十一月の組香
「目白押し」の語源を具象化した組香です。
組香の座中に席替えのあるところが特徴です。
※ このコラムではフォントがないため「」を「*柱」と表記しています。
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説明 |
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香木は、3種用意します。
要素名は、「女(め)」「シ(じ)」「ロ(ろ)」です。
香名と木所は、景色のために書きましたので、要素名に因んだものを自由に組んでください。
「シ」「ロ」は各4包、「女」は3包(計11包)作ります。
「シ」「ロ」のそれぞれ1包ずつ(計2包)を試香として焚き出します。
連衆は自分の名乗りとなる香札を1組取ります。(1人前9枚)
残った「シ」「ロ」各3包に「女」3包(計9包)を打ち交ぜて焚き出します。
本香は、「一*柱開(いっちゅうびらき)」で9炉廻ります。
※ 「一*柱開」とは、香札(こうふだ)等を使用して「香炉が1炉廻る毎に1回答えを投票し、香記に記録する」聞き方です。
連衆は、1炉ごとに要素名を見合わせて香札を1枚打ちます。
香元は、1炉ごとに香包を開き、正解を宣言します。
執筆は、各自の答えを香記に書き記し、当たりに傍点を付します。
答えが外れた人は、順々に末座に移り、座り直します。
⒎〜13.を9回繰り返します。
下附は、全問正解は「皆」、その他は各1点となります。
初雪の季節・・・今年は「暖冬」との長期予報が出ていますが、海も山も雪は多いようです。
私のストレス解消の定番は、近くの「青葉山自然散策道」を歩くことです。広瀬川に沿って仙台市街を見下ろす青葉山に三居沢(さんきょざわ)の入口から、階段を登り、生い茂る緑をかき分けるように進む散策道は、全長が5.4km、標高差も200mは有るかと思います。一応、トレッキング程度の装備は必要なのでしょうが、私の場合は、ジャージやジーパン姿で眼鏡も時計も外し、持ち物は身分証明書(本人確認用)とスポーツドリンクだけという軽装です。雑木林やヒノキ林を廻る道の途中には、眺めのよい展望台があり、ここで沈思黙考するのが何よりの楽しみとなっています。散策道の8合目といった感じの展望台のベンチに座って目を閉じると、近くには虫の音が聞こえ、少し離れたところでは風渡る葉擦れの音がして、この季節は、落ち葉の降りかかる乾いた音も時折聞こえます。さらに離れたところでは鳥の声が数種類小さく聞こえて・・・あとはそれだけ。たった直径10mぐらいの陽だまりですが、これが全世界だとしても構わないと思えるほど安らげる場所になっています。そんな静寂の中で、何週間分かの溜まりに溜まった「いろいろな想い」を整理したり、消化したり、小さくまとめたり・・・そして、ちゃんと展望がイメージできたら、終点まで上り切って山を降りる ・・・その時はストレスインジケータが「0」になっているのです。
こんな市街地に近い散策道もこの頃は『熊出没注意!』の看板が随所に見られるようになりました。周辺の山村でも週末となると秋のキノコ取りで熊と遭遇するニュースが日に数件はあります。以前から山が痩せて食べ物がないために動物が里に下りて来るようになった話は良く耳にしますが、今年は、夏の天候不順もあって、ことさら山が生き物たちの命を育むだけの余裕がないのでしょう。畑の作物をめぐっての人間と動物の飽くなき戦いは、是非とも避けたいものです。
里に下りて来るのが、「猛獣」だと困りますが、小鳥ぐらいだったら大歓迎というのが人間様の虫の良いところです。小鳥は、春に生まれ、夏の間に親鳥に育てられて、若鳥となって秋には巣立ちますが、中には未だ嘴が黄色い「ヒヨコちゃん」もいます。これは養育期に兄弟との生存競争で劣位に置かれたため成長が遅れたものでしょうが、秋が過ぎて草木の実が無くなるこれからが彼らの試練の時期となります。山が痩せて来ていることもあり、充分栄養を取れなかったり、寒さに負けて初めての冬を越すことが出来ない小鳥は相当数に上ります。そんな小鳥にほんの少しでも助けになるのが「庭の餌箱」です。
「愛鳥週間」は環境庁が1950年(昭和25年)に毎年5月と制定しました。これは、野鳥の繁殖期に巣箱をかけて営巣を助けようという意味ですが、それから半年過ぎたこの時期に、「渡り鳥」のみならず、地元で生まれた若鳥の命を育む活動があっても良いような気がします。庭の餌箱の恩恵を受ける小鳥は、そんなに多くはありませんが、心和む冬の風景として人間の目も楽しませてくれます。餌箱が面倒ならは、枝に食べかけの林檎を差しただけでも良いのです。ある日突然、可愛らしい来訪者が姿を見せたら、うれしい驚きがありますし、じっくり見ていると、いろいろと変わった習性も見えて来るものですよ。
今月は、小鳥のメジロの「目白押し」を連衆に演じさせる「女志呂香」(めじろこう)をご紹介しましょう。
