四月の組香
六首の恋歌によって恋の道行きを味わう組香です。
焚き出されなかった要素の恋歌を使って答えるところが特徴です。
※ 証歌は出典記載のとおりとし、歌集及び作者名は補筆しています。
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説明 |
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香木は6種用意します。
要素名は、一の香を「初恋(はつこい)」、二の香を「契恋(ちぎるこい)」、三の香を「忍恋(しのぶこい)」、四の香を「待恋(まつこい)」、五の香を「別恋(わかれるこい)」、そして六の香を「逢恋(あうこい)」です。
香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。
「初恋」「契恋」「忍恋」「待恋」「別恋」各4包と「逢恋」を1包(計9包)作ります。
そのうち「初恋」「契恋」「忍恋」「待恋」「別恋」をそれぞれ1包(計5包)を試香として焚き出します。
残った「初恋」「契恋」「忍恋」「待恋」「別恋」それぞれ1包ずつと「逢恋」を1包(計6包)を打ち交ぜて、その中から任意に1包引き去ります。
本香は、全部で5炉回ります。
連衆は、廻ってくる香を試香と聞き合わせて、要素の順番(試香に出た順番)を仮にメモしておきます。
答えは、本香で焚かれなかった要素に配された証歌を句ごとに分解して、香の出の順番に書き記します。(委細後述)
下附は、点数で書き記します。(委細後述)
巷では草木が芽生え、花が咲き、晴れた日には小鳥の声も聞かれるようになりました。
動植物の世界では、そろそろ「恋の季節の序章」が始まりますね。そうしてみますと人間界での「恋する季節」はいったい何時なのでしょう?春は否応なしに人が行き交う時期であり、生活のいろいろなシーンで新しい出会いも生まれる季節です。夏は心も身体も開放的になるので「ひと夏の恋」があり、秋は思いが深いので人恋しくなる。また、冬はクリスマスが恋する2人の一大イベントですし、スキーやスノボも出会いの端緒となります。一方、中古時代の恋歌は秋の歌が多いので、「恋は秋!」と個人的に決めつけていた感がありました。「秋の恋」と言いますと、なんとなく「人知れずぅ〜」とか「恨みわびぃ〜」とか陰々滅々とした感があり、「女のうち恨みたる」真那 賀ばかりで、なかなか香に組みづらいと思っていたものです。
私の好きな恋のシチュエーションは、「Good Luck & Good Bye!」ですね。「別れた二人が久々に再会して、それぞれ新しい恋人が隣にいるけれど、自分にとってその恋人が『No,1』に昇格することはあり得ない。離れていても互いの中でその存在は絶対だったことを実感するけれども、もう変わりようがないので、乾いた当たり障りのない会話と会釈をして、『せめても・・・』と肩を摺り合わせながら別れる。」という感じでしょうか。やはり「秘めたる思い」は美しいです。また、昔は、別れるときも「自分の大切なものを形見としてわざと交換し、その形見を自ら打ち捨てることで、相手への思いを断ち切る」という作法がありましたが、これも平成雅人としては身震いするほど素敵に思えます。残念ながら既婚者の皆さんは、恋することすら若干の後ろめたさはあるのでしょう。でも「心は自由」ですから・・・人倫を外さない程度に「恋せよ乙女」です。(^_^)v
今月は、恋のプロセスをお香と和歌で味わう「恋題香 」(れんだいこう)をご紹介いたしましょう。
「恋題香」は、米川流香道『奥乃橘(月の巻)』に「追加十組」として掲載のある組香です。また、同名の組香には大枝流芳の『香道千代乃秋(上巻)』がありますが、組香目録に「中古十組」として掲載されてい るものの、本文は掲載がないため同組かどうかはわかりません。いずれ、古今、新古今の和歌を証歌に用いた簡潔な構造を持つ組香ですので、由緒正しい組香であるとの印象を受けます。
まず、この組香の証歌は和歌6首となっています。厳密には香の出によって回答に使用する和歌が異なるために用意されたものですので「証歌」ではないのかもしれません。しかし、「恋題」に基づいて読まれたそれぞれの和歌は、それぞれの季節感と要素毎の情景を表しており、6首が一体となって「恋題香」の文学的支柱となっていると思います。
ここでは、6首の和歌について、イメージをさらに深めるために解釈を加えておきましょう。
