八月の組香

十五夜に遠方の友に思いを馳せるという組香です。

漢詩によって「元白」の交わりの深さを味わいましょう。

※ このコラムではフォントがないため「」を「*柱」と表記しています。

説明

  1. 香木は、用意します。

  2. 要素名は、「樂天(らくてん)」、「元稹(げんしん)」と「月(つき)」です。

  3. 香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。

  4.   「樂天」、「元稹」は、各5包(計10包)作り、そのうち1包ずつ(計2包)を試香とします。

  5. 次に、残った「樂天」、「元稹」各4包(計8包)に「月」2包を加えて(計10包)を打ち交ぜます。

  6. 本香は、「二*柱開」(にちゅうびらき)で10炉廻ります。

※  「二*柱開」とは、「香炉が2炉廻る毎に回答し、香記に記録する」やり方です。

  1. 答えは、2炉ごとに「聞の名目」を1つ回答しますので、本香10炉で5つの回答を提出します。

  2. 執筆は、提出された聞の名目をそのまま書き記します。

  3. 点数は「月」を含む名目の当りは2点、その他は1点と換算します。

  4. 下附は、全問正解が「全」、全問不正解の場合は「無」、その他は点数で記載します。

  5. 勝負は、点数の合計の多い方が「勝」となり、香記を受け取ります。

 

 八月は祭りの季節です。

 みちのくでは、青森の「ねぶた」、盛岡の「さんさ踊り」、仙台の「七夕」、秋田の「竿灯」、山形の「花笠」、福島の「わらじ祭」などの夏祭りやお盆の帰省などで、とてもにぎわう季節です。本当に限られた期間ですが、田舎の豊かな自然と人柄が息吹を強め、忘れられた「偏狭の地」が一気に蘇り、そこに住むお爺ちゃんやお婆ちゃんが孫に自慢のできる土地柄となります。自分の家で食べる分だけ作られるトウモロコシ、枝豆、ナスやキュウリなどは市場に出回るどんな「こだわり食材」にも勝る安全でおいしい食べ物です。これらを畑からもいで来て食べると、あまりのおいしさに寿命が延びる薬のような気がします。夕飯の後、広い庭で誰に気兼ねすることなくできる花火遊びも夜の大切なイベントです。蚊取線香と花火の香りは、田舎での一日を終え、「ふと童心に返る」という感慨よりも少し深い 「血縁の堅さ」のようなものを再認識させてくれます。新年やお盆などの季節の祭事は、地域や家ごとの「しきたり」を継承し、構成員同士の結びつきを確認しあうための大切な行事であると思います。思えば、現世の人間は「地の根」と「血の根」に支えられて立っているような気がします。祭りに参加したり、墓参りをしたり・・・その「根」に水をやるのも自分自身を肥やすために必要な務めではないでしょうか。

 東北では、八朔、七夕、お盆、中元といろいろな歳時が集中して訪れますが、お盆を過ぎて秋色深まれば、自然も人も落ち着きを取り戻し、もう「萩」と「月」の季節となります。
 そんな盛夏を惜しみ、夜風の涼しさに誘われるようにベランダで「月光浴」をすることが多くなりました。月光を浴びて、ひとしきり心が落ち着くと、退屈しのぎに天体観測に移行し、この季節ですから織姫・彦星を探す訳ですが・・・「天の川」がもう肉眼では見えないことに気が付きました。それは、都市の照明なのか、月明りのせいなのか、はたまた自分の目の衰えなのか・・・(ээ)。「星の数」も数え切れる程度しか見えませんでしたから、七夕には織姫・彦星も鵲の橋を踏み外さないようにと願うばかりです。幸い、旧暦の七夕(8月11日)は、「月齢6」ですから、それほど月明りは邪魔にならないようです。絵に描いたような三日月に星合の景色があらわれると良いですね。 

今月は、「満月」の夜を景色に織り込んだ「新月香」(しんげつこう)をご紹介いたしましょう。

 「新月香」は、杉本文太郎著の『香道』に掲載されている組香です。同名異組としては、聞香秘録『拾遺聞香撰(巻之一)』に掲載があり、大同樓維休(だいどうろういきゅう)の米川流香道『奥の橘(鳥)』にも、「米川流三十組」として名を連ねている組香があります。どの組香も要素名、構造、聞の名目等が似通っているのですが、今回はもっともシンプルで理解しやすい『香道』の「新月香」を中心として話を進めたいと思います。

