九月の組香
浦島太郎伝説をテーマとした組香です。
「玉手箱」を開けてしまうと組香が終わってしまうところが特徴です。
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説明 |
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香木は4種用意します。
要素名は、「浦島(うらしま)」「神乙女(かみおとめ)」「常世(とこよ)」「玉手箱(たまてばこ)」です。
香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。
「浦島」「神乙女」は各4包ずつ、「常世」は3包、「玉手箱」は1包(計12包)作ります。
「浦島」「神乙女」は各4包のうち、それぞれ1包ずつ(計2包)を試香として焚き出します。
この組香では、「常世」と「玉手箱」がともに客香となっています。
まず、手元に残っている「浦島」「神乙女」各3包(計6包)を打ち交ぜ、その中から任意に1包引き去ります。(計5包)
ここでできた「浦島and神乙女」5包に「常世」を2包加えて打ち交ぜ、A段の香とします。(計7包)
A段の香を「七世の香」(ななよのこう)と言います。
※ 「一*柱開」とは、香札(こうふだ)等を使用して「香炉が1炉廻る毎に1回答えを投票し、香記に記録する」聞き方です。
本香1炉が焚き出され、これを聞き終えた客から順に試香に聞き合わせて香札を1枚打ちます。
執筆は、打たれた香札を札盤(ふだばん)の上に並べて仮に留めておきます。
香元から正解が宣言されたら、執筆は札を開き、香記に要素名をそのまま記載します。
本香A段が焚き終わったら、先ほど引き去られた1包(浦島or神乙女)に「常世」1包を加え、さらに「玉手箱」1包を加えて打ち交ぜ、これをB段の香とします。(計3包)
香元が「玉手箱を入れました。」と宣言し、B段を焚き出します。
本香B段も「一*柱開」で順次廻します。(答えの投票のみ行うところが、A段と異なります。)
香元は、1炉ごとに打たれた香札を確認し、執筆は、それを札盤(ふだばん)の上に伏せて並べておきます。
香元が確認した際に、連衆の誰かが「玉手箱」の札を投票していれば、その時点でB段の香札を全部開き、組香は終わりとなります。
このようにB段に「中断」という決まりがあるため、本香の数は一定しません。
点数は、点(加点)と星(減点)があり、双方差し引いて点数の高い方が勝ちとなります。(委細後述)
下附は、玉手箱の当たり外れを中心に、様々な組合せが用意されています。(委細後述)
十五夜を控えて月の光も冴えて来ました。
「夏は海」、「秋は月」が主役と相場が決まっていますので、この時期に浜辺に出かけ る方は稀でしょう。夏祭りが過ぎ去った浜辺には「今は〜もう秋ぃ♪誰も〜居ない海ぃ♪」と自然と口ずさんでしまうような寂寥感があります。しかし翻ってみれば、そう寒くもないのに大きな砂浜を独占できる季節でもあり、乙好みの私としては、見逃せない季節です。広い砂浜の真ん中に座って、波音を聞きながら潮風に吹かれていると、ほどなくして母親の子宮の中に回帰したような安堵感が訪れます。波音というものは海岸線の長さによって 音域も違うようで、私は長い海岸線で聞こえる地鳴りのように低い「ザブーン。。。ザブーン」と「シュワシュワシュワ・・・」の音の高低差が好きです。ひとしきり聞き終える頃にはタラソテラピー効果で身も心もツヤツヤになりますので、今度は水際を歩きながら珍しい形の貝殻や漂流物を物色しますが、いつも囚われてしまう考えは「この流木が香木だったらなぁ〜」ですね。
夕暮れ時の水平線に「ジュッ!」と沈む情熱的な太陽も美しいですが、夜になり、群青色の空に金色の月が煌々と昇り、月明かりが海面や島影に照り映える景色は、幻想的で心惹かれます。南の海ならば、こんな夜にウミガメの産卵も見られるのでしょうが、東北では望むべくもないようです。「かぐや姫」が降りてきてもよさそうな夜に「うらしま太郎」を思い出し、宇宙人でも亀でも、なんでも良いから、何か「怪なるもの」に接近遭遇してみたいような、妙な気持ちにさせる「月の浦」の散歩でした。
今月は、浜辺の出逢いが人生を変える物語「浦島香 」(うらしまこう)をご紹介いたしましょう。
「浦島香」は、大同樓維休(だいどうろう いきゅう)の米川流香道『奥の橘(風)』(以後「出典」という)に掲載されている組香です。
「浦島香」は、江戸初期に既に流布していた「浦島太郎」の物語をもとに組まれたものと見てよいでしょう。ただし、お伽噺としての「浦島太郎」にも諸説ありますので、ここでは『御伽草子』(校註日本文學大系19)の物語を原典として解説を加えていきます。
