十一月の組香
初冬の冬景色をあらわした組香です。
「聞きの名目」が多いので注意して見合わせましょう。
※ このコラムではフォントがないため「」を「*柱」と表記しています。
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説明 |
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香木は5種用意します。
要素名は、「雪」「氷」「雨」「寒露(かんろ)」「寒月(かんげつ)」です。
香名と木所は、景色のために書きましたので、季節等に因んだものを自由に組んでください。
「雪」「氷」「雨」「寒露」「寒月」はそれぞれ3包作り、そのうち1包ずつを試香として焚き出します。
残った「雪」「氷」「雨」「寒露」「寒月」の各2包を加えて打ち交ぜます。
連衆は回された手記録盆から名乗紙(回答用紙)を5枚取ります。
本香は「二*柱開(にちゅうびらき)」で10炉廻ります。
※ 「二*柱開」とは、「香炉が2炉廻る毎に1回答えを投票し、香記に記録する」やり方です。
香元は、2炉ごとに香を焚き出した時点で、手記録盆を廻します。
連衆は、2炉ごとに「聞の名目」(ききのみょうもく)と見合わせて、答えを1つ書き、廻ってくる手記録盆に載せて執筆に返します。
※ 聞いた香の順番を入れ違えると答えが変わってしまいますので注意してください。
執筆に手記録盆が戻ったら、香元は香包を開いて正解を宣言します。
執筆は、連衆の答えを書き記し、当たったものに点を付します。
前記8.〜11.の動きを5回繰り返しますので、答えは5つとなり、この答えの当否を競います。
点数は、聞の名目が当たったものは2点、聞の名目が当たらなくとも、どちらかの香が順番どおりに当たっていれば1点とします。
下附は、全部当たりは「全」、その他は「点数」で表します。
朝の小径では、落葉を踏みしだく音にも「シャリシャリ」という霜の音が混じるようになりました。
このところ、町村に伺ってご老人相手にお話しする機会が多くなったため、晩秋の東北を満喫しています。都会の秋は、女性のファッションで気づき、街路樹や遠山の紅葉で実感するという程度のものですが、田舎の秋は正に「深さが違う」という感じがします。それは単なる「紅葉の色の深さ」のみならず、自然も人も家屋までも・・・全てが「冬支度」をしはじめていることが目に見えてわかるからです。
田んぼは稲刈りや脱穀も済み、稲藁や籾殻を焼く煙の匂いがします。一面が枯色になっている中で、野の花がチラホラと色を添えるだけの畦道を歩きますと、畑ももはや葉物野菜を残すばかりで、夏野菜のように背の高い棚は見られません。その分、見通しの良くなった庭には、食用を兼ねた菊の花壇があり、軒場には木守りが鮮やかに光をなして実っています。家屋では、南側の縁側に雪囲いの準備がしてあり、二階の窓には冬場の保存食とする干し柿や干し大根が長い簾のようにかかっています。干し大根の簾は2種類あり、煮物用に輪切りにして干したものは完全乾燥させ、沢庵用に一本のまま干したものは生干しにしするのです。家の裏に回れば、北側の土壁には、薪が軒下までうず高く積んであります。この薪の壁は、冬場の防寒を兼ねおり、薪を焚いていくことで次第に嵩が減り、季節が進んで春になるころには無くなるという仕掛けです。家の中では囲炉裏に火を絶やしませんが、雨戸以外に取り立てて防寒のための建具等はありません。暖房器は全室暖房のストーブよりもむしろ局所暖房のコタツで、燃料は極力無駄にせず、あとは着込むことで補います。実際、
家から野良に出て行くときも
このように雪に閉ざされる田舎の暮らしでは、唯一の娯楽がテレビでした。しかし、今では、おじいちゃんたちも「孫とメールするのが唯一の楽しみ」と囲炉裏端にノートパソコンや携帯電話を置いており、最初はとても驚かされました。そういえば、とても基本料金の高かった携帯電話を「家には、ほとんど居ねぇがら・・・」と最初に使い始めたのは、鰺ヶ沢町の昆布干しのおばちゃん方だったことを思い出します。家庭の情報投資などというものは、意外とちょっとしたきっかけで進むものだと教えられました。平成年代初頭から「地域情報化」の夢を追ってきた私にとって、藁葺き屋根の下で田舎のライフスタイルを一切変えずに、中央と同じ情報が得られ、情報発信が出来る環境は理想でした。そして今、東北の町村の中では「60chのケーブルテレビと100MBpsのインターネットを利用しながら、馬と同居の藁葺き屋根の下で、普通の田舎暮らしをしている人々」が現実にいるわけです。冷暖房完備のビルの中に居て、絶えず複雑なストレスで肩のほぐれる暇の無い生活をしながら・・・「豊かさってほんとうになんだろう?」と思ってしまいます。私も老後は、こんな情報のバックヤードがしっかりした「ド田舎」に是非住みたいと思っておりますが、なにせ寒いのが苦手なので、今のうちにせいぜい歩き回って、暖かい所に「人生の楽園候補」をたくさん作っておきたいと思います。
