九月の組香
後朝の恋をテーマとした組香です。
要素を組み合わせてカタカナを作るところが特徴です。
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説明 |
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香木は3種用意します。
要素名は、「一」「二」と「鳥」です。
香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。
「一」「二」は各5包、「鳥」は1包(計11包)作ります。
「一」「二」の各5包のうち、それぞれ1包(計2包)を試香として焚き出します。
手元に残った「一」「二」各4包を打ち交ぜ(計8包)、その中から任意に1包引き去ります。(計7包)
この7包に「鳥」1包を加えて、8包としたところで再度打ち交ぜ、2包ずつ4組に分け置きます。
先ほど、引き去った1包は、焚き出しませんので、総包に挟み「捨香」(すてこう)とします。
※ 「二*柱開」とは、香札等を使用して「香炉が2炉廻る毎に1回答えを投票し、香記に記録する」やり方です。
本香が焚き出されたら、連衆は2炉ごとに「聞の名目」に見合わせ、名乗紙に答えを1つ書き記して提出します。(札打可:後述)
1組焚き出したところで香元は正解を宣言します。
執筆は名乗紙を開き、香記に各自の答えをそのまま記載し、当たりに傍点を付します。
10.〜12.を4度繰り返します。
点数は、点数は各要素とも1点と換算します。(8点満点)
下附は、点数で記載します。
涼風が虫の音を運び「月にススキ」、「菊に綿帽子」の季節となりました。
毎年秋になると私は「恋をしましょぅ〜恋をしてぇ〜〜♪」と皆様を煽っているような気がしますが、また今年も「人恋しくてアンニュイな」秋の夜長がやって参りました。虫の音を聞きながら、和歌集の恋歌を読み耽っておりましたら、歌題や詞書にいろいろな「恋のパターン」があることを知りました。
その中で、最も「艶なるもの」は、やはり「後朝」(きぬぎぬ)ですね。「後朝」とは、中古時代のジリジリするようなじれったい恋愛プロセスを経て、男女が互いに袖を重ねて共寝した翌朝のこと、通い婚の無い現代では望むべくもない「恋の絶頂」です。和歌に見る「後朝の恋」は、既に成就している恋なので、早起きの鳥やら朝日やらに「邪魔するな!忌々しい!」と怒ってはいても、独り寝所に残されて「さみしいわ・・・。」とか呟いていても、どこか誇らしげで幸せそうな歌になっています。
一方、同じ恋題でも「後朝隠恋」(きぬぎぬしてかくるるこい)のように「袖を重ねて、何も無かったように装う恋」というのは幾分屈折しており、現代的な心情に近いとも言えましょう。また、「遇不会恋」(あいてあわざるこい)は、「一瞥後の片思い(想い染め)」のように思われますが、歌によって読み取られる男女の関係に深浅があり、広範囲に「会(逢)えないこと」を侘びしく、寂しく、時には恨みがましく詠っているように見えます。出典によって違いのある「不会恋」と「不逢恋」は、どちらも「あわざるこい」ですが、1文字違いで親密さが格段に違う感じがします。中古の恋にステージがあるとするならば、いったい何段階必要なのでしょうね。
歌集には、いろいろな「乙な恋題」がありました。
@聞音恋(声を聞きたる恋)
A時時見恋(折々に見る恋)
B逐日増恋(日を置きて増す恋)
C憑媒恋(仲立ちをたのむ恋)
D未通詞恋(未だことば通わさぬ恋)(ことば⇒言葉or文)
E見手跡恋(筆の後を見たる恋)
F憑人妻恋(人妻をたのむ恋)
G共忍恋(共に忍ぶ恋)
H契久恋(契りて久しき恋)
I怠偽恋(偽りして怠る恋)
その他、「寄■恋」(■に寄する恋)というのは、たくさんありました。「■」の中には「月、雲、雨、煙、風、山、海、河、関、端、草、木、鳥、獣、虫、笛、箏、衣、糸・・・」等々、種々雑多な事物が入るのですが、何を見ても「好きな人」に思いを寄せて、恋の成就を頼むというのは、昔も今も変わらない日本人特有の恋愛感情かもしれませんね。
今月は、鳥の声に急かされて渋々別れる有明の空・・・視覚的にも珍しい「何鳥香」(なにとりこう)をご紹介いたしましょう。
