四月の組香

天候や背景によっていろいろに変化する桜の景色を味わう組香です。

自分なりに不完全な景色を補って遊びましょう。

※ 証歌は出典記載のとおりとし、歌集及び詠人は補筆しています。

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説明

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  1. 香木は5種用意します。

  2. 要素名は、「櫻 (さくら)」「雲(くも)」「雪(ゆき)」と「雨(あめ)」「嵐(あらし)」です。

  3. 香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。

  4. 「櫻」「雲」「雪」は各4包、「雨」は2包、「嵐」1包(計15包)作ります。

  5. 「櫻」「雲」「雪」の本香(各3包)要素名ごとに結び置きします。

  6. 「櫻」「雲」「雪」は、それぞれ1包(計3包)を試香として焚き出します。

  7. 「雨」と「嵐」は、どちらも試香がなく、客香は2種となります。

  8. まず、「雲」「雪」の結びを解いて、各3包に「雨」2包と「嵐」1包を加えて打ち交ぜます。(計9包)

  9. この9包を改めて3包ずつ3組に分けます。(3包×3組)

  10. 「櫻」の結びを解いて、この3組に1包ずつ加え、交換に各組から1包を引き去り、打ち交ぜます。

  11. 引き去られた3包は、脇に置いておき、B段に使用します。

  12. 本香A段は、「櫻」が1包ずつ加わった3包×3組を順に焚き出します。

  13. 本香A段は、9炉回ります。

  14. 連衆は、廻ってくる香を試香と聞き合わせて、香の出の順に要素名を仮にメモしておきます。

  15. 客香の「雨」2包と「嵐」1包は、区別がつかないため、どちらも「ウ」としておきます。

  16. 続いて、B段は先ほど引き去られた3包のうち任意に2包をさらに引き去って、1包のみ焚き出します。

  17. A段の答えは、3炉を1組として、組ごとに「聞の名目」に当てはめ、答えを3つ書き記します。

  18. B段の答えは、要素名をそのまま1つ記載します。(「雨」「嵐」は、どちらも「ウ」と書き記します。)

  19. 記録は、連衆の答えをそのまま記載し、当ったものに傍点を付します。(委細後述)

  20. 下附は、全問正解は「全」、その他は点数で書き記します。

  21. 香記の証歌は、B段の正解に因んだ歌を1首書き添えます。

 

桜の香りがそよ風に乗って「花の宴」への招待状を各地に届けています。

4月と言えば「桜」・・・そんな当たり前の風景を疎んじたためか、このコラムでは、ストレートに「桜」をとりあげることは少なかったように思います。それは、私自信の育った町が桜の名所でしたので、いつも桜とは「親しすぎる関係」にあったからなのかもしれません。「故郷」と言えば、山と川と桜のコンビネーションが最も懐かしく、「我が原風景」は、自ら図案を書いて乱箱に蒔いてもらったほどです。春になって、私がまず桜を感じるのは、町を埋め尽くすような咲 き初めの香りでした。当地では、ちょうど入学式が終わった頃から咲き始めるので、新学期の始まりにもふさわしい風景なのでしたが、小学校への通学路にもなっていた桜の長堤を日々の変化にもほとんど気を止めずに通っていた子供時代でした。花の香りは、三分咲きを越えるとそれほど感じなくなり、今度は花のボリュームの方が「お香の日(4/18)」付近にピークを迎えます。この頃には、県内各地から花見客が訪れるため町は賑わいを見せ、満開の頃はCMのロケなども行われることもしばしばありました。そんな時期の私は、敢えて「素人さんの花見会場」を避けて、午前中は潮干狩りに行き、午後には日頃から目をつけていた、「自分の桜」の下で獲物の貝を焼きながら内輪の花見をして過ごしていました。一見、原始的とも見える貧乏大学生の野遊びでしたが、今考えれば「拾貝&花見」とは、なかなか風流な過ごし方だったかなと思えます。

