七月の組香
「牽牛」「織女」の行き合いの空を盤物に写した組香です。
香札の紋には、もう秋の景色が感じられます。
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説明 |
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香木は、5種用意します。
要素名は、「牽牛(けんぎゅう)」「織女(しょくじょ)」「萩(はぎ)」「鵲(かささぎ)」「雲(くも)」です。
香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。
「牽牛」「織女」は各5包、「萩」「鵲」は3包、「雲」は2包(計18包)作ります。
連衆は、「牽牛方」「織女方」の双方、同数に分かれます。
まず、「牽牛」の香を「織女方」のみに試香として1包焚き出します。
次に、「織女」の香を「牽牛方」のみに試香として1包焚き出します。
そして、「萩」「鵲」の各1包を双方に試香として焚き出します。
都合、試香に焚き出される香は、「牽牛」「織女」「萩」「鵲」の各1包となります。(計4包)
残った「牽牛」「織女」各4包、「萩」「鵲」各2包、「雲」2包の合計14包を所定の方法で2包ずつ7組に結び置きします。(委細後述)
出来上がった、7組の香包を組ごとに打ち交ぜます。
本香は「二*柱開(にちゅうびらき)」で7炉廻ります。
※ 「二*柱開」とは、香札等を使用して「香炉が2炉廻る毎に1回答えを投票し、香記に記録する」やり方です。
答えは、2炉ごとに聞きの名目が書かれた香札を1枚ずつ打ちます。(委細後述)
記録は、連衆の回答を全て書き記し、所定の「点」「星」を付します。(委細後述)
盤者は、双方の得点の差分だけ勝方の立物を進めます。
下附は、点数で書き記します。
盤上の勝負は、両端から立物を進めて、盤の真ん中にある「竹」を早く超えた方が「初の勝ち」となります。
香は残らず焚き、最終的に「竹」を多く超えた方が「後の勝ち」となります。
上記の「盤上の勝負」に従って、組香の「勝方」が決まります。
記録上の勝負は、「盤上の勝負」が引き分けた時のみ、各自の点・星数を双方合計して、合計点の多いほうを勝ちとなります。
梅雨の晴れ間の深山路は、光り輝くばかりの精気に満ちています。
冬に薄墨色だった山の木々は、春には若緑の色を次第に濃くしつつ夏へと至ります。不如帰の鳴き声に似合う程にビリジアンが濃くなって、所々にマタタビの葉の白が混じるようになったら、今 まさに「夏山の出来上がり」といった感じです。梶の葉も来るべき七夕祭りに向けて「私に出番はあるのかぁ?」と半ば怪訝そうに生い茂っている姿を見つけることができます。
当地も七夕祭りでは有名で、メインストリートのアーケード街に立てかけられた太い孟宗竹と色とりどりの大きな薬玉が皆様のイメージにも残っていることと思います。このような大きな祭りになる前は、かえって町中の辻々の商店街が遍く手作りの七夕飾りを掛けていたものでした。道幅も今のように広くなかったので、両側から立てかけられた唐竹は、道の真ん中で交差して、さながら七色のトンネルのようでした。公園の入口には子供会が作った七夕飾りがありましたし、家庭の庭先にも七飾りだけのシンプルな笹竹を掛けていました。たまに「知らない人」が、人知れず願い事を書いた短冊をかけて行ったり、朝方、裏の竹林にも短冊が掛かっていたりというミステリアスな体験もしたものです。七夕の七飾りは、「短冊、吹流し、折鶴、投網、屑籠、巾着、紙衣」で、それぞれに謂れがあります。現在のように薬玉メインの飾りでも、竹の元のほうを見れば、必ずと言って良いほど飾られており、これが伝統の証となっています。その他に、今では火気厳禁のために見ることが少なくなった「七夕線香」というものがありました。これは、紙テープほどの細い吹き流しの端に、線香を1本ずつ貼り付けたものや笹舟の下に線香を下げたもので、8月6日の夜更けに火を灯してお盆の祖霊を迎える準備をするものでした。
