二月の組香

月夜に咲く梅の花を香りを頼りに探すという組香です。

前段の焚き殻を後段に使用するというところが特徴です。

説明

  1. 香木は4種用意します。

  2. 要素名は、「一」「二」「三」と「ウ」です。

  3. 香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。

  4. 「一」「二」「三」「ウ」は、各1包作ります。(計4包)

  5. この組香に試香はありません。

  6. 本香A段は、「一」「二」「三」「ウ」各1包打ち交ぜて焚き出します。 (計4包)

  7. 本香A段は、4炉廻ります。

※  以下、香札を使う回答方法で記載します。

  1. 連衆は、「無試十*柱香」の要領で、最初に聞いた香を「一」、2炉目を「二」、3炉目を「三」、4炉目を「ウ」とし、順番に香札を打ちます。

  2. ここまでに打たれる香札は全員同じなので、各自それぞれの香の印象を記憶しておきます。

  3. A段を焚き終えると、香元は使用済みの香(焚き殻)をすべて別の香包に包み直します。

  4. 本香B段は、焚き殻の「一」「二」「三」「ウ」4種4香)打ち交ぜて焚き出します。

  5. 連衆は、A段で焚かれた香と聞き合わせて、それぞれ同香と思われた香の札を打ちます。

  6. 執筆は、各自の回答を香記に書き記し、当ったものに傍点を付します。

  7. 点数は、1要素の当たりにつき1点を基本とし、一人聞(独聞)は3点二人聞は2点と加算されます。

  8. 下附は、全問正解に「梅が香」、全問不正解には「散る花」と記載し、その他は点数で書き記します。  

 

今年ほど雪解けが待ち遠しい冬はありませんでしたね。

今年は、日本海側を中心に雪の多い冬でした。当地でも少し郊外に出れば、万年雪になっており、スキー場や温泉場などは近年希に見る豪雪で「雪がありすぎて営業できない」ということもあったようです。仕事の関係上、毎日被災情報を収集し、全国の状況を目にしていましたが、被害を受けられた皆様方には1日も早く、「当たり前の生活」が戻りますようお祈り申し上げます。

一方、「仙台どんと祭」が行われた1月14日は意外に暖かく、天気は「雨」となりました。恒例の裸参りをする人たちも、そぼ降る雨に打たれながら、肩のあたりから湯気を出して、階段を上っていく光景が見られました。今年の14日は、小寒から9日目にあたり、これを「寒九(かんく)」と言います。この日に降る雨は「寒九の雨」と言われ、昔から「豊作の兆し」とされてきました。つまり今年は、「夏には好天が続く」ということが期待でき、「冬寒く、夏暑い」ということは、正に「景気回復の兆し」ということにもなるのでしょう。

大寒も既に過ぎ立春ともなりますと、次第に陽の光が強さを増して寒さも緩んできます。雪に埋もれていた庭木も次第に姿を現し、枝葉が見える頃には小さな新芽を発見することができるでしょう。気の早い梅などは、雪の枝葉の上に白い花を咲かせており、黄色い蘂と花の香りで初めて存在に気づくこともあります。「白い季節の白い花」・・・センシティブな香人にとって「おきまどわせる」美学というものは、秘めたる「心の宝」とも言えるでしょう。

今月は、月夜に紛れて探しにくくなった梅の花を香りによって探し出すという「梅花香」(ばいかこう)をご紹介いたしましょう。

「梅花香」は、このサイト立上げにインスピレーションを与えてくれた三條西公正著『香筵雅友』に掲載されている組香の中です。この書のコラムには底本が記載されていませんでしたので、長年調べて参りましたら『御家流組香集(義)』に同様の組香があることを見つけました。「梅花香」は、素材が「梅」ですので「春の組」には同名異香が多く、聞香秘録の『香道春曙抄』や『香道後撰集(下)』等にも見ることができ、それぞれに証歌や聞の名目等、その表わす景色も異なっています。今回は数ある「梅花香」の中から、シンブルな構造ながら「焚き殻を使う」という特異性と「色と香」の景色が一層際立っている『御家流組香集(義)』を出典としてご紹介することといたしました。

まず、この組香の証歌は、古今和歌集「月夜に梅の花を折りてと人のいひければ、折るとてよめる」という詞書に続いて「月夜にはそれとも見えず梅の花香をたづねてぞしるべかりける(古今 和歌集40凡河内躬恒(おうしこうちのみつね)が詠んだ歌として掲載されています。意味は、「月夜には(月明かりが明るすぎて)梅の花をはっきり見分けることも出来ません。香を探し訪ねてこそ、花のありかを知ることができるものです。」というものです。詞書きから察すると、まず躬恒は、月夜の晩にある人から「梅の花を一枝折って、送って下さい。」と言われたようです。これに対して「どうぞ拙宅にお寄りください。」と返したというのが、国文学的解釈です。

