六月の組香
初夏の夜を降らすか…晴らすか…競い合う組香です。
客香が二種焚き出される「花月香」と理解してください。
※ このコラムではフォントがないため「」を「柱」と表記しています。
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説明 |
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香木は8種用意します。
要素名は、「月一」「月二」「月三」「窓」と「雨一」「雨二」「雨三」「軒」です。
香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。
連衆を「月方」「雨方」の2組に分けます。(双方同数としてください。)
「月一」「月二」「月三」「雨一」「雨二」「雨三」は各2包作り、「窓」と「軒」は各1包作ります。(計14包)
「月一」「月二」「月三」「雨一」「雨二」「雨三」各2包のうち、各1包を試香として焚きます。(計6包)
本香は、残った6包(各要素1包ずつ)と「窓」「軒」の各1包を打ち交ぜます。(計8包)
本香は8炉廻ります。
答えは、要素名で出た順に8個書きます。(香札を使用しても可)
本香が終わってから答えを開き、各自の聞きに「点」(加点)と「星」(減点)を付けます。(委細後述)
下附は、各自の点と星を並べて記載します。
「月方」「雨方」でメンバーの点数を集計し、合計点の多いほうが勝方となります。
「涼一味」・・・夏座敷の季節がやってきました。
各地から梅雨入りの便りが聞こえはじめましたが、今年は先月初めから雨模様の天気が多かったように思います。特に印象的だったのが、「霧雨」の多いことでした。「五月雨」はパラパラと降ったり止んだりするところが「五月雨的」なのですが、霧雨は全く違って、低い雲や霧の中から一様に音も無く降るところが、ちょっとミステリアスなのです。静けさの中で目覚めると、遠くの山からは朝靄が立ち、そのまま地を這うように市街地にまで押し寄せて、霧に変わって立ち込めているように見えます。この直径が0.5mm以下の細かい水滴の雨は、風に乗って舞い上がったりもしますので、たまには路面を濡らさずに衣服だけ濡らす
以前「五月雨香」のコラムで「この季節は、シトシト、パラパラ、ザーザーといった雨音の違いを楽しみましょう。」と書いたことがありますが、もう一つ、降ったり止んだりする景色が一時に味わえるという妙味もあるようです。暖かい空気と甘い花風に誘われて「月の夜遊」と洒落込み、山野の庵で霽月(せいげつ)と雨月(うげつ)の繰り返しに一喜一憂するのもまた一興かなと思います。
今月は、月が出るか、雨が降るか・・・雨夜の聞き競べ「雨月香」(うげつこう)をご紹介いたしましょう。
「雨月香」は『三十組目録』に掲載のある組香で、名前の類似性からも、「花月香」からアレンジされた組香だということが一見してわかります。「花月香」の小引には、「客香を加えて行うのも良い」と書かれているものがありますか、元来「花月香」は6香で組むことによって「六華」を表わし「雪月花」の三景物を表わしているものです。そのため、趣向として臨機に行われていた「客香付きの花月香」(7*柱聞き)が定着するにつれて「花月香の本意にあらず」との批判が起こり、相伝の「花月香」を守るために別組の「雨月香」が創案されたとも考えられます。このように「花月香」は「四季」を表わしますので、基本的に「無季」の組香として相伝にも使われますが、「雨月香」の季節感は、「単純に雨の月の六月で良いのか?」については、正直に言いますと迷いました。
「雨月」とは、陰暦5月の異名ですので、現在では6月の梅雨の時期のことなのですが、陰暦8月の十五夜の月が雨のために見えない「雨名月」も別名「雨月」と言いますので、どちらの季節が相応しいかは、小引からは判断できませんでした。「花月香」と同様、単に「雨と月」という対峙に基づくものであれば、十五夜を晴らすか降らすかの勝負となり、秋の香とするのが相応しいような気もしています。秋に時雨があるように、夏に梅雨があり、どちらも断続的に降る雨の雲間から出る月を愛でるということでは、同じ美意識なのかもしれません。強いて言うならば「雨月香」は『三十組目録』の21番目(「山路香19」「五色香20」と「蛙香22」の間)に掲載されているため、初夏の香なのではと解釈しました。
