一月の組香
数の初めである「一二三」から転寝を連想させる組香です。
恋しい人と夢で逢うというテーマを味わいましょう。
※ 慶賀の気持ちを込めて小記録の縁を朱色に染めています。
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説明 |
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香木は3種用意します。
要素名は「一」「二」「三」です。
香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。
「一」は1包、「二」は2包、「三」は3包作ります。(計6包)
この組香には、試香はありません。
「一」「二」「三」を打ち交ぜて焚き出します。(計6包)
本香は、6炉廻ります。
答えは、香の出の順に名乗紙に6つ書き記します。
記録は、各自の回答をすべて書き記します。
点は、要素名1つ当たりにつき1点と換算し、当たりに点を掛けます。(6点満点)
下附は、全問正解の場合は「夢」、その他は点数を書き記します。
勝負は、点数の多い上席の方の勝ちとします。
新年あけましておめでとうございます。今年は、子年・・・干支も始めに帰りました。
「早梅を4個ください。」と店に入って、菓子を所望して代金を支払い「お平らにお持ちください。」とお菓子を受け取るまで約2分ぐらいでしょうか?店の人と話す言葉は、お決まりの二、三言なのですが、その間に心の会話が続いている感じがします。「一見さん」とは言え、長い間通っているので、お互い見知った顔なのですが、敢えて「あら、いらっしゃいませ。」みたいな馴れ合いのないところが、この店の魅力・・・私が長く通い続ける理由かもしれません。
仙台では有名な、この「菓子司」には、HPも電話もありません。まだ、独身で仙台に住みついたばかりの頃は、通勤途上にあったことがうれしくて、折々に「1個ください。」と季節の主菓子を買い求めに通いはじめたのですが、すぐさま結婚して「2個ください。」と訪れるようになり、子供が和菓子を知る頃になって「3個ください。」となり、末っ子も大きくなって家族が安定集団になってからは、お父様の点てたお抹茶が付き物となり「4個ください。」・・・いや、やっぱり茶菓子には予備が要るだろうと、この二十年で「5個ください。」まで増えました。確信犯である「予備の1個」は和菓子好きの私か、長女が食べるようになっていました。この頃には、「仙台の隠れた名店」ということで、全国の茶人が仙台に訪れる度に案内していたものですから、「なつかないこと」が信条の店の人も「どうやらその筋の人らしい」と顔ぐらいは覚えてしまうのは避けられないわけです。
それが、今年からまた「4個」に減りました。その原因は、私も長女も「お年頃」になり、余分な甘味を控えるようになったことにあります。店の人というのは、案外こういうことに敏感なもので、案の定、菓子を取る手が一瞬止まりました。帰り道に「おそらく店の人は、私の人生がピークを過ぎたということを菓子の数から察していることだろう」と思いました。図星です◎!確かに、これからは娘が巣立つに従って「3個」「2個」と減り、最後に「のんこう(黒い饅頭)を1個ください。」と店を訪れるのは、我が奥方か、はたまた私自身なのか・・・。店は、それでも「あら、どうなさったんですか?」などという無駄話をせず、いつもどおり最後には「お平らにお持ちください。」と持たせてくれるのでしょう。
そんな、人生の「一、二、三」から「三、二、一」までを見届けてくれる末永い関係は得がたいものです。香筵における雅友のように、お互いが「ワン・アンド・オンリー」であることを自然に認め合う、節度を保った付き合いから
も生まれるような気がしています。
今月は、寝正月にも恋しいお方が現れて欲しいと願う・・・秘伝「一二三香」(ひふみこう→うたたねこう)をご紹介いたしましょう。
「一二三香」は、『御家流組香集(智)』『香道蘭之園(附録)』や杉本文太郎の『香道』にも掲載のある組香です。前2書の記述は、「一を1包、二を2包、三を3包、合わせて本香り6包を打ち交ぜて焚き出す。」という極めて簡潔なもので、『御家流組香集(智)』は試香が無く、『香道蘭之園(附録)』は「二、三」のみ試香が付くところに違いがあります。これら組香では、香の数がそれぞれ「一二三」の景色を描いているので、即ち「一二三香」(ひふみこう)と呼ばれていたのでしょう。また、この組香は、基本的には雑組に分類されるのですが「末広香」と同様、香数が末広がりでおめでたいというイメージがあるということも付け加えておきます。
