一月の組香
古代中国の遊戯「投壷」をテーマにした組香です。
当てものゲームに共通の「不動の精神」を養うために創作された組香です。
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慶賀の気持ちを込めて小記録の縁を朱色に染めています。
説明 |
香木は4種用意します。
要素名は「一」「二」「三」と「貫耳(かんに)」です。
香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。
「一」「二」「三」は各4包、「貫耳」は3包作ります。(計15包)
「一」「二」「三」のうち各1包を試香として焚き出します。(計3包)
残った「一」「二」「三」各3包と「貫耳」3包を打ち交ぜて焚き出します。(計 12包)
本香は、「一*柱開(いっちゅうびらき)」で12炉廻ります。
※ 「一*柱開」とは、香札(こうふだ)等を使用して「香炉が1炉廻る毎に1回答えを投票し、香記に記録する」聞き方です。
本香1炉が焚き出され、これを聞き終えた客から順に試香に聞き合わせて香札を1枚打ちます。
※ 以下、14番までを12回繰り返します。
執筆は、打たれた香札を札盤(ふだばん)の上に並べて仮に留めておきます。
香元は、香包を開き、正解を宣言します。
執筆は、正解者の回答のみ記録し、初香、終香の当たりは、それぞれ「有初」「有終」と書き換え、その他は札に記載された要素名で記載します。(委細後述)
点数は、1炉当りにつき1点を原則としますが、「有初」「貫耳」「有終」の当たりは、加点要素ですので、当りには傍点を付します。(委細後述)
盤者は、聞き当てた人の香盤の矢を得点分だけ進めます。
下附は、全問正解は「全壷(ぜんこ)」、全問不正解は「敗壷(はいこ)」と記載し、その他は点数で記載します。
新年あけましておめでとうございます。
新年になりますど慶賀の行事がそこかしこで開催されますが、芸道に携わっている方々も何かと儀礼ごとが多く、気苦労の多い季節かと思います。最近では、社中の新年会を兼ねての「初釜」や「初席」が正月中旬過ぎから行われ、「それまでは家事専念!」と割り切った考え方も定着してきました。私も社中に身を置いていた頃は、「初会」の取り仕切りをやらせて頂きました。古株の門人と申し合わせて、師匠には「鑑賞香」を願い出て名香を用意していただき、会食や福引の景品まで万事用意してから、歳を越すという段取りでした。
当日は、祝詞交換の後、師匠の手前で「鑑賞香」を聞かせていただき、手記録紙には感想を和歌にして認めたりしました。香席が終わると会食に入り、暫しの歓談となります。午後は、席を改めて恒例の「投扇興」に興じました。正式には2人の対戦型らしいのですが、こちらは我流で全員参加です。もとより「点式表」に記載された源氏物語の帖名と点数を即座に判定することはできませんので、自ら簡略した点式表を作り、独断で大雑把に判定して「各自5投を2回」の合計点で優劣を競いました。これが、意外に盛り上がるもので、和服のオバサマたちが「ワーワー、キャーキャー」言いながらヒートアップするのです。最初は、恥ずかしそうに「チョン・チョン・」と投げていた方も次第に目が真剣になってきて、最後には「扇を送るように」投げることが出来るようになります。聞くところによると「投げる時にお尻を浮かすのは反則」らしいのですが、二回戦頃になると、もうそんなことはお構いなしで、片目をつぶって狙いを定めたりする猛者も出る始末・・・。とりあえず、女性の負けず嫌いは天性のものだと知る瞬間でした(山伏修行の「天狗相撲」然り・・・)。最後に、これまた恒例の「七福神の福引」をやって、初席終了となるのですが、日頃顔を合せることのない遠くの教室の方とも和気藹々となって、社中の結束を固めるのには何よりも好都合な行事でした。