もう一つ、「雨月」と云えば高校時代の文学史に登場する上田秋成(1734〜1809)の怪異小説集『雨月物語』を思い出します。このコラムを書くまで原作は読んだことがなかったのですが、夏になるとTV番組のジャパニーズ・ホラーの原作として取り上げられているため、皆さんも朧気ながらの印象はあると思います。その命名の由来が、序文にある「雨霽月朦朧之夜・・・」(雨が晴れ、月がおぼろにぼんやりと輝く夜)の景色であり、そうしてみると6月に「雨と月」とを対峙させる美意識もあったのではと思っています。
まず、「雨月香」の第1の特徴は、圧倒的に要素名が多いことです。要素名は、「月一」「月二」「月三」「窓」「雨一」「雨二」「雨三」「軒」で8つあり、香種も原則的には別香を用意しなければなりません。香木の木所はおおまかに7種しかないので、この時点で「本香中に必ず同じ木所が含まれる」と覚悟しなければなりません。同じ木所を用いる場合は、「渋い」「華やか」等の性格の違う香木を用いて、区別をはっきりさせた方が良いでしょう。また、客香2つを同じ木所にすると通常では全く区別がつかなくなるので、別の木所を用いるべきで、同種の香木を用いる場合は、後述のとおり「結び置き」する等の工夫が必要でしょう。さらに、香数も「月一」「月二」「月三」「雨一」「雨二」「雨三」について各2包、「窓」「軒」は各1包で都合14包必要となりますので、香組をする際の苦労も一筋縄ではいかないかもしれません。
「雨月香」は、「月方」と「雨方」に別れて聞く「一蓮托生対戦型」の組香となり、各自の点数は、最終的にグループの点数に合計されて、勝ち負けが決まります。連衆は、各々の巧拙を見極めて、実力が同じになるように衆議で決めるパターンと、折居(おりすえ)を廻して席順を抽選してしまう方法があります。連衆が双方に分かれて聞く組香は、盤物(ばんもの)に多く見られますが、二人手前の「花月香」でない限り、どうしても後方が香木の末枯れの問題で不利になるのは否めません。このことを勘案の上、さっぱりと抽選にするか、バランスよく連衆を分ける工夫をするか判断しましょう。
次に、構造は、「月一」「月二」「月三」「雨一」「雨二」「雨三」の各2包の内、各1包を試香として焚き出します。試香が6炉も回るところも尋常な組香ではありませんが、「花月香」になぞらえているため、非常にダイナミックな組香となっています。6種の試香を聞き終わって、客香である「窓」と「軒」の各1包を加え入れ、8包を打ち交ぜて焚き出します。この組香の第二の特徴は、客香が2種焚き出されるというところです。このように客香の加わるところが「花月香」との最大の違いとなっています。
さて、ここで注意しなければならないのは、本香に客香が2つ混じってしまうということです。試香で聞いたことの無い香が同数出る場合は、あらかじめ小記録で木所の違いを把握することが必要となります。2つの客香の木所が異なれば、「地の香」(試香の有る香)に同種のものがあっても判別は可能かと思います。しかし、2つの客香の木所が同種である場合や、小記録に木所を示さない流派の場合は、8種をランダムに交ぜられては「窓」と「軒」の聞き分けは不可能に近くなります。昔のように焚かれる香木が全て名香で、その香味を熟知している連衆によって催される香席で無い限り、この客香2種を単に交ぜて聞き分けるというのは、ルールの不備と言えましょう。この件については、出典でも「右のごとくにては、窓、軒、二*柱とも無試なれば、点星の分け立てがたし。能く能く工夫すべし。」と問題提起しています。(この「能く能く工夫すべし。」が、実は曲者で大抵の場合、問題の解決をモラトリアムする際に使われます。)
そこで、出典では、「別伝に窓、軒の二*柱を別々の香に組む時は月、雨の試み終わりて、出香の時、六包打ち交ぜ、三包宛にわけ置きて、始めの三包に窓の香を加え四包聞き・・・・後三包に軒を加え四包聞き」と付記して、結び置きによる「四*柱開×2=8」の手法があることを示唆しています。つまり、「地の香3包に客香1包」を2組作って、最初の組に出た客香は「窓」、後の組に出た客香は「軒」とわかるようにしておき、それぞれの組が炊き終わったところで、正解を宣言して記録するというものです。一方、「余り香数多きゆえ、ウ香を一*柱にして七包打ち交ぜ聞くもよし。」ともあり、客香を1*柱にしても良いとしてあります。客香が1つでも良いならば、客香2つを「同香」として組み、8包を打ち交ぜて順に焚き、初客は「窓」と書き、捨香は「軒」と書くというルールも簡潔でいいと思います。