祭りの夜、子供たちは、なけなしの小遣いを握り締めては町に出て、夜店で買い物をするのが何よりも楽しみですが、母が厳しかった私の家では、夜遊びは許されませんでした。少ない記憶の中に、母に手を引かれて祭り見物にでかけ、夏の水遊び用に「樟脳船」を買ってもらったことを思い出します。セルロイドで作られた軽い船には、短いしっぽのような板がついており、そこに樟脳を乗せるとまるでミズスマシのように船が進み始める姿が当時はとても不思議でした。何故、前方に進むのかは、樟脳の薄幕が水面に拡がることによって船尾の表面張力が低くなり、前方の表面張力が変わらないので、船は前方の表面張力に引かれるようにして 進む仕組みとなっていることを後に知ることとなりました。他愛のない安いおもちゃでしたが、科学好きの少年の目を養うことにもつながりました。
このようにして、焚く前の「七夕線香」と衣替えで余った「樟脳」は、少年にとっての「夏の香り」となりました。少年は長じて後に「香木」なるものを聞いていますが、なんとなく連綿がわかるような気がします。
今月は、久々に牽牛・織女の二星の行き合いを盤上に表す「七夕香」(たなばたこう)をご紹介いたしましょう。
「七夕」をテーマにした組香は、平成11年「星合香」(要素名「牽牛、織女、仇星(5種)」)、平成13年「七夕香」(要素名「雲、月、扇、糸、竹、牽牛、織女」)、平成14年「七夕香」(要素名「銀河、鵲橋、初秋、積思、逢夜、牽牛、織女」)と過去3回、7月の組香としてご紹介してきました。今回ご紹介する「七夕香」は『御家流組香集(智)』に掲載されている組香で、要素名や聞の名目で表そうとする七夕の風景は他の組香と似通っています。しかし、「盤物」(ばんもの:組香盤というゲーム盤を使って遊ぶ組香)形式をとっているところが、過去にご紹介した組香とは一線を画しており、組香の趣旨の上で情趣よりもゲーム性を重んじているところが特徴と言えましょう。この組香においては、同名異組を既に紹介しており、この組香に関する別書等はありませんので、『御家流組香集(智)』を出典とし、足りない部分は類推を含めて書き進めて参りたいと思います。
まず、この組香には証歌はありませんが、「七夕香」としての風景の一貫性は、要素名や聞の名目、香札の札表に表されており、想像に難くないと言えます。ただし、過去にご紹介した組香が「七夕」の夜や「牽牛と織女の思い」に的を絞って、舞台装置や小道具を用意していたのに比べて、今回の組香は、それよりも広範囲な初秋の景色や夜の風景を具体的に加えていると言えましょう。景色を表す言葉が多いということは、「心象風景が結び安い反面、その自由度を犠牲にする。」のが常ですが、各自の心の風景をあらかじめ規定して共通認識を持たせ、それをグループに分けて対戦する盤物特有の趣向には都合の良い設定かもしれません。この組香では、連衆をあらかじめ「牽牛方」「織女方」の二手に分けて、聞き当てた香の合計を競い、双方のシンボルである「牽牛」と「織女」の人形が盤上を進む「一蓮托生対戦型」のゲームとなっています。
次に、この組香の要素名は、「牽牛」「織女」「萩」「鵲」 と「雲」となっています。「牽牛」と「織女」はこの組香の主役ですので言を弄す必要はありません。「鵲」については、すなわち「鵲の橋」のこと、陰暦7月7日の夜に、牽牛・織女の二星が逢うときに、鵲が翼を並べて天の川に渡すという想像上の橋のことで、こちらは二星の逢瀬を助ける「味方」の役割をします。一方、「雲」については、「七夕は、全き星空よりも、薄っすらあのあたりに雲がかかっていたほうがいい。」という秋の情趣で採用されている訳ではなく、「二星の逢瀬邪魔する敵方」と解釈した方がよさそうです。さらに、「萩」は中国の「述異記」の故事に因むものではありませんし、日本における七夕伝説や「乞巧奠」の儀式にも出てこない要素ですので、「牽牛・織女」の周りにもともとあった景色とは考えにくく、むしろ作者が「秋の季節感」を盛り込むために加えたものではないかと思います。確かに、「萩」が入っていることで他の組香に比べて「秋色」が濃くなり、「萩」と「夜空の要素」(牽牛・織女・鵲・雲)との距離感により舞台が縦に広がっている感じがます。また、後に述べる札紋や聞の名目の言葉にも、地上と天空の2極化した風景が表されていますので、作者は「夜空を見上げている人」の周りの風景もこの組香の景色に盛り込みたかったのだと思います。このようにして、この組香の要素は「ヒーロー、ヒロイン、味方、敵方、見物人」が入り乱れて、行合いの空にドラマを繰り広げることとなります。
