十二月の組香

神仙の住む島々を景色にした組香です。

客香が複数あるため後段を名目で答えるところが特徴です。

 

※ このコラムではフォントがないため「火篇に主と書く字」を「*柱」と表記しています。

説明

  1. 香木は5種用意します。

  2. 要素名は、「蓬莱(ほうらい)」「方丈(ほうじょう)」「瀛州(えいしゅう)」と「乾(けん)」「坤(こん)」です。

  3. 香名と木所は、景色のために書きましたので、季節等に因んだものを自由に組んでください。

  4. 「蓬莱」「方丈」「瀛州」は各2包(計6包)作り、「乾」「坤」は各4包(計8包)作ります。

  5. まず、「蓬莱」「方丈」「瀛州」のそれぞれ1包を試香として焚き出します。(計3包)

  6. 残った「蓬莱」「方丈」「 瀛州」の各1包に、「乾」と「坤」を1包ずつ加えて打ち交ぜて焚き出します。(計5包)

  7. 本香A段は、5炉廻ります。

  8. 聞き方は、「蓬莱」「方丈」「瀛州」については試香に聞き合わせますが、試香の無い「乾」と「坤」については初客を「天」、後客を「地」としてメモしておきます。

  9. 次に残った「乾」と「坤」の各3包を打ち交ぜて焚き出します。(計6包)

  10. 本香B段は、6炉廻ります。

  11. 聞き方は、先に出た香を「乾」、後に出た香を「坤」として、その後は香の異同で判別してメモしておきます。

  12. 答えは、名乗紙にA段を5つ、B段を6つ、香の出の順序に要素名で書き記します。

  13. 記録は、香の出に従って、各自の回答をすべて書き記し、当たりに点を掛けます。

  14. 点数は、当たり1つにつき1点とします。(11点満点)

  15. 下附は、A段、B段の当たり方で、所定の漢詩等を記載します。(委細後述)

  16. さらに、各自の当たり数によって、点数を下附します。

  17. 勝負は、点数の多い方が勝ちとなります。

 街の灯が、色とりどりに点滅して華麗な競演をみせてくれています。

小学生のころ、近所の友達と連れ立って、日帰りサイクリングを企てたことがあります。目的地は隣町にある「遠刈田温泉」で片道20kmの行程でした。それ以前に別の町までの15kmのサイクリングを決行して成功させていたので、更に距離を伸ばしての挑戦だったのですが、目的地は蔵王山の麓にある町の温泉街でしたので、往路は全て上り坂で、地図上で見る以上にきつい挑戦 となりました。「遠刈田温泉」の名前の由来は、昔歩いてここに辿り着いた旅人が「やれやれ、遠がった。」と一言もらすからだと聞いていましたが、正にそれでした。

朝に家を出発して、町境の峠を迂回して平地を進み、隣町の役場についてしばし休憩、そこから真っ直ぐの約8km近い登りが、正に「心臓破り」でした。とはいえ、サイクリングですから楽しまなければなりません。途中休憩を取り、沿道に自転車を置いて自然に触れてしまえば、そこは小学生ですから忽ち「ひと遊び」・・・また少し登っては「ひと遊び」と続けて、結局目的地に着いたのは午後3時頃だったと思います。ゴール地点としていたのは、温泉街の真ん中にある公衆浴場だったのですが、なぜか「物怖じ」して入浴せず、温泉街の土産物屋で、どうでもいいようなお土産を買っては、沿道の広場で見せ合いながら遊びました。日が翳り始めて、ふと温泉街の突き当たりに目をやると「フランス座」の艶かしい看板がライトアップされ、えもしれぬ動悸を覚えたことも思い出されます。帰り道は下り坂なので、ほとんど漕がずに夏の夕風を半袖にいっぱい孕んで役場まで降り切り、日もとっぷりと暮れた頃、道すがら別れを告げながら帰宅しました。

この小旅行で、点々と自然に触れつつ登っていく最中に、私は、その後大人になるまで「聖地」と呼ぶこととなった場所を見つけました。それは、心臓破りの坂を半分ほど上った所で取った休憩の時、水音に誘われて、一直線に伸びた杉木立の細道を突っ切ったところに現れた「青い河原」でした。そこには、蔵王から流れる「濁川」と「澄川」が合流してできる「松川」の清流が大きな岩の間を縫うように注いでいる場所でした。その水の青さもさることながら、周りの岩も青色や薄緑色のものが多く、河原全体が「青く」感じられました。その配色と水の美しさで心が晴れた感覚と、友達には「神隠し」と疑われつつ、独りで河原で過ごした夏のひとときが心に残り、自分の中ではいつしか其処を「聖地」と呼ぶようになっていました。

