九月の組香

トンボが飛んでいる

源氏物語の「松風」の帖をテーマにした組香です。

主役に試香があり、異種同数の客香が加えられるところが特徴です。

 

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説明

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  1. 香木は3種用意します。

  2. 要素名は、「山の松風」「川の松風」と「故郷の松風」です。

  3. 香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。

  4. 「山の松風」「川の松風」 は各3包(計6包)作り、「故郷の松風」は4包作ります。(計10包)

  5. 「故郷の松風」は、1包を試香として焚き出します。

  6. 「山の松風」「川の松風」 各3包(計6包)と残った「故郷の松風」3包とを打ち交ぜて焚き出します。(計9包)

  7. 本香は、「一*柱開」(いっちゅうびらき)で9炉焚き出します。

「一*柱開」とは、香札(こうふだ)等を使用して「香炉が1炉廻る毎に1回答えを投票し、香記に記録する」聞き方です。 

  1. 本香1炉が焚き出され、聞き終えた客から順に香札を1枚打ちます。 (本文では名乗紙使用の場合を記載します。)

  2. この組香では、「山の松風」と「川の松風」 が同数の客香であるだめ、最初に出た客香は自由に「山」か「川」の札を打ちます。

  3. その後は、「無試十*柱香」のように最初に打った札の同香を聞き当てるようにします。

※ 以下、13番までを9回繰り返します。

  1. 執筆は、打たれた札を確認して、連衆の答え全て書き写します。

  2. 香元は、香包を開いて正解を宣言します。 

  3. 執筆は、正解を聞いてから当たった要素に点・星を付します。

  4. 点数は、同香を2つ以上聞き当てた場合、各要素を1点と換算します。(9点満点)

  5. また、「故郷の松風」を聞き違えると「星」が付され、各要素につき1点の減点となります。

  6. 下附は、各自の「点」と「星」を並記して、それぞれ漢数字で記載します。

  7. 勝負は、各自の「点」と「星」を差し引きして、合計点の多い上席の方が勝ちとなります。

 

  みちのくではこれといった残暑もなく、アキアカネが里に降りてまいりました

 私の生家は、女系の猫「マリ」が代々棲み付く家でした。「マリ」は襲名制で、近所の猫のゴッドマザー・・・良く出来た優しい猫で、私の姉は小さい時から「この猫に育てられた。」と良く言っていたものです。そのマリが、ある日3匹の子猫を産みました。名前は「ミカ♂」「ミホ♀」「ミーケ♂」、ミホは生まれつき尻尾が曲がっていただけなのですが、動物の世界は非情なもので、生まれて程なくマリが食べてしまい、ミーケは、ある冬の日に風呂の焚口の中で一酸化炭素中毒・・・こうして、自然淘汰に打ち勝った長男「ミカ」が大きくなると、ある日、母親のマリも身を引くようにいなくなり(猫は死ぬところを見せないので、猫の墓場にいったのかも・・・)、彼が女系に終止符を打って代を引き継ぐこととなりました。

 私が小学校3年生になろうとしていた春、ちょっとした事情で生家を引っ越すことになり、しばしの仮住まい期間もあるため、ミカを置いていくことになりました。引越しの日、ミカにエサを与え、その隙を見てトラックに乗り込んで走り出しましたが、気付いたミカはまるで犬のようにトラックを追いかけて来ました。しかし、所詮は猫の足ですので、その姿はだんだん見えなくなり、お決まりの光景のように姉と二人で泣いて、手を振りながら別れたのでした。

 家が新築されるまでの3カ月間は近くに仮住まいをし、夏になって新しい家に入りましたが、秋口になって、ある日突然ミカが我が家に現れました。彼は、15kmほどの道のりを主人を探して旅をしてきたにもかかわらず、良く見る「忠犬映画」のように痩せても薄汚れてもいませんでした。私は、猫の足なのでかえって強行軍にならず、ゆっくりと旅をして辿り着いたか、すぐさま追いかけて来たけれど、どこかのお宅に仮住まいして再会の日を待っていたのだと思いました。それから数日、彼は我が家に通ってきたのですが、新しい家には昔の日本家屋のような「猫専用の出入り口」も「縁側」も「縁の下」も無く、それに加えて、もともと猫の苦手な母は新しい家が傷ついたり汚れたりすることを人一倍警戒していたので、なんとなく居心地が悪かったのでしょう。そのうちにトンと足が遠のき、寄り付かなくなってしまいました。

