八月の組香

にまつわる風景が満載の組香です。

複雑な本香包の組合せ方が特徴です。

※ このコラムではフォントがないため「」を「*柱」と表記しています。

説明

  1. 香木は、用意します。

  2. 要素名は、「一」「二」「三」と「ウ」です。

  3. 香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。

  4.   「一」「二」「三」は、各4包、「ウ」は3包作ります。(計15包)

  5.  「一」「二」「三」は、各1包(計3包)を試香として焚き出します。

  6. 残った「一」、「二」、「三」と「ウ」各3包を要素名ごと、4組に結び置きします。(3包×4組)

  7. 結び置きした4組を打ち交ぜ、そのうち1組を引き去ります。

  8. 残った3組から1包ずつ引き去り(計3包)、残りの2包×3組と分けます。

  9. No,8で引き去られた3包に先ほど引き去った1組(3包)と加えて打ち交ぜ、これを2包×3組に分けて結び置きします。

  10. No,8で残された2包×3組とNo,9で作られた2包×3組を組みごとに打ち交ぜます。(2包×6組)

  11. 本香は、「二*柱開」(にちゅうびらき)で12炉廻ります。(以降、No,14までを6回繰り返します。)

※  「二*柱開」とは、「香炉が2炉廻る毎に回答し、香記に記録する」やり方です。

  1. 答えは、2炉ごとに「聞の名目」と見合わせて、香札を1枚打ちます。

  2. 香元は、正解を宣言します。

  3. 執筆は、提出された札を確認し当たった聞の名目のみ香記に書き記します。(他説後述)

  4. 点数は、香記に記載された聞の名目の数によって表わしますので、下附はありません。

  5. 勝負は、記載された聞の名目の数の多い方が「勝」となり、香記を受け取ります。

 

 葉月は初秋なれど・・・まだまだ海の恋しい季節です。

 このところ南三陸沿岸の街に訪れることが多く、毎回「ドラゴンレール大船渡線」というローカル線を利用しています。この列車は、岩手県の東部、一関〜大船渡(盛)間を横断する全長105.7kmの路線ですが、クネクネと左右に大きく蛇行する線形をとるため、「ドラゴン」という愛称が付いています。列車は、岩手県南の一関市を起点に出発し、日本百景の猊鼻渓(げいびけい)を眼下に望み、室根山では青い空に飛び立つ色とりどりのハンググライダーを見上げていると、何故か?「宮城県」の看板が見え、気仙沼市に到着するという驚きにも見舞われます。

 気仙沼市から再び岩手県に戻り、上鹿折(かみししおり)〜陸前矢作(りくぜんやはぎ)までは峠道になります。線路の両側に茂った草木を掻き分けるようにして「緑のトンネル」の中を走っていると、時折「ニホンカモシカ」が路肩にたたずんていることがあります。この飯森峠を過ぎると次第に視界が開け、リアス式海岸を眼下に陸前高田→大船渡へと至りますが、押し迫るような緑の中から一気に目に入る青い海は視界の開放感のみならず、千変万化の様相を呈します。切り立った石灰岩の山々が海岸に複雑に落ち込んでいるため、晴れ渡っていれば、それだけでも絶景なのですが、梅雨の時期には山の靄が薄紫に、夏の夕景には海の靄が橙色に染まって、正に中国の山水画を彩色したような風景が楽しめます。

 小さな漁村に降りてみると、海には、養殖の浮標が整然と並び、小船がそれを縫うように走っています。昔は、沿岸の漁船の多くが帆掛舟だったと言いますから、白い帆が転々とこの波間に浮かんでいたら、どんなに長閑だったろうと思います。入り江を改造しただけの港からは、「釣」、「潜」、「網」、「採」いろいろな「漁法」で獲られたいろいろな海産物が上がってきます。一言で「漁村」と言いましても、沿岸、沖合、遠洋など、漁業の形態や規模から、それに携わる人々の姿も生活様式も大きく異なります。大きな漁港であれば、「稼ぎ頭はマグロ船に乗って半年に一遍帰ってくるサラリーマン父ちゃん」でしょうが、ここでは、父ちゃんのみならず、爺ちゃんも婆ちゃんも母ちゃんも、全員が漁労に従事していることが生産物からわかります。自分の能力に合わせて「捕獲できるものを獲って食べる」ということは、生物学の摂理に叶った健康法だといいますが、それのみならず、死ぬまで自分に見合った仕事があり、地域や家族の構成員としての存在価値を失わずに現役を貫いて生きられることは、理想的な長生きの形ではないかと思います。