一方、『香道』に掲載のある組香は、香種が4種と増え、試香もあり、それぞれの香に「一は手枕」「二は假枕」「三は仇枕」「ウは夢」と「寝ること」に関係した要素名が付されています。そして、小引の終段には「この香、本名「うたたね」といふ。」と書いてあり、そのことは伝授を受けるまで秘して「ひふみ」と読ませることとしてあります。ちなみに、聞香秘録『拾遺聞香撰 (巻之二)』や『御家流三十組目録』の一部に「一二三寝香」と「寝」を送って表記しているものがあり、一二三は「うたた」と読むという説もあります。
私は、今回のご紹介でどちらの書物を典拠にすべきか迷いましたが、数に直結する「一二三香」では「うたたね」と読ませる意味が書きづらいし、「寝ること」が既にテーマとなっている「一二三香」も香数の面で歯切れが悪く、景色も直接的な寝姿でつまらない・・・。そこで、昔の稽古ノートに書かれた、小野小町の歌「うたたねに・・・」が証歌となっている「一二三香」を思い出しました。これならば、構造は簡潔ですし、「寝ること」についての連綿もあります。証歌が「恋歌」であるために、テーマも「恋の組香」となるところが、旧来の伝書の流れからすると強引な演出かもしれませんが、誰の心にも残る秀歌であるために印象が非常に心地よいのです。
そのようなわけで、今回は典拠不明ですが、私の12年前の稽古ノートを出典として書き進めたいと思います。
まず、この組香の証歌は、『古今和歌集』の第二、恋歌二に「題しらず」として掲載のある「うたたねに恋しきひとを見てしより夢てふ物は憑みそめてき(古今和歌集553 小野小町)」です。高校の古典の時間に『古今和歌集』の名歌として習った記憶のある方も多いと思います。意味は「うたたねをした時に、恋しい人を夢に見てからは、(それまで頼りにならないと思っていた、はかない)夢というものに改めて頼みに思うようになった。」ということでしょう。これは、頼りにならないものに頼みをかけ、ひたすら すがって行こうとする女性の切ない恋心を良く表していると思います。一般的な歌集では、「たのみ」は仮名書きのため「頼」と単純なイメージで解釈されていますが、角川書店『新選国歌大観』の古今和歌集に掲載された歌は、「憑」の字を当てています。辞書的には、「憑」も「頼」と同じ意味なのですが、ニュアンス的には「とり憑かれている」「しがみつく」「半ば病的に依存している」のような意味を含ませて解釈すると、恋心の深遠さや「ものぐるおしさ」が読み取れるような気がします。
次に、この組香は「香種3、香数6」であり、試香はありません。各香を「一を1包、二を2包、三を3包」と作り、本香は、それを合わせて「6包を打ち交ぜて焚き出す。」だけというところは、『御家流組香集(智)』『香道蘭之園(附録)』とも共通しており、この「1+2+3=6」という香数がポイントとなります。
ここで、なぜ「一二三」が「うたたね(転寝)」と読めるのか?についてですが、香数の総計である「6」は、昔の「明け六つ(午前5〜7時)」「暮れ六つ(午後5〜7時)」を表しており、昼と夜の境目にあたる2つの「六つどき」は、丁度「うたた寝どき」であるという意味でこの読み仮名をつけたというのが通説です。
これをもう少し詳しく解説しますと、「一二三」を「うたたね」と呼ぶことを秘した理由も見えてきます。江戸時代までは一日を十二時に分けていました。「子の刻」や「亥の刻」のように十二支に割り振った呼び方は、よく時代劇で耳にすると思いますが、さきほどの「明け六つ」「暮れ六つ」の呼び方もご存知のことと思います。それは、江戸時代には、1日24時間を12等分した「一刻(いっとき:約2時間)」を単位として時刻を言う呼び方に「十二支」と「数」の二通りがあったからです。このうち、「数」での呼び方は、真夜中の午前零時を「九つ(子)」とし、一刻ごとに「八つ(丑)」、「七つ(寅)」、「六つ(卯)」、「五つ(辰)」、「四つ(巳)」として、正午を境に、再び「九つ(午)」、「八つ(未)」、「七つ(申)」、「六つ(鳥)」、「五つ(戌)」、「四つ(亥)」と逆に数えるというようになっていました。そこで、江戸時代の時計や時刻の呼び方に「一二三」の文字は無いことから「その分は、転寝していて時を逃したのだ。」と解釈して、「一二三は、いつもうたたねどき」として隠したという説が成り立ちます。
さて、この組香の聞き方と回答方法について、出典には特段の記載がありませんが、稽古では手記録紙を用いた「後開き」方式でした。この場合は、本香が「1+2+3」を打ち交ぜて6炉廻りますと、連衆は試香がないため、香りの異同を頼りに「○、△、○、△、○、×」などとメモしておき、香炉が廻り終えてから、結果的に1つ出た香を「一」、2つ出た香を「二」、3つ出た香を「三」と書き換えて提出することとなります。
回答例:「三、二、三、二、三、一」
この場合、香記の回答欄には要素名としての「一」「二」「三」が記載されますので、正解と各自の回答は見比べ易いものになります。