「何鳥香」は、菊岡沾涼の『香道蘭之園(五巻)』や『御家流組香追加(全)』に掲載のある組香です。両書には証歌の有無、本香数等に若干の違いありますが、同種同名の組香と考えられます。成立年代的には『香道蘭之園(五巻)』が元文二年(1737)、『御家流組香追加(全)』が「文化九年(1812)壬申九月下旬写之」ですから、相当の開きがあります。そこで、今回はより古く、文学的支柱である証歌があり、記述も詳細な『香道蘭之園(五巻)』を「出典」とし、『御家流組香追加(全)』を「別書」として、その記述も含めて筆を進めたいと思います。
まず、この組香の証歌は「なぞもかく人の心のうかれ鳥別れもよほす声をたつらん」で、意味は「(こんなに楽しい夜なのに)人の心の中に巣食う浮かれた鳥は、どうしてこんなに別れの時が迫っていると鳴くのだろう」ということでしょう。この歌は、『洞院摂政家百首(1188)』には「後朝恋五首 大殿」、『夫木和歌抄(12564)』には「洞院摂政家百首御歌 後朝恋 光明峰寺入道摂政」、『万代和歌集(2200)』には「後朝恋の心を 入道前摂政左大臣」という詞書に続いて詠われています。
証歌の出典について、淡交社刊の『香道蘭之園(翻刻本)』では、『夫木和歌抄(12564)』としていますが、他書の詞書の内容から察して、貞永元年(1232)成立した『洞院摂政家百首』に出詠されたことが自明ですので、私はこちらを出典としました。
『洞院摂政家百首』は、歌題が20あり、各題について5首ずつ、1人あたり100首が掲載されています。歌題は、大別して春、夏、秋、冬、恋、雑に分かれており、「恋」の部は(忍恋、不遇恋、後朝恋、遇不逢恋、怨恋)の5題に別れでいます。証歌はこのうち「後朝恋五首 大殿」の2首目に掲載されています。
証歌の詠人である「大殿」とは、藤原氏の九条道家(くじょうみちいえ)です。道家は鎌倉前期の公卿で、父の九条良経が急逝したため家督を継ぎ、官途を順調に昇進しました。叔父の良輔が没すると「左大臣」に転任し、「摂政」まで登り詰めましたが、承久の乱の際に一度罷免されています。その後、「関白」に返り咲き、関白を息子に譲って、「大殿」(従一位)と称して政務の実権を握りました。また、仏教にも帰依し、出家して法名を 「行慧」と称しましたが、禅定太閤としてその権勢を振るい、東福寺・光明峯寺の創立者としても有名です。しかし、晩年には、二度にわたり幕府転覆の陰謀に加担した等の嫌疑をかけられ、不遇のうちに、自ら終老地として建立した東山の「光明峯寺」で没しました。和歌の世界では、祖父以来の九条家歌壇を引き継ぎ、歌合せの主催や出詠に華々しい功績を残しています。『新勅撰和歌集』には企画者として参加しつつ25首が入集。その後も勅撰集に118首入集しており、後鳥羽院、土御門院、順徳院らとともに「新三十六歌仙」に名を連ねています。
証歌に関しては、別書には記載がありません。つまり「後朝」の情景を醸し出す部分がありませんので、基本的には「ナ・ニ・ト・リ」の文字合わせが主体のパズルゲーム的組香といえます。聞きの名目に鳥の名前は出ては来ますが、単純に「ナニトリ」と掛けて「何の鳥?」という問いに対する答えとして現れる程度と理解して良いでしょう。組香の分類とすれば(四季に通ずる)「雑」の組になろうかと思います。むしろ、「偏突香」の「偏」と「旁」の文字合わせと同様に、見た目の印象が視覚的におもしろく、素人ウケする組香となろうかと思います。
一方、出典には証歌があるために、この組香の景色全体が「後朝の恋」であることが定義づけられています。そのため、「ナニトリ?」と問われている鳥は、後朝の別れを急かす「お邪魔鳥」(若しくは、互いに翼を重ねた後の「うかれ鳥」)を意味することになります。組香の景色に「人の情念」というものが介在することによって、文学的にも視覚的にも深遠な解釈が可能となり、玄人の鑑賞に堪える「恋」の組になるかと思われます。
次に、この組香の要素名は「一」「二」と「鳥」です。「一」「二」は匿名化されており、聞の名目を際立たせるために、単なる素材としてあらかじめ景色を付けずに配された要素とみられます。一方、出典の中で、客香は「鳥 ウ」などと並記されたり、小引に「鳥」「ウ」が混在したりしていますが、別書では一貫して「鳥」と表記されています。これは、後に「後朝の別れを告げる四季の鳥」に変化する要素ですので、最初から「鳥」がふさわしいかと思います。