まず、この組香には証歌がありません。表題と要素名を見れば組香のテーマが「浦島太郎」の物語であることがはっきりしているので、必要ないということもあるのでしょう。「高尚な日本文学」としての脚色を加えるのであれば、
「日かずへてかさねし夜半の旅衣たち別れつついつかきて見む(女房)」
「別れゆくうはの空なるから衣ちぎり深くば又もきてみむ(浦島)」
これらの歌が香記に添えられれば、二人の惜別と再会への思いが、際立つような気がします。
次に、この組香の要素名は、「浦島」「神乙女」「常世」「玉手箱」となっています。「浦島」は前述のとおり「浦島太郎」を表します。「神乙女」は、お伽噺の「乙姫様」のことを表すと考えられますが、原典の中では「女房」または「亀」との記述があり、別れ際に女房が「龍宮城の龜にて候」とカミングアウトするだけですので「神仙に属する乙女」であるということは直接的には書いてありません。「常世」については、竜宮城が「常世の国」(A段)である意味と、二人の契りが永久に変わらない「常世の契り」(B段)の2つの意味があると思います。
この組香は、大きく捉えて2つの場面構成で成り立っており、構造も2段組と捉えられます。ただし、出典では厳然とした段組という意識はありませんので、私の一存で、便宜上「A段」「B段」と区別して説明させていただくことをあらかじめ申し添えます。
試香を終えると、A段は「浦島」3包に「神乙女」3包を加えて打ち交ぜ、その中から任意に1包引き去り、「常世」2包を加えて
計7包とします。出典ではこれを「七色の香と云うなり。」と書いてあります。夫婦は「二世の契り」と言いますが、この「七世」とは、それよりも深い「永遠の契り」を示すものと解釈されます。また、浦島が竜宮城で過ごした「3年間」が下界では「7百年」に相当していたことから、二人が一緒に暮らした期間「七世(世紀)=七百」を表すものとも考えられます。
続いて、「七世の香」を焚き終わり、先ほど引き去られた「浦島」か「神乙女」のどちらか1包と、「常世」の残り1包に「玉手箱」1包を加えて計3包を打ち交ぜたところで、出典では「玉手箱入れたる由、断りて焚き出す。」とあります。これが現在の「段組」であればB段の始まりなのですが、出典には「八*柱目より」と記載されているため、厳然とした段組の認識があるとは云い切れません。
ただし、B段は、下界を舞台として「玉手箱」を開けるまでの風景となっており、組香上の場面転換がなされていると解釈して良いでしょう。下界では、「浦島は故郷へ歸りみてあれば、人跡絶えはてて、虎ふす野邊となりにける。」という状況で、浦島は「かりそめに出でにし跡を來てみれば虎ふす野邊となるぞかなしき」と詠んで悲嘆に暮れます。そこに二人を結ぶ「玉手箱」と「常世(の契り)」の2者選択のような葛藤が生まれるところがB段のテーマとなります。しかし、この段の登場人物は「浦島」とは限らないことにお気づきでしょうか?B段では、「神乙女」が焚かれる可能性もあるのです。この場合、「神乙女」は下界の登場人物となり得るのでしょうか?これについては、別書に「玉手箱から立ち昇った三筋の紫雲は、神乙女が封じこめた自らの魂であった」という説があり、これによれば「神乙女」も「玉手箱」の中に入って下界に来ていたことになります。つまり、彼らは、竜宮城で別れたように見えて、実は一緒に旅をしていたということになるのです。そのため、「浦島」の葛藤は、それを手元の玉手箱の中で見ている「神乙女」にも反映し、B段の風景は「浦島」「神乙女」のどちらが焚かれても矛盾なく成立すると言う訳です。
さて、この組香の最大の特徴は、「誰かが玉手箱が焚かれたと思って札を打てば、その時点で組香が終わる」という「中断」のルールです。出典には「香元、筒をあらため、若し一枚にても玉手箱の札入りたる時は、惣札を開き、香終わるべし。」と記載されています。B段では、「一*柱開」ながら、打たれた香札は、
執筆自ら確認した後、記録せず、札盤の上に伏せたまま仮置きしておきます。こうして「玉手箱」の札が初めて打たれた時は、当たり外れに関係なく、誰かが「禁忌」に触れて「玉手箱」を開けてしまったことを意味し、箱の蓋が開くともに、すべての香札が開かれるという趣向です。 「玉手箱」が最初に開いてしまえば、その後の香は焚かれませんので、景色的には何の葛藤もなく下界の景色が結了してしまいます。しかし、万が一、聞き外していた場合は、勿論「白髪のお爺さん」となり、後述のとおり大きなペナルティも加えられます。因みに「中断」のルールがあるために本香数は一定せず、最初に「玉手箱」の札が打たれれば7+1=8炉、最後まで打たれなければ、7+3=10炉廻ることになります。