続いて、この組香の構造は、あらかじめ用意された5種「5+5+3+3+2=18香」のうち「牽牛」「織女」「萩」「鵲」をそれぞれ試香として焚き出します。試香の「牽牛」は「織女方」のみに出し、「織女」は「牽牛方」のみに出し、「萩」と「鵲」は双方に焚き出します。このように、「それぞれ見方のシンボルとなる香を聞かせない」というところがこの組香の第一の特徴となっています。これにより、牽牛方にとっては「牽牛」と「雲」が客香となり、織女方は「織女」と「雲」が客香となる訳です。
そして、本香は5種14香となります。他の組香の香種・香数が「7種7香」で七夕を表すのに対して、これも特異な感じがしますが、この組香では、あらかじめ2つの香を組み合わせて1組として焚き出す「結び置き」の技法が施されており、試香の済んだ14包の香は、2包ずつ7組に結び置かれます。出典では、まず最初に結び置きのことが書かれており、「組合の名、左の通り」と、7組に名目が列記されています。この「結び置き」と「結びの名目」がこの組香の第二の特徴であり、出来上がった「7組」が七夕と名数的な符合を表すというわけです。
組合せ | 結びの名目 |
牽牛・萩 | 月 |
織女・萩 | 草 |
牽牛・鵲 | 河 |
織女・鵲 | 鳥 |
牽牛・雲 | 別 |
織女・雲 | 衣 |
牽牛・織女 | 祝 |
ここで付された「結びの名目」は、七夕の風景をさらに補足するとともに、要素の表す景色を抽象化したものと言えましょう。
要素名「萩」を含む名目は、地上からの眺めでしょう。「月」は二星の瞬く秋の夜空に欠かせない景色です。要素名として用いられる「月」は雲と同じで、明るすぎると二星の行合いを邪魔することもあるのですが、ここでは名目ですので香記上の景色としてのみ解釈すればよろしいかと思います。また、「草」は萩を抽象化して秋草を表し、ひいては地上を表す景色と考えられます。
要素名「鵲」を含む名目は、天空の眺めでしょう。「河」は天の川、「鳥」は鵲の橋をそれぞれ抽象化して表しており、舞台設定の最も根幹の景色となっています。この組香は、盤物ですので「七夕香盤」を使用するのですが、おそらく盤の景色は「天の川」と「鵲の橋」を表したものと思われます。
要素名「雲」を含む名目は、行合いが邪魔された際の眺めでしょう。「別」は直接的な離別、「衣」は涙の袖か・・・袖の香か・・・女性らしく間接的に遂げられない思いを表したのでしょう。(異論後述)
最後の「牽牛・織女」は、とりもなおさず「行合いの成就」を表すのでしょう。
ここで、対応表では、要素の組合せがわかりやすいように上から並べ替えて記載していますが、出典では、「衣」と「別」の順序が逆に列挙されていることが気になっています。おそらく、作者は、「月」「草」「河」「鳥」といった視点の異なった風景要素を先に考え、「別」と「祝」という心情を最も核心的な景色としたかったことが推測されます。しかし、作者は敢えて要素の序列を変え、「牽牛・雲」を「別」に対応させることを先決し、「織女・雲」には「衣」という一見中途半端とも見える景色を配置しています。この考えを強いて支持するとすれば、それは当時作者が触れていた「七夕伝説」の内容にもよるものと思われます。もともと、アジアの「七夕伝説」には「羽衣伝説」との合体説が多く、牽牛と織女の出会いは織女が地上に降りて水浴びをしている間に牽牛が「羽衣」を隠してしまうことから始まります。これがきっかけで2人は結婚し、子供まで設けますが、ある日「もう安心だろう」と羽衣を返してしまうと、織姫はその晩のうちに天界に帰ってしまいます。これが第1(地上)の別れであり、その切り札は「衣」そのものでした。その後、牽牛と子供が追いかけて天界に昇り、それ以降のドラマとして「述異記」に記述されているような経緯があって「2人は天の川を隔てて1年に1度逢う」ということになり、これが第2(天上)の別れとなります。このように、次元の異なる「2つの別れ」を「月」「草」「河」「鳥」の視点変換と同様に作者が意識していたとすれば「衣」は重要な「別れの景色」と言えるでしょう。