続いて、答えは、香炉が8炉廻り終えたところで、各自試香と聞き合わせて、名乗紙に要素名をそのまま記載して提出します。勿論「雨」「月」とも「一、二、三」は別香なので、「月○」「雨○」と漢数字を付けて2字で書き記し、「窓」と「軒」は前述の「工夫」に従って漢字で書き記します。出典から類推すると、香札は用いず、手記録紙に記載して回答する「後開(あとびらき)」方式のようですが、「花月香」では「十種香札を用ゆ」「後開」となっていますので、「札打ち」も可能かもしれません。ただし、十種香札の場合は、「一」「二」「三」の札に「花」と「月」の絵が描かれてあるので、まず「花一」「花二」「花三」の「花」を「雨」と読み替えて「地の香」6種を区別し、次に「窓」と「軒」の区別は、「ウ」の札に読み替えて、それぞれ「月ウ」と「花ウ」で区別することになるでしょう。このような「読み替え」がかえって複雑なので香札を使わないということなのかもしれません。
さて、この組香で最も複雑なものが「点法」です。「花月香」でも「点、星の方、ならいありていとむずかし・・・功者に聞き合わせて議定すべし。」とあります。「雨月香」の点法は下記のとおりですが、平文で読み下してもなかなか理解しがたいものがあります。
曰く・・・「月の方、独(り)窓を聞きたれば、点四つ。窓は当らざれば星七つ。雨の方、独(り)軒を聞きたれば、点四つ。聞き洩らしぬれば星七つ。月(方)軒を当らざれば星二つ。軒をあつれば点三つ。雨(方)窓を当らざれば星二つ、当れば点三つなり。月(方)雨を当れば点二つ。当らざれば無点なり。雨(方)月を当てれば右同断。月方、月を雨と聞き当らざれば星一つ。月を(他の)月とちがえて星一。雨方、雨を月と聞き当らざるは右同段。月(方)月、雨(方)雨を当れば一点ずつなり。」
※ ( )内は、筆者の補足です。
とても複雑なので、整理のために表にしてみました。
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当否 |
月一 |
月二 |
月三 |
窓 |
雨一 |
雨二 |
雨三 |
軒 |
月方 |
当たり |
点一 |
点一 |
点一 |
点三 (点四) |
点二 |
点二 |
点二 |
点三 |
外れ |
星一 |
星一 |
星一 |
星七 |
無 |
無 |
無 |
星二 |
|
雨方 |
当たり |
点二 |
点二 |
点二 |
点三 |
点一 |
点一 |
点一 |
点三 (点四) |
外れ |
無 |
無 |
無 |
星二 |
星一 |
星一 |
星一 |
星七 |
※ ( )内は独聞の場合の得点。
記録は、各自の回答を全て記載し、香の出を記載した上で、点・星を掛けます。香記の図では、点は「/窓\」の形となるように赤点右肩から掛けます。星は要素名を挟んで「\窓/」の形となるように黒点を左方から並べて書きます。この放射状の形は「別伝の通り、窓軒を用ゆ」と書いてあり、「窓と軒」を表わす景色なのでしょう。点・星を付け終わりましたら、各自の点・星を合計して、回答の下に「点○」(右)、「星○」(左)と左右並べて下附します。
最後に、勝負は、「月方」「雨方」それぞれのメンバーの点の合計から、星の合計をマイナスして、合計点数が多い方が勝方となります。勝方の表記は、連衆を隔てた「月方」「雨方」の見出しの下に「勝」と記載します。(「負」は記載しません。)同点の場合は「持 (もち)」と記載します。出典の香記では、各方の点星の合計が記載されていませんが、普通は「月方 勝」の下に「点○」(右)「星○」(左)と合計の点星を下附するのが妥当でしょう。
『雨月物語』は「白峰」、「菊花の約」、「浅茅が宿」、「夢応の鯉魚」、「仏法僧」、「吉備津の釜」、「蛇性の婬」、「青頭巾」、「貧福論」の九篇の小説から成る短編集です。生霊、死霊などの魑魅魍魎が現世の人間にいろいろと関わってくる話です。怪奇小説なので、それぞれに恐い話なのですが、その根底には日本人独特の哀切の情があり、読んだ後に心がしっとりする感じがします。
春は朧月、秋は名月
夏の月はいままであまり意識していなかったように思います。
雨が晴れた後の月・・・「霽月」が夏の月のイメージなんですね。
組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。
最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。
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