 まず、この組香を理解する大前提として「新月」とは何か?について述べたいと思います。「新月」とは、「 月齢0で見えない月」「月齢0を過ぎてから夕方西空に初めて見える細い月」のことを言います。(月が太陽光線を背後から受けることになるので、地球に反射光が届かないため月が見えない状態になっているのです。)これを捉えて、太陰暦では「新月の見えた日を新しい暦日(月)の始め」である「朔」(さく)としていました。
 因みに「八朔」とは、陰暦8月1日のことで、この日には、農家で、「田実」(たのむ)の祝いと称して、その年に取り入れした新しい稲などを、主家や知人などに贈って祝ったということです。また、この日、徳川家康が初めて江戸城に入城したことから、大名・小名や直参の旗本などが白帷子を着て登城し、将軍家へ祝辞を申し述べる行事も行われていたそうです。
 このように、「新月」には一月(ひとつき)の時間軸で「月齢が新たまった」という意味でも使われているのが一般的ですが、一日の時間軸で「新たに東の空に輝き出た月」、「出たばかりの新しい月」という意味も持っており、ひいては「陰暦八月十五夜のあざやかな仲秋の名月」(つまり満月)をいう場合にも用いられています。

 実は、この「新月香」の「月」は後者の意味で用いられており、決して「見えない月」を景色として成り立っているものではありません。
 その証拠となるのが、小記録に掲載されている白居易(樂天)の詩の一節、「三五夜中新月色、二千里外故人心」です。この詩は、和漢朗詠集No,242「十五夜」に掲載されているもので、「三五夜中(さんごやちゅう)の新月の色、二千里(にせんり)の外(ほか)の故人(こじん)の心」と読み、「8月15日の新たに射し出た清い月の光を見るにつけても、二千里の彼方にいる友人の心が思い遣られる。」という意味です。この詩は、「新月香」の景色と文学的支柱をなす意味で「証詩」という言葉があれば、それを用いたいほど重要なものです。

 詩中の「三五夜」(さんごや)とは、陰暦15日の夜のことで、特に8月15日の夜のことを言います。この夜に東の空に出た「満月」を見て遠く離れた友人を思って詠んだという趣旨ですから、明らかに「新月香」は、中秋の名月の夜を舞台に構成されていることがわかります。詩の作者の白居易(772〜846)は、『白氏文集』で有名な中国(唐)の詩人で、字(あざな)は樂天。号は香山居士といいます。その詩は平易で巧み、時に風刺をもりこみ、代表作の「新楽府」「長恨歌」「琵琶行」は日本文学にも大きな影響を与えました。
 次に「友」とは、同じく中国(唐)の詩人。元稹(げんしん)(779〜831)のことで、字は微之(びし)。詩歌に新生面を開き、白居易とともに「元白」(げんぱく)と称され、平易な詩風で親しまれ「元稹和体」と呼ばれました。詩文集には「元稹子長慶集」があります。この二人は、同代の詩人として、また官人としては、共に「左拾遺」(さしゅうい:中国で、君主の過失をいさめる官)の職に就いており、左遷なども経験していることから、親しい間柄だったようです。また、「二千里」とは、白居易のいる長安と元稹のいる江陵(中国湖北省中南部の揚子江北岸)の距離のことで、左遷の後、無事長安の都に返り咲いた白居易が、諫言を好み左遷を繰り返していた元稹の境遇を思いやる気持ちが現れているのだと思います。

 続いて、この組香の要素名は、「樂天」「元稹」と「月」です。前述のとおり、「樂天」は白居易の字(あざな)ですが、「元稹」は字ではありません。字で統一をとれば、「微之」となるところですが、日本での元稹は「樂天」に比べて知名度がありませんから、仕方のないところでしょう。また、「月」は、再度申し上げますが「十五夜の月(満月)」です。香組をする際に、一般的な新月(朔)をイメージしてしまうと、舞台が「西の空に細い月浮かんだ暗い夜」になってしまいますので、ここでは「東の空に満月が鮮やかに昇った明るい夜」となるように香を用いることが大切でしょう。