さて、結び置かれた2包×7組の本香は、組ごとに打ち交ぜられ「二*柱開」で焚き出します。この際、出典には「初後構いなし」と書かれており、組香の難易を斟酌して「組となった2包みをさらに打ち交ぜることは自由」と示されています。これは、客香が複数となっても、およそ試香のある香とペアになるように結び置きされているため何とか判別は付くだろうということだと思います。ただし、「牽牛方」における「牽牛・雲」、「織女方」における「織女・雲」については、客香同士の組合せのため初後の判別は不可能です。それでも聞の名目は「別」か「衣」の1つとなりますから勝負に問題は無いのですが、私としては、焚かれた香数を頼りに「牽牛」「織女」と「雲」を判別するしか方法がないので、せめて「牽牛・織女は先に出る」というルールを崩さずに焚き出すべきと考えます。例えば、第一組で「牽牛・雲」が出されてしまった「牽牛方」は、焚かれた香数をも頼りにできないため「どちらも聞いたことの無い香の組合せ」ということだけで「別」と札を打つしか術が無いこととなります。盤物における要素名は、単なる「聞き当てゲームの素材」としてのみ扱われることが多いのですが、要素ごとに景色を思い浮かべる楽しみが失われるのももったいないことだと思います。どちらも知らない香だから「別」なのではなく、牽牛が雲に阻まれるから「別」なのだと連衆に感じていただくことは重要だと思います。
この組香は、「二*柱開き」ですので、結びの組(2炉)ごとに「七夕香札」という専用の香札を使用して回答を投票することとされています。出典によれば、札の表に「妻待夜」「棹の雫」「宿の池水」「星合の空」「天の川浪」「衣の裾」「秋初風」「露の玉草」「紅葉の橋」「別の袖」と記載されたものを使用し、これが各自の名乗り(席中の仮名)ともなります。札表の言葉も、例によって「地上」と「夜空」の視点を押さえつつも秋の情趣に富むものであり、「七夕香」は秋の香であることを物語っています。そして、札の裏には「結びの名目」から転じて「聞の名目」となった「月」「草」「河」「鳥」「別」「衣」「祝」が記載されており、各自7枚の札を用いて投票します。
この組香は、盤物として組まれているため、おそらく「七夕香盤」というゲーム盤があったのだろうと思います。
私としては、「南 の端」と記載されている部分に疑問を持っており、これを「両の端」と読めば、「舞楽香盤」のように溝一筋の上を滑るように双方歩み寄る形が見えてきます。そうすると、鵲の橋に見立てた盤の上を牽牛・織女がお互い歩みよって、まさしく「行き合う」姿が見られるので七夕の情趣に似合っているのではないかと思っています。「玄宗・楊貴妃」も「源氏・朧月」もやはり、好き合った2人は向かい合って進むべきだと思います。
しかし、この場合、盤上の勝負は、竹を越えたところで「初の勝ち」が決まりますが、両者が行き合えば優劣が決着してしまうため、初の勝者が思い切り後退しない限り、他方に「後の勝ち」の可能性がほとんど無いところが問題です。また、この組香では、立物の進む間数が多めに設定されているため、枡目が10間以下(双方5間程度)の盤を使用すると間数が足りず、2組目ぐらいで早々に「行き合い」となる可能性があります。ここからは、「提案」の域なのですが、どちらかが竹を越えて「行き合い」の場面を演じた2人は、そこから交差して進ませ、「別れの場面」も演じさせるのはどうでしょう。そうすることによって、舞楽香の間数でもフルに使えることになり、「後の勝ち」に逆転の可能性も増えてきます。舞楽香(交差形式)は、「別れありき」の組香となってしまいますが、年に1度の夜に平行線で競争し「行き合い」の無い競馬香形式よりはハッピーな気がします。
点数と人形が進む間数については、このように記載されています。
片当たり(聞の名目に含まれる1要素の当たり)
例1:牽牛方は、「鳥」(織女・鵲)を「河」(牽牛・鵲)と答えても、含まれる要素うち1つが当たっているので1点(1間)。
例2:織女方は、「鳥」を「河」と答えると含まれる要素うち「鵲」が当たっていても、味方の「織女」の香を聞き外しているので減点されて0点(0間)。
両当たり(聞きの名目そのものの当たり)
例:「月」を「月」(牽牛・萩)と答えたように、聞の名目が当たった場合は、含まれる要素が2つとも当たりなので2点(2間)。
うち、「祝」の「独聞」(ひとりぎき:連衆の中で唯一聞き当てた場合)は5点(4間)。
ただし、「祝」の当たりでも2人以上の場合は、他の両当たりと同様2点(2間)。
初客(初めて出た見方の香)
「牽牛方」は、試香で聞いていない「牽牛」が初めて焚かれた時の両当たりは3点(3点)。
「織女方」は、試香で聞いていない「織女」が初めて焚かれた時の両当たりは3点(3点)。
それぞれ、「独聞」の場合は4点(3間)、2人以上の場合は、他の両当たりと同様2点(2間)。
