七月の組香

七夕に因んだ「橋」をテーマにした組香です。

それぞれ要素名の景色を思い浮かべながら聞きましょう

 

 

説明

  1. 香木は、4種用意します。

  2. 要素名は、「天浮橋(あまのうきはし)」「雲の梯(くものかけはし)」「露玉橋(つゆのたまはし)」「占問橋(うらとうはし)」です。

  3. 香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。

  4. 天浮橋」は2包「雲の梯」と「露玉橋」は各3包、「占問橋」は2包作ります。(計10包)

  5. 「天浮橋」「雲の梯」「露玉橋」の各1包を試香として焚き出します。

  6. 残っ「天浮橋」1包と「雲の梯」「露玉橋」の各2包に「占問橋」は2包を加えて打ち交ぜます。(計7包)

  7. 本香は、7炉廻ります。

  8. 記録は、連衆の回答を全て書き記し、所定の「点」を付します。(委細後述)

  9. 下附は、点数で書き記します。

  10. 勝負は、最高得点者のうち上席の方の勝ちとなります。

 

水の恋しい季節となり、子供の頃の水遊びを思い出します。

私の生家は、四方を小川に囲まれた水とは縁の深い土地に建っていました。「東の川」は、家の横のみ石垣で護岸されていましたが、敷地の外は里山の小川という感じで、岸辺には季節の草花が絶えず咲いており、水辺の生き物の一生を身近に見ることの出来るところでした。「西の川」は砂の浅瀬があり、流れも穏やかなので夏の水浴びには格好の場所でした。「北の川」は、家の裏手に水場があり、野菜の泥落としや洗濯物の下洗いなどをするところでした。これら、三方の川は「おとなしい川」でした。

一方、「南の川」は、お城の堀に注ぐ用水堀で、川幅は3m位なのですが、水量が豊富で流れが速く、「同じ家から水の犠牲者が3人続く」といった「曰く付きの川」でした。この川には、幅30cm程の花崗岩で作られた3本の「橋」が架かっており、土地の人はこれを「三本橋」と呼んでいました。「南の川」は「東の川」と立体交差しているため、「三本橋」の左右の橋を渡ると、それぞれ「東の川」の両岸に渡ることが出来ます。この橋の向こう側は、広い田んぼとなっていましたので、農家の人が荷物を抱えて「ひょいひょい」と渡っては、野良仕事に行っていました。しかし、子供たちにとっては、なにせ「曰く付き」の急流の上にかかる「平均台」のような橋なのですから、おいそれとは渡れませんでした。大抵、「三本橋」を渡って遊び場まで近道が出来るようになると、遊びのリーダーに成り上がることができ、程なくして子供会からも卒業という感じでした。

中でも「三本橋」の真ん中の橋は、「東の川」の真上に行き着くため、どこにも渡れない「行き止まり」の橋でしたので、上級生は、これを渡って、行き止まりの地点から眼下の「東の川」を覗いたり、1m程離れた左右の橋に飛び移るなどという「肝だめし」も していました。あいにく、小学校2年で転校してしまった私は、この橋を渡ることなく出生地を離れ、高校入学で舞い戻るや否や改めて挑戦してみたのですが、それでも水面から手が出て来そうでとても怖かったのを覚えています。

この、どうにも解せない「行き止まりの橋」について謎が解けたのは、40年の歳月を経た最近のことでした。初夏の田に渡る風が清々しいので、風に吹かれに郊外の田園地帯に足を向けた際、コンクリート製の用水堀にも10cm幅の「平均台」のように細い「橋?」が要所に見られ、その部分を農家の人が、やはり「ひょいひょい」と渡っていたのです。思うに、「南の川」の立体交差は、石造りの水道橋のような構造だったため、水圧で両側の外壁が開いて崩れないようにするため、3本の「梁」を1mおきに配置したのでしょう。「三本橋」は、「橋」ではなく「三本梁」だったのです。

 その後、子供が出来て、父の 出生地を見せに訪れた時には、田んぼはすっかり住宅地になっていましたが、「南の川」は依然健在で、豊富な水を「沢端川」に注いでしました。私にとっても「大人への試練」は、これまでいろいろありましたが、まず最初に思い出すのはこの橋のことです。