さらに、この組香の第二の特徴は、試香のない客香が2種用いられているところです。「常世」3包のうち、A段では2包が必ず焚かれますが、B段で加えられる1包は、「中断」によって焚きだされるかどうかは確実ではありません。「玉手箱」については、B段で1包加えられる謂わば「真の客香」です。例えば、B段で「常世」と「玉手箱」が二つとも焚き出された場合は、A段の聞味を頼りに 、まず「常世」を聞き合わせ、全く聞いたことのない香を「玉手箱」であろうと推量するということになります。一方、B段の1炉目に「玉手箱」が出た場合は、「全く聞いたことのない香」ということでは同じですが、「常世」ではないという確証が無いかぎり、厳しい判断を以って「玉手箱」の札を「エイ、ヤ〜!」とばかりに打たなければならないことになりそうです。
さらに、この組香の下附は下記のとおり、多彩なパターンが用意されています。
全問正解 八千代
玉手箱が当たり、他は当たり外れあり 老樂
玉手箱が当たり、他は全て不正解 老波
玉手箱を聞かず、他は全て正解 故郷の春
玉手箱を聞かず、他は当たり外れあり 故郷の夏(こきょうのなつ)
全問不正解 白髪
※出典において「雲の隔」は、上記下附一覧の中には記載が無く、本文中の点数の記述に前述のとおり登場するものです。
「八千代」は、「千代に八千代に」で常世の契りの成就。「白髪」は浦島が「忽ち變りはてにける」でお爺さんの姿ということでしょう。「老樂」と「老波」は、ともに「歳をとること」ですが、やはり当たり数の多いほうが「老後の安楽な生活」を表しているようです。因みに「老波」の「波」は、「寄る」にかかり、「年波(としなみ)」と同義語です。
ここで、出典には、「雲の隔」と「故郷の春」「故郷の夏」は、ともに「玉手箱」の聞き外しであり、使い分けが紛らわしいことが指摘されています。これについて筆者の大同樓維休は、「玉手箱」が出た際に別な札を打ち、自ら聞き誤ったものは「雲の隔」、「玉手箱」が出ていないのに他の連衆が「玉手箱」を打ってしまったため、結果的に「玉手箱」の札を打つことができなかったものは「故郷の○」を使うと解説しています。
最後に、勝負は、各自の加点と減点を差し引いて点数の多い方
のうち上席の方が勝ちとなります。
この組香の季節感について、私が「初秋」の紹介に敢えてこだわったのは、原典の話の終段に浦島太郎が「草ふかく露しげき野邊をわけ」自分の廟所と伝えられている「ふるき塚」に参るという記述を見つけたからです。このことから、浦島太郎の憔悴と故郷の寂れた風景、そして「草深き」かつ「露しげき」季節として9月をイメージしました。しかし、それでは、下附の「故郷の春」、「故郷の夏」との整合が悪くなることも事実です。
「浦島香」は他の香書には出て来ない珍しい組香ですので、皆さんも是非なさってみてください。
近代のお伽噺では、浦島が「玉手箱」を開けてお爺さんになって、びっくり仰天したところで「おしまい♪」(万葉集では即死!)となってしまうのですが、原典には、「浦島」と「神乙女」の運命を示す後日談があります。
曰く、「浦島は鶴になり、蓬莱の山にあひをなす。龜は甲に三せきのいわゐをそなへ、萬代を經しとなり。扠こそめでたきためしにも鶴龜をこそ申し候へ。」と あり、実はこのお話「 蓬莱山の鶴亀となって末永く幸せに暮らしましたとさ。」というハッピーエンドなのです。しかも、「只、人には情あれ、情のある人は行末めでたき由、申し傳へたり。」との重要な訓示も残され、後世の「動物報恩譚」の類型が作られる端緒ともなってい ます。やはり、お伽噺は子供たちに人倫や道徳を教えるための大切な道具、「柔らかな躾」だったのですね。こういう、親子、孫子のコミュニケーションが今後の日本には大切なような気がします。
浦島太郎が連れられていった場所は、「神仙の国」「常世」「竜宮」「蓬莱」
「不老不死の国」なのに自ら帰りたいと思うとは、バカなことをしたねぇ・・・
「常世べに住むべきものを剣刀(つるぎたち)己が心から鈍やこの君(万葉集)」
組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。
最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。
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