「牽牛方」の「牽牛」のみの片当たり、「織女方」の「織女」のみの片当たりは2点(2間)。
2度目以降の「牽牛」「織女」の当たりは、他の要素と同様1点(1間)。
減点 (味方の香の聞き外し)
「牽牛方」が「牽牛」を、「織女方」が「織女」聞き外すと1点減点(1間後退)。
以上のように、少々複雑ですが、「1要素に付き基本点は1点、両当たりは2点、独聞は2点加算(「祝」のみ3点加算)、味方の初客は2点加算、味方の香の聞き外しは1点減点」ということです。
立物の進み数については、「祝の独聞5点(4間)」、「味方の初客の独聞4点(3間)」のみ、点数と異なる配分がなされています。これは、目に見える盤上での「功」を大きく認めようとする趣向のようですが、根拠に乏しいところです。むしろ、「競馬香」のように盤を先々に継ぎ足していかないと大判振る舞いしすぎて間数が足りなくなるような気がします。
これについて出典には明記がありませんが、立物の進み方を「消し合い」方式として、双方の合計点を差し引きして、その差分だけ「勝方」の立物を進めるようにすれば、よろしいかと思います。このようにすれば、立物の動きは最小限にできますし、双方同点の場合は立物は動かさないで済むわけです。一方、出典には「同星なれば互いに退くべし。」と双方ともに合計点がマイナスとなった場合は、両方の立物を後退させることだけは指示されています。この組香では得点の幅が大きいため「消し合い」で行っても、一方が圧倒的に強い場合は、7組の香が終わらない間に盤上の勝負が付く場合もあります。その際は、決着のついた時点で立物はそのままにして、「初・後の勝ち」のみを決し、香は残らず焚いて「記録上の勝負」に受け継ぎます。
記録について、出典には「七夕香之記」の記載例は示されていませんが、組香の構造から類推すると、このような形に記載するものと思われます。まず、この組香には「点・星」の記載があるため、連衆の答えは聞の名目7つを全て書き記します。正解欄(香の出)は、各組ごとに2つの要素名を横に並べて7段に記載します。当否は、先ほどの点法に則って当たりの「点」は名目の右肩に付し、外れの「星」は左肩に付します。各自の下附けは「点○、星○」と並記し、各自の順位を比べる際の点数は「点」と「星」の差し引き後の合計点となります。
最後に、勝負について、出典では「牽牛方、織女方と書き盤の勝負にて記録取るべし、盤持の時、記録勝ち方の方、中り数多き方取るべし。」とあり、まず盤上の勝者(初・後の勝者)が、そのまま組香の勝ち方となるルールが設けられています。その上で、「初の勝ち」・「後の勝ち」が一致せず、「持」(引き分け)になった場合には、記録上の合計点数の高い方が勝ちと決めています。一般的には、双方のメンバーの合計点で記録上の勝負を決するのですが、盤上の勝負を記録の勝負よりも優先させるというのは、この組香の第三の特徴と言えましょう。ですから、盤上の勝負が「持」の場合ならば、双方の見出しの下に合計点を書き出し、その下に勝負を記載する形で示しても良いかもしれませんが、盤上の勝負が決している場合は、「牽牛方 十二点 勝」「織女方 十四点 (負)」のように書き記すと、得点数と勝負に矛盾が出ているように見える可能性もあるので、記録上は「牽牛方 勝」とのみ記載するのが妥当かと思われます。
昔、当地では、七夕近くになると「竹の行商」が訪れ、商店や各家庭にも売り歩いていたことが、祭りの裾野の広がりを支えていたと思います。現在では、町内会や商店街単位での「小さな七夕祭り」の復興が試みられていますが、資金面や竹の入手・廃棄等の問題もあり、なかなか運営は大変なようです。戸口に竹飾りを掛けるることがが難しい皆さんは、せめてお香で七夕の宵をお楽しみください。
寛永六年(1629年)七月七日に、母君、保春院の七回忌の折に詠める
「七夕の逢瀬ながらも暁の別れはいかに初秋の空(伊達政宗)」
慎ましいながらも皆で祝う地域の祭りを大切にしたいものですね。
組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。
最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。
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