 今月は、静かな漁村の風景を表わす「浦路香」(うらじこう)をご紹介いたしましょう。

 

 「浦路香」は、米川流香道『奥の橘(風)』『御家流組香追加(全)』に掲載のある組香です。昔は年がら年中香席を催していたわけではなく、熱い香炉を扱うため「夏の暑い時期には香席は避ける」というルールもありました。宮中であれば、遊芸のために無理をする必要はありませんので、風に涼味を覚え始めた頃に「納涼香」あたりから再会するのが常だったのでしょう。そのためか、古い組香に夏の海をテーマにするものは、出典数が少ないのが現状です。 この組香は、聞の名目の景色が非常に卑近で人間的な風景であることも併せ考えますと、職業香人が市中で指南を始め、「年中香席」の必要が生じた江戸中期以降の作であろうと思われます。

 出典である『奥の橘(風)』と『御家流組香追加(全)』の両書の記載は、組香の舞台となる構造部分では殆ど同じですが、この組香の特徴である「本香の組み合わせかた」の点で違いがあり、そのために香の出や点法、記録法等、香記の景色となる意匠部分に違いが出てきます。今回は、本香の組合せに大きな特徴のある『奥の橘(風)』を出典とし、『御家流組香追加(全)』の記述と対比する形で書き進めたいと思います。

 

 まず、この組香の要素名は「一、二、三、ウ」と匿名化されています。その理由は、この組香が「二*柱開」であることと、多数の「聞の名目」が用意されていることから、余計な景色の重複を避け、香木を「素材」として、後の景色を導き出すために記号化しているものと思われます。また、実際に本香を組合せる際にも、記号で扱うほうが都合が良く、実利的なところもあります。

 この組香の香種は「一、二、三、ウ」の4種類で、香数は4+++3=15包を用意します。試香を各1包焚き出せば、本香は+++3=12包ですので、ここまでは基本的な「十二*柱焚き」の形式とも言えます。

 

 次に、この組香の最大の特徴は本香の組み合せ方にあります。 

 試香を焚き終えて残った香包は 「一(3包)」「二(3包)」「三(3包)」「ウ(3包)」となっています。この各3包を要素名ごと4組に結び置きし、3包×4組とします。そして、結び置きした4組を打ち交ぜ、そのうち1組を引き去ります。

例:「二・二・二」「一・一・一」「三・三・三」→「ウ・ウ・ウ」

残った3組の結びを一旦開き、各組から包ずつ(計3包)引き去ります。

例:「一・一」「二・二」「三・三」→「一」「二」「三」

ここで引き去った3包に、先ほど引き去った1組と加えて打ち交ぜ、2包ずつ3組に分け結び置きします。

例:「一」「二」「三」+「ウ・ウ・ウ」→「一・二」「ウ・三」「ウ・ウ」

残された2包×3組と作られた2包×3組の6組を組みごとに打ち交ぜます。

例:「一・一」「二・二」「三・三」+「一・二」「ウ・三」「ウ・ウ」

→「ウ・ウ」「二・二」「一・二」「ウ・三」「一・一」「三・三」2包×6組出来上がり)

 

 これは本香を焚き出す香元さんの注意が必要ですので、おさらいの意味で図解しておきます。

本香は、このようにしてできた2包×6組(12炉)を「二*柱開」で焚き出します。ここでお気づきのとおり、最初の組で引き去られなかった3組は必ず同香の組として残り、本香では、最低3組は同香の組が出現することとなります。また、引き去られた1組も打ち交ぜの状態で、偶然、他の香種と一つずつ混じらなければ、同香が1組出ることとなり、6組の本香の中に「同香」の出る確率が非常に高くなるように組んであるのがこの組香の特徴であり趣向かと思います。

一方、『御家流組香集追加(全)』では、まず本香12包をまとめて打ち交ぜます。それを「3包、2包、1包」と3段に並べ、一番上の3包から1包引き去り、一番下の1包と合わせます。すると、「2包×3組」になり、これを最初の3組とします。つぎに、残る6包は逆に「1包、2包、3包」と3段に並べ、一番上の1包と一番下の3包から1包引き去った包を合わせ「2包×3組」を作り、都合「2包×6組」の本香を結び置きします。