 今月は、切なくも儚くも、恋しい人へ向かう橋「玉橋香」(たまはしこう)をご紹介いたしましょう。

 「玉橋香」は、大枝流芳の『香道秋農光(下)』に掲載のある落葉庵直(ちょくふう)が創作したオリジナルの組香で、三條西公正著『組香の鑑賞』にも同様に掲載されています。七夕をテーマにした組香は、これまでも各種の「七夕香」や「星合香」をご紹介して参りましたが、この組香は「牽牛」「織女」という要素を用いずとも、そこはかとなく「七夕テイスト」が感じられるという点で「乙な組香」であると評価しています。なんといっても要素名が綺麗なので、香記に散らされる 景色は「天空に架かる様々な橋」という美しいものとなるでしょう。今回は、『香道秋農光(下)』を出典として筆を進めたいと思います。

 まず、この組香には証歌がありません。このことに若干の物足りなさを感じますが、これは、「七夕」と直結するイメージを「ひたかくし」にして「乙」を保ったという作者の意趣なのかもしれません。後述のように要素名を織り込んだ和歌は古来から詠まれていたようなので、開香の際の参考にしていただければと思います。

 次に、この組香の要素名は「天浮橋」「雲の梯」「露玉橋」と「占問橋」です。まず、これらについて解説を加えることといたしましょう。

「天浮橋」・・・神話の中で、神が高天原(たかまがはら)から地上に降る場合にのみ現れる天空に浮かんだ橋のことです。有名な『古事記』の話では、天上と天津神(あまつかみ)から「この漂っている国土を有るべき姿に整え固めなさい。」と命ぜられて天の沼矛(あめのぬほこ)を授かった伊耶那岐命(いざなきのかみ)と伊耶那美命(いざなみのかみ)が2人で立ったのが「天の浮橋」です。その上から沼矛でカオスを掻きまわし、最初の島(淤能碁呂島)が現れました。その後、2人の「神秘の合体」で次々と島が生まれ、日本国土が形成されたことになっています。また、東国原知事で有名になった宮崎県には「天孫降臨」伝説があり、天孫ニニギは高天原を離れ、「天の浮橋」から浮島に立ち、日向国の高千穂の久士布流多気(くじふるたけ)に天降ったとされています。 七夕との関係ではこのような和歌が詠われています。

「めぐりあふ二つの星やかささぎの寄り羽に契るあまのうき橋(新明題和歌集1884 雅喬)」

「雲の梯」・・・雲が棚引いている様子を橋に見立てて言った言葉ですが、鵲(かささぎ)が七夕の夜に天の川に架ける橋のことも意味しており、このような和歌も有名です。

「あまのがは雲のかけはしとだえしていかでか月のすみわたるらむ(夫木和歌集9360藤原顕方)」

「露玉橋」・・・語源から解釈すると「露」は形状や消えやすい性質から存在のはかないことの喩えとされています。また、「玉」は美称として付されているため、「はかなくも美しい橋」ということにもなりましょうか?いずれ、星合の刹那感や不安定感をあらわす意味ではないでしょうか。

「くれゆかばあふせにわたせあまの川水かげ草の露の玉はし(新葉和歌集260冷泉入道前右大臣)」

「占問橋」・・・橋占(はしうら)をする橋のことです。「橋占」とは、夕方に橋のたもとに立って偶然そこを通った人々の言葉を、神の託宣として吉凶を判断する辻占(つじうら)の1種です。昔の人は、人々の往来する道は、神も通る場所であり、特に橋は異界との境をなすと考えられていました。安倍清明でも有名な京都・一条堀川の「戻橋」は橋占の名所でもあり、当時京都の香道サロンに身を置いていた作者が「恋の橋占い」から「天上にも占問橋がある」とイメージしたのは、このことからかもしれません。

「おもいかねうらとふはしよまさしかれよの人ごとをたのみわたらん(夫木和歌集9379 源家長)」

「なぐさめてうらとふ橋よまさしかれつれなき中をみてもわたらん (宝治百首2721 藤原基家)」

※ この歌は「・・・まちもわたらん(夫木和歌集9380 後九条内大臣)」としても掲載がありますが、詞書の「宝治二年百首」から『宝治百首』がオリジナルであることが分かりますので、こちらを優先しました。

 この組香の香種は4種となっており、七夕や橋に因んだ名数では無さそうです。最初に用意するお香の数が10包であることから、おそらくは十種香と同じ形式から発想され、「地の香3種、客香1種」と定められたものと思われます。

