五月の組香

兜飾り

 

卯花の垣根が春と夏との季節を隔てるという組香です。

微妙な季節の移ろいを感じながら聞きましょう。

 

*

説明

*

  1. 香木は、4種用意します。

  2. 要素名は、「春(はる)」「夏(なつ)」「垣根(かきね)」と「卯花(うのはな)」です。

  3. 香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。

  4. 「春」「夏」「垣根」は各包、「卯花」は1包を用意します。(計10包)

  5. まず、「春」「夏」の各1包を試香として焚き出します。(計2包)

  6. 次に、残った「春」「夏」の各2包を打ち交ぜ、任意に1包を引き去ります。(計3包)

  7. この3包に、「垣根」3包と「卯花」1包を加えて、打ち交ぜて焚き出します。(計7包)

  8. 本香は、7炉廻ります。

  9. 答えは、名乗紙に香の出の順に要素名で7つ書き記します。

  10. 点数は、1つの要素名の当たりにつき1点です。(7点満点)

  11. 下附は、全問正解の場合は「卯の花」とし、その他は点数で記載します。

  12. 勝負は、点数の最も多い上席の方が勝ちとなります。

 

山の稜線も新緑に色めいて、木の花の香りをはらんだ芳しい風が吹いてきます

「うーのはな〜のにおうかきねに♪ほーととぎーすはやもきなきて♪」の季節ですね。我々の年代ならば、母親の鼻歌から聞き覚えた「夏は来ぬ」は、作詞・佐々木信綱、作曲・小山作之助で、明治29年(1896)、小学5年生用の「新編教育唱歌集」に載った曲だそうです。小学生の私には「はやもきなきて」が何のことやら解らずに唄っていたものですが、実は「卯の花」自体も「そういう花があるのだろう。」と信じてはいたものの、色や形などは全く想像もできず、それを確認しないまま、相当大人になるまで過ごしてきました。

私の記憶では、「卯の花」というものの実物を見たのは、「おから」の方が先でした。それも「豆腐の絞り殻を『卯の花』と呼ぶとは、なんと日本語は美しいのだろう」と考えられるぐらい成長してからのことです。「おから」が喩えであることは、当時すでに分別がつきましたので、逆に「本当の『卯の花』というものも、白くフワフワした小さな花なのだろう」と思っていました。それから、また少し大人になって「卯の花」が「ウツギの花」であることを知るわけですが、それでも、図鑑で調べるほどの興味も湧かず、長い間、「想像上の花」のまま放っておいたわけです。

これが、子供が生まれるという段になって、「名付け」の問題が出て参りました。性別は生まれるまで聞かない方針だったため、男の子用と女の子用の名前を2通り考えたのですが、私が女の子用に考えていた名前が、宇宙の「宇」を当てると姓名判断で「女子最悪」とかいうことで、生まれ月である卯月の「卯」の字に挿げ替えることとなりました。ここから、「卯月」→「卯の花月」→「ウツギ」と、言わば「まとも」な興味の連鎖に従って、ついに本物の「卯の花」を見ることが出来ました。改めて思い返しても、子供の頃に近所で「ウツギ」の生垣を見かけることはなかったのですが、今では、ビルや街路の植栽にも多用されていて、「こんなにポピュラーなものだったのかぁ!」と驚いたのを覚えています。その花は、「白く」「小さく」、「雪見草」の別名のとおり、遠目に「フワフワ」と見えるところは「おから」のイメージ通りでした。ただし、近くによると、5弁の花びらがそれぞれ尖がっていて、「意外にシャープ」という印象も受けました。

そして、この印象から、私は生まれてくる子供のために「卯の花の匂う垣根に」という題名の小編を書くことを思い立ち、現在は、それが出生時のアルバムに閉じられて娘の手に渡されています。ただし、この小説は、最初は双子で生まれてくるはずの「胚」のうち、女の子がお腹の中で消えてしまい、男の子の方が先に生まれてくるというストーリーなので、主客転倒・・・長女としては大顰蹙なのです。成人してお嫁にいくまでに「改訂版」を書かなければと思っています。