続いて、この組香の香数については、出典では「本香8炉」、別書では「本香6炉」と両書に違いがあります。その違いは小引の「一」「二」の香数を「各四包外試一包」(出典)か「各四包内試一包」(別書)とするかの違いだけです。もしかすると写本の際の転記ミスだったのかもしれませんし、証歌のある組香の方は「後朝」のイメージを強く持たせるために、香記にもう少しカタカナ文字の景色が欲しかったのかもしれません。本香数に敢えて正当を求めるとするならば、最も原始的に「ナニトリ」を表わすだけの「文字散らし」の組香を作 る本香数は自然に「8包」になると言えましょう。これに「鳥」の要素が加わって、名目も増え、作者の頭の中で「ナニトリ香」が「何鳥香」に変化して行ったのかもしれません。また、8通り用意されている聞の名目とのバランスを考えても「8包」が妥当かと思います。
さて、この組香の構造について、出典では「右一、二の八包を打ち合わせ、その中へ鳥を入れ、一、二を一包のけ・・・」とあり、「一」「二」を5包ずつ作り、各1包を試香として焚き出し、「残る8包に鳥を1 包加えて打ち交ぜ、そこから一か二を1包引き去って」{(4+4+@)−1=8}8包に戻し、これを2包ずつ4回に分けて焚き出すことになっています。しかし、このやり方では、打ち混ぜた後の香包の判別はできなくなるので、「鳥」の包が引き去られてしまう可能性もあります。そこで、私は、試香を焚き終えて「残る8包をまず打ち交ぜ、1包引き去った後に、鳥の1包を加えて、再度打ち交ぜる」とすべきだと思います。{(4+4−1)+@=8}
因みに別書では、香数こそ違いますが「一、二、六包打ち交ぜ、内一包取り除き、五包のうちへ鳥の香一包入れ・・・」{(3+3−1)+@=6}とあり、この説を裏付けています。
本香では、2包×4組とされた香を聞いて、試香との異同を判別し、聞きの名目と見合わせて回答します。聞きの名目については下表のとおりです。
香の出と聞きの名目
香の出 | 聞の名目 |
一・二 | ナ (━・┃) |
一・一 | 二 (━・━) |
二・一 | ト (┃・━) |
二・二 | リ (┃・┃) |
一・鳥 | 鶯 |
二・鳥 | 時鳥 |
鳥・一 | 雁金 |
鳥・二 | 千鳥 |
聞の名目に関して、出典では「一の香は横の点、二の香は竪の点、此の竪横にてナニトリの文字を作るなり。」となっており、「一」を「━」(横棒)、「二」を「┃」(縦棒)に見立てて、カタカナ1文字を形成するように設定されています。一方、「鳥」を含む組み合わせは、それぞれ順に「春・夏・秋・冬」を表す「四季の鳥」を配しており、後朝の舞台もこの季節感によって決まります。この2つのパターンにより、「ナニトリ」という文字そのものの具象性と「別れを告げるのは何の鳥か?」という観念性、この次元の違った景色を二重に醸し出す工夫がされています。
いずれにしろ、2種2香からなる組み合わせを縦棒、横棒に変換してカタカナの「ナニトリ」4文字に擬(なぞら)える「閃き」というものはすばらしいと思います。単なる文字合わせのパズルゲームとしても十分「視覚的に面白い」のですが、おそらく後半の「鳥」に絡む部分は、この思いつきをもう一歩「鳥」や「季節」の景色に結びつけるための文学的な脚色として編み出されたものではないかと思います。
回答の方式としては、出典では、「二*柱聞くなり。四度にひらく。」、別書では「六*柱焚き出し、二*柱づつ聞きて・・・」と記載してあり、端的に「二*柱開なり。」と明示は無いものの。基本的には「二*柱開」が妥当ではないかと思います。名乗紙を使用するか、香札を使用するかについては明示はありません。「香札使用」となれば、各要素の数からして専用の香札が必要となる筈ですが、そのような図や解説もありません。ただし、出典には「十*柱香の札にて打つ時は、ウに組たる一、二ともに一枚たらず。そのかはり三の札をかりて一に成りとも、二になりともして打つなり。」との記載により香札使用の含みを残した記述があります。これは、十*柱香の札では各々3枚しかないため、便法として4枚目の「一」「二」は、「三」の札で足りない分を補うことという注意書きです。しかし、これだけでは「一の代りに使った三か、二の代りに使った三か」が判別不能となるため、正しくは「一は三(月)の札、二は三(花)の札を打つ」と亭主側があらかじめ指定する必要があるでしょう。いずれこの部分は「もし、十種香札を使う場合は・・・」ということなので、「原則的に札打ちである」ということはないと思います。また、「名乗紙使用」の場合も、この組香は盤物と違って、あまり戦況や臨場感にこだわる組香ではないので、名乗紙を4枚用いた「二*柱開」でも、名乗紙1枚に答えを4つ書いて「後開き」にしても、それほどの違いは無いと思います。