 それから、また1ケ月程経った頃、私は町内の魚屋さんの店先に座っているミカを発見しました。どうりで痩せもやつれてもいなかったわけです。私は、動物のたくましさとしたたかさに感動するとともに、彼の新しい住まいが猫にとっての天国であることに安心し、姉と相談して、決して「引き取る」なんてことを言い出さないことにしました。そしてミカは、その家族に新しい名前をもらい「魚屋さんの看板猫」として、幸せに天寿を全うしたのです。

 屋移りというものは、「別れ」という悲しみが物心両面に訪れますが、それは一時的なものに過ぎず、その人の新天地での気構えや生き方によって、人生を大きく広げるチャンスでもあります。長い人生で溜まりに溜まった「古く重い荷物」を一旦整理して、その空いたスペースに新しい人生の成果物を1つ1つ並べて、増やしていくというのも大変な喜びだと思います。 源氏物語の「明石の君」は、屋移りをしたことで自分の人生や家名を大きく向上させることができた女性の代表格ですが、彼女自身は、新天地で自らの人生を切り開く喜びを見つけられたのでしょうか?

 今月は、都の風に故郷を思う「松風香」(まつかぜこう)をご紹介いたしましょう。

 「松風香」は、『香道蘭之園(第八巻)』に掲載のある「源氏千種香」に属する組香です。同名の組香は、有賀要延著『香と仏教』にもあり、こちらの「松風香」も源氏物語の「松風」の帖をテーマとしています。証歌も同じで、景色も似通っているのですが、構造が下記の通り異なっています。

@ 要素名は「松風一」「松風二」(以上、各4包試香あり)に「明石の浦」(2包無試)と「客」(1包無試)を用意します。
A 試香の終わった「松風一」「松風二」(各3包)を打ち交ぜ、そこから任意に1包を引き去ります。
B 本香A段は、Aで引き去った「松風X」(1包)に「明石の浦」(2包)を加えて3炉を焚き出し、連衆は「松風X」が「松風一」の場合は「別路」と答え、「松風二」の場合は「野中の道」と聞の名目で答えます。
C 本香B段は、残った「松風一」「松風二」(計5包)と「客」(1包)を打ち交ぜて6炉を焚き出し、連衆は香の出の順に要素名で答えます。

 こちらの組香は、A段で「明石の君から都に上がる道行」を表し、B段では「大堰の山荘に吹く松風」を表しているのかと思います。B段の「客」の扱いについては、「明石の君」「明石の尼君」「琴」などといろいろな解釈が出来て、玄人的にはこちらもお薦めなのですが、今回も「源氏千年紀」に因んだ香席に引用しやすいように、回答方法を名乗紙で略せば、とても簡潔で景色にも広がりのある『香道蘭之園(第八巻)』の「松風香」を出典として書き進めたいと思います。

 まず、この組香の証歌は「見をかへてひとりかへれるふる里にきゝしに似たる松風ぞふく(出典のまま記載)」という歌です。これは、『源氏物語』第18帖「松風」の中で、明石の君が大堰の里に着いて、まだ源氏との再会が出来ないでいる頃、物思いの徒然に、源氏が明石の君に置いていった「形見の琴」を弾いていると、松風がきまりの悪いほど琴の音に合わせて吹いてきたので、「尼の姿となって一人で帰ってきた大堰の山里に、故郷の明石で聞いたような松風が吹いていますよ」と母である「明石の尼君」が詠った歌です。

