小記録の縁を朱色に染めています。

 

説明

     

  1. 香木は5種用意します。

  2. 要素名はちとせまで」「かさねる松も」「けふよりは」「君にひかれて」「万代やへんです。

  3. 香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。

  4. ちとせまで」「かさねる松も」「けふよりは」「君にひかれて」各2包(計8包)、「万代やへん」は1包作ります。

  5. 連衆は、「春日野方」「嵯峨野方」に分かれ、双方がチームになって聞き比べをします。

  6. ちとせまで」「かさねる松も」「けふよりは」「君にひかれて」のうち各々1包(計4包)を試香として焚き出します。

  7. 残ったちとせまで」「かさねる松も」「けふよりは」「君にひかれて」各1包(計4包)「万代やへん」は1包を打ち交ぜて焚き出します。

  8. 本香は、「一*柱開」(いっちゅうびらき)で5炉廻ります。

※ 「一*柱開」とは、香札(こうふだ)等を使用して「香炉が1炉廻る毎に1回答えを投票し、香記に記録する」聞き方です。

  1. 本香1炉が焚き出され、これを聞き終えた客から順に試香に聞き合わせて香札を1枚打ちます。

※ 以下、13番までを5回繰り返します。

  1. 執筆は、打たれた香札を札盤(ふだばん)の上に並べて仮に留めておきます。

  2. 香元から正解が宣言されたら、記録は、後述の定めに従って、香の出の順に札に記載された1文字で記載します

  3. 各自の回答を記録し、聞き当てた者の多いチームの人形を1間進め、脇にある小松を1本引き去ります。

  4. 下附は1炉当りを1点、客香と独聞は2点とし、当りには傍点を付して点数で記載します。

  5. 最後にチームの点数の総計をそれぞれ記載し、多い方が勝ちとなります。

 

  新年あけましておめでとうございます。

  「猛暑の夏の年は厳冬」との御多分に洩れず、雪のお正月となりました。

新居での新年は、何もかもが真新しく気持ちが良いのですが、コンセプトを「和物」に徹し切れなかった私の心根の弱さから、なんとなく正月飾りとインテリアとのミスマッチも気になるところです。

近所には、「仙台どんと祭」で有名な「大崎八幡宮」があります。これは、安土桃山時代の我が国唯一の遺構として「国宝建造物」に指定されており、先頃、「御鎮座四百年記念事業(=仙台開府四百年)」として4年にわたる平成の大改修を終えて、荘厳・華麗な桃山文化の建築美を見せ、当時豊臣家に仕えていた日本屈指の工匠の技がみごとに復元されています。今年からは贅沢にもこちらが氏神様になるわけで、我が家にも忘れずに訪れてくれるよう昨年中に挨拶を済ませました。

お正月の門松は、歳の神の依代(よりしろ)ですが、私は、京都で行われている雌雄の根付きの松を門の両端に立てかける「門松」に憧れています。しかし、どうも裏山から若い枝を切って来るのが関の山で、若木を根こそぎ抜いて持って帰るなどということはどうしても「自然破壊?」の文字がよぎって出来ませんでした。また、新春の野遊びと言えば、「若菜摘み」と「小松引き」ですが、小松引きについては、そのような感慨から、なかなか試せずにおりましたところ、先般、自然に優しい「小松引き」の組香を見つけました。

今月は、香盤に小松を植えて、互いに引き合う「子日香 」(ねのひこう)をご紹介いたしましょう。

「子日香」は、大枝流芳編の『香道秋農光(下)』(盤立物は上巻に掲載)に掲載のある組香で山本範という人の作とされています。正月行事を模した組香としては定番に属するもので、同じ組香の記述は、『香道蘭之園(附録)』や『御家流組香集(仁)』にも見られますし、同名異組の「子日香」が『香道春雨記(全)』『香道蘭の園(七巻)』にも掲載されています。

 まず、この組香の証歌は、拾遺和歌集に「入道式部卿のみこの、子の日し侍りける所に 大中臣よしのぶ(能宣)」との詞書に続いて「ちとせまでかさねる松もけふよりは君にひかれて万代やへむ(ん)」と記述があります。この歌は、「入道式部卿のみこ」(=宇多天皇皇子敦実親王)の正月の野遊び「小松引き」にお供した際に、その場で「千年までと寿命が限られる松も、今日からは、あなたに引かれて(あやかって)万年の命を保つでしょう。」と親王が長寿であろうことを前提に祝意を込めて詠んだものです。この歌は、藤原公任の秀歌選 『三十六人撰』、『金玉集』、『深窓秘抄』はもとより、藤原俊成の『古来風躰抄』、藤原定家の『定家八代抄』にも選ばれた秀歌です。