今月は、冬の気象をちりばめて「寒い景色」をつくる「寒景香」(かんけいこう)をご紹介いたしましょう。
「寒景香」は、杉本文太郎著の『香道』に掲載のある組香です。また、この組香は水原翠香(みずはらすいこう)著の『茶道と香道』にも掲載がありますが、同系であることは確かなものの、組香の要素名、構造、聞の名目等に若干の違いがあります。
『茶道と香道』とは、明治維新の騒動で香道家が四散し、低迷を極めていた明治41年に「香の廃れたる事」を憂い「翠香果敢なき女子なれどもいささか香の事を知るを以って・・・」と版元の博文館の求めに応じて茶道について編集することとなっていた紙面を半分に割いて、香道の伝書を残そうとしたものです。翠香自身は、岩城宗義の流れを汲む藤野家の志野流を修めていたとみられ、その記述は現代の志野流に通じるものがあります。
研究者の間では、一般に『香道』は、『茶道と香道』と同一の伝書を典拠としたか、または、『茶道と香道』自身を参考として編集されたものではないかと言われていますが、この組香に関しては、単なる転記、解読による揺れ以上の相違が見られるため、その典拠は系統が同じでも別の伝書と見られます。『茶道と香道』の「寒景香」は総体的に見て景色の解釈に無理が無く、完成度の高い組香なのですが、如何せん後述のとおり「聞の名目」に5つの欠落があるため、ご紹介に耐えるものではないのが非常に残念です。
そこで今回は、聞の名目が網羅されており、香記の記載方法も示してある『香道』を出典、『茶道と香道』を別書として、両者の相違も含めて筆を進めていきたいと思います。
まず、この組香の要素名は、「雪」「氷」「雨」「寒露」「寒月」となっています。出典では「寒景香」の題号の下に小さく「一名替立冬香」の文字が見られますから、十月節気である「立冬」(11月初旬)頃の「寒くなりかけの景色」をあらわす組香と言えましょう。この組香には証歌はありませんが、要素名は、立冬時期に見られる晩秋から初冬への季節の代表的な気象ということができ、これらが様々に織り交ざって、聞の名目を組成し、香記の中に様々な冬景色をちりばめて行くというのが、この組香の趣旨となっています。
一方、別書では「雪」「氷」「雨」「霜」と「寒月」であり、組香の要素名が「寒露」から「霜」に変わっているため、敢えて解釈を加えるまでもなく「寒くなってからの景色」と言えます。このように両書は、組香の表す景色に微妙な季節感の違いがあります。また、冬の景色ならば「雪」「氷」「雨」「露(霜)」「月」のみならず「嵐」も「霰」もあるだろうとお思いかもしれませんが、両書ともそれについては、後述の「聞の名目」の景色で補っています。
次に、この組香の香種・香数については、香5種、全体香数15包、本香10包となっています。この組香には「客香」が無く、構造は「雪」「氷」「雨」「寒露」「寒月」を各3包作って、各1包を試香(5炉)に焚き出した後、全ての要素を同列として2包ずつ掛け合わせるというところが特徴ともいえます。要素名は、主役を配さないことにより、「聞の名目」を導くための素材に徹するという性格のものになります。そして、本香では1組に同香が現れた場合のみ「雪」「氷」「雨」「露」「月」の景色が香記に記されることとなります。
一方、別書では、香5種、全体香数14包、本香10香であり、「雪」「氷」「雨」「霜」を各3包作り、これらのうち各1包を試香として焚き出します。残った「雪」「氷」「雨」「霜」の各2包に客香である「寒月」を2包加えると、本香は計10包となります。これを打ち交ぜ、2包ずつ「二*柱開」で焚き出します。本香数としては「2×5=10包」となるところは同じですが、「寒月」は試香を出さない客香であり、主役の位置に君臨するところに違いがあります。実はこの組香は、平成11年12月にご紹介した「雪見香」の兄弟組で、構造上は全く同じのまま、聞の名目のみ取り替えて遊ぶことの出来るものなのです。「雪見香」の要素名は「山」「里」「浦」「原」と「雪」で、客香の「雪」を除いた景色は「雪が・・・山に来た♪里に来た♪野にも来た〜」をイメージする「4景+客(雪)=5種」の形式となっています。そのため、その派生としての「寒景香」も季節の代表選手を集めて「4景」を抽出して、主役の「月」をそれぞれに掛け合わせていくと言う趣向なのでしょう。