初恋の歌は、新古今和歌集に「女につかわしける」との詞書きに続いて「春日野の若々しい紫で染めた摺り衣のしのぶ模様が乱れているように、あなたへの恋を忍んでいる私の心は限りなく乱れています。」と詠まれています。在原業平が狩衣の裾を切って女に贈ったという歌です。
契恋の歌は、新古今和歌集に「摂政太政大臣百首歌合に契恋のこころを」との詞書きに続いて「我が心よ。たとえ偽りであってもひたすら信じることにしましょう。あの人が偽りを重ねたときこそ、改めて恨むことにしましょう。」と前大僧正慈円が女性の立場になって我と我が心に言い聞かせるように詠まれています。
忍恋の歌は、古今和歌集に「人知れず思っているとたまらなく苦しくてやりきれない。紅色の末摘花のように、はっきりと素振りに出してしまおう。」と詠まれています。
待恋の歌は、古今和歌集に「宮城野の下葉もまばらになった萩は、露が重いので吹き払う風を待っているように、寂しく思い心を払いのけてくださるあなたのおいでをお待ちしています。」と詠まれています。古今和歌集では、「宮木野」と書かれていますが、出典では敢えて「宮城野」と書き直した跡が見られます。
別恋の歌は、新古今和歌集に「あなたと会うこともなく夜は明けてしまったので、私は帰りますが、心は晴れません。」と女の家に入れてもらえず夜明かしした男の気持ちになって、女性の伊勢が詠んでいます。
逢恋の歌は、古今和歌集に「ずっと恋焦がれてきて、やっと珍しく今宵逢うことが出来ました。どうかこの夜が明けないように逢坂の関の『木綿(ゆう)つけ鳥』よ暁の時を告げないでおくれ。」と詠まれています。「木綿つけ鳥」は一説には「鶏」とも言われますが不詳です。出典では、「夕つけ鳥」との表記があり「夕告げ鳥」として解していた形跡があります。
次に、この組香は、香6種で組まれており、要素名は、一の香を「初恋」、二の香を「契恋」、三の香を「忍恋」、四の香を「待恋」、五の香を「別恋」、そして六の香を「逢恋」としています。一の香から五の香までは試香があり、いわゆる「恋愛の進化の過程」のように思えます。どのような恋もこのような事象をランダムに経験しながら昇華していくものでしょうから、非常に的を得たラインアップだと思います。この要素の順番(一から五)は、後に重要な役割をしますので、覚えておいてください。また、「逢恋」については、どの段階にでも必要不可欠な恋の要素であるということから「客香」として扱い、後段の回答では「変幻自在に出没するオールラウンドプレーヤー」として扱われています。
因みに、恋愛に関する別組である「恋探題香」では、「逢」「増」「契」「忍」「恨」「祈」「別」の7要素で遊びます。また、「恋題合香」では、5種の香木を席中で2つに割って「逢」・「増」、「待」・「恨」、「忍」・「通」、「契」・「悔」の10包として使用します。これもなかなか含蓄深い趣向だと思います。
続いて、この組香の構造は至って簡単です。一の香から五の香までを「初恋、契恋、忍恋、待恋、別恋」と順に焚き出し、恋愛の5段階を そととおり味わい、一つ一つ印象に留めます。その後、残された「初恋、契恋、忍恋、待恋、別恋」に客香である「逢恋」を加えて打ち交ぜ、1包任意に引き去り、5種5香を本香として焚き出します。この「1包任意に引き去る」ところが秀逸な趣向といえましょう。所作としてはたいへん小さなことですが、「初恋」が出なければ、「恋も二度目なら、少しは上手に〜♪」と大人の恋のイメージになりましょうし、「契恋」がなければプラトニックに、「忍恋」がなければ開放的で若々しく、「待恋」がなければメールで現代的に、「別恋」がなければ恋愛成就(年貢を納めて「永遠の愛」に昇華していく?)・・・恋愛のストーリーに大きな変化とリズムを与える大きな効果があると思います。その中で六の香の「逢恋」は、「初恋」の欠落を補って「恋愛の端緒」となり、その他の要素の欠落を補って「恋愛継続の力」となります。いわば「逢恋」は何処に存在してもかまわない普遍的な要素として取り扱われており、それ故、正体を現さない「未知なるもの」として客香扱いされているのだと思います。
さて、本香が焚き終り、答えを書く際にこの組香の大きな特徴があります。まず、連衆は、打ち交ぜの段階に立ち返って、「結果的にあの時引き去られたのはどの香だったのか」を推察し確定させなければなりません。そして、「抜き取られた香 」(捨香)に配された和歌を1句から5句に分解して、要素名の番号(「一の香」)と各句の番号(「第1句」)とを見合わせ、香の出の順に並べ直して答えを書き記します。答えに「本香中には焚かれなかったお香」の証歌を使用するのは、香記の上から欠落してしまった要素の表す情景をも思い出させ、恋愛観を補完するという意味でしょう。