 ここで、組香の説明に入る前に、この組香の舞台となる「松風」のあらすじをご紹介しておきましょう。
 「松風」の帖は長文なので、章ごとにご紹介します。

『源氏物語』第18帖は、光源氏31歳の秋、内大臣時代の物語です。

[第一章 明石の君の上洛と老夫婦の別れ]
  二条東院が完成したので、光源氏は「東の対」に明石の君を住まわせようと再三上洛を促します。明石の君は自分が身分の低い受領の娘であることに引け目は感じていますが、幼い姫君が源氏の御子として数にも入れなれないことは可愛そうだと思っていました。そこで、父である明石の君の入道は、大堰川の近くにあった山荘を修理させて、明石の君や姫君たちを上洛させることにしました。
 その後も源氏が、腹心の家来を明石の君に遣わして強く促すので、やっと明石の君も上洛の心が定まりました。秋も深まった別れの日に、明石の君の入道は娘と妻に惜別の歌を贈り、明石の君の一行は密かに舟で京に上り、道中も簡素な旅姿でひっそりと大堰の里に行き付きます。

[第二章 上洛から源氏との再会]
 大堰の辺りは住み慣れた明石の君の海辺に似ており、昔のことが何くれとなく思い出されました。しばらくの間は、源氏自身が山荘に渡ることもないまま空しく月日が流れ、明石の君は、実家も恋しく所在ないので、「形見の琴」を気ままに掻き鳴らしみると、松風が「はしたなく」音を合わせて吹いてきました。その時、もの悲しそうに寄り掛かっていた尼君が起き上がって 「身をかへて・・・」の歌を詠みます。
 これに続けて明石の君は、「故里に見し世の友を恋ひわびてさへづることを誰れか分くらむ」(故里で昔親しんだ人を恋い慕ってもの悲しく弾く琴の音を誰が分かってくれるでしょうか。)と返します。
 一方、源氏も明石の君に逢いたくて落ち着いていられないので、紫上に「桂に会う約束をした人がいます。嵯峨野の御堂にも立ち寄りますので……」と告げて、実は、大堰山荘をひっそりと訪問します。明石の君の心も晴れ、久しぶりに会う幼い姫君は愛嬌づいてますます可愛らしくなり、源氏は二條院への転居を改めて勧めます。明石の君は「慣れないうちは、もうしばらくここで・・・」などとあっさり断りつつも、その夜は一晩中、睦まじく語り明かしました。
 翌日、源氏は、しばらく大堰山荘で寛いで、明石の尼君に「よくぞ、一旦捨てた俗世に戻ってまで上洛してくれました。」と礼を言い、庭の清水に寄せて歌を交わします。その日は嵯峨御堂に出向いて用事を済ませてから、再び大堰山荘に戻って宿泊し、明石の君での別れの夜に弾いた形見の琴について語らい、歌を交わしながら、更に明石の君への愛情を深めます。

[第三章 桂院での饗宴と勅使の来訪]
 次の日は帰る予定だったので、大勢の供人とともに大堰山荘を出て桂院に向かいます。明石の君の気持を思って心苦しくなり、戸口で立ち止まると、姫君が愛らしく手を伸ばして後を追います。その時、源氏は「母君の方は、何故別れを惜しんでくれないのかなぁ。」と思いましたが、明石の君は悲しみに臥せ、御几帳の少し隠れるようにして見送っているのでした。
 供人に促されて、源氏の君は桂院に移り、にわか支度の宴会となりました。酒杯も巡り、琵琶、琴に加えて笛の合奏が始まり、大層風雅な時を過ごしていました。夜更けに帝の勅使が「月が澄んで見える桂川の向こうの里なので月の光をゆっくりと眺められることでしょう。羨ましいことです。」との御製を持って来訪しましたので、源氏の君は参内しないことを
詫びる歌を詠み返します。その後も桂の院での趣の加わった管弦の音は素晴らしく、大騒ぎして帰る様子が大堰山荘にも聞こえて来て、明石の君も名残惜しく思うのでした。

[第四章 紫上の嫉妬と姫君への関心]
 
