七月の組香
歌詠みの原風景を表す由緒ある組香です。
あらかじめ香の組合せを決めておく「結び置き」が特徴です。
説明 |
香木は、3種用意します。
要素名は、「鶯(うぐいす)」「蛙(かわず)」と「歌(うた)」です。
香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。
「鶯」「蛙」は各5包、「歌」は2包(計12包)作ります。
あらかじめ「鶯・鶯」「蛙・蛙」「鶯・蛙」「蛙・鶯」「歌・歌」と5組(計10包)に結び置きします。
残った「鶯」「蛙」のそれぞれ1包ずつ(計2包)を試香として焚きます。
結び置きしておいた5組を結びを解かずに打ち交ぜます。
組ごとに結びを解いて、2包の順番を変えずに焚き出します。
本香は「二*柱開(にちゅうびらき)」で10炉廻ります。
※ 「二*柱開」とは、香札等を使用して「香炉が2炉廻る毎に1回答えを投票し、香記に記録する」やり方です。
答えは、2炉ごとに要素名を聞き合わせ、「聞の名目」と見合わせて香札を1枚打ちます。
記録は、当たった「聞の名目」のみ記載します。
点数は、特段ありませんので、香記に記載された「聞の名目」の多い方が勝ちとなります。(諸説あり。委細後述)
下附は、特段ありません。(諸説あり。委細後述)
夏も季節が進みますと、涼やかな川の流れが恋しくなります。真夏日の午後などに広瀬川に出かけ、足を水につけながら読書をしたり、思索をめぐらしたりするのは至福の時です。市内でも上流の方は、昔ながらの「広瀬川」で芦葦の生えた広い浅瀬となっており、人目も無いので、ゆっくりと日が落ちるまで涼を楽しむことが出来ます。瀬を流れる水の音は決して静かではありませんが、「チョロチョロ」がたくさん集まって「ザ〜ザ〜」と聞こえる単調な音を聞き続けていると、頭の中が洗われていくような感じがします。
そんな音に紛れて、中洲に巣食う鶯や杜鵑も季節はずれの鳴き聲を聞かせますが、夕方近くになると、もう主役は虫や河鹿の音となります。この辺りから、みちのくは「京都標準時」よりも季節が早く進みはじめるのかもしれません。
ふと「もののあわれ」を感じ、「歌詠みに耽るなどと言うには良いタイミング」と一首捻ってみると、脳がきれいに洗われているので、イマジネーションも結びやすいことに気がつきます。やはり、川にあれば川の歌・・・自然の息吹に包まれて、なんの技巧も言い回しも奇もてらわず、目に見えたものや心に浮かんだものをストレートに詠んだ歌は、後から見ても泣けることが多いですね。
人は心が大きく動いたとき、洋の東西、老若男女の別なく、詩や歌を作ってしまうものだと聞いてはいますが、果たして現代人は、ストレートな感情の発露を何処に求めているのでしょうか?
今月は、歌詠みの原点「古今香」(こきんこう)をご紹介いたしましょう。
古今香は、「中古十組」や「内三十組」といった由緒ある組香に属しており、聞香秘録の『続十種香之記』をはじめ『御家流組香集(仁)』、『御家流三十組之目録』等、たくさんの組香書の初段に掲載があります。基本的な組香だけに異説も多く、後世にいろいろな脚色もなされているため、今回は、聞香秘録『続十種香之記』を基本として、
別書の記述も補足しながら書き進めたいと思います。
まず、「古今香」に証歌はありません。そのテーマとするところは、『古今和歌集』の仮名序の「やまと歌は人の心を種として、よろづの言の葉とぞなれりける。世の中にある人、事わざしげき物なれば、心に思ふ事を見る物きく物につけていひ出せるなり。花になく鶯、水にすむ蛙の聲をきけば、生きとし生けるもの、いづれか歌をよまざりける。・・・」の部分です。仮名序は、選者のひとりである紀貫之が和歌の本質や起源、歴史、そして『古今和歌集』の編纂の経緯について述べたもので、古典文学における序文の規範となった重要な文章です。ここに掲載された和歌からは、「這花香」「蓮葉香」等、数々の組香も生まれています。
次に、この組香の香種は3種、要素名は「鶯」「蛙」「歌」となります。仮名序における「鶯」と「蛙」(現在の河鹿)は、それぞれ「春」と「秋」を意味しており、この両極を取り上げることによって「四季(常時・普遍)」に通じることを表しています。また「歌」は、その後の件に縷々示されるように人間の根源的な意識の発露であるほか、一種呪術的な力を持ったものとして扱われています。この組香の季節感を「ウグイス」と「カエル」と読んでしまうと、「春」の組香と限定して誤解してしまいがちですが、後述の名乗りに採用される歌人のことも含めて考えると、意外に「四季」を問わない組香であることが判ります。
さて、この組香の香数は、「鶯」5包、「蛙」5包、「歌」2包の計12包です。このことにも1年12カ月の暗示があるように思えます。この組香の第一の特徴は、あらかじめ「鶯・鶯」「蛙・蛙」「鶯・蛙」「蛙・鶯」「歌・歌」と5組に結び置きするというところです。このことによって、出現する香の組合せをあらかじめ限定しているので、聞の名目は5つのみ用意すれば足りることとなります。結び置きで残った「鶯」「蛙」の各1包は試香として焚き出します。