さて、本香は「二*柱開」ですので、香炉は2炉ずつ廻り、答えは2炉の要素名を見合わせて、あらかじめ配された「聞の名目」を1つ名乗紙に記載して提出します。続いて、香元は2炉ごとに正解を宣言し、執筆は各自の回答を記載し、当たりに点を付すということを5回繰り返します。回答に使用する聞の名目は、「5種から2つずつ順番を変えずに抽出する組合せ」で25通り用意されていますので一覧に示します。また、別書の聞の名目との対比もお楽しみください。
『香道』 | 『茶道と香道』 | ||
香の出 | 聞の名目 | 香の出 | 聞の名目 |
雪・雪 | 雪(ゆき) | 雪・雪 | 雪(ゆき) |
雪・氷 | 残雪(ざんせつ)※ | 雪・氷 | 積雪(つむゆき) |
雪・雨 | 村消→斑消(むらぎえ) | 雪・雨 | 斑消(むらぎえ)※ |
雪・露 | 春水(しゅんすい)※ | 雪・霜 | 初雪(はつゆき) |
雪・月 | 小舟(こぶね)※ | 雪・月 | 小舟(こぶね) |
氷・雪 | 巌(いわお) | 氷・雪 | 垂氷(たるひ) |
氷・氷 | 氷(こおり) | 氷・氷 | 厚氷(あつごおり) |
氷・雨 | 霰(あられ) | 氷・雨 | 霰(あられ) |
氷・露 | 氷柱(つらら) | 氷・霜 | 霜柱(しもばしら) |
氷・月 | 鏡(かがみ) | 氷・月 | 池鏡(いけのかがみ)※ |
雨・雪 | 霙(みぞれ) | 雨・雪 | 欠落 |
雨・氷 | 雹(ひょう) | 雨・氷 | 欠落 |
雨・雨 | 雨(あめ) | 雨・雨 | 欠落 |
雨・露 | 雫(しずく) | 雨・露 | 欠落 |
雨・月 | 朧(おぼろ) | 雨・月 | 欠落 |
露・雪 | 淡雪(あわゆき) | 霜・雪 | 枯野(かれの) |
露・氷 | 霜(しも) | 霜・氷 | 寒夜(さむよ) |
露・雨 | 時雨(しぐれ) | 霜・雨 | 霙(みぞれ) |
露・露 | 露(つゆ) | 霜・霜 | 霜(しも) |
露・月 | 枯野(かれの) | 霜・月 | 欺雪(ぎせつ)※ |
月・雪 | 白妙(しろたえ)※ | 月・雪 | 白妙(しろたえ) |
月・氷 | 嵐(あらし) | 月・氷 | 夜嵐(よあらし) |
月・雨 | 浮雲(うきぐも) | 月・雨 | 陰雲(いんうん)※ |
月・露 | 玉(たま) | 月・霜 | 冱寒(ごかん)※ |
月・月 | 月(つき) | 月・月 | 寒月(かんげつ) |
以上のように、一見して2つの要素が時間の経過とともに織り成す冬の景色が、(出典の方は「ぼんやり」と、別書の方は「端的に」)心に浮かぶと思います。出典に見られる聞の名目は、それ自体が短絡的という感じがして、聞の名目に欠落のある別書の方が雅趣という点では勝っているという気がするのは私だけでしょうか。例えば、「雪・氷」の出について、出典では「残雪」、別書では「積雪」となっていますが、この季節に同じ「雪と氷」を見たとき、雪、氷、雪、氷とミルフィーユのように降り積もっていく「積雪」を連想するのか、積もった雪の表面が溶けて氷結した「残雪」を連想するのかでは季節感が全く違うような気がします。出典では、要素名で「立冬香」とも言える微妙な季節感を切り取ったのにも関わらず、「露」を要素に含んでいるためか、聞の名目のあらわす季節感の幅が「時雨(露・雨)」(初冬)から「春水(雪・露)」(春)まで広範囲なものになってしまっています。これを「立冬に至って、これから始まる冬の厳しさと、そこから開放される春への思いを心象とする時間軸の長い組香なのだ」と善意に解釈すれはよろしいのでしょうが、どうしても聞の名目に未消化なものを感じてしまいます。
ここで、私見を加えますが、伝書から別書、そして出典に至る時代背景を考えますと、やはり要素名の「露」は「霜」の誤読ではなかったのかと・・・「露は秋だから」と「寒」を付けて「寒露」とはしてみたものの、それでも「寒露」は九月節気なので解せません。今度は聞の名目の景色が合わなくなり、露に関連した景色で聞の名目を作り直したのではないか?という気もするのです。