しかし、「人」を女性と仮定し「躬恒」との距離感をぐっと縮めて、戸板を隔てて、このような応答がなされていたとすれば、誠に「艶」なる歌だという解釈も成り立ちます。則ち「梅の花を一枝折って、送って下さい。(まだお通しできません。)」と歌を送られた躬恒は、女性の言う通りに一旦この場を去り、後日、梅の枝を帯元に挿して出直せば無難なのでしょうが、それでは恋の駆け引きは面白くありません。素直に梅の花を取りに戻るのももどかしかく、相手に月夜にまぎれる梅を探すより、お互いの香りをたずねてこそ解り合えるものというものです。」と返事をした歌であれば、春の夜に一層「艶」を加える景色となりましょう。

また、この季節ですから、「月が明るすぎてわからない」ということは、単に「月光の輝きが白すぎて白い花が紛れてしまう。」ということの他に、月光の白さを増す「雪」という背景があることは、想像に難くないと思われます。このことは、他の「梅花香」の証歌等から推察しても言えることで、庭に残る「白雪」をこの組香のイメージに加えておくことは、必要ではないかと思います。ただし、舞台は「月夜」ですので、 今まさに雪が降って いる」という景色はこの組香にはありません。雪が降って見つかりづらくなる「梅花香」の証歌は「梅の花それともみえず久方のあまぎる空のなべてふれれば(古今334:読人不知/柿本人麻呂とも)」で、こちらは冬歌 、「月夜には・・・」は春歌という違いもあります。)そのようなことも念頭に、「白く輝く庭の中で、白く咲く梅の花がわからない」というのは、薄暗がりで「霜の降りた白菊」を探す「初霜香」と似た「おきまどわせる」の情景が思い浮かびますね。そういえば、心あてに折らばや折らむ初霜のおきまどはせる白菊の花(古今277)」も躬恒の歌でした。  

次に、この組香の要素名は「一」「二」「三」「ウ」と匿名化されています。匿名化された要素を用いることは、他の「梅花香」にも共通して言えることで、「4T×3+1=10」「4T×2+1=7」「3×2+1=7」のように、それぞれ「三葉一花」に近いイメージで組まれています。他の組香では「ウ」が「梅の花」を表す構造となっていて景色の上で特別扱いされていますが、この組香では「1×4=4」と全部が並列して客香扱いなので、点数も含めて取り扱いの区別はありません。敢えて景色を付けるのであれば、香銘によって「雪」「月」「花」等のイメージを出す程度に止まるのでしょう。

この要素の匿名化は、組香の構造とも密接に関係します。すなわち、A段の香は、試香をせずに各1包を打ち交ぜ、4包を順不同に焚き出します。試香がないので、連衆はどれが要素名「一」の香か「二」の香かは判別がつきません。そこで、「無試十*柱香」のように、最初に出た香を「一」とし、二番目に出た香を「二」・・・として札を打ちます。すると、A段では、誰の答えも「一」「二」「三」「ウ」となります。これは、出典に「是、試みの心なり。」と記載されており、B段で焚かれるお香を判別するための番号となります。これを「本座の名目(ほんざのみょうもく)」と言い、答えを書く際に使用する「番号」が「要素名」ではなく、A段の後に決定することとなります。そのため、初めから要素名に特段の景色があるとかえって邪魔ということにもなるわけです。

続いて、A段で4香を聞き、札を打ち終えますと、焚き終えた4香をもう一度別の香包に包み直し、「焚き殻」でC包を作ります。(○数字は、焚き殻を表します。)この「焚き殻利用」がこの組香の最大の特徴です。 この際、新しい香包の「隠し」には、あらかじめ要素名の「一」「二」「三」「ウ」をそれぞれ記載しておきます。香元は間違いなくA段で焚かれた香木の「要素名」と同じ包に焚き殻を納めることが最重要課題です。これを間違ってしまうとB段の香の出と正解が狂ってしまいますので、当然のことですが、香元はあらかじめ香席で焚かれる香木の香気に人一倍習熟しておく必要があります。