因みに、大枝流芳『香道秋農光(中)』には「異説に、歌の香は二色の香を一種ずつ包む」とあり、試香にない別香2包により「歌の組」を組んだものもあったようです。これは、「鶯の歌」と「蛙の歌」をそれぞれにイメージさせるという趣向で、異香を含む組が3つとなるため、聞き当ての難度も増すこととなります。
本香は、3種「4+4+2=10包」となり、その内容は前述のとおり「鶯・鶯」「蛙・蛙」「鶯・蛙」「蛙・鶯」「歌・歌」の5組に結び置きします。これら5組の香包を打ち交ぜ、組ごとに結びを解いて、香包の順序が逆にならないように注意して、1炉ずつ焚き出します。連衆は、各組の2炉が回り終えた時点で答えの札を投票する「二*柱開」の形式で回答します。
続いて、各組の香の出にはあらかじめ「聞の名目」が用意されています。
連衆は・・・
「鶯・鶯」の時は「鶯」
「蛙・蛙」の時は「蛙」
「鶯・蛙」の時は「花」
「蛙・鶯」の時は「水」
「歌・歌」の時は「歌」
・・・の札を打ちます。
ご覧のとおり、同香の組については要素名がそのまま名目となっています。一方、異香の組については「鶯・蛙」が「花」、「蛙・鶯」が「水」となっていますが、これは「前方優位」の原則により、先に出た要素の居場所を示していると見て良いでしょう。このことにより「花になく鶯、水にすむ蛙の聲」のテーマにつながる情景となります。
「古今香」は専用の香札、「古今香札」を用いて投票します。名乗りは10名分用意され、各自5枚の札を用いて回答を投票します。
名乗りを表す札表には、「在原元方」「柿本人丸」「藤原敏行」「不知読人(詠み人知らず)」「小野小町」「伊勢大輔」「凡河内躬恒」「僧正遍照」「紀貫之」「在原業平」と書きます。回答を表す札裏には、「鶯」「蛙」「歌」「花」「水」と書き、全部で50枚の札を用意します。
杉本文太郎の『香道』には、この名乗りの引用が「四季恋の巻頭と巻軸の人々の名を借り用いる」とあり、各人物について巻頭(冒頭)と巻軸(末尾)を5人ずつに分け、さらにそれぞれ四季を表す注書が見られます。
これを検証するために『古今和歌集』を見ますと、四季歌の巻については、次のとおり巻頭と巻軸(末尾)の詠み人とが一致していました。
巻名 | 巻頭(歌番号) | 巻軸(歌番号) |
春歌上 | 在原元方(No,1) | 伊勢大輔(No,68) |
夏歌 | 柿本人丸(No,135) | 凡河内躬恒(No,168) |
秋歌上 | 藤原敏行(No,169) | 僧正遍照(No,248) |
冬歌 | 不知読人(No,314) | 紀貫之(No,342) |
一方、恋歌の巻は、もともと『古今和歌集』が恋の熟度をテーマに「萌芽期(恋歌一、恋歌二)」、「成熟期(恋歌三、恋歌四)」、「終末期(恋歌五)」という分類で編纂されているため、四季には関連していません。そのため、「巻頭、恋、夏」とされている小野小町の歌「・・・夢と知りせば覚めざらましを(No,552)」は恋歌二の「巻頭」ですが、「夏」とは断定できないものでした。また、「巻軸、恋、夏」とされている在原業平の歌はそれぞれ恋歌三「・・・春のものとてながめくらしつ(No,616)」か、恋歌五「月やあらぬ春はむかしの春ならぬ・・・(No,747)」を指していると思われますが、どちらも「巻頭」であり、さらに「春」の歌でした。このように若干の疑問はあるものの、凡そ説のとおり巻頭と巻軸の詠み人が掲載されていることがわかりました。この部分については、聞香秘録『続十種香之記』、『御家流三十組之目録』ともに人名の序列は変わらないので、作者が古今集の中核的な巻として「四季恋」を選び、そこに掲載された代表歌人を法則的かつ網羅的にピックアップしようとした意識を汲み取ることができます。
また、『御家流組香書』では、「紀貫之」「不知読人」が除かれ、「大友(伴)黒主」「山部赤人」が掲載されています。紀貫之が仮名序の中で「歌仙(うたのひじり)」と賞したのは山部赤人と柿本人丸のみですから、本人と人丸が入れ替わるのは理があることかもしれませんし、不知読人よりも六歌仙の1人である黒主が入れ替わる方が景色として優れているのかもしれません。さらに、大枝流芳の『香道秋農光』に至っては、「在原元方、藤原敏行、柿本人丸、僧正遍照、小野小町、この類なり。」と至って大様です。
このように、札表の歌人にも諸説あるのですが、仮名序の中で「近き世にその名聞えたる」と言われながら、それぞれ辛らつな批判を受けている6名(六歌仙)は、全員が掲載されているわけではなく、古今集の代表的歌人でありながら最終的には文屋康秀、喜撰法師はどの説にも現れてきません。この辺りは趣向によって、いろいろ変化するところなのかもしれません。