「投扇興」の道具は、現在でも香舗で展示販売されていることがありますので、「初会の座興」として香道界の中でも普及しているのかもしれませんね。(投扇興の流派というものもあります。)
今月は、和製ダーツゲーム「投扇興」の起源「投壷」を模した組香である「投壷香 」(とうここう)をご紹介いたしましょう。
「投壷香」は、大枝流芳の『香道千代乃秋(下巻一)』に「新組香十品」として掲載のある組香です。テーマとなっている「投壷」とは、『礼記(らいき)』の「投壷第四十」に記載されている古代の上流階級の遊戯で、中国では周時代(BC500年頃)から「投壷の礼」という礼式が賓客饗応の席の座興として行なわれていたようです。当時の遊び方は、主・客(双方同数)が組となって、矢2
本半の距離(競技場所によって矢の長さが違う)の中央に壺を置いて双方向き合って座り、1人ずつ4本の矢を持って、楽師の奏でるリズムに乗って交互に壺に向かって矢を投げ入れました。勝負は、壷に入った矢の本数を計算棒で数え、合計得点で勝敗を競います。負方は跪いて酒を飲まされる「罰杯」というルールもあったようです。
日本には、奈良時代に伝来したと言われており、唐時代の壺と矢が東大寺の正倉院に現存しています。作法が難しいので一時すたれたようですが、江戸後期には「つぼうち」「つぼなげ」として流行し、国会図書館の『雑芸叢書』には「投壷指南(田中菊輔編)」なる記述も残され、当時の様子を窺うことが出来ます。日本に伝来してから、遊戯としての「投壷」がどのように洗練されていったのかはわかりませんが、安永年間の書物に掲載される頃には、既に『礼記』の記述とは様相を異にしており、「投扇興」と同じく、壷に入らずとも矢の掛かり具合や落ち具合等で細かく点数が用意されるようになっています。また、当時の「投扇興」にも「扇が枕を倒した場合は罰杯」と記載されているなど、古代の「投壷」同様、座興としての色合いを残していたところが窺えます。
今回ご紹介する「投壷香」が『香道千代乃秋』掲載され梓行されたのは江戸中期の元文元年です。その後、「投壷」も「投扇興」も遊芸として市中で流行し、双方とも安永年間以降の書物に残されています。「投壷」が「投扇興」のルーツであることは間違いありませんが、意外に復興の取っ掛かりが40年前の『香道千代乃秋』の出版にあったりしたら面白い話ですね。
まず、この組香に証歌はありません。「投壷香」の小引には「投壷の事、禮記に見えて、その来ること久し。温公の所謂『疑思するときは疎なり。惰漫なるときは失す』と、又心を治むべき一助とす。香道もこれに異ならずよって投壷をうつしてこれを組侍る。」とあります。「温公」とは、『資治通鑑』と「甕割(かめわり)の故事」で知られる中国北宋時代の学者・政治家、司馬温公のことですが、上記の一節については、何に記載されていたものか調べが付きませんでした。この一文を見る限りでは、『礼記』の本文に関する記述がなく、作者がどの程度「投壷の礼」について知っていたのか判断がつきません。『礼記』の「投壷の礼」は饗応の際の遊戯として記述されていますが、「投壷香」は小引の文章を見る限り、「宴会の座興」と言うよりは、むしろ香人の「精神修養」の一環として創作された組香のように思えます。
『礼記』には、同じく矢を用いる「射義第四六」か掲載されており、これは現在でも「弓道」の精神的支柱となっています。これには「・・・射は仁の道なり。射は正しきを己に求む。 己正しくして而して後発す。 発して中らざるときは、則ち己に勝つものを怨みず。
反ってこれを己に求むるのみ。」とあり、「矢が中らなければ他を怨むようなことなく、かえってこれを己に求めてよく反省せよ。」と修行による徳行の積み重ねと精神修養を諭しています。どちからというと創作者の意図は「射義」に近い精神性を求めていたのかもしれません。この教えは、「当てものゲーム」である香道においても共通して言えることであり、正月の事始めにふさわしい組香とも言えましょう。