それから、大人になるにつれ、自転車がバイクになり、車を運転できるようになっても、「我が聖地」に足を運んでは心を癒した覚えがあります。その後、周辺の開発も進んで水と岩の色も変わってしまい、「聖地」を尋ねることも少なくなりましたが、最近は、近くにできた「たまご舎」の中庭のテラスでお茶を啜っては、当時の景色を思い出しています。今では、年老いて運動量の減った私がよりどころとしている場所は、近くの青葉山にある「疎林広場」ぐらいかもしれません。しかし、「心癒される景色」が即ち「心が晴れる景色」ということでもなく、また、高い山に登りたくなる今日この頃です。

今月は、壺の中のパラダイス「仙家香 」(せんかこう)をご紹介いたしましょう。

「仙家香」は、杉本文太郎の『香道』に掲載のある漢詩をテーマとした組香の一つです。「仙家」とは、 仙人の住処のことを意味しますので、この組香は「仙境」や「桃源郷」といった神仙のパラダイスに心遊ばせるという趣向で創作されたものかと思います。この組香は、おそらくは志野系統の雑組に属するものだと思いますが、他の香書に同名のものは見つからないため、非常に珍しい組香と言えます。一方、他書による比較検証ができないので、小引の矛盾や欠落を補うのに材料不足ということもありますが、今回は『香道』 のみを出典として、私の類推解釈も含めて書き進めたいと思います。

まず、この組香の要素名は、「蓬莱」「方丈」「瀛州」と「乾」「坤」ですので、それぞれに説明を加えます。

これら三つの神山は、「山の形が壷に似ていることから”三壺”と言った」『拾遺記』に記載があり、当時の中国では、台湾や日本のことをイメージしていたのではないかと言われています。

また、「三壺」が仙境であるということからイメージされたものか、『神仙伝』の「壺公」の段には、このような逸話が書かれています。  

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中国の後漢(紀元30年頃)、汝南の町の市場を取り締まる役人に費長房(ひちょうぼう)という男がいた。その市場の中に、一人の薬売りの老人(壺公)がおり、その店先にはいつも少し大き目の壺が1つ掛けてあった。 毎夕、市場が終った後、壺公は壺の中へひょいと跳び入ってしまうのだが、市場の人々は誰もこれに気付かず、長房だけが物見台の上からこの不思議な出来事をじっくり観察していた。 壺公が「ただものでない」ことを察した長房は彼を大切にし、長い間奉公していると、壺公も長房の誠実さを認めて、自分と同じように壺に跳び込むように言った。 こうして壺公と一緒に壺の中へ入ると、そこは壺の中などではなく、仙宮の世界で、楼閣や二重三重の門や、二階造りの長廊下などがあり、左右に数十人の侍者がいた。
 
荘厳を極めた美しい玉殿が聳え立ち、殿中にはおいしい酒や料理が一杯並んでいる。二人はたらふく飲んだり食ったりして、再び壺の外に戻ってきた。 こうして一度壺に入った長房は仙術を身に付け、地仙となった。  

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このように、「壺中天」、或いは「壺中の天地」という物語には「世人の知らない別天地」という意味と「自分だけで密かに愉しむ別世界」という意味があります。 私は、ここに香道の世界観との共通性を見出して、今回のご紹介に至ったわけです。

次に、この組香の構造についてですが、まず、「蓬莱」「方丈」「瀛州」を試香に焚き出し仙境への憧憬を誘うのでしょう。ここで本香には、段組があるという特徴があります。A段では、「蓬莱」「方丈」「瀛州」各1包に天地を表す「乾」と「坤」を1包ずつ加え、打ち交ぜて焚き出します。この5種5香が神仙の世界全体を表すことにより、連衆は、実際に仙境に入って「壺の天地」を味わうこととなります。 続いてB段では、「乾」と「坤」各3包を打ち交ぜて焚き出します。この2種6香が壺外の世界観を表すことなり、連衆は「三壺」それぞれの「壺の天地」を味わうこととなります。

このように、本香を段組構成として「夢」と「うつつ」の世界を分けるというのが、この組香の趣向となっています。このような、場面転換の技法は、「浦島香」が「竜宮城」と「外界」の二つの世界に分けられて段組されていたことと共通しています。

さて、A段5炉、B段6炉の香炉が廻りますが、「乾」と「坤」は、両方とも試香の無い「客香」でさらに香数も同じですので、その区別は付きません。そこで、小引では「聞の名目」を用い、A段では先に出た客香(初客)を「天」と答え、後に出た客香(後客)を「地」と答えることとしています。また、B段では、表記は要素名のままですが、初客を「乾」とし、後客を「坤」と答えることとしています。

本香が廻り終えますと、連衆は香の出た順に要素名を11個名乗紙に記載して提出します。先ほどの名目のルールがありますので、答えは「天・地」「乾・坤」の順序が逆になることはありません。

例:A「蓬莱」「天」「方丈」「地」「瀛州」  B「乾」「坤」「乾」「坤」「坤」「乾」

これにより、香組で当てはめられた要素名と香木とのペアが作者の意図通りに焚き出される確率は半々となりますが、組香の答えは迷うことなく記載できるように工夫されています。これは、「舞楽香」の「源氏」「朧月」と共通した手法です。