たとえば、香の出が「契恋、初恋、別恋、待恋、忍恋」と出た場合は、結果的に「逢恋」が焚かれていないので、答えに使われる歌は、「恋々て・・・」の歌となり、これを「恋々て」「まれに今宵ぞ」「逢坂の」「夕つげ鳥は」「なかずもあらなん」と句ごとに分解してしておきます。次に香の出を要素名の番号に変換すると「二、一、五、四、三」となります。更にこれを先程の和歌の「二句、一句、五句、四句、三句」と見合わせます。すると連衆の書き記す答えは「まれに今宵ぞ」「恋々て」「なかずもあらなん」「夕つげ鳥は」「逢坂の」となります。
そこで困るのは、要素名が6つあるのに和歌の句は5句しかないことです。「逢恋」が引き去られた時は上記の通りで良いのですが、他の要素が引き去られ た場合、和歌に「六句」はないの「六の香」に対応する答えをどう書けば良いのでしょう。これについては、「二の香」が引き去られていた場合は「二句」、「三の香」が引き去れていれば「三句」が結果的に余ってしまいますので、使われなかった「句」に「六の香」を当てはめることとしています。こういう意味で「六の香(客香)」は「客句」ということになり、どの香が引き去られてもそれに対応する句の補完をすることになります。これは「逢う」ということが、どのような恋のシチュエーションにも共通して現れる普遍的な要素だからでしょう。
点数は、答えに使用した和歌がまず当たっていることを前提に、1句当たりにつき1点を基本とし、客香である「逢恋」の当たりは2点としますが、ここからがこの組香の第二の特徴であり「本当に厳しい」ところです。
答えに使用した和歌が当たった場合でも「逢恋」→「別恋」、「別恋」→「逢恋」の聞き違えを犯してしまった場合は、他の当たっている句も「無点」となり、間違えているところには「星3点」(マイナス3点)が加わります。「逢うは別れの初め」とか申しますが、恋においては天国と地獄、この聞き違いを犯したものは、重いペナルティが課せられるようにとの趣向のようです。
答えに使用した和歌が違っていた場合は即座に、当たっても点がもらえないない「無点」となり、さらに、記載した句の順番と正解の句の順番との聞き違いについて「星1点」(マイナス1点)が付され、つまりは減点のみ積み重なって行くことになります。
この点法ですと、難しい香組の場合や初心者が多い席では、かなり多くの確率で「マイナス領域での争い」も見られるかもしれません。それほど「恋は厳しい」というところでしょうか。勝負は、「得点の多い者の うち上席の方勝ち」となりますが、結果的に全員減点で「マイナス領域での争い」となった場合は、勿論「減点の少ない者の うち上席の方勝ち」ということになります。
最後に、要素名である「初恋、契恋、忍恋、待恋、別恋」の順番は、打ち交ぜられ、引き去られて、千々に乱れることによって様々な恋愛ストーリーを形作るわけですが、「小記録」の要素の順番は、中世の倫理観を反映しているものと考えます。そうしてみると各組香とも共通して意外に「契恋」が早い段階に出てきます。これは、当世とも共通したところがありますが、いずれ、「待恋」と「忍恋」がなければ恋愛は面白くありませんし、「別恋」がなければ次
の恋が来ません。恋愛は「その後が長い」ということがわかりますね。特に他の組香から解釈すると「忍」については「想い忍ぶ」(消極的)と「忍び通う」(積極的)という2つの意味があることがわかります。この組香では、証歌からみて「想い忍ぶ」の意味で用いられていると思いますが、「忍恋」にどんな香気を用いるかによって香組の陰陽も変わり、香組者の恋愛感が出るというのも、この組香の面白いところだと思います。
春の恋は「咲き初め」「花冷え」「花霞」「花の宴」「花吹雪」で香が組めそうです。
新製品の見本市のように小奇麗でめまぐるしい出会いとなりがちなので
「花の命」にならないように良〜く品定めしましょうね。
組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。
最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。
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