記録法も「名乗紙使用」か「札打ち」で異なります。名乗紙使用であれば、「後開」でも「二*柱開」でも連衆が聞の名目と見合わせて答えを4つ提出し、執筆は、いつもの通りに連衆の書き記した答えを素直に書き写すだけで足ります。
しかし、「札打ち」であれば、要素毎に1枚の香札打たれるので、2枚の札(要素)を合わせて聞きの名目を書き記すのは執筆の役目となります。この方式ですと「聞の名目」は連衆の回答法として存在する訳ではないので、厳密には「記録法」となるのかもしれません。前述のとおり、別書では「二*柱づつ聞く」とだけあり、小引全体からも「札打ち」というサブルーチンがあることを示してはいませんので、出典にあるように「十*柱香札で札打ちをする場合は・・・」という「注意書き」は1つの便法として示されているだけと解釈しても良いかと思います。このような理由もあり、私は、今回このコラムの回答法について「名乗紙使用」を採用しています。
点法は、各要素1点と換算し8点満点となります。聞の名目そのものが当った場合は右肩に2点を掛け、要素名のどちらかが当っている「片当たり」の場合も右肩に1点を掛けます。そのかわり、独聞(ひとりぎき)や客香に加点するルールはありません。下附けは点数で記載しますが、満点の下付けを「八点」とするか「皆」「叶」「全」とするかは、香記に例がありませでしたので、適宜でよろしいかと思います。勝負は各自の合計点の高い方が勝ちという単純決戦です。
なお、『香道蘭之園』に記載のある「捨香に口伝あり。」も気になるところですが、これについては調べかねました。
最後に、古来「古今伝授の三鳥」を始めとして、鳥に関して「艶なる秘伝」は多くみられます。この「ナニトリ」も後朝の別れを告げる鳥が主人公ですから、何処かしら「艶なるもの」が秘められていると思っても無理からぬところです。ここで、「何鳥香」の鑑賞について、読者に女性が多いことを十分に認識しつつ、邪推とも思える考察を加えることをお許しください。
この組香の要素名「一」は男、「二」は女と仮定したら、ナ・ニ・ト・リの形が袖を交えた男女の姿や添寝の姿に見えませんでしょうか?また、「一」「二」を1包引き去って奇数にするのは、「お邪魔鳥」をその仲に介入させて後朝の別れを必然とするため ではないでしょうか?そして、、「鳥」とのペアは、「鳥の声に急かされて去る男」または、「鳥の声とともに残る女」と解釈したらどうでしょう。そうすると、香記の景色もかなり艶を帯び、「逢瀬から後朝に至る時系列的な情景」が見えてくると思います。そういう意味で、私は、今回「一」に男性的な香、「二」に女性的な香をイメージして香組しています。
「秘伝」とは都合の悪いものを隠す効用もあり、今後、私が秘伝の香を解説をすることになれば、もっと赤裸々な考察を書かなければなりませんので、今回は他愛のない邪推と思し召してご笑覧ください。
「何鳥香」は単なる文字作りの香(雑の組)とすれば、初心者向けに目先の変わった楽しい組香にもなりますし、「後朝の恋」を深く突き詰めた香(恋の組)とすれば、玄人向けにもなる組香です。いずれ、『御家流組香集』では「全七巻」の最後に掲載された組香なので、なんらかの意味は有ると思いたいのです。
「恋」は、いつもどこかしら焦燥や不安や不満に苛まれていないと成立しないもの
恋とは「人を請うること」ですから、立待、居待、寝待、更待と・・・
「待つ」は恋の初めです。
恋衣片袖さみし萩の露君待つ野辺に澄める月かげ(921詠)
組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。
最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。
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