二月の組香

と春の交錯する時期にふさわしい組香です。

組香が表す景色をしっかりと心に結びましょう。

説明

  1. 香木は4種用意します。

  2. 要素名は、「梅」「鶯」「春」と「雪」です。

  3. 香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。

  4. 「梅」は2包、「鶯」は3包、「春」は1包も「雪」は2包作ります。(計8包)

  5. 「梅」「鶯」のうち1包ずつ試香として焚き出します。(計2包)

  6. 残った「梅」1包、「鶯」2包、「春」1包と「雪」2包打ち交ぜて焚き出します。(計6包)

  7. 本香は、6炉廻ります。

  8. 答えは、要素名を香の出た順番に名乗紙に6つ書き記して提出します

  9. 記録は、各自の答えを全て書き写し、当たりに点を付します。

  10. 点数は、名目1つの当たりにつき1点とし、その他の加点要素はありません。(6点満点)

  11. 下附は、全問正解に「皆」、その他は点数で書き記します。  

 

今年も冬篭りから緑生へのカウントダウンがはじまりました。

如月には「女性が男性にチョコレートを渡す」という日本独自の文化があります。これは、終戦直後に神戸に進駐して来たヴァレンタイン・D・クラーク少佐が自分の誕生日である2月14日(聖人ヴァレンティノの日)に敗戦後の混乱の中で飢えに苦しむ子供たちへのプレゼントとしてチョコレートを配って廻ったことが発端のようです。その後、神戸では日本人に対して、常に「敬意と愛情」を持って接したクラーク少佐を記念して、2月14日にチョコレートを贈り合う風潮が芽生え、チョコレート業界が「バレンタインにはチョコレートを贈ろう!」という販売促進キャンペーンを展開したのを契機に全国的に普及し、いつしか「女性から好きな男性に気持ちを伝える機会」として固定化したもののようです。

このブームは、私が中学校に入った年には田舎の町にも到来しており、まだ市販の定番チョコレートしかありませんでしたが、全てが(淡い想いながらも)「本命チョコ」でした。しかし、程なくして不二家のハートチョコレートが販売され、当時はこれが「義理チョコ」の代名詞となったように記憶しています。今では、バレンタインデー用のチョコレートがデパートに並び、ブランドと希少価値が「本命か?義理か?」のデッドラインを形成しており、ヴァレンタイン少佐の精神である「敬意と愛情」という贈り物の尺度は、「数と価格」に押されるようになりました。それでも、私にとってのバレンタインデーは、「もらった数」の方が「ふられた数」より多かったので、それなりに幸せな日だったのだと思います。

そんな私が、就職して最初のバレンタインデーに青森県の弘前市に出張させられることになりました。とりたてて「大事な用事」もなかったため、スケジュール的には都合はついたのですが、甘党の私が毎年、半年分のチョコを備蓄できる「有難い日」でしたので、口惜しい上司の命令であったことは確かです。

弘前は、「雪灯籠まつり」も終わったばかりで、事故防止のために崩された雪の塊がゴロゴロと公園に転がっていました。その日の仕事を終えて、酒を交えた夕食を取っていいると、その日に出会ったメンバーの若者同士で「バレンタインデーに出張に出された不満をどのように解消すべきか?」という話になり、「とりあえず、ディスコに行こう!」ということになりました。「え〜っ、弘前にそんなものがあったのかぁ?」という驚きも手伝い、雪深い市内を長靴で歩いて「ディスコ?」にたどり着くと、「土地の常識」ということで長靴のまま入場しました。

すると、ホールの入り口に立つや否や、10代の若い女性がアイドル歌手にでも飛びつくかの勢いで押し寄せ、私たちにチョコをプレゼントしてくれたのです。「狐に化かされたか?」、「新手の接待か?」と勘ぐる中で、女性に理由を聞いてみましたところ、彼女らもバレンタインデーを同性同士で過ごさなければならない境遇で、とりあえず「次にドアを開ける人にチョコを渡すことに皆で決めていたのだ。」と答えてくれました。当然、その夜は「合コン状態」でハウスボトルを飲みすぎ、次の日の午前中は、 鯵ヶ沢町 のイカの一夜干しに出会うまで、何も喉を通らない状態で仕事を続けました。

最近、青森に行って、その時に長靴で踊りまくった元青年たちに出会いました。皆、それなりの肩書きのあるオジサンになっていましたが、「あのバレンタインデーは一生忘れない」と異口同音に言っていました。思えば、ディスコ という梅の枝に長靴を履いた鶯がとまり、雪ん子が降りつもるような合コンで春を謳歌して、一期一会の花鳥風月・・・「青春の忘れえぬ日」というものは、いつどこで出くわすかわからないものですね ぇ。

今月は、花の香、鳥の声に春の到来を待ち侘びる「春雪香」(しゅんせつこう)をご紹介いたしましょう。

「春雪香」は、11年前に私が初めて社中で代稽古をした際の思い出深い組香です。出典は定かではありませんが、わが社中では「2月の定番」とも言える組香で、師匠に代稽古を任された際にも、迷わず取り上げることとしました。その理由は、単純明快に春の意識と冬の景色が交差する「梅春月」をしっかりと切り取った景色があるからです。そのようなわけで、今回は小記録を見ていただければ、解説など無くとも皆様の心の中に如月の景色が描けるかと思いますが、この組香の作者に成り代わりまして「作意」のようなものを推察しつつ筆を進めたいと思います。

