十二月の組香

千鳥にちなんだ和歌をテーマにした香です。

香包の組み方と焚き方に特徴があります。

 

※ このコラムではフォントがないため「火篇に主と書く字」を「*柱」と表記しています。

説明

  1. 香木は、5種用意します。

  2. 要素名は、淡路島 (あわじしま)野田の玉川 (のだのたまがわ)」「佐保の川 (さほのかわ)」と「波(なみ)」「千鳥 (ちどり)です。

  3. 香名と木所は、景色のために書きましたので、季節等に因んだものを自由に組んでください。

  4. 淡路島」「野田の玉川」「佐保の川」はそれぞれ2包、「波」は4包、「千鳥」は1包作ります。(計11包)

  5. まず、「淡路島」「野田の玉川」「佐保の川」のそれぞれ1包(計3包)を試香として焚き出します。

  6. 残った「淡路島」「野田の玉川」「佐保の川」の各1包(計3包)を打ち交ぜてから1包ずつ並べます。

  7. 次に、波」4包と「千鳥」1包(計5包)打ち交ぜ、その中から任意に2包引き去ります。

  8. 先ほど並べておいた3包(初香)手元に残った3包(後香)を1包ずつ合せて3組とします。

  9. 本香A段は、初香・後香の順番を変えずに2包ずつ3組で6炉廻ります。

  10. 本香B段は、先ほど打ち交ぜ、引き去っておいた2包を1組として順不同に2炉焚き出します。

  11. 答えは、2炉ごとに香の組合せと見合わせて、手記録紙(名乗紙)に「聞の名目(ききのみょうもく)」で書き記します。

  12. 記録は、香の出に従って、各自の回答4つ書き記し、当たった名目に傍点を掛けます。

  13. 点数は、名目の当り1つにつき1点「千鳥」を含む名目が当たった場合は2点、独聞(ひとりぎき)は3点と換算します。

  14. 下附は記さず、名目に掛けた傍点を数えて勝負を決めます。

 

 「SENDAI光のページェント」は、今年で開催20回を迎え、100万球の光が冬枯れの街路樹に芽吹きます。

 「木枯し一番」が、色褪めた紅葉を揺すり落としますと、いよいよ冬の到来です。この季節に私は、何故かバードウォッチングがしたくなり、山や海に出かけてしまいます、そういえば、昨年はオシドリでしたね。先日、東京で「カモメ料理」を食べてしまいましたので、幾分申し訳ないような気持ちもよぎりましたが、今回は海!・・・・仙台市内にある「蒲生干潟」に行ってきました。
 標高6.05mの日本一低い「日和山」に登って見渡しますと、葦原に囲まれた約5haぐらいの狭い干潟の北側にシギ・チドリ・サギなどがおり、南側にはカモメが棲み分けていました。
 北側を目指して歩き出すと、浅瀬では小魚がひっきりなしに跳ね、砂底には貝やシャコ、ゴカイなどの水生動物のものと思われる無数の穴が開いていて、干潟の豊かさを感じました。周りの葦も既に穂が飛ばされているので、冬枯れの様相なのでしょうが、緑色の葉を縁取るように黄色く色付いており、陽に透かされた葦原は、まるで極楽鳥花(ストレリチア)の畑のようでした。
 チドリなどの比較的小さな鳥は、普段は葦の中に隠れて、時折泣き声を立てる程度でしたが、引き潮になりますと、「御食事の時間」ということで、どこからともなく一羽、二羽と舞い降り、最後には群れなして餌を啄ばみ始めます。そして、風上に向かって羽を閉じ、暫しの休憩をすると、また、群れなして葦原の方へ飛び去ります。この時の飛び姿が、サギのように悠々と飛ぶのと違い、いわゆる「千鳥小紋」のように短い羽でパタパタ飛ぶので滅法カワイイのです。
 蒲生干潟は、シギ・チドリの中継地であるため、シベリアのツンドラ地帯から「秋の渡り」をして来た鳥たちは、ここで十分に休養を取った後、およそ11月中には南の越冬地(南アジアやオーストラリア、ニュージーランド)へ飛んでいってしまいます。この全地球的な旅人に美味しい餌と綺麗な宿泊所を提供できることが、その土地の「徳」の現われであり、誇りとなるのだと思いました。