その後、居所が変わっても「桜並木」はいつも身近にあり、あまり寂しい思いはしていませんでしたが、昨年からは、自室の窓から見えるのは遠山桜ばかりとなり、近場では旧家の庭に一本だけ残るしだれ桜の老木だけが、花の移ろいを知る便となっています。それでも、「咲き初め」「花冷え」「花霞」「花の宴」「花吹雪」と時宜を追った鑑賞が出来る感受性が備わったことで、子供の頃とは違った、観念的な「桜」との付き合いが出来るようになりました。

今月は、宴会気分でなく、桜が咲いて散るまでをしっとりと見届ける・・・「花見香」(はなみこう)をご紹介いたしましょう。

「花見香」は、杉本文太郎著の『香道』に掲載のある組香で、他書には類例を発見できませんでした。2004年4月に『御家流香道要略集』を出典とし「桜香」 (さくらこう)をご紹介しましたが、これとは証歌の一部が共通しているものの、要素名や聞の名目等から見て、組香の描こうとしている景色は全く別のもののように思えます。 どちらも春の花「桜」をテーマとして「桜咲く風景」を表現するよう創作された組香と言えましょうが、 「桜香」は、まだ季節が早く、桜が咲いていなかったり、咲いた桜を見るにも朝・夕の区別があったりと「花との出逢い」に時間的要素が結び付けられた風景を重んじているところがあります。一方、「花見香」では、既に桜が咲いており、天候や見方によって移ろう「花の形容」が景色の重点となっているように思えます。さらに「花見香」における「花見」は現代風の「宴会」イメージではなく、単に「花を愛でる」⇒「花を見る」と考えたほうが、後の景色としっくりするような気がします。

まず、この組香には3つの証歌が用意されているところが第一の特となります。

  1. 「桜花さきにけらしな足引きの山のかひ()より見ゆる白雲(古今和歌集59 紀貫之)」

    「歌たてまつれとおほせられし時によみたてまつれる」との詞書があります。意味は「桜の花が美しく咲いたらしいですね。山あいの谷を通して見える白雲は、あれこそ確かに今は盛りと咲く桜花です。」ということです。

  2. 「三芳野の山辺に咲る櫻花雪かとのみぞ誤たれぬる(古今和歌集60 紀友則)」

    「寛平の御時后の宮の歌合の歌」との詞書があります。意味は「吉野山に咲いている桜花は、まるで雪かとばかりに思い違えられることだ。」ということです。

  3. 「徒(いたづら)に過る月日は多けれど花みて暮らす春ぞすくなき(古今和歌集351 藤原興風)」

「さだすみのみこのきさいの五十の賀たてまつりける御屏風に、さくらのちるしたに人の花見たるかたかけるをよめる」との詞書があります。出典には下線部のとおり「多けれど」となって おり、意味は「普段、むなしく過ごしている月日は多いけれど、花を見て暮らす春の日だけは、少ないことが惜しまれてならないのだ。」ということです。一方、古今和歌集では「おもほへで」となっ ており、「むなしく過ごしている月日は何とも思えないのにと下の句に掛かるニュアンスが若干異なってきます。

以上、3首はともに「三十六歌仙」の詠み手による『古今和歌集』からの出典であるという共通点があります。中でも最初の2首は、「巻の一(春上)」に隣同士で掲載された従兄弟同士の作品です。興風(おきかぜ)の歌だけが、歌番が離れているのは、春歌ではなく巻の七(賀)」に掲載されているものだからです。

これらの証歌は、後にB段の香の出によって、1首のみ香記に書き記されます。「桜香」にも証歌が3首用意されており、こちらは、本香に出た「花」の数によって1首のみ香記に書き記されることとなっています。「花見香」 も「桜香」も貫之と友則の歌は共通して使用されており、「桜香」のもう1首は、「おしなべて花の盛りに成りにけり山の端ごとにかかる白雲(千載和歌集69 円位法師=西行)」です。これらは、屈託無く花を愛でた春の歌であるため、多くの組香に採用されています。