「女志呂香」は、聞香秘録の『勅撰新十與香』や『御家流組香集(義)』に掲載のある組香です。両書には、それぞれ「一*柱開」と「二*柱開」の構造上の差異があり、そのため本香数も異なりますが、基本的に求める趣意は同じです。以下、構造上の趣意がわかりやすく香記や札紋についても記載のある『勅撰新十與香』を出典とし、『御家流組香集(義)』を別書として、その論評も加えつつ筆を進めましょう。
まず、この組香が数ある組香集の中から目に止まったのは、「女志呂」という意味不明の文字でした。この「女志呂」の意味は一見した限りではわからず、誰しも「???」となってしまうと思います。組香の小引にも一切、謂れのような記載はありませんので、ご紹介するには
解明の糸口は、「組香名(題号)」と「要素名」と「香記」の記載方法の揺れでした。組香名では「女志呂」ですが、要素名では「女・シ・ロ」、さらに香記では「メ・シ・ロ」と順々にカタカナに変化しています。まず、ここで「女志呂の文字は、変体仮名ではないか?」との推測が立ちました。次に「メシロとは何か?」の解明ですが、こちらは使用される札紋が鳥の名であることから、「メジロではないか?」と推測が立ちました。そこで、メジロのことを調べますと、その生態に面白い特徴があり、そのことが香席の趣向となっている「席替え」と符合することがわかり、「これは面白い!」ということでご紹介するに至りました。
次に、この組香の主役となっている「メジロ」とは、メジロ科の小鳥で体長は9〜12cm背面は黄緑色で腹面は白く、のどは黄色を帯びており、何と言っても「眼の周囲が白くふちどられる」のがメジロの由縁です。もともと低地の林に群棲する鳥ですが、冬は群れをなすことが多く、住宅地でも果実や花蜜に集まる姿が見られます。世間でイメージされている鮮やかな「鶯色」をしているために、梅の枝にとまっていると「梅に鶯」と誤解されることも多いようです。さえずりの声が美しいことからから、「籠の鳥」としても一般的で馴染みがありますね。
このメジロは、木の枝に止まるときに一列横隊に並ぶ習性があり、枝の上では何羽も身を寄せ合って「押し合う」習性があります。押し合って、枝からこぼれた者は、また列の端の方に止まっては身を寄せ合って押し合い、猛者は上からのしかかって列の真中に入ろうとします。これが語源となって「目白押し」という言葉ができました。「目白押し」とは、「人がたくさん集まって押し合うこと」から「色々な事や物がたくさんあること」という意味になり、「秋の週末はイベントが目白押し!」などと、テレビ・ラジオでもよく耳にする言葉です。また、昔の子供の遊びにも「目白押し」というものがあったようです。これは、子どもが大勢横に並んで押し合い、押されて列の外に出た子供が、再度、端に加わって中の子供を押し出すという遊戯です。
このように、この組香は、「目白押し」という遊戯を写して趣向としたものとなっています。
さて、この組香に証歌は無いのですが、組香の主役は「メジロ」であり、趣意は「目白押し」であることさえわかれば、テーマは単純明快です。要素名も「メ」「ジ」「ロ」と主役の名前を分割しただけであり、「一」「二」「三」と匿名化された要素に近く、香を聞き宛てるための素材として、あまり香記の景色にこだわらずに配置されたものと思われます。
香種は、「メ」「ジ」「ロ」の3種、香数は本香3×3=9包ですが、おそらくは、3の倍数で十*柱香に近いということで落ち着いたものと思われます。景色として、3匹の「メジロ」では、若干もの足りない気がしますが、「電線に雀が3羽・・・」のような奇数の美意識と安定集団の「3」で据わりが良いことも確かです。
一方、十*柱香のように客香を1包加えるのではなく、客香を「女(メ)」としたところは、解釈が必要かもしれません。出典では、要素名が「女」「シ」「ロ」で客香だけが漢字となっているため、最初は、宮中の艶なるものの喩えで、この「女」という字に特別の意味を含めたものかと思いました。しかし、別書では、要素名が「め」「志」「ろ」となっており、最終的には仮名文字に変わっているところから、あまり漢字の意趣にとらわれなくとも良い気がしました。それよりも、普通ならば「最後の要素」を客香とするのが一般的な体裁であるにもかかわらず、「最初の要素」を客香として撰んだことに意味がありそうだと思いました。それは「目」ではないでしょうか?すべての動物の「急所」であり、景色としては「画竜点睛」の言葉もあります。また「メジロ」の言葉1つをとっても「白」は形容詞で、語幹は「目」です。最も大事なものを客香に据えるとすれば、3つの要素の中では、やはり「目」しかないように思われ、作者は、これを客香に据えて、3匹のメジロの「目」が香記に「キラリ☆」と光るように工夫したのかもしれません。
続いて、この組香の構造は至って単純で、3種9香を打ち混ぜて焚き出すだけです。ただし、出典には「一*柱開にて*柱出す」とあり、札打ちの「一*柱開」で炉が回るように規定されています。回答に使用する「香札」の紋は、「札の表、小鳥の名を書くべし」とあり、香記には「雀、鶯、燕、鶏、鴨」の名乗が記載されています。また、札裏は要素名の「メ」「シ」「ロ」の3種が各3枚で1人前9枚が使用されます。