詠人の大中臣能宣(おおなかとみのよしのぶ)は、伊勢神宮祭主で、有名な歌人の伊勢大輔の祖父にあたり、自らも三十六歌仙の一人に列せられています。宮中では、蔵人所に勤務したのち、天暦5年(951)、清原元輔、源順、紀時文、坂上望城とともに「梨壺の五人」として 、和歌所寄人となり、万葉集の訓点と後撰集の撰進に携わりました。また、内裏歌合にも多数出詠しており、技巧を凝らして洗練された歌を詠んだので、当時、相当人気があったようです。勅撰和歌集には、拾遺和歌集に初出ですが、紀貫之・柿本人麿についで第3位の入集数を誇っています。

次に、「小松引き」とは正月の年中行事の1つで、正月の初めの「子の日」に、野に出て、小松を引いたり、若菜を摘んで食べるという遊宴をして千代を祝うという行事で、小松を引くことは常緑の松に因んで、不老長寿を願うものでした。

この小松引きは『源氏物語』の「初音」の帖にも以下のとおり登場します。

「今日は子の日なりけり。げに千年の春をかけて祝はむにことわりなる日なり。姫君の御方に渡りたまへれば、童女、下仕へなど、御前の山の小松引き遊ぶ。若き人びとの心地ども、おきどころなく見ゆ。」

「(新年を迎えて)初の子の日になりました。なるほど、千歳の春を子の日にかけて祝うには、ふさわしい日です。(源氏が明石)姫君のところにお渡りになりますと、童女や下仕えの女房たちが、お庭先の築山の小松を引いて遊んでいました。それを見ている若い女房たちの様子も(一緒にやりたくて)じっとしていられないように見えます。」

ここでは、庭の築山の松を引く風景が記述されていますが、これは稚児遊びとして行ったものだからでしょう。実際には野遊びとして野山に出かけて行ったようです。鎌倉時代初期の儀式書とされる『年中行事秘抄』には、「正月子日登岳遙望四方、得陰陽静気、触其目除憂悩之術也」とあり正月、(初)子の日に丘に登って四方をはるかに望めば、陰陽の静気を得て、一年の邪気を払うことができるとされていました。

さて、この組香は、出香に先だって、連衆を「春日野方」、「嵯峨野方」と二手に分け、双方、香盤を隔てて一蓮托生で聞き比べを行う「チーム対戦方式」で席が進みます。対戦は、子日香盤を使用します。盤は縦溝1筋、横は12目、6目進んだ真中に「勝負の場」があります。置物の大松は、本陣の軍旗のようにして双方とも奥に1本ずつ飾ります。小松は双方6本ずつ横目1間おきに立てます。直衣姿の人形は、双方1体ずつ手前の1間目に立て、縦の溝(人形溝)を進みます。

この組香の香種は5種、香数も本香5となっています。これは、和歌を題材にそれぞれの句を要素とする組香に多く見られる形式で萬歳香(君が代は…)」「宇治山香(我が庵は…)」等も同様です。和歌は「五・七・五・七・七」5つの句からなるため、香種・香数も5つとなり、要素名も歌の各句がそのまま使用されています。構造についても、和歌を題材にした組香の基本中の基本と言えましょう。最初の4句までは、2包ずつ作り、そのうち一包ずつを試香として焚き出します。その後、残った4種4包と客香1包を打ち交ぜて、本香5炉焚き出します。このような組香には「客香は第五句とする」という様式行為も有るには有るのですが、この証歌に関して言えば、長寿を予祝するテーマからして第五句が最も端的に歌意を表す句であるため、客香とするにふさわしいと解釈すべきだと思います。