また、出典には、「村消」と記載されている聞の名目については、典拠となった伝書の「むら消」の表記を「村消」と転記したことによる誤解と見られますので、別書に記載されている「斑消」に書き改めています。「斑消」とは、積もった雪が、雨によってところどころ消えること。また、消えた跡がまだらになっている様子のことで、「斑雪(はだれゆき)」とも言われます。
その他、一部難解と思われる聞の名目(※)について補足しますと・・・
残雪とは、雪の表面が溶けて氷結した様子。春になってもまだ消え残っている雪。(春の季語)
春水とは、雪が解けて露となる様子。氷や雪がとけて流れ出る豊かな水のこと。(春の季語)
小舟とは、雪の原に月が浮かんだ様子。「月の小舟」を連想したもの。
白妙とは、月夜の光が雪に白く反射して一面が真っ白に見える様子。
池鏡とは、池の氷を鏡として月を写す様子。「氷面鏡」と同様、氷の表面を鏡にたとえた語。
欺雪とは、霜に月の光が白く反射して、雪かと欺かれる様子。雪と欺く霜のこと。
陰雲とは、暗く空をおおう雲のこと。月が雨模様になり雲に隠れる様子。
冱寒とは、月冴える霜夜の様子。「冱」は凍るの意味で、凍りつくような厳しい寒さ。極寒のこと。
聞の名目を持つ組香は数多くありますが、別書の聞の名目は、解りやすくイメージしやすいという点で秀逸の出来だと思います。雨に関する欠落のあることが本当に惜しい組香です。
続いて、記録について、出典には「而して全には(冬色)と書き、双當二點、片當一點左右何れにても一點とす。」との文章に続いて「寒景香之記」の記載例があります。これに従えば「香の出は要素名で二行に(左右に並べて)書き、各自の解答欄は聞の名目で記載して、その聞の名目に含まれる要素の当否によって正傍の点を付する。」という形かと思います。
一方、別書では「雪見・寒景ともに聞の名目多く紛らわしければ克(いそし)みて書くべし。記は、『々々』とかように二行とし、双當は二点、片當は傍点とす。」とあります。「克みて」は「勤しみて」と置き換えれば「頑張って書け」ということでしょうか?また、「二行に書く」とありますが、わざわざ景色満載の「聞の名目」をまた「要素名」に分けて並記するのはもったいないことと思われます。
点数については、出典・別書とも、聞の名目を構成する2つの要素(初後の香)が順番どおりに当たっていれば2点、「初の香」や「後の香」のいずれかが順番どおりに当たっていれば1点とします。ただし、2つの要素が同じでも順番が入れ違っていれば無点となります。
下附について、出典の「寒景香之記」には一般的な志野系の記述と同様「全中・・・全」「その他・・・点数」で記載されていますが、本文の最後に「全には(冬色)と書き・・・」となぜか括弧書きで「冬色」が追記されている部分があります。これについては、著者の時代に行われていた「寒景香」の通例や別な伝書からの情報によって補筆した可能性もあるので、論拠が不明ですが参考までに小記録にも記載しました。
一方、別書の「寒景香」については下附の記載がないものの、兄弟組の「雪見香」には「全中・・・雪見」「無・・・冬籠」と語句による下附があるというのが、唯一の構造上の相違点となっています。いずれ下附は一般的な「全中・・・全」「その他・・・点数」の記載でよろしいかと思います。
最後に、勝負は個人戦ですので、合計点の高い上席者の勝ちとなります。
寒がりの私には、辛い季節の到来ですが、冬は寒いなりに静謐な景色と香りが好きです。「寒い景色」も「暖かいお部屋で」ご堪能いただければ、贅沢この上ないことと思いますので、是非お試しください。
霜月は、お空の水も時々刻々と様相を変えて里に降ってきますが
葉裏の玉水さえも一日のうちに露になったり、霜になったり、氷になったりしています。
霜月は「水の変態」が見られる好適期ですね。
組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。
最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。
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