この点について、別書では、3種9香から任意に1包引き去って、本香を8包とし「二*柱ずつ四次に開く」となっており、「二*柱開(にちゅうびらき)」を指定しています。前段で「任意に1包引き去る」所作を加えて、本香を偶数とし「二*柱開」にしたのは、「聞の名目」がある訳でもないので、後述する「席替え」の回数を半減するためでしょう。この数合わせによって、香記に「メジロが3羽」現れなくなるのも寂しいことです。また、札は「十*柱香の札にて聞くべし」とあり、委細は記載されていませんが「め」「志」「ろ」を「一」「二」「三」に読み替えて使用したものと思われます。しかし、これでは「女志呂=鳥」の発見の端緒となった札
出典に従って「小鳥の名」の専用香札を使って、1炉聞いては札を1枚打ち、炉が戻れば 香元は回答を宣言し、各自の当否が決まるかたちが順当かと思います。
ここで、この組香の唯一無比の特徴である「聞きはずした人は、末席に移動する」というルールが現れます。このことについて出典では「この香、始めに列席して、さて香元より焚き出す。香炉、順にまわり嗅ざる人は末座へ下がるべし。」と記載されています。「嗅ざる人」とは、別書では「聞き違えたる人」と表記してあるため、間違いなく「聞きはずした人」は、ペナルティとして「末座送り」となることを表しています。
この「座中に末座送り」をすることが、香席に「目白押し」の景色を表現することになるのです。人が立ち居振る舞いすれば、風も埃も立ち、座も乱れますので「席中にみだりに立つべからず」の普段教えられている我々にとっては、正に驚きの趣向ですね。しかし、「遊戯」を主体とした香席ならば、これほど盛り上がる趣向もないでしょう。出典の『勅撰新十與香』も、その名のとおり「遊戯的な組香を勅撰した書」ですから、御上が「殿中」で楽しめれば、少々のことは気にしなかったのだと思います。連衆は、自ら「盤立物」の「立物」(コマ)となって、「当たれば上座に君臨、外れれば末座に転落」・・・。トランプの「大貧民(大富豪)」のように、1炉廻って席替えする度に、一喜一憂もありながら、笑いのこぼれる和気藹々とした一座となることでしょう。
当然、聞き当てた人は自然に上座に上がって行き、全問正解者が一人ならば、その人が最後には正客の座に座っているということになります。一方、陥落組には「1炉で複数の不正解者が出る場合、どのように序列するか?」のルールが必要と思われます。出典には細かく記載されていませんが、末座送りの順序は、「上座の不正解者から順に末座へ移動」とするのが順当かと思います。すると、次客が末座に一旦落ちても、三客も間違っていればその下座につくので、結果的に次客は一つ上がって「ブービー席(最後から二番目)」に落ち着くという形となります。
このルールで最も可哀想なのは、最初から正客席を守って来たにもかかわらず、最後の炉のみ聞き違えて、末座に陥落した人です。この場合は、記録上は「8点」で首席であるにもかかわらず、席中では末座に座っているという可能性もあります。これは、盤物の組香の際に「盤上の勝負」と「記録上の勝負」が異なるのに似ていますが、いずれ、自分を「立物」として香を遊ぶのですから、悲喜交々あるところが情趣と捉えるべきと考えます。
最後に記録は、1炉廻って香元が正解を宣言した段階で各自の当否を判定します。多くの「一*柱開」が正解した要素名のみを記載するのに対し、この組香では、各自の回答は全て記載してから合点を掛けます。点数は、各要素の当たりにつき1点と換算します。独聞や客香の加点要素もないので、9点満点となります。下附は、全問正解は「皆」、その他は点数で記載します。勝負については、連座の正客席はそれだけで栄誉のあることですので、序列はそのままとして、記録上の最高得点者に香記を授与するのが順当かと思います。
この組香は、一*柱開の上に、席中がバタバタする遊びの要素が強い組香なので、厳式にも大寄せにも不向きかと思われます。TPOも考えなくてはなりませんが、仲間内の香遊びや社中行事の後などには、とても「座の暖まる」組香かと思います。来年のお初会の座興は「投扇興」に替えて、「女志呂香」でワイワイやってみてはいかがでしょうか?
「木守り」は初冬の彩り・・・
来年の収穫を願うオマジナイは、越冬する動物たちへのプレゼントでもあります。
熟れた果実の「赤い色」には、里人の心の温かさが偲ばれますね。
組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。
最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。
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