二条院に帰ると、源氏は紫上に山里の話などを聞かせました。その際、源氏は明石の姫君の無邪気な可愛らしさについて熱弁し、「公に私の御子として扱うのも憚られるが、姫君を二条院に引き取り、紫上の養女にしてはくれないか」と打ち明けます。紫上は、子供をひどくかわいがる性格なのでその話を聞くにつけ、次第に「引き取って育てたい」と思いました。

 以上のように、この組香は[第二章]前段で明石の君から大堰山荘に移り住んで間もなく、故郷を恋しがりながら源氏の来訪待つ明石の君の心象をテーマとしています。

 次に、この組香の要素名は、「山の松風」「川の松風」「故郷の松風」で、景色の舞台は大堰山荘の夜です。山荘は山がちの里なので「山風」も吹き、大堰川沿いの土地なので「川風」も吹き込みます。そのため、大堰山荘の松を鳴らす風は、山のものか川のものか判別がつかないというところが、この組香の背景となっています。そして「故郷の松風」は、大堰山荘から遠く離れた「明石の松風」を意味しており、実景ではない意識上の松風(海風)です。このように「山」「川」「海」の3種の松風を要素として吹き乱れさせ、その中から忘れ得もせぬ「故郷(明石)の松風」を聞き当てるというが、この組香の趣向となっています。

 ここで、補足しますが、明石の尼君が証歌を詠む端緒となる「松風はしたなく響きあひたり。」の文学的背景には松風の詩情を詠ずる常套句「松風入夜琴」(松風、夜の琴に入る。)があるものと思われます。「松風」は古来、風雅の人に愛されてきた「音の風景」であり、漢詩のみならず和歌にも松風を詠じた多くの歌がありますが、その大半は、「琴音とともに響く松風」の音に耳を済ませている景色が伺えます。その原点となるのは、唐の詩人、李嶠(りきょう:644〜713)の詩中「風」にある「松入夜琴」の句です。

『全唐詩(巻59)』 
「月」 李嶠
  落日生蘋末,搖揚遍遠林。帶花疑鳳舞,向竹似龍吟。 
  月動臨秋扇,松清入夜琴。若至蘭台下,還拂楚王襟。

 これが日本に入り「松入夜琴」になり、「松入夜琴」に変化して一般化し、国文学上の美意識となりました。この「松風入夜琴」が歌題として取り上げられた貞元元年(976)冬の野宮歌合では、徽子女王が「琴曲香」の証歌ともなっている「琴の音に峰の松風かよふらしいづれのをよりしらべそめけむ」の名歌を詠んだという話も有名です。

 因みに、「琴」の世界では、爪弾く音に「響き合う」というイメージではなく、左手指で絃を抑えて擦ったり、走らせたりする「擦音」「走音」が「松風」に喩えられています。細かい松葉の間を吹き抜ける風音に酷似したこの音を平安の雅人が「琴に入る」と感じ、「誰が弾いているのだろう?」と思ったのも無理からぬところだと思います。

 続いて、この組香の香種、香数は3種10香、本香9炉となっています。香種3種の非常にシンプルな香組ですが、「山」「川」「海」のそれぞれに吹く「松風」の景色には、「月」「琴」「人」などの景色が内包されており、それを自由に配置出来るために心象風景が広くとれるところが秀逸です。また、本香数の9包は、名数ではないのですが、各要素を3包ずつ同数で扱い、吹き乱れる「松風」が数によって判別できないように工夫されています。試香1包を先に花開かせて全体香数は10包となるので、ある意味「十*柱香」の「 三枝三葉一花」の美意識にも通じるものがあります。