こうすると、出典の香組とは違って「同香」のものが出る確率は低くなり、香の出のバリエーションは多くなります。基本的には12包をシャッフルしたところで、ランダムな「2包×6組」は作られるのですが、わざと6包ずつ正逆に並べて、上下を合わせるのは、陰陽等を踏まえた儀式的な所作なのかもしれません。

さて、本香が焚かれますと連衆は2炉ごとに試香と聞き合わせて、聞の名目を見合わせ、香札を1枚打ちます。

ここで使われる香札は専用のもので、当座の名乗りとして使用する札紋には「難波梅」「三穂霞」「須磨桜」「那古藤」「田子早苗」「明石朝顔」「二見浜萩」「吹上菊」「滋賀雪吹」「高砂松」というように磯濱の名所とその名物 である植物や気象の組合せで景色が配されています。札表には、4種の要素の組合せからなる16個の「聞の名目」が記してあり、一人前16枚の香札を使用して回答します。

一方、『御家流組香追加(全)』では、「須磨」「明石」「志賀」「千賀」「和歌」「高砂」「二見」「三保」「田子」「松浦」と「・・の浦」と続くような海の名所のみが記載されており、札表は出典と同様に「聞の名目」が記載されています。

 ここで、「聞の名目」について両書の対比を示すとともに、若干の解釈を加えて置きたいと思います。この組香では聞の名目以外に景色を表わす要素がありませんので、これらは香席の景色を彩るために大変な要素となります。

 「聞の名目」対比表

香の出

聞の名目『奥の橘』

聞の名目『御家流組香追加』

一・一

三津の濱(みつのはま) 注1

みつ浜

二・二

釣の小船(つりのこぶね)

いさり火

三・三

まてかた松笠) 

まてかた→まつかさ

一・二

みるめ(海松布)  注2

見るめ

一・三

苅藻(かるも) 注3

かるも

二・一

漁火(いさりび)

しほなれごろも

二・三

藻塩の烟(もしおのけむり)

釣の小舟

三・一

あみひき(網引き)

あみ引き

三・二

綱言→綱(つなおと

綱音

一・ウ

塩馴衣(しおなれごろも) 注4

もしほのけむり

ウ・一

磯千鳥(いそちどり)

いそちどり

二・ウ

海士の呼聲(あまのよびごえ)

あまのよびごえ

ウ・二

塩薪取(しおきとり) 注5

しほきとり

三・ウ

うき縄(浮きなわ)

うきなは

ウ・三

沖の鴎(おきのかもめ)

沖のかもめ

ウ・ウ

濤枕(なみまくら) 注6

住吉

注1)三津の濱・・・摂津国の敷津・高津・難波津の三つの港のこと。

注2)みるめ・・・海藻「みる(海松)」のこと。和歌では多く「見る目」とかけて用いられる。

注3)苅藻・・・「玉藻苅り」から来ていると見られ、ここでは藻塩焼きに使うホンダワラのことか。

注4)塩馴衣・・・潮に晒されて身体に馴染んでしまった衣服。「萎馴衣」を掛けて侘びのイメージも加えている。

注5)塩薪取・・・「藻塩焼き」に使う薪(流木等)を拾う作業のこと。海人の身体を温める焚き火の薪を兼ねる。

注6)濤枕・・・波音を耳にしながら眠ること。

 

 以上のように、『奥の橘(風)』と『御家流組香追加(全)』の相違点は、「釣の小船」「漁火」「藻塩の烟」「塩馴衣」の使われ方にありますが、これは写本の「揺れ」としてままあることです。この組香では、要素名の組合せパターンと聞の名目の間に、取り立てて関連性は見出せませんので、香席では、どちらかの伝書に依れば良いと思います。また、客香同士の組合せである「ウ・ウ」に対する名目は、「濤枕」⇔「住吉」となっており、両者とも他の名目に較べて異彩を放っていますが、「住吉」は、「三津の濱」との場所柄が拮抗することに加え、神格化された形而上的な風景が加わることが、この組香ではかえって違和感を感じます。私としては、「濤枕」を採用し、都人の旅寝に着目して、単に旅情だけを表わす方が妥当かと思います。さらに進めて「白波の寄する渚に世を尽くす海人の子なれば宿も定めず(不知読人:新古今1703)」のイメージから、枕を定めない海人の生活そのものと解釈すると、かなり卑近な名目として取り扱うことができます。