今月は、初夏の組香として有名な「卯花香」(うのはなこう)をご紹介いたしましょう。

「卯花香」は、杉本文太郎の『香道』に掲載のある組香です。この組香は、「四季」の組香に属するものですが、要素名が端的で季節感がはっきりしており、構造にも適度に変化があるため、出典が乏しいわりには、実際の香席では、流派を問わず多用されています。春と夏が移ろう季節の組香の要素といえば「杜鵑」の声が最も用いられますが、この組香では「卯の花」を主役に据えて組み立てられています。「卯の花」は、万葉集の頃から夏の花としてたくさんの歌に読まれ、「卯の花の、ともにし鳴けば、霍公鳥(ほととぎす)、いやめづらしも、名告り鳴くなへ(万葉集 大伴家持)」などと、杜鵑とともに「花鳥」の景色を醸し出すのに用いられました。今回は、他に出典が見られないという心許無さはあるのですが、戦後から現在まで「香道界のバイブル」となっている、杉本文太郎の『香道』を出典として書き進めたいと思います。(校閲及び追補:矢野環先生にも感謝です!)

まず、この組香の証歌「我宿の垣根やはるをへだつらん夏きにけりと見ゆる卯の花」(和漢朗詠集149 源 順)であり、巻上の四季の詩歌の中で「首夏」の段に掲載されています。「首夏」とは、夏の初め、初夏のことで、陰暦4月の異名でもあります。 意味は「我が家の垣根は春をも彼方へと隔ててしまったのだろうか。夏が来たのだと、はっきり思えるほど、卯の花が白く咲き乱れているよ」ということでしょう。卯の花の垣根は隣家との隔てとして立ててあるのに、花の白さが陽光に眩しく際立って、春と夏をも隔ててしまったという意趣の「白色」が印象的な歌です。

詠み人の源 順みなもとのしたごう:911〜983)は、三十六歌仙の一人で、漢詩文にも優れていた歌人です。「拾遺和歌集80」に見られるこの歌には、「屏風に」との詞書が付されており、朱雀院が、絵暦のような四季の絵と歌を散らせた屏風を作らせた際に、当世の歌人に歌を奏上させ、その中から、四月に因んだ「卯の花の絵」に、この歌が選ばれて書き付されたということのようです。

次に、この組香の要素名は「春」「夏」「垣根」「卯花」で、これらは全て証歌に用いられている言葉となっています。これは、和歌の5句を要素名にするという基本的な組香の手法から派生して、句のエッセンスを言葉として際立たせる組み方かと思います。各要素については、「春」は過ぎ行く季節「夏」は歩み来る季節、これらの季節の移り変わりに「垣根」が節目を加え、「卯花」の白さが最終的に「夏」の到来を告げるという意趣の配置かと思われます。

続いて、この組香の香種は4種、最初に用意する香は10包で「3+3+3+1=10」と「十*柱香」を思わせる非常に据わりのよい香数となっています。このうち、「春」と「夏」は1包ずつ試香として焚き出され、更に任意に1包引き去られて、本香数は都合7包となります。この「7包」について、いろいろと解釈を試みましたが、「七夕香」「五色香」のように名数的な意味合いではなく、景色を形作る各要素を最小限で積み上げた数の合計となっているようです。

さて、この組香の構造は、まず、「春(3包)」と「夏(3包)」のうち1包ずつを試香として焚き出し、「既知なるもの」を知らしめて組香の舞台を形成します。ここで、手元に残る香包は「春」「夏」2包ずつとなりますが、「2包:2包」のままでは「季節の濃淡」が出ないので、「春、夏4包を打ち交ぜて、任意に1包引き去る。」という手順を踏みます。このことによって、3包として残った季節の要素が「春(2包)」「夏(1包)」となれば「晩春」、「春(1包)」「夏(2包)」となれば「初夏」というイメージが強くなり、組香の舞台背景の色合いも変わることになります。そこに、この組香の小道具である「垣根(3包)」が加わりますが、季節の要素にそれぞれ挟まれることを想定しているための香数であると思われます。また、季節に挟まれることによって様々に垣根の景色も変化するため、「未知なるもの」として客香とされていると考えて良いでしょう。そして、最後にこの組香の主役である「卯花(1包)」が客香として加えられ、全体景色の中で季節感を定めるように咲くこととなります。