因みに、香札については、かの有名な徳川美術館の「初音の調度」にも古今香箱があり、その中には「琴柱(ことじ)型」の香札が収められています。札表の名乗りにあたる部分が「野山、明ぼの、ゆき、有明 さざなみ、いけ、難波、千くさ、春雨、かすみ」という風景になっているところが上記と異なりますが、回答に使われる札裏は「鶯、蛙、哥、花、水」で同様となっています。
勿論、この組香は「香札」がないと遊べない訳ではありません。「十*柱香札」をお持ちの方であれは、例えば「一」を「鶯」、「二」を「蛙」、「三(花)」を「花」、「三(月)」を「水」、「ウ」を「歌」と読み替えて使用することも可能でしょう。また、札を名乗紙に替えても「二*柱開き」の緊迫感と醍醐味は若干薄れますが、2炉毎に名目を5つ書き記すことで、大概の趣向と景色を味わうことはできます。現在、専用の香札を用意して組香を
催行するという贅沢は、なかなか望むべくもありませんので、可能な方法でお楽しみいただければよろしいかと思います。
ところで、杉本文太郎の『香道』に掲載されている「古今香」では、あらかじめ結び置きしないで10包をそれぞれ打ち交ぜる方法をとっているため、組合せが増えて聞の名目が9通りとなっています。基本の5通りは前述と同じですので省略し、追加の名目のみ紹介します。
※ 要素名の「歌」は「ウ」となっています。
「鶯・ウ」の時は「初春のあした」
「ウ・鶯」の時は「本の住處(もとのすみか)」
「蛙・ウ」の時は「住吉の浦」
「ウ・蛙」の時は「よせかへる波」
これらの名目の引歌は・・・
「初春のあしたごとには来つれどもあわてぞかえる元の住家に」
「住吉のうらのみるめもうきなみに寄せては返るならひなりけり」
・・・の2首が掲載されており「而して鶯又蛙の出には左の歌を末に記す。」となっています。
これらの歌の出典を調べてみましたが、どうも古今和歌集の古注書にある引用和歌のようです。例えば、『古今和歌集古注引用和歌』には、仮名序「花になく鶯、水にすむ蛙の聲」について「鶯、蛙の歌の事」として、鶯に「初春の・・・」の歌がそのまま掲載されています。しかし、蛙の歌については、「住吉の浜のみるめもわすれねばかりにも人にまたとわれぬる」とあります。また、『曾我物語』も鶯の歌は同様ですが、蛙の歌は「住吉の浜のみるめもわすれねばかりそめ人にまたとわれけり」との歌が掲載されており、どちらも聞の名目の「住吉の浦」「よせかへる波」の文字と景色を含まない歌となります。
こちらの組香は、後世、多分に演出の加わった「古今香」と思われますが、前述の「住吉のうら・・・」の和歌でなければ、辻褄が合わなくなりますので、出典の探求は程々にして景色を楽しんだ方がよさそうです。
最後に記録は、当りの名目のみを書き記し、外れた名目の部分は空欄とします。点数については諸説あり、『続十種香之記』では下附はありません。これは、最も札打ちとして根源的な点法でしょう。『御家流三十組之目録』では当りは各2点として下附されます(10点満点)。これは、二*柱開きのため要素は2つ聞き当てているという理由から来る点法でしょう。一方、『御家流組香集(仁)』と『香道秋農光(中)』では、「歌」以外の名目は各1点、「歌」が当れば2点の下附となります(6点満点)。さらに『香道秋農光(中)』では、点数を示す
合点(1点)、両点(2点)を名目の右肩に掛けます。これらは、客香の組合せとなっている「歌」の名目について、特別に加点するという、現代一般的に行われている点法です。それぞれに理があり、これは「同点の場合の優劣が付きやすいように」との配慮から点法が進化する過程で現れた差異かと思います。
西暦2005年(平成17年)は『古今和歌集』が作られた905年(延喜5年)から1100年目、『新古今和歌集』が作られた1205年(元久2年)から800年目に当たります。香道にとっては基本中の基本に属する「古今香」ですが、近年「香札が無い」という理由から、なかなかな興行されないことは残念なことです。和歌の借景により趣向をなす組香において、歌詠みの原点である「古今香」の景色は、わすれてはならない原風景かと思います。聞き及びますところ「古今香札」復刻の機運もあるそうで、これを機に「古今香」の復興もなされれば、香道界は大変重要な宝物を取り戻したことになるでしょうね。
七夕は諸芸の上達を願う行事でもあります。
梶の葉には「願い事」ばかりではなく和歌などをしたためてみてはいかがでしょうか。
組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。
最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。
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