 さて、この組香の構造は、先月の「古今香」と全く同じです。香は3種用意し、「樂天」を5包、「元稹」を5包作り、「月」は客香として2包作ります。これは、樂天の見る「長安の月」と元稹が見る「江陵の月」を意味するものだと思います。「樂天」と「元稹」は1包ずつ試香として焚き出しますので、本香の数は10包となり、これも十*柱香の変化パターンとして納まります。出典中「本香十包を二宛に組んでという記述がり、「結び置きをする」という意味にも取れますが、あらかじめ10包を2包ずつに分けるのならば、聞の名目は5つあれば足りるので、下記のとおり「聞の名目」が9つ用意されいることと矛盾します。これは、『香道』の記述からみる唯一の疑問点なのてすが、他の「新月香」の場合は、「結び置く」と明記されているので、二宛に組んでを「結び置く」と意識せずに、10包を打ち交ぜて「二宛一組のつもりで」焚き出してよろしいと思います。
 回答は「二*柱開とする」とあるのですが、他の新月香のように「香札を使う」とは明記されていません。一般的に「一*柱開」や「二*柱開」は、1つ投票するごとに香元が正解を宣言し、執筆が香記に書き記すという流れかと思います。これを踏襲するならば、香札の代わりに名乗紙を1人当たり5枚用意する方法もあるでしょう。また、最も略儀には、本香10炉を通して聞き、最後に1炉・2炉、3炉・4炉、5炉・6炉・・・と5組に分けて、1枚の名乗紙に5つの答えを書き記しても結構だと思います。どうしても香札が作りたいという方は、後述のとおり、他の伝書に記載されたものを参考とすると良いでしょう。

 ここで、連衆はあらかじめ用意された「聞の名目」に2つの香の出を見合わせて、答えを1つ書き記します。3種10包から2包取る組合せは9通りであることから、9つの「聞の名目」が用意されています。これは、単に10包みを打ち交ぜて順に焚き出すことを想定している点で、単純明快であると言えます。

聞の名目については、解釈しやすいように小記録とは違った並べ方をして見ました。

香の出と聞の名目

「月・月」のとき・・・・・・・「三五夜」

「樂天・月」のとき・・・・・「夜中」 「月・元稹」のとき・・・・・「二千里」
「月・樂天」のとき・・・・・「新月」 「元稹・月」のとき・・・・・「故人」
「樂天・元稹」のとき・・・「色」 「元稹・樂天」のとき・・・「心」
「樂天・樂天」のとき・・・「樂天」 「元稹・元稹」のとき・・・「元稹」


 ご覧のとおり、「樂天」、「元稹」同士の組合せは当然の帰結とすると、その他、詩に使われている言葉がおよそ「対句」を成していることがわかります。「月」同士の組合せは「望月」ですから、まず「三五夜」という共通した舞台を形成します。それに続いて、「樂天」の要素が重視された組合せは長安の風景である第一句の言葉が配され、「元稹」を重視した組合せは、江陵に思いを馳せる「第二句」の言葉が配されています。そして、それらは「月」の出方によって、その順番にも法則性を見出すことができます。ここで、詩の中では第二句の「外」の文字のみ用いられていませんが、これはもともと「二千里外」で1つですから、景色をはっきりさせるための省略と考えられます。(他の伝書では「外」が用いられています。)一方、「夜」の文字は、「三五夜中」で1つのものを「三五夜」「夜中」と分解して、「三五夜」を「月・月」として使ってしまったために足りなくなった第一句の言葉を補っています。(他の伝書に「夜中」は用いられていません。)このことによって、七言詩の14文字に内包される6つの言葉から9つの聞の名目を作り出しています。これについては、それぞれの伝書に も腐心の程が窺えます。

 記録は、香の出の順に「聞の名目」を5つ書き記します。回答をすべて書き記すというやり方は、名乗紙を用いて記録する際に多く用いられる方法です。(香札を用いる組香は、当たりのみ記載するのが当時一般的です。)点数は、客香の「月」を含む「三五夜」「夜中」「新月」「二千里」「故人」については、当たりが2点。その他は各名目につき1点です。

 下附は、全問正解は「全」と書き記しますが、香の出によって2点の名目と1点の名目が混在しますので、満点は一定しません。2点の名目が5つ出た場合は10点が満点となりますし、同じ「全」でも1点の名目のみ5つ出た場合は最高点は5点となります。因みに全問不正解の場合は「無」と書き記します。そして、各自の回答の後には、証歌と同様に、「三五夜中新月色、二千里外故人心」詩を書き付けます。

 最後に、聞香秘録『拾遺聞香撰(巻之一)』と『奥の橘(鳥)』に掲載のある「新月香」は、今回ご紹介した「新月香」とは「似て非なるもの」という印象がありますので、比較検討のために概要を記載しておきます。