 今月は、和歌の世界では定番とも言える冬の風物詩「千鳥香」(ちどりこう)をご紹介いたしましょう。

 今回ご紹介する「千鳥香」は、大同樓維休の米川流香道『奥の橘(風)』に掲載された組香で米川流「八十組」に分類されています。「千鳥」と言う題材は、古典の世界でも比較的ポピュラーなものだったためか、同名異組も多く存在します。最も古い「千鳥香」は「鳥」のテーマとした組香の中では「小鳥香」→「郭公香」→「鶯香」の次に登場し、「三十組」に分類される基本的な組香 となっています。他の組香もそれぞれに香種や香数、証歌も異なるものが多いため、今回は、最も証歌と香の景色が一致して分かりやすいと思われる『奥の橘』を取り上げました。

 まず、「千鳥」とは、チドリ科の鳥の総称で、体長は種類によって違いますが、概ね20cmで以下、体の下面は白く背面は灰褐色で、胸・頭部に黒斑のある小さな鳥です。「都鳥」で有名なシギ科の鳥と棲息地は同じですが、嘴が比較的短く、先端がふくれているので区別がつきます。海岸や河原などに棲んでカニや貝、ゴカイなどの小動物を啄ばむ姿が見られます。多くは渡り鳥で、日本で繁殖する種類には、シロチドリ、コチドリ、イカルチドリなどがあり、おそらく、このあたりが今回のテーマである「千鳥」なのだと思います。

 次に、この組香は、3つの証歌を持つことが第一の特徴です。そして、この証歌には、それぞれ「千鳥・鳴く」という共通の言葉が詠み込まれており、そのために「千鳥香」と銘打ったということは、疑う余地がありません。こういった発想は、「駒止香」の「こまとめて」、「三夕香」の「秋の夕ぐれ」、「三曙香」の「春のあけぼの」に通じるものがあります。
 以下、それぞれの証歌について解説を加えます。

淡路島
「淡路島かよふ千鳥のなく声にいく夜寝覚ぬ須磨の関守」(金葉集二:源兼昌)
 この歌は、金葉集270に「関路千鳥といへる事をよめる」という詞書に続いて掲載されています。
 意味は、「淡路島との海峡を通って来る千鳥の鳴く声に、須磨の関守はこの声に幾晩眠りをさまたげられたことだろうか。」ということでしょう。思うに詠人の兼昌は、畿内と西国を隔てる須磨の関の近くに宿っていて、夜に妻恋いをする千鳥の声を聞いて、独り寝の辛さに「もののあわれ」を感じ、その心情を須磨の関守の心に掛け合せたのだと思います。

野田玉川
「夕されば汐風こしてみちのくの野田の玉川千鳥なくなり」(新古今集:能因法師)
 
この歌は、新古今集643に「陸奥国にまかりける時よみ侍りける」という詞書に続いて掲載されおり、かつて旅したみちのくを回想して詠んだ歌だとされています。
 意味は、「夕方になると、潮風が海から吹いて来て、陸奥の野田の玉川に千鳥が鳴いている。」ということで、こちらも「千鳥なく」は、「寒そうに連れを恋うて鳴く」という景色でしょう。この歌は、「能因集」「続詞花集」「時代不同歌合」「釈教三十六人歌合」にも登場する有名な「千鳥」の歌です。

佐保川
「千鳥なく佐保の川霧立ちぬらし山の木の葉も色かわりゆく」(拾遺集:壬生忠岑)
 
この歌は、拾遺集186に「右大将定国の家の屏風に」という詞書に続いて掲載されています。
 意味は「千鳥の鳴く佐保川の川霧が立ちのぼったらしい。周囲の山々の木の葉も色が変わってゆく。」というとで、「秋の冷たい霧が木の葉の色を変える」という現象に着目して詠んだものとされています。