 さて、この組香の第1の特徴は、主役の香に試香があるところです。「山の松風(3包)」「川の松風(3包)」「故郷の松風(4包)」を用意し、このうち「故郷の松風」を試香として焚き出します。この組香は「故郷の松風」を聞くこと本意としており、吹き乱れる山・川の松風の中から故郷の松風(明石の浦風)を聞き当てることが主眼となっています。そのため、この組香では、敢えて主役である「故郷の松風」を「既知」のものとして試香に焚き出しています。一方、「山の松風」「川の松風」は、「未知」のものとして客香と扱っています。これは、「川沿いの山里」である大堰山荘に吹く松風は「山」や「川」のどちらからも吹き乱れて判別がつかない。(どちらが琴音に共鳴したものか分からない)ということを表わすのでしょう。ある意味、この2種類の客香は「星合香」の「仇星」のように、主役である「故郷の松風」を聞き当てることを邪魔する役目を担っているのかもしれません。
 そして、試香で懐かしい故郷の松風を思い出したところで、「山の松風(3包)」「川の松風(3包)」「故郷の松風(3包)」を打ち交ぜて本香9炉が焚き出されることとなります。(以下、要素名から「の松風」を省略します。)

 この組香の回答方法について、出典では「此九包打ち合わせ、一*柱ぎゝなり」とされており、1炉ごとに回答する「一*柱開」が指定されています。また、「心に応じ山、川の札を打つなり」ともあり、回答は専用の香札を必要とする「札打ち」で行うこととされています。しかし、このままでは、香札の復刻が必要ですし、一発勝負の「一*柱開」では、熟達した連衆が必要なため、現実的に組香を催すことが大変難しくなってしまいます。そこで 、この組香の回答方法を略儀とし、香炉が廻ってから1枚の紙にまとめて回答する「名乗紙使用の後開き」方式とすれば、かなり簡略化されて親しみやすいものになるでしょう。現代の香席では、「名乗紙使用」として「答えは、本香の出の順に9つ名乗紙に書き記すだけ」と応用していただければよろしいかと思いますので、以下の解説は、「名乗紙使用の後開き」方式で書き進めたいと思います。

 ここで、この組香の第2の特徴は、試香の無い「山」と「川」が同数焚き出されるため、最初に出た客香がどちらの要素か判別がつかないということです。そこで出典では「心に応じ山、川の札を打つなり。」とあり、連衆が最初に出た客香を「山」と答えるか「川」と答えるかは、各自の自由ということにしてあります。
 例えば、1炉目に試香で聞いたことのある香が出た場合はそのまま「故郷」と答えますが、試香で聞いたことのない香が出た場合は「山」か「川」を自由に選んで答えます。仮に「山」を選んだ場合は、以降同じ香りのする香は全て「山」と答えます。2炉目も試香で聞いたことのある香が出た場合は「故郷」と答え、1炉目と同香と思えば「山」、試香とも1炉目とも違う香りが出た場合は「川」と答えて、以降同香は全て「川」と答えます。3炉目以降も
「試香で聞いた香りかどうか(有試)」「前に出た香りと同じかどうか(無試)」の2つを判断材料にして9炉の香を聞いて行きます。これは端的に言えば、「有試と無試十*柱香の混合型」とも言える聞き方です。

 このように木所(きどころ:香木の種類)や要素名に関わりなく、香の異同を判別するだけの組香は、意外と素人さんにもわかりやすいので、大寄せの香席にはお勧めです。例えば、この組香を「無試十*柱香」でよくやるように、香の異同だけ判別して「一、二、三、二、一、一、三、二、三」と出た順に数字や記号でメモしておき、まず試香のある「故郷」が「二」であると思えば、「二→故郷」と置換し、最初の客香を「山」と答えれば「一→山」に置換し、最後に残った客香を「三→川」に置換するというやり方で、「山、故郷、川、故郷、山、山、川、故郷、川」という答えを得ることが出来ます。たとえ、答えのメモが「3+3+3=9」になっていなくとも、回答の段階で、答えを修正して、数を調整できるところが「後開き」の利点です。一方、札打ちの場合は、この「変換」や「数合わせ」が効きませんので、一*柱ずつ異同を確かめて札を打って行き、仮に最後の方で「それ」と思った札が無くなっても、しょうがないので手元に残った札を(歯ぎしりしながら)打って帳尻を合わせることになります。このように「札打ち」は、後戻りの聞かない分だけ真剣味があり、非常に緊張感がありますので、中級以上方のサロンや勉強会ではこちらがお薦めです。

 ここで、「最初の山、