一方、『御家流組香集(智)』の「一二三香記」の記載例からは、「一*柱開」方式で行うとした形跡が読み取れます。この場合は、「十*柱香」同様、一旦要素名を匿名化して、最初に出た香を「一」、次に出た異香を「二」、最後に出た異香を「三」、それぞれの同香は同じ数字を書き記して回答します。
回答例:「一」「二」「一」「二」「一」「三」
すると香記の回答欄は、1炉目は必ず「一」という景色になりますので、正解との見比べは「十*柱香」同様の注意が必要となるほか、「一が1包、二が2包、三が3包」というこの組香の基本的な数の景色が端的には現されなくなるという嫌いはあります。
因みに、試香のある『香道』、『香道蘭之園(附録)』には、それぞれ「札物」、「一*柱開」の記載があります。この場合、連衆は試香のある「地の香」については、試香と聞き合わせて要素名の書かれた札を打ち、聞いたことの無い香りに「客」の札を1枚打つこととなりますので、香記は「後開き」と同様に「要素名」が記載されることとなり、数の景色が崩れることはありません。そのようなわけで、出典以外の組香は「一*柱開」を指定しているように見えます。いずれ、この組香は、試香が無くとも本香の数が全て違うことから、後の判別が効くため、今回は大勢に反して「後開き」方式でご紹介していますが、連衆の熟達度に応じて「一*柱開」方式をとってもよろしいかと思います。
記録について、「後開き」方式を採用した場合は、常の香記と同様のイメージとなります。各自の名乗りの下に、回答を全て書き記し、香の出と見合わせて当たりに点を付します。各書とも独聞や客香の当たりについて加点要素が特記されていませんので、当たり1つについて1点とし、全問正解は6点となります。全問正解で6点ということが「うたたね」にも通じるため、なお好都合かと思います。そして、出典の組香では、全問正解の場合に「夢」という下附が設けられています。これは、『香道』にある「一二三香」の客香が「夢」という要素名であることに通じるものがあります。ここでは、一般的に「寝ること」をテーマとした組香で見られた「夢」ですから、「楽しい夢が見られた」「夢心地」ということを意味するものと思われます。とりわけ、出典の組香の場合、「夢てふものは憑みそめてき」ですので、「望みどおりに好きな相手が夢に現れた」ということを意味するものでしょう。また、その他の当たりは点法にしたがって漢数字で書き入れます。
一方、『御家流組香集(智)』にある「無試・一*柱開」方式の場合は、十*柱香同様「正傍の点」が付されます。この組香の場合は、本香数がそれぞれ異なるため複雑で、結果的に1つしか出なかったお香は1つ当たれば「正点一」ですが、2つ出たお香はペアで当たらないと当たりにはなりませんので「正点二」のみで「傍点一」はあり得ません。また、3つ出たお香も、最低ペアで当たって「正点二」、全てあたった場合「正点三」となり、1つのみで「傍点一」と加点されることはありません。そうして全問正解が「正点 六」となり、これに「皆」と下附することになっています。
出典の組香は、御家流香道に「証歌」という文化が付加され始めた時代に、「一二三香」の「数遊び」と「一二三をうたたねと呼ぶ」という二つの命題を、小野小町の有名な歌により「恋」の組香に昇華させた新しい作品なのではないかと推察していますが、各伝書の「無味乾燥な部分」や反対に「具体的過ぎて景色が窮屈になる部分」を補って、よく整理された美しい組香に仕上がっていると思います。
最後に、『香道』には「一二三」を「うたたね」と呼ぶことに対して、こんな酷評が掲載されていますので引用します。「一、二、三を『うたたね』と読むは口傳であって、伝授の済まぬ人には「ひふみ」と読ませ「転寝」の名を秘すると。総て技道には何でもない事を、小六ヶ敷く(小難しく)いひ(言)立つるは、独り香道のみではない。何れも比々皆然らぬはない。此等は実に笑うべき次第である。」
世阿弥の『風姿花伝』には、「秘すれば花なり。秘せずは花なるべからず」
とありますが、皆様は、どのようなお立場で斯道に精進されておられますでしょうか?
初夢で・・・
「一冨士、二鷹、三茄子」を背景に「恋しい人」が現れたら最高ですかね。
小野小町もここまでは望まなかったでしょうけど・・・。
夢に酔う君の息吹に埋火は胸を透かしてほの赤く燃ゆ(921詠)
本年もよろしくお願いいたします。
組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。
最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。
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