最も理想的な香の出としては、「春」「垣根」「卯花」「夏」「垣根」「夏」「垣根」のように「垣根」がそれぞれの「春」「夏」を隔て、「卯花」が「春」と「夏」の季節を更に隔てるというイメージかもしれません。

本香は、これら7包を打ち交ぜて、順に焚き出します。その後は「常の如く」香炉を回して聞きます。本香が焚き終わりましたら、連衆は、名乗紙に香の出の順に要素名を7つ書き記して提出します。「春」「夏」は試香で聞いたことのある香りですので、試香に聞き合わせることができますが、「垣根」と「卯花」はどちらも客香であるため、即時には聞き定めることができません。しかし、「垣根」は同香が3包ありますので、仮に「○」「×」などとメモしておくと、結果的に「香りの同じもの3つ」と「それぞれのどれとも違うもの1つ」に数が分かれる筈です。そうすれば、3つの方が「垣根」、1つの方が「卯花」ということになります。

記録は、連衆の名乗の下に各自の回答を全て要素名で記載し、当たりは要素名の右肩に点を付します。点数は要素名の当たりにつき1点と換算し、全問正解は7点です。下附は、全問正解のみ「卯の花」と書き記しその他は点数で書き表します。下附に関して私見を申しますと、要素名の「卯花」と下附の「卯の花」の景色が重複しているのは、若干「くどい」気がします。現代に置き換えれば、それこそ「夏は来ぬ」とか「夏来る」の方がよろしいかと思います。

最後に、この組香では、証歌の書き付け方に特徴があります。出典では「夏の香二つ出づれば、出香の下に、春の香二つ出づれば記録の奥に書き・・・」とあり、香の出によって証歌を書き記す位置が異なるものです。現代の香記で言えば、春が2つ出た場合は「普段どおり」、各自の回答の後に証歌を書き記し、夏が2つ出た場合は、証歌が「香の出」の前まで出て来て、「香組」の横に小さく(いまでは下にスペースがないため)書くことになります。これも、証歌を1つの「隔て」として用いる趣向なのかもしれません。ここでも、私見を述べますが、証歌を「季節の隔て」と解釈するならば、香の出と各自の回答というを「主景」と考えて、「夏の隔て」は「卯の花」が咲いた後ですから記録の奥に書き、「春の隔て」は「卯の花」が咲く前ですから、香の出の前に書くのがよろしいかと思います。

勝負は、最高得点者のうち上席の方の勝ちとなります。香記にたくさんの「卯の花」が咲くと、その白さも際立ち、夏らしい景色となることでしょう。

証歌「夏は来ぬ」は、1番が有名ですが、5番まで読み通すと更に夏の風景が広がり、細かな描写に郷愁を覚えます。

  1. 卯の花のにおう垣根に ほととぎすはやも来鳴きて 忍び音 もらす 夏は 来ぬ

  2. さみだれのそそぐ山田に 早乙女が裳裾ぬらして 玉苗 ううる 夏は来ぬ

  3. 橘のかおる軒端に 窓ちかく蛍とびかい おこたり諫むる 夏は来ぬ

  4. 棟散る川辺の宿の 門遠く水鶏声して 夕月涼しき 夏は来ぬ

  5. 夏は来ぬ蛍とびかい 水鶏なきうつぎ花咲き 早苗植えわたす 夏は来ぬ。

5番は、オールスターキャスト「総まとめ」という感じでしょうか。3番の中に蛍が出てきて「おこたり諫むる」というのも小学唱歌っぽい発想があらわれていますね。

 

「春」は植物の芽吹きや開花に目を奪われてめまぐるしく過ぎていきますが

「夏」になると次第に動物の存在感が増して来ます。

仲を取り持つ「夏来にけらし」は、爽やかで美しい「光」が主役ですね。

 

組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。

最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。

区切り線以下リンク

今月の組香リストに戻る

Copyright, kazz921 All Right Reserved

無断模写・転写を禁じます。