出典 『拾遺聞香撰(巻之一)』 『奥の橘(鳥)』
香種・香数 香3種(6T+6T+3=15包) 香3種(6T+6T+4=16包)
なし なし
要素名 「樂天」「阮籍」「月」 「樂天」「阮籍」「月」
結び置き 13−1(※)=12包 6組に結び置き 7組に結び置き
本香数 5+4+3=12包  5+5+4=14包
回答方法 二*柱開 二*柱開
聞の名目(札裏) 6通り

「樂天」「阮籍」「月」「色」「二千里」「外」

7通り

「樂天」「阮籍」「月」「色」「二千里」「外」「心」

香札の表(名乗) 四季の草木(一般的)

「紅梅」「緑竹」「若松」「白菊」「芙蓉」「水仙」等

秋の風景

「萩露」「初雁」「燕帰」「初汐」「擣衣」「露海」「野分」「薄柳」「峯鹿」「葉虫」

記録 当たりの名目のみを記載(独聞2点、他1点) 当たりの名目のみを記載(独聞2点、他1点)
留意点 ※ 本香の結び置きの際に「樂天」か「阮籍」のどちらか任意に1包引き去るという不可解な所作がある。(無理やり捨香を作って名目の数に合わせているように見える。) 「『心』(月・阮籍)の組を減じて六組ともする。七組にして聞く方、古組なり。」との注書もある。

 双方とも一見して今回紹介した新月香と同じテーマで組まれているものと思われますが、最も異なる点は、要素名に「元稹」ではなく「阮籍(げんせき)」が用いられていることです。
 阮籍 (210〜263) とは、中国(三国時代)の魏の文人・思想家で、字(あざな)は嗣宗(しそう)。老荘思想を好み、「竹林の七賢」の中心的人物で、俗物を「白眼」で迎えた奇行は「白眼視」の語源として有名な逸話となっています。
 しかし、この「阮籍」を用いると、「樂天」とは相当時代を隔てた人物であるため、「二千里」や「友」の関係式が成り立ちません。また、「阮籍」の要素名と併記すれば最も違和感がある筈の「三五夜・・・」の詩も明記されておらず、その割に聞の名目は、「樂天」「阮籍」「月」「色」「二千里」「外」「心」と引用されていますので、組香の景色にどうしても矛盾が出じてしまいます。さらに、「樂天」「阮籍」を結びつけ、組香の景色に置き換える解釈も浅学な私では、全く思いつかないのです。(因果関係について、お説があれば伺いたいと存知ます。)

 これは、作者の誤解なのか、伝写の誤りなのかは断定できませんが、「元稹」を「阮籍」と始めから入れ違えていたか、写本の「元」が「阮」と記載されていたため、中国の有名な詩人から「阮?」を探し出して、安易に「阮籍」を当ててしまったものだろうと推測しています。おそらく、かなり根源的なところで入れ替わっていて、後の宗匠によって修正が加えられ、『香道』の底本に至るという流れなのかもしれません。いずれ、詩の意味から察すれば、「阮籍」を入れ込む景色はない筈なのですが、多数決や出典の古さから言えば、伝書として正統とも言えないわけではないのです。
 今回、私としては、詩の風景が首尾一貫しており、誰でもが納得できる内容ということで、敢えて『香道』の記述を採用させていただきましたが、「阮籍」の件がなければ『奥の橘(鳥)』の新月香が最も矛盾がなく、伝書として正統に位置するものと考えています。

 蛇足ですが、「樂天」といえば、我が「東北楽天ゴールデンイーグルス」もペナントレースの後半戦に差し掛かり、断然トップの最下位を走っています。昔は野球なぞに興味はなく、「金のネックレスをしてベンツを乗り回しているパンチパーマのおっさんがやっているルーズなゲームだ」と思っていました。しかし、楽天を見て思ったのは、選手の旬を過ぎたオヤジが「球界の老人ホーム」と言われながら、必死に「もう一花・・・!」と頑張る必死な姿とそれを支える彼らの「夢」でした。あの「フィールドオブドリームス」のとうもろこし畑から吹いてくるような風が、「フルスタ(フルキャストスタジアム宮城)」には吹いているのです。
 少し時期が早い「十五夜」の組香は、そんな彼らへの応援歌でもあります。

今年の旧暦8月1日に対応する新暦は9月4日(日)・・・新月(朔)
今年の旧暦8月15日に対応する新暦は9月18日(金)・・・新月(満月)
形の変わった両方の「新月」をお楽しみください。

 

組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。

最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。

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