 一方、出典の読み下しを進める上で大きな疑問となったのが、「まてかた」(三・三)の表記です。これについては、両書とも同様に平仮名で記載(出典の他の仮名遣いを見ても「て」「た」と見えます。)されていますが、言葉の意味が通じません。これが書写の際の「手崩れ」だとすれば、私の最大補償回路を働かせて「まつかさ」と読むことができます。特にこの名目については「三・三」の聞きに用いられ、組香に必ず出現する名目ですから、ウヤムヤにすると香席催行上の障害ともなりかねません。そのようなわけで、一般的な浜辺の風景として「まつかさ(松笠)」と英断したほうが良い様に思い、表記を書き替えました。

 さらに、「綱言」(三・二)については、出典には明瞭に記載されているので、意味不明ながら尊重しなければなりません。個人的には、海にまつわる呪術的な意味合いでもあるのかと調べはしましたが、探しあぐねた結果『御家流組香追加(全)』の記載が「綱音」とも見られることを頼りに、帆を引く時、舫を解く時の「綱音」の方が、「海人の呼声」と同じ「音の景色」として組香の景色の広がりを感じましたので、表記を書き替えています。

 聞の名目の全般的な印象としては、取り立てて中世の和歌や歌言葉を意識したところが少なく、むしろ『万葉集』の時代の素朴な詞遣い(網引す、海人の呼声、海人の釣船、海藻苅舟、深海松採み、玉藻刈る、塩焼衣のなれなばか…等)と共通するものを感じます。名目の一つ一つが漁村の穏やかな日常的風景を低い視点で「世俗的」に表現されているのも印象的です。このことも、江戸中期以降の在野香人の創作である可能性を伺わせていると思います。ただし、典拠とした両方の傅書に「まてかた」のような「手崩れ」と見られる書き誤りがあるということであれば、これらが、口傳や創案の書ではなく、原典が別にある可能性も十分に考えられます。

記録は、当った人のみ正解の名目を書き記し、当らなかった人の欄は空白としておきます。点法は特に記載はありませんが、客香に対する加点等はなく、聞きの名目を1つ1点と換算し、最高6点のつもりで、当たり数のみを比べることとなります。下附も特に示されておらず、下附に点数も明示されないため、香記に記された聞きの名目の数で勝負の決着を付けることとなります。

一方、『御家流組香集追加(全)』では、「正傍(しょうぼう)」の点を打ちます。「正点」とは、回答した聞きの名目が「香の出と全て合致」した場合の当たりで、名目の右上に2つ点を掛けます。「傍点」は、所謂「片当たり」で聞きの名目が正解と違っていても、組み合わせの中の要素が1つ当っていれば、名目の左上に1つ点を掛けます。

例:回答「苅藻(一・三)」⇔正解「みるめ(一・二)」の場合、要素名「一」を聞き当てているので、傍点を掛ける。

こちらは、すべて当たりの場合は「皆」(正12点の意)が下附され、その他は、下附の欄の右に「正四」、左に「傍三」と並記されます。勝負は「正傍」の合計点の高い人が勝ちとなります。出典の組香では、必ず出現する同香三組があるため、「正傍」の形式を用いると、どちらか1つが当る確率が高くなり、正傍の点を付する妙味は薄れてしまう気がしますので、構造に見合った点法で行うことをお勧めします。

東北では、「海の日」から「お盆」までが、マリンレジャーの絶好期であり、海水浴をはじめ、サーフィン、ジェットスキーなどで賑わいます。漁村にとっては、現金収入にも繋がる「ひと夏の祭り」のようなものでしょうが、この祭りが過ぎ去り、ふと涼風が吹き始めた頃には、また、穏やかで当たり前な浜辺の生活があります。そんな「津々浦々」に思いを馳せつつ、「浦路香」をお楽しみください。

 

古今集以降の「浦路」は「通過型」で旅の寂寥感に結びつくものが多いのですが

万葉集や「浦路香」の景色は「まつばーらーとおく〜♪」の「滞在型」リゾートのイメージです。

夏の海はおおらかに眺めるのが似合いますね。

唱歌『海』(MIDI)

組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。

最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。

MIDI編曲 Dr.町田

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