次に、この組香の要素名は、「櫻」「雲」「雪」「雨」「嵐」で香種は「5種」なのですが、出典には「香四種」と記載されています。客香とする「雨」と「嵐」は、回答の際にどちらも「ウ」と一括されてしまいますので、「櫻」「雲」「雪」「ウ」の4種という考え方なのかもしれませんが、一応、使用される香木の種類は「5種」なので、誤記であるとも解釈できます。本香の数は、「(3×3)+1=10」の十*柱形式で「三葉一花」に通じるものも感じますが、構造は後述のとおり至って複雑です。要素名の前段である「櫻」「雲」「雪」は、中古の美意識に通じ、「桜」を「白雲」や「白雪」と喩えることも通常行われていた表現法でした。証歌からみても、「雲」は背景としての「雲」であったり、山に咲く「桜」であったりしますし、「雪」についても、背景としての「山の雪」であったり、山に咲く「桜」であったりすることがわかると思います。さらに、要素名の解釈としては、「雲」⇒「曇り」、「雪」⇒「降雪」、「雨」⇒「降雨」、「嵐」⇒「嵐」や「山風」という天候そのものを表すものとしても取り扱われていることがわかります。こういった微妙な比喩を重ね合わせて、組香の景色が紡ぎ出されていくのです。

さて、この組香の全体香数は、「(4×3)+2+1=15」となり、このうち「櫻」「雲」「雪」については各々試香として焚き出します。「雨」(2包)と「嵐」(1包)は、ともに客香とし、残る香数は12包となります。「桜香」ではこの12をそのまま焚き出し、一年(12ヶ月)に喩えましたが、この組香では、そのような長い時間の想定を前段に求めてはいないようです。むしろ、桜の開花から散り終わるまでの景色を3シーン切り取ることに腐心した様子であり、そのためにとても複雑な構造が展開されています。出典では、A段の構造について「試聞き終わって『櫻』の一結びを除いて、他の二結びを解き、夫れへ『ウ』の3包を加えて打交ぜ、改めて三包ずつに分ち、各々へ『櫻』一包を加え、替わりに一包を除いて再度(組ごとに)能く打交ぜ、三回に都合九香を*柱出す。」また、B段については「而して最後に残り三包の内一包を*柱き、二包は取り除く」と書いてあり、都合、本香は「(3×3)+1=10焚き出されます。サラリとした文章ですが、これを構造式に書き改めたり、解説の欄のように順序立てて説明するのは骨が折れました。そこで、今回は「百聞は一見にしかず」ということで、「花見香の構造式図解」を掲載いたしましたので参考としてください。

結局のところ、作者は既出の要素である「櫻」「雲」「雪」によってある程度安定した「花見」の景色を作ってしまい、それを「雨」や「嵐」で邪魔させるという趣向を持っていたのではないかと思います。しかし、「桜香」のように本香全部を打ち交ぜてしまっては、「櫻」が無い組もできてしまう可能性があり、それでは寂しい花見となるので、「櫻」はあらかじめ打ち交ぜて、3組に分けた後から確実に1枚ずつ加えることを考え付いたのではないかと思います。そして、入替えに1包を抜き去るのは、「聞の名目」の数を限定するためと「三葉一花」の形式にあわせて十*柱香の香数に全体を納めるための工夫でないかと思われます。また、最初の段階で交ぜられてしまう「雨」「嵐」の客香2種については、回答の時点で匿名化されてしまい、どちらも「ウ」となります。後述の聞の名目でも「雨」「嵐」の区別は既に無いので、先ほどの「香四種」問題とも絡み、何のために要素名に区別を設けたのかは疑問に思えますが、「小記録」と「香の出」の景色として、「荒天の強弱」が欲しかったのではないかと思います。B段は拾遺香のようなもので、引き去られた香包(3包)から1包任意に抽出して焚き出し、残り2包は捨て香となります。これが証歌を規定することとなるため、組香全体のテーマを規定する重要な1*柱となるのです。

香炉が廻り始めましたら、連衆は香の出をメモしておきます。そうすると、A段、B段合せて10個の要素が並ぶはずです。A段は、これを1〜3炉、4〜6炉、7〜9炉の3炉ずつにわけ、「聞きの名目」と見合わせて、答えを3 つ名乗紙に書き記します。B段の答えは、10炉目の香の出を要素名で(但し、「雨」と「嵐」は、どちらも「ウ」と)書き記します。都合、香記に記載される各自の答えは4つということになります。