まず、この組香には証歌があり、香によって醸し出すべき景色やテーマがしっかりと見て取れるようになっています。証歌の出典を調べますと、『古今和歌集』(巻第一)に「題しらず」との詞書に続いて「梅がえにきゐるうぐいすはるかけてなけどもいまだ雪はふりつつ(春歌上5 よみ人しらず)」という歌に尋ね当たります。これを理解しやすいように漢字仮名まじり文にすると「梅が枝に来居る鶯春掛けて、鳴けども未だ雪は降りつつ」となります。意味は、「梅の枝にやって来ている鶯は、冬のころからこの春にかけて『春だ。春だ。』としきりに鳴くけれども、いまだに冬のものである雪が降り続いているよ」というところでしょう。(「はるかけて」は、冬から春にかけてという期間と『春だ。春だ。』と複数回繰り返すという2つの意味を含んでいます。)さらに、この歌を鑑賞していくと「梅の枝に花も咲き、鶯の声も聞こえて、春を告げているのに雪が降り続いてなかなか春めいてこない。早く春にならないかなぁ。」という「春待ちの歌」であることがわかります。

次に、この組香の要素名は、「梅」「鶯」「春」「雪」となっています。これらの要素名は全て歌に詠まれた言葉の一部です。「梅」「鶯」「春」は、前半の3句に読み込まれた春の風物であり、「なけどもいまだ」という第4句を境にして、冬の風物である「雪」を最終句から対峙させることにより、春と冬を3:1に分割しています。このことは、「大方は春模様なのに雪だけは降り止まない」という証歌の作意にも通じており、証歌の景色を組香全体に反映させ、連衆の心象を結びやすくするという典型的な組香の形式をとっていると言えましょう。

続いて、この組香の香種については、前述のとおり「春3:冬1」の構成で計4種となっています。全体香数については、「梅」が2包、「鶯」が3包、「春」が1包、「雪」が2包の計8包ですが、まず、「梅に鶯」を「春のおとずれ」として聞くために試香が各1包ずつ用意されています。本香数は「梅」が1包、「鶯」が2包、「春」が1包、「雪」が2包で計6包となります。これは、「梅の枝に花が一輪咲き(1)、そこかしこで鶯が鳴いて(2)、春を感じるが(1)、あたりは雪(2)」という景色を香の分量で端的に表したものと言えましょう。また、香数が「六」であることは、この春景色全体を「未だ雪が包んでいる」ということで「六華」の形をしているとイメージして良いでしょう。

因みに、私が香組するのであれば、要素名ごとに「香色の配置」を試みるでしょう。例えば「梅」は薄紅色、「鶯」は鶯色、「雪」は白、「春」は抽象的な扱いなので透明でもいいのですが、空色が全体バランスとして美しいかもしれません。それぞれの色にふさわしい香気を選べば、連衆の心を春らしいパステルカラーで満たすことが出来ますし、香記に散らされる景色も色味を帯びて楽しいものとなります。

さて、この組香には「春」「雪」と客香が2種あることにお気づきかと思います。客香が2種ある場合は、香数を変えて回答の際に判別が効くようにして置くことは、大切な香組のテクニックです。「春」は「梅 と鶯によって初めて心に浮かぶ未知のもの」ということで、1包の客香に据えられており、この「春」を感じるということがこの組香の大切な鑑賞ポイントであると言えます。

一方、「雪」は、「梅」「鶯」が作り出す春のイメージを打ち消す「仇」の役目として加えられています。こちらは「鶯」が「はるかけて」、「春だ。春だ。」と鳴くのに対抗して、「雪」も「雪は降りつつ」で「降り。降り。」しているため、それぞれの香数は競うように2:2で対峙しています。「雪」は、他の要素の「仇」ではありますが、これがなければ「早く春が来ないかなぁ」という景色を結べませんので、大切な鑑賞ポイントとなります。 また、「雪」は、冬の風物を一手に支える要素としての性格の強さから2包の客香に据えられたのでしょう。そして、この「春」と「雪」という2つの鑑賞ポイントを通過して初めて「春雪香」となるわけです。

ここで、地の香である「梅」「鶯」が1:2、客香である「春」「雪」が1:2と対比されている美意識も鑑賞しておくべきかと思います。春と冬の対峙という景色の中で、「春」がもっとニュートラルな客香であると解釈すれば、「雪」と合わせて「春の雪」という景色にもなります。そうすれば、「梅に鶯」に「春の雪」 の対峙となり「雪」が「春」を打ち消すことなく、景色は格段に親和性を増して春めいたものとなります。「梅春の候」は、毎年陽気の具合で冬方にも春方にも付きますので、開香筵の天気により、「春」と「雪」の対峙関係は斟酌されて解説するのもよろしいかと思います。

最後に、本香6炉が焚き終わりますと、各自は手記録紙に要素名を6つ書き記して提出します。記録は、常の如く、全員の回答を書き写して、当たりのものに点を掛けます。独聞や客香に加点要素はないため、1要素の当たりに付き1点で「6点満点」です。下附は、全問正解の場合は「皆」と書き、その他は点数を書き記します。勝負は、上席の最高得点者の勝ちとします。

夜半から降り積もった雪が晴れて、枝に積もった雪を小鳥たちが振り落とす景色も趣き深いものです。「梅は、まだ蕾だけれども、鳥たちの散らす雪は、梅の花びらのようだ」と思ったことはありませんか?「春待つ心」とは、冬の景色の中から、いち早く春の気配を探し出す、五感の遊びなのかもしれませんね。

 

もうすぐバレンタイン・・・

でも、本当に欲しいものは、チョコなんかじゃないんですよ。

たった1粒の「核心的な愛」です。

 

組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。

最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。

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