B段では、できあがった焚き殻の4包(C)を更に打ち交ぜ、順不同に4炉焚き出します。このようにして本香はA段・B段で都合8炉廻ります。

さて、この組香の景色に解釈を加えますと、A段は証歌の上の句「月夜にはそれとも見えず梅の花」を表し、「白い景色」にまぎれた「月光」とも「白雪」とも「梅花」ともつかない「見分けがたいもの」に迷う景色なのでしょう。そして、視覚によって見分けることを諦め、香りを頼りに、改めて「梅探し」に出かけるわけです。B段の景色は、取りも直さず下の句「香をたづねてぞしるべかりける」の景色であり、A段で聞いた「見分けがたいもの」の中から「探し求める梅花はあれかこれか」と聞き合わせたり、「これは雪の白」、「これは月光の白」と判別していく景色なのでしょう。また、他の組香では「ウは梅花」という不文律がありますので、上級者は、この組香においても、敢えて要素名の「ウ」を「梅花」と仮定して探してみるのも面白いと思います。木所が判別できて、「本座の名目」と混同しない自信のある方だけの秘めたる心の遊びですね。

一方、4つの要素が「梅花」だけの景色であると解釈すれば、B段は「梅の種類」の判別なのかもしれませんし、「梅花と月光」だけが要素と考えれば、また違った「白い景色」の解釈も成り立ちます。いずれ、匿名化された要素に景色を加えるのは、香銘を取り合わせる香組者に任されていますので、その方の美意識よって、組香の舞台や登場する事物のイメージが変わるということは面白いことだと思います。すべてに共通して言えることは、「香をたずねてぞ」の句が最も重要なキーワードであるということです。そして、それは、香道における普遍的な解釈の基礎 とも言える言葉でもあります。

なお、B段に「焚き殻」を使用する趣向は、単なる上の句、下の句の場面変換を表すのみならず、時間の隔てを表わしていると思います。お香に「初立ち」と「火末」があるように、香気によって「視覚で探しあぐねた末」の時間の経過を景色に表すことを考え付く技量というのは、たいしたものだと関心させられます。実際、香木そのものも は焚けば変色しますから、既に木肌では判別できなくなって「材木屋」の出る幕はなくなり、「香りをたずねる」以外に方法がなくなるでしょう。そして、席中のすべての意識が一旦「香をたずねてぞ」に集束し、そこから、組香全体の景色へと解き放たれ昇華していく姿を観るにつけ、作者の力量というか執念というか・・・雅人としての到達度の高さを感じる大変優れた組香だと思います。

答え方について、出典では「札は十*柱香の札を用ゆ」となっており、「十*柱香札」の「一」「二」「三」「ウ」の4種を2枚ずつ流用することとなっています。ただし、札打ちといっても「一*柱開」ではなく「八包焚き終わりて後、折居分札取り出して・・・」と書いてありますので「後開き」となります。そのため、名乗紙(手記録紙)を用いても全く支障はありません。その場合の回答は、A段は「一」「二」「三」「ウ」と「本座の名目」を書き、続いてB段はA段の香と聞き合わせて同香と思われる香の番号(本座の名目)で書き記します。

EX: 「一」「二」「三」「ウ」  「二」「一」「ウ」「三」

答えの当否は、「無試十*柱香」の考え方と同じで、自分がA段で「一」の札を打った香の同香にB段でも「一」の札を入れていれば当たりとなります。ただし、A段の答えは全員「一」「二」「三」「ウ」ですので、A段とB段の札が符合して初めて当たりとなります。

回答と当否の例

香の出

A段

B段

正解

回答例

当否

×

×

×

×

最後に、点数は普通の当たり(平点)が1点、連衆のうち唯一の正解があった場合( 独聞)が3点、連衆のうち二人だけ正解した場合(二人聞)2点と換算します。「二人聞」まで加点要素になるところも特徴ですので執筆は注意しましょう。また、必ずA段とB段が符合して当たりますので点数は常に偶数となります。さらに、出典では「一」「二」「三」も試香が無い香なので、「地の香、ウの別なし」と記載があるため、「ウ」であっても「客香」としての特別な加点等はありません。下附は、全問正解には「梅が香」全問不正解には「散る花」と記載し、その他は点数をそのまま書き記します。「梅が香」は、香りを聞き当てて梅の枝を手に入れたということ、「散る花」は探しあぐねて手に入れられなかったことを表すものでしょう。「花が散ってしまった」とは随分長い間探したんですね。

皆様も「梅花香」で、いち早く「春の息吹」を感じてみてはいかがでしょうか。

 


「花知一様春」 (はなはしるいちようのはる)と言います。

無心のうち咲いていて、しかも常に季節の主人公である「花」という存在は偉大だと思います。

今年も梅、桃、桜・・・花ごよみ巡りの始まりですね。

 

組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。

最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。

戻る

Copyright, kazz921 All Right Reserved

無断模写・転写を禁じます。