続いて、出典に明記はされていないのですが、この組香は、盤物の常道として、1炉毎に答えの札を打ち正解を宣言する「一*柱開」で行われるものと思われます。本香は、1炉が廻り終えた段階で、各自答えの札を打ち、正解者の多い方が1回戦の勝ちとなります。勝てば、点数の差に関係無く盤上の小松を1本引き抜きます。客香や独聞(ひとりぎき:連衆のうち1人のみが当った場合)があった勝負の場合は、勝ったクループが2本引き抜きます。双方同点の場合は「持(もち:引き分け)」となり、双方とも小松を1本引き抜きます。また、双方の人形は、引きぬいた小松の数だけ盤上を進みます。この勝負が本香の数だけ繰り返されますので、全部で5回戦となります。席が進み、もし手前の小松が引き尽くされた場合は、相手の地から小松を取り、(人形も勝負の場を越えて進み)「香が終らなくとも小松を引き尽した場合は、盤上の勝負は終りとなる。」というルールも記載されています。また、「小松を引き尽さなくとも、香が終れば、多く引き抜いた方が勝ち」となります。これは、通常の盤物ルールと同じです。

一方、盤の勝負と併行して、記録上の勝負も展開されます。記録は連衆の答えのうち当りのみを記載します。香札の表には、「聞きの名目」のように要素に対応した文字が書かれており、記録も此の文字を使って記載することとなっています。札に書かれた文字については、「札には、一字ずつ書きて記録もまた此の文字を用ゆべし。」とあり、「辺、序、題、曲、流」の5文字が要素名と併記されています。

要素名 札の字
ちとせまで 辺(へん)
かさねる松も 序(じょ) 
けふよりは 題(だい)
君にひきかれて 曲(きょく)
万代やへん 流(りゅう)

この5文字は、能楽の「序破急」のように、韻文形式の句の流れを表すような言葉であろうと調べたところ、『和訓三体詩』には「歌の体代々に変るといへど辺序題曲流の五つはかはらずとかや。といふは題のほとりより云出し、序は緒にして題のつゐで也。下の五文字にを決し、上の七文字にをつけて人に面白がらせ、下の七文字にていひす也。」とあり、歌道で重要視される和歌の基本構成だというこが分かりました。因みに、「唐詩も序題曲流の四つなり。序をいひ題を決し、三の句に曲をつけていひながしたる物也。」とあり、唐詩の絶句四句も「序題曲流」の四つで流れを作るのだそうです。なお、香札の裏については、香記に「白梅」「玉槿」「水仙」「緑松」「青竹」「梧桐」が記載されておりますので、おそらく これらの「名乗」が書いてあったものと思われます。

記録上の勝負は、勝方(勝ったチーム)のうち1番点数の高い人が勝ち(同点の場合は上席)となります。負けた方に最高得点者がいても褒章の対象にならないところが、一蓮托生「対戦型ゲーム」の特徴です。

最後に、『香道春雨記(全)』に掲載されている同名異組の「子日香」の概要をご紹介いたしましょう。

  1. 香は四種用意します。

  2. 要素名は「一」「二」「三」「ウ」です。

  3. 「一」と「二」は4包ずつ作り、そのうち各1包を試香として焚き出します。

  4. 「三」は3包、「ウ」は1包作りますが、これには試香はありません。

  5. 残った香を「一と二」「二と一」「三と一」「二と三」「ウと三」と香包の順番が変わらないように5組に「結び置き」します。

  6. この5組を打ち交ぜて焚き出し、「二*柱1組」で答えを1つ書き記します。

  7. 答えは、下記のとおり「聞きの名目」で答えます。

要素名 名目
一と二 ちとせまで
二と一 かさねる松も
三と一 けふよりは
二と三 君にひきかれて
ウと三 万代やへん
  1. 香記は、歌の句がランダムに散りばめられた形となります。点数は、1句1点の5点満点です。

  2. その他、札の紋として「春日野」「嵯峨野」「秋志野」「来栖野」などの地名が使われています。

証歌は同じですが、似て非なる組香ですね。こちらは、盤物ではなく手記録紙でも楽しむことができるため近年一般化している「子日香」です。その他、『香道蘭の園(七巻)』にも4種8香を結び置きする「子日香」があります。

今年の初子は、1月4日(戊子)です。皆様も是非お香の小松引きで、長楽万年を祝ってみてはいかがでしょうか。

 

本年も稚拙なコラムでお目汚しですが、よろしくお願い申しあげます。

「正月」には「魂が生まれ変わる月」という意味もあるそうです。

新しい魂にも今年一年良い経験をさせてあげたいものです。

春の野辺君と歩みて玉の緒の長きを祈り三枝松引く (921詠)

組香の解釈は、香席の景色を見渡すための1助に過ぎません。

最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。

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