 続いて、この組香の要素名は、「淡路島」「野田の玉川」「佐保の川」と「千鳥」「波」です。
 「淡路島」は淡路国の歌枕。「野田の玉川」は陸奥国の歌枕。「佐保の川」は大和国の歌枕「佐保」に流れる川のことで、「千鳥なく」は「佐保川」の枕詞的な修飾語ともされています。このように、それぞれが証歌の景色と直結した場所を表し、組香の舞台を形成しています。また、「波」は、証歌に登場する言葉ではないものの、海や川に共通した 景色となります。「波に千鳥」も付き物ですから、各要素の脇役として組香の舞台に配された大道具のような 役割をする要素です。一方、「千鳥」は、証歌にもそれぞれ詠み込まれており、組香の舞台に配される主役を果たします。
 なお、この組香の第二の特徴は、「波」と「千鳥」という2つの「客香」を持つというところです。2つの客香があるため、ただでさえ判別が難しくなっているのですが、小引の本文には「似寄りたる香を組むべし。」とも記載されており、更に「ウ・客」の判別を難しくして難度を上げる趣向となっています。

 さて、これら、5つの要素を2包ずつあわせて組香をするわけですが、全部の香包を一緒に交ぜてしまうと(「淡路島・野田の玉川」「波・波」「波・波」「佐保の川・千鳥」のように)証歌がそれぞれに持つ景色が崩れてしまいます。そこで、この組香では下記のとおり、少し複雑な焚き方をすることとなっており、このことが第三の特徴となっています。

 「淡路島」「野田の玉川」「佐保の川」各2包のうち各1包を試香として焚き出すと、手元に残る香包は「淡路島」「野田の玉川」「佐保の川」の1包ずつになります。これをシャッフルして順不同にしてしまい、「初の香」とし1包ずつ並べ置きします。(図@)
 次に、客香である「波」4包と「千鳥」1包は、そのまま5包をシャッフルして、そのうち3包を引き去り「後の香」として先ほど並べた3包の下に並べて置きます。(図A)
 そうすると、A段の6包が「初一・後一」「初二・後二」「初三・後三」の3組になります。香元は、この順番を間違えないように注意して「上→下、上→下、上→下」と焚き出します。
 これが、「パターン1」で組香小引の本文に書いてある焚き方です。

パターン1
A段6包
初三 初二 初一 @

B段2包

後三 後二 後一 A

 一方、香元が手元で香包の取り方を間違わないように筆者が考案したのが「パターン2」で、これは小引の最後に小さく注書されています。
 この方法では、本香として残った「淡路島」「野田の玉川」「佐保の川」の1包ずつをシャッフルして、右から横に「ちょっと間をおいて」並べ置きします。(図@)

 次に、客香である「波」4包と「千鳥」1包をシャッフルして、先ほどの「香包の間に」1包ずつ置いていくと、A段の6包は交互に、B段の2包は必然的に左端に2つ並ぶので「初・後」の区別がなくとも、右から順番に焚き出すだけで手元の間違いがなくなるというものです。(図A)

パターン2

A段6包 A @

B段2包

後三 初三 後二 初二 後一 初一

 なお、どちらのパターンをとってもB段に残されたものは客香2つです。要素名の順序は答えに影響しませんので、出現する可能性は同香(波と波)か異香(波と千鳥)かの2種の組合せとなります。

 図では、わかりやすいように「淡路島・野田の玉川・佐保の川」と「波・千鳥」のグループの色を変えて示していますが、実際に「初・後」の香包の色を変えて香組しても 当否に影響はなく、カラフルでかつ間違いも防ぐことができる有効な手段だと思われます。

 このようにして、この組香では、A段で証歌ごとの景色を3首3様に味わうことが出来るように組んであります。
 段組については、同名異組の「千鳥香」(証歌1首、A段4包、B段2包)にも「残りの二種を焚く」となっているものがありますが、これについては、一般的に「上の句」と「下の句」との景色を段組によって表現する工夫だと思います。しかし、今回の「千鳥香」は、証歌が3首あるため、基本的にそれぞれの組が「上の句」と「下の句」として景色を完結しているように思えます。推測の域を出ませんが、この組香におけるB段の必要性については、主役の客香である「千鳥」を必ず出現させるための工夫なのではないかと思います。「波」「千鳥」の打ち交ぜ後に、これを引き去ったままA段のみで完結させると、結果的に「千鳥の出ない千鳥香」になってしまう事態も想定され、それを避けるために残りの香も焚くこととし、これに併せて3首の和歌の「余情」感じさせるという効果も狙っているのではないかと思います。

 この組香では、A段で6包を3組、B段で2包を1組(計4組)として焚き出しますが、2炉毎に香札を打って、その都度正解を宣言する「二*柱開」にはせず、名乗紙を使用して回答することとなっています。
 そのため、連衆は焚き出された2つの香りを聞き合わせて、下記の聞の名目と見合わせ、4つの名目を名乗紙に記載して答えます。最も古い「千鳥香」が香6種の「焚合十*柱香」(たきあわせじっちゅうこう)の形式を取っていることから、「二*柱開」が基本であったことは伺えますが、基本的には伝授を受けた方のみに許される遊び方ですので略儀も可でしょう。江戸の爛熟期のように名乗紙で手軽に遊ぶという方法は、現代にも通ずるものと思われます。

 なお、答えに使用する「聞の名目」については以下のとおりです。

段組 香の出 聞の名目
A段 淡路島・波 淡路島
淡路島・千鳥 幾夜寝覚(いくよねざめ)
野田の玉川・波 野田の玉川
野田の玉川・千鳥 汐風こして
佐保の川・波 佐保川
佐保の川・千鳥 山の木葉も
B段 波・波 高師の濱
波・千鳥/千鳥・波 吹上の濱

 A段に使用される名目については、初香3種にそれぞれ「波」か「千鳥」が付いて上記の6通りとなります。「波」の付くものは要素名そのものを用い、「千鳥」の付くものは、それぞれの証歌のから1句を引用し、1首の歌の景色を形成しています。また、要素名が上の句にあるものは、他の名目を下の句から引用し、下の句にあるものは上の句から引用しているところも行き届いた気配りです。
 B段については、香の出の順序を問わず同香ならば「高師の濱」、異香ならば「吹上の濱」と書き記します。ここで、新たに登場した「高師の濱」は大阪府高石市から堺市にかけての海岸のことで和泉国の歌枕です。また、「吹上の濱」は、和歌山県紀ノ川口の湊と雑賀(さいか)の間の浜のことで紀伊国の歌枕です。
 この2つの名目についてもイメージを深めるために、敢えてこんな歌を選んでみました。

 「潮風も夜寒からし沖つ波高師の濱に千鳥鳴くなり」(続古今603:源雅言)
 「鳴く千鳥それかあらぬか沖つ風吹上の濱の雪の白波」(夫木6917:藤原家隆)

 記録については常のとおりです。各自の答えは、当り外れにかかわらず、回答のとおりに「聞の名目」を4つ記録します。香の出の部分は、組ごとに2つの要素を横に並べて4段に書き記します。
 点数は、聞の名目の当りごとに点を掛け「1点」と換算しますが、「千鳥」を含む名目が当たった場合は、点を2つ掛け「2点」と換算します。なお、各名目とも独聞は3点加算されます。
 この組香では下附は記載せず、聞の名目に掛けた点の数が成績を示し、点数の高い方の勝ちとすることと記載されていますが、現代の記録法に合わせれば、下附に点数を記しても良いでしょう。

 渡り鳥を題材にコラムを書くと、どうしても環境保護の意識が目覚めてしまいますね。現在、日本に存在するおもな干潟37箇所のうち、将来にわたっても確実に残せる形になっているのは、千葉県の谷津干潟(ラムサール条約指定)1カ所だけだそうです。その他は、環境庁が「特に野鳥のために重要」と公表しているものもありながら、近隣の開発・埋立事業等により、約半数は「壊滅」或いは「危険な状態」にあると言われます。蒲生干潟も御他聞に漏れず近隣の港湾開発に脅かされてコアジサシの生息数が危機的状況にあると言いますが、毎年、渡り鳥に「良い施し」ができるよう、なんとか地域ぐるみで豊かな自然環境を守っていきたいものです。

 初雪の頃、飛び行く千鳥への「香りのはなむけ」として、「千鳥香」を催されてはいかがでしょうか。

 

チドリの「千鳥足」は左右に細々動くだけで足取りはしっかりしたものです。

これから忘年会シーズンで、街のチドリちゃんはドブにはまったりもしますね。

干潟の泥ならミネラル豊富で美容にも良いのですが・・・

今年も1年ご愛読ありがとうございました。

良いお年をお迎えください。

組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。

最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。

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