 さて、この組香には下記のとおり「聞の名目」が配されていますが、どうにも数が足りないようです。3つの要素を順序を変えずに並べ替える組合せは9×3=27通りあるはずなのですが、この組香の小引には12の名目しか用意されていません。

掲載されている聞の名目は下記のとおりです。

香の出

聞の名目

解釈の一例

・雲・雲 三芳野

山上から見ると近くの櫻と遠くの雲との区別がつかない様

雪・雪・ 變花

雪が降り、雪のように白く色あせる櫻を見る様

・雪・雪 ちる花

開花の後に雪が降り、雪のように花びらを散らせる櫻を見る様

雲・雲・ 高嶺花

雲と区別がつかないほど高い遠山櫻を見上げる様

・ウ・ウ 初花

咲き初めの櫻を見るが、その後天候が悪くなる様

ウ・ウ・ 残花

雨風に耐え、最後に残った櫻を見る様

雲・・雲 山家花

遠く、雲の狭間から山家の櫻を見る様

ウ・雲・ 雨後花

雨が上がり、曇りとなったところで桜を見る様

雲・・雪 嵐花

曇りから雪に変わる天候の中で櫻を見る様

ウ・雪・ 移ふ花

雨から雪にかわる天候の中で櫻を見る様

ウ・・ウ 雨中花

雨の中で櫻を見る様

ウ・ウ・ウ 葉櫻

雨、嵐で散った櫻を見る様

以上のように、聞の名目の情景は、「櫻」を主眼としつつ、背景や天候の移ろいの中で「花を見る」行為を表すものだと思います。前述のとおり、脇役の「雲」と「雪」には、そのものの意味のほかに「天候」や「櫻の形容」も含めてイメージされます。また、「ウ」については、既に要素名の「雨」と「嵐」「山風」の意味も含まれますので、相対的に「天候が悪くなる」というイメージで取り扱えばいいかと思います。これらのイメージを適宜含ませながら、香の出を時系列的に並べて情景を作ったものでしょう。

ここで、この組香の第一の問題は、聞の名目の「ウ・ウ・ウ」⇒「葉桜」は、構造的に見て実際には出現しないものであるということです。本香A段では「必ず櫻を1包加えて」組を作りますので、櫻の無い「ウ・ウ・ウ」は在り得ないこととなります。これは、出典にも補注されていることなのですが、作者のケアレスミスかもしれません。善意に解釈すると「小記録上のみの景色として、すべての花見の終焉の姿を『葉櫻』という言葉に残しておきたかった」という配慮の表れなのかもしれません。

次に第二の問題は、前述のごとく、香の出の組み合わせてがすべて網羅されるだけの聞の名目が用意されていないということです。この組香では、「櫻」が@最初に出る、A二番目に出る、B最後に出る組合せがそれぞれ9通りずつあるはずで、全部で27の聞の名目が必要なのですが、小記録「別記」に灰色で示しました香の出の組合せについては、聞の名目が配されていません。出典の「花見香之記」には、用意された聞の名目だけで香記が記載されているので、最初は構造の解釈を間違えたかと思いましたが、記載されている聞の名目もかなりランダムな組合せで配されており、法則性がないので、組合せ命題で「これしか出ない」と限定するのは無理だと結論しました。前半の「雪・雪・櫻(變花)」と「櫻・雪・雪(ちる花)」等を区別しているということは、香の出の順番も加味した組合せであるはずですが、「櫻」が2番目に出てくる組合せは3種の名目しか配されていませんので、雑駁に見ても「おかしい」と感じます。例えば、「花見香の構造式図解」に示しましたとおり、本香A1の「雪・櫻・雲」A2の「雪・櫻・雪」A3の「ウ・櫻・雲」などは、出現し得る組み合わせであり、これらについて聞の名目が配されていないと組香としては破綻してしまうことになります。