次に、この組香の要素名は「一」「二」「三」と「貫耳」です。試香のある「一」「二」「三」は匿名化された要素ですので特に景色はなく、おそらくは投げられる「矢」を表すものと思われます。「貫耳」とは、「投壷」に使われる「矢壷」の両脇についている「耳」に矢が入る形を現しているものと思われます。おそらくは「耳」の口径が壷の口径よりも狭い(資料により同径のものもあります)ので、ここに矢が入ると得点が高かったのでしょう
。組香においても「客香」が配されて、当たれば他の要素よりも得点が高くなっています。
この組香の構造は、謂わば「有試十二*柱香」と言えましょう
。「一」「二」「三」には試香があり、3包ずつ9包が本香に残されます。そこに客香を1包加えると「有試十*柱香」なのですが、この組香では、客香である「貫耳」を3包加えて「3包×4種=12包」とし、シャッフルして焚き出します。本香は「一*柱開」とすることになっていますので、@焚き出し、A炉を廻し、B投票し、C正解を宣言し、D当否を記載する、E盤上の立物を進める・・・を12回繰り返します。
ここで、投票に使用されるのが「投壷香札」です。札の表には「一」「二」「三」「貫耳」と要素名の書かれた札を各3枚、合計12枚が1人分として用意されます。札の裏は、「十*柱香」の札紋と同じ、例えば「梅」「桜」「柳」「椿」「蕨」「松」等、季節の草木が書かれています。
さて、「投壷香」は、「盤物(ばんもの)」と呼ばれるゲーム性の強い組香に属します。ゲーム盤として使われるのは、「投壷香盤」ですが、「矢数香盤」が流用でき、専用の盤である必要はありません。矢数香盤は、10行(横の枡)16間(縦の枡)で、5間目に銀罫、10間目に金罫が引かれています。盤上を進むコマとして使われる「矢」も矢数香のものを使用します。
ここで「投壷香」で専用に使われる立物が「矢壷(やつぼ)」です。この壷は「投壷」に使われたものを模して作ってあり、中央の口の両側に「耳」という丸い輪がついています。
「投壷香」では、香盤を縦に置いてのスタートラインを手前にし、各自の矢を立て、当り数だけ矢を向こうに進めるのですが、進め方についても決まりがあります。
まず、初めて焚き出された香(本香1炉)を聞き当てることを「有初(ゆうしょ)」といい矢を2間進めます。本香1炉に客香である「貫耳」が出て、これを聞き当てることを記録上も「貫耳」といい、矢を3間進めます。その後に焚き出される「貫耳」は「連中貫耳(れんじゅうかんに)」とい呼び矢を2間進めます。また、終わりの一*柱(本香12炉)を聞き当てることを「有終(ゆうしゅう)」といい、これも矢を2間進めます。その他、試香のある「一」「二」「三」の当りは各1間ずつ進みます。因みにこの組香では、「独聞の差別なし」と書かれており、独聞(ひとりぎき)でも加点はされません。
すると「全問正解した場合の得点」は、客香の出によってパターン化されます。
@ 最初に客香が出た場合(残りの2つは連中)
例:3(貫耳)+1+1+1+1+2(連中貫耳)+2(連中貫耳)+1+1+1+1+2(有終)=17
A 最初と最後に客香が出なかった場合(すべて連中)
例:2(有初)+1+1+1+2(連中貫耳)+2(連中貫耳)+2(連中貫耳)+1+1+1+1+2(有終)=17
B 最初と最後に客香が出た場合(残りの1つは連中)
例:3(貫耳)+1+1+1+1+2(連中貫耳)+1+1+1+1+1+2(連中貫耳⇒有終)=16
C 最後に客香が出た場合(残りの2つは連中)
例:2(有初)+1+1+1+1+2(連中貫耳)+2(連中貫耳)+1+1+1+1+2(連中貫耳⇒有終)=16
上記のように、客香の出は概ね4つに類型化されますが、最後の客香を聞き当てても「有終」と同じ2点にしかなりませんので、全問正解での合計点は17点か16点となります。むしろAのように「有初」と「有終」と「連中貫耳」を3つとも聞き当てるのが最も順当な皆点パーターンであり、Bのように「貫耳」の3点を得たからと言って、必ずしも得点が高くなるとは限らないのが、この組香の点法のおもしろいところです。