記録は、全員の答えを全て書き写しますが、「仙家香之記」の記載例では、本香数が多いため、A段は2行に散らして、B段は1行に記載されています。そして、香元が正解を読み上げた後、当たりに合点を掛けます。B段の当たりについては出典に「つがひ當りにする。」とあり、「乾」「坤」それぞれの同香を聞き当てている場合に当たりとなります。つまり、B段の最初の答えは必ず「乾」なので、これのみでは当たりにならず、最初に「乾」と答えた香と同香を聞き当てた場合に初めて、その前に出た「乾」も当たりとなります(坤も同じ)。点数は、A段は、当たりにつき各1点と換算します。B段も同じですが「つがひ當り」のため、必ず1つはペアで当たらなければならないので、最低2点から1点刻みに加点されます。また、この点法では、独聞や客香の当たりに加点要素はありませんので、全問正解で11点となります。

さて、この組香には、下記のとおり、概ね『和漢朗詠集』の「仙家」の段に掲載のある漢詩を引用した下附が用意されています。

「三壺」

「天地」

「壺中天地乾坤外」

三壺雲浮七萬里程」

「謬入仙家為半日客」

「不老門前日月遅」

この組香をご紹介するにあたっての最大の難関は、下附の整理でした。出典には「始め五包當りは(三壺)、無試ともに當りは(壺中天地乾坤外)、又、(三壺)の香違い無試許り當りは(三壺雲浮七萬里程)また、(三壺)一*柱にても當り(天地)、不當は(謬入仙家為半日客)と書き、又はじめの(天地)違い、後の「乾」「坤」皆當りには(壺中天地乾坤外)、全には(不老門前日月遅)と記す。」とあります。しかし、この記述を踏襲すれば「始め五包當りは(三壺)、無試ともに當りは(壺中天地乾坤外)」「全には(不老門前日月遅)」とは共に全問正解ですから下附2種が拮抗しますし、「(三壺)、無試ともに當り(壺中天地乾坤外)」「(天地)違い、後の「乾」「坤」皆當り(壺中天地乾坤外)」では、2つの当たりパターンで1つの下附が重複利用されることとなります。また、点数は別に付くとはいえ、下附では網羅されない当たりパターンも出てくることから、この記述の再解釈の必要性を感じました。

「仙家香之記」の記載例も2名分しかなく、全ての下附と当たりパターンが確認できないこともあり、再解釈の作業は難航しましたが、私の類推も含めた結論は下記のとおりです。

下附の整理

下附では、「不老門前日月遲」だけが君主の長楽晩年を言祝ぐ「祝」の詩なので、個人的には趣旨が違う気がしますが「仙境をくまなく楽しんだ結果、仙術を身に付けた」という意味に解釈すれば、「仙人」になったのですから「不老門」ということにしてもよろしいかと思います。

以上、作者の下附配置の意識からは、いささか離れるかもしれませんが、漢詩の持つイメージを最大限に反映し、当たりパターンに例外を作らないことにより、香席において執筆が即座に間違いなく下附できるように配慮したつもりです。

更に、この組香は下附の下に点数を付記することとなっています。 例えば、「三壺」の場合は、B段の当たり数によって「三壺 五」(〜十)、「天地」もA段・B段の当たり数によって「天地 一」(〜九)、「壺中天地乾坤外」は、A段の当たり数によって「壺中天地乾坤外 七」(〜十)と下附する点数に幅があります。一方、「三壺雲浮七萬里程」はB段が6つ当たっていることなので「三壺雲浮七萬里程 六」、同じく「謬入仙家為半日客 無」、「不老門前日月遲 全」も対応する当たり数が決まっているのでワンパターンです。

最後に勝負は、個人戦ですので、得点数の多い上席の方の勝ちとなります。

古くから、「壺の中には永遠に安楽な世界がある」と信じられていました。壺が別世界を中に孕むことの普遍性は、茶壺から骨壷、ひいてはクラインの壺に至るまで、人間が珍重する「壺」には共通の世界観があることからも理解できます。人間における「仙境」とは、意外に「壺公の壺」のような、身の回りにぶら下がっているちょっとした「聖域」なのかもしれません。俗塵にまみれても心の中に「床の間」を置くことが大切なのだと思います。我々凡人は、壺に飛び込むには、まだまだ修行が足りず、仕事で「土壺に嵌る」のが関の山ですが、せめて仕事が終わったら、お香を焚いて「我が仙境」に帰ることは、忘れずに居たいと思います。

 

「塵裡閑偸」

人それぞれに心癒される原風景があると思います。

たまには思い出して、想念の中で遊んでみてはいかがでしょうか。

今年も1年ご愛読ありがとうございました。

良いお年をお迎えください。

組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。

最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。

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