 一方、この組香の本香数には、謂れを含んでいるものもあります。出典には「天浮橋は開闢(かいひゃく)の始めなれば只一*柱とす。」とあり、前述の解釈のとおり、物事や事象の始めなので1*柱を焚くことになっています。また、「雲の梯は二*柱、露の玉橋は七夕の星合の橋なれば二つ・・・」とあり、ペアであることを求められるので2*柱を焚きます。これらについて、「二星」を結ぶ橋は1つでもよさそうな気はしますが、両岸から橋が伸びて繋がるという景色を思い浮かべれば納得がいくと思います。そして、客香の「占問橋は占うといふ心にて試香なし」となっています。この客香が2*柱焚かれるのは、全体香数を「七夕」に掛けて7包とするためでしょう。このことは、出典に小さく「出香七包は七夕の心を表す」と書きがなされていることから判断できます。

 さて、この組の構造は、「香数の異なる十種香」と考えて良いでしょう。まず、和歌にも詠み込まれている「天浮橋」「雲の梯」「露玉橋」という言葉を既知のもの仮定して、試香3包を焚き出し、連衆の心に七夕に結びつけたそれぞれの橋イメージを思い起こさせます。その後、残された「天浮橋」「雲の梯」「露玉橋」に客香である「占問橋」1包を加えて、七夕の7包とし、打ち交ぜて、本香を順に焚き出すという簡単なものです。

 回答について、出典には「札紙にて聞くべし」とあり、連衆は、香の出の順に要素名を名乗紙に7つ書き記して提出します。ここで、要素名を略すのには「天浮橋」は「浮」、「雲の梯」は「雲」、「露玉橋」は「玉」、「占問橋」は「占」とすべきことが、「玉橋香之記」の記載例によって分かります。こうすると、香記に散らされる景色は、「浮」「雲」「玉」「占」となり、なんとなく「空と星に願いをかける」イメージに思えます。一般的に頭文字をとって略せば「天」「雲」「露」「占」となるところですが、作者の美意識が反映し「天→浮」「露→玉」されたものと思われます。私が推測するには、「天」とすると格調が高く、かつ「七夕」へのイメージが解りやすくなり過ぎるので「浮」として、「はかない」「不安定」なイメージを持たせて「雲」に繋げ、「露」は「はかない」「不安定」なイメージが重複することと、景色の目線が下がることもあって「玉」に変え、美しいイメージと「二つ星」の形も表すようにしたのではないかと思います。

 続いて、記録は「常のごとく」で、執筆は連衆の答えを全て書き写し、当たりに 合点を掛けます。このとき、出典には「露の玉橋は、二*柱ともに聞きたれば、後の一*柱は二点、以上三点となる。始めにても後にても一*柱聞しは、すたりと成るなり。」とあり、2つ当れば加点要素があり、都合3点となりますが、どちらか一方が外れれば露の玉橋は七夕の星合の橋なれば二つ合わざれば詮なし。」ということで、点数とならない(無点)ということになっています。また、客香である「占問橋」については「一人聞は三点、二人よりは二点たるべし。」とあり、客香の当たりに2点と客香の独聞に3点の加点要素があります。その他の要素は、1要素に付き1点となり、独聞でも加点要素はありません。 以上の点法により、当たりに点を付し、各自の合計点を下附します。

 下附については、特別の景色は用意されておらず、漢数字で「○点」と書き記します。通常の満点は「十点」となりますが、「占問橋」を独聞する と「十一点」ということも有り得ます。 私としては、「七夕香」や「星合香」のように、ロマンチックな下附で「今夜の星合が成就したかどうか?」の景色も見たいところですが、「玉橋香」が「七夕の香である」ことを表面上見えなくしていることが、作者の本意であれば「乙」に徹した見事な手法だと思います。せめて、「橋占の結果がどうでたか?」について、どこかに盛り込まれていれば、なお良かったかと思います。

 最後に、勝負は、各自の合計点の高い方の勝ちとし、同点の場合は上席優先とします。  

 七夕香席を催す際に「玉橋香」と掲げておけば、小記録を見るまでは「七夕」に因んだ席であることをある程度隠すこともできるので、連衆様にとってちょっとしたサプライズにもなるでしょう。そこで、要素名に因んだ和歌でも紹介しながら謂れをお話すれば、深く感心されると思います。皆様も夏の夕べに、「ちょっと乙な」七夕の香をされてみてはいかがでしょうか?

 

源氏物語にも「はかなく美しい橋」が出てきますね。

要素名を「夢の浮橋」に変えて遊ぶのも今年の旬かと思いますよ。

 

組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。

最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。

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