更に第三の問題は、出典に聞の名目の紹介に続いて「之を題として歌を詠むのである。」との記述があり、「『之』(記載された聞の名目)以外の香の出については詠まなくていいのか?」という疑問にも派生します。この点、出典の「花見香之記」には、詠まれた歌の記録は記載されていないので、「記録なしに座興として詠むだけでいいのか?」という更なる疑問も生まれます。歌詠みについては、「花見席の座興」として敢えて加えた演出であって、組香の景色の形成に重要な部分ではないので、枝葉末節として捨象することも考えて良いのではと思います。

これらの不備を「伝書の書き落とし」と見ることもできますが、私は、この甚大な欠落が後日行われたとは考え難く、この組香は「まだ草案の状態だったのではないか?」と考えています。解釈の成り立たないものはそのままにして伝える(パスする)というのも伝書の世界には多いので、この組香が他の伝書に出てこないのもそのためではないかと思っています。作者は、27通りの「聞の名目」で花見の景色を飾ろうとしていましたが、なかなか思いつかず、後世の香人に完結を委ねたのかもしれません。「無いものは作る」の香人精神からすれば「完結の委ねられたものは補完して使う」もよろしいかと思います。香人が自由に心遊べるのは、こういうことがある意味でチャンスかと想います。

記録は、各自のA段の「聞の名目」を3つとB段の「要素名」1つ(但し、「雨」「嵐」はどちらも「ウ」と記載)を記載し、当たりには点数分だけ 合点を掛けます。点数は、「聞の名目」が当っている場合は、各要素1点と換算して「3点」が加算されます。「聞の名目」が外れていた場合は、「片当り」ルールで要素ごとに当たりを各1点加算します。

正解 聞の名目 当否 点数
雲・櫻・雲 山家花( 3点
嵐花(・雪) 2点
高嶺花(・雲・櫻) 1点
ウ・ウ・櫻 残花(ウ・ウ・櫻 3点
雨後花(・雲・
移ふ花(・雪・櫻) 1点

下附と勝負は、前述のとおり全問正解(10点満点)を「全」と記し、その他は点数とし、最終的に点数の多い方が勝ちとなります。

最後に、この組香は、B段の香の出によって記録に書き記す証歌が変わることが特徴です。10炉目に「雲」が出た場合は、「桜花・・・」の貫之の歌。「雪」が出た場合は、「三芳野の・・・」の友則の歌。「ウ(雨か嵐)」が出た場合は「徒に・・・」の興風の歌をそれぞれ1首のみ記録の奥に書き記すこととなっています。この3首の歌は、それぞれ「初花(貫之)」「盛花(友則)」「散花(興風)」と時系列的に配されています。この点「櫻香」の証歌が「B段で出た花の分量」で決まるというものとは趣を異にします。それは、「花見香」の景色が「雨風に阻まれる花見」でもあり、決して「春爛漫」ではないところに違いがあるのでしょう。さらに興風の歌は、かなり侘びており、雨風に阻まれて外に出ないでいると「花みて暮らす春ぞすくなき」と老いることによって生まれる焦燥感めいたものも現れてきます。これらの歌は、A段にどのような名目が現れても、そこには必ず「花」と「人」の関係式があり、B段によってその関わり方のイメージが明るくも暗くもなります。奥書きに書き記される歌1首は、この組香の最終的な景色を規定する重要な歌(∴証歌)と考えて良いでしょう。

「花見香」の真意は、「晴れても、曇っても、雨でも、風でも、嵐でも・・・花を愛でる。花を想う。」そんな心であるような気がします。これが「宴会」の香であれば、天候が悪くなれば直ぐに撤収ということになり、大半が興ざめの風景を表すだけの香になってしまいます。突然の荒天に出くわしても「花に目をやる暇もなく逃げ帰る」のではなく、「荒天の前・最中・後にも花の姿や風景がある」ことを忘れてはならないと思います。今回は、敢えて伝書としては不完全な組香をご紹介いたしました。残る16の名目はご自分で補完して、この大作を完結させて見てはいかがでしょう。

 

桜の花の最後の見所は、「しべ桜」です。

花びらが散って赤く染まった萼と蘂が残された景色は「春の紅葉」と言えます。

空木に似た赤い「しべ桜」は、白い空木の花に季節をバトンタッチしているようです。

 

組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。

最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。

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