このように点数に応じて盤上の矢を進め、最も早く「16間目」に行き着いた人の矢は「矢壷」に挿しますが、その中で「初客」(初めて焚き出された客香)を聞き当てた人の矢は「左の耳」に挿し、これを「一の勝ち」とします。続いて行き着いた人が、同じく初客を聞き当てていれば「右の耳」に挿し、これを「二の勝ち」とします。出典には「十六間惣金粉界引くべし。」とあり、勝負は十六間の盤上で決することとなっています。「16間ゴール」方式は、盤上の勝負と記録上の勝負が一致するため、その人の勝利に1点の曇りもないのですが、16間目は則ち「皆当り」でなければ行き着かない数(答えの入替を考慮すれば皆以外の最高点は15点)で、これは相当に厳しいルールですし、 そもそも「一の勝」「二の勝」着順に後先が出ることも稀でしょう(最後の1炉で勝負が決まる)。私は他の盤物が盤上の勝負と記録上の勝負の一致にあまりこだわらず、大抵の場合、すべての香を焚き終える前に、盤上の勝負が付いてしまう形が多いことから、仮に「矢数香盤」の10間目の金罫を利用してゴールとすれば、壷にもたくさん矢が入り、着順のバリエーションも出て面白いと思っています。
記録は、名乗を「(紅)梅」「(初)桜」「(青)柳」「(玉)椿」「(早)蕨」「(緑)松」と2字で認め、各名乗の下に当った答えのみ要素名(「一」「二」「三」「貫」)で記載します。(出典の香記では「貫耳」「連中貫耳」の区別なく「貫」と表記してあります。)また、「貫」「有初」「有終」に該当する当たりは、この言葉に書き換えて、右肩に点数分だけ 合点を打ちます。下附は、「投壷の景色」と「壷自体の状態」の2つの面から解釈が成り立ちますが、全問正解は「矢が全部入った」か「全ったき(完全な)壷」ということで「全壷」と記載し、全問不正解には「戦いに敗れた」か「破れ(敗毀)壷」ということで「敗壷」と記載します。その他は、各自の合計点数を「○○点」と書き記します。
最後に勝負は、前述のとおり盤上の勝負は「十六間目にいち早く行き着いた人」の勝ちです。記録上の勝負も「先着した最高得点者」で同一人物となる筈ですが、敢えて違えるとすれば「同点の場合は、盤上の勝負に関わりなく上席の人が香記を受け取る」とすることでしょうか?この辺は、連衆の顔ぶれを見てから判断しても良いと思います。
『礼記』では、後段に「投壷の礼」に関して魯(ろ)と薛(せつ)の国の戒めを説いており、その共通する言葉は「誇ることなかれ、驕るることなかれ、かってに立つことなかれ、離れた人に言葉をかけるなかれ。」です。投壷も香道も共に「真剣勝負の遊戯」と言う点で、この言葉は心したいと思います。また、最後段には、投壷の際の伴奏のリズムが「○」と「□」で掲載されています。例えば、魯の譜の一説目、投壷に使用するという「半」以下のリズム「○□○□○○○□□○□○」を「チャンチキ」に置き換えると「チャンチキ・チャンチキ・チャンチャンチャン・チキチキチャンチキ・チャン〜♪」みたいな感じでしょうか?なんとんく江戸情緒があふれて来ませんか。《初笑いヽ(^o^)丿》
本年も稚拙なコラムでお目汚しですが、よろしくお願い申しあげます。
お正月に家族の前でお香を焚くというのもいいかもしれませんね。
礼式とするか座興とするかは、お好みで・・・。
明けゆけば軒の古木の枝葉にも千代のかざしや雪の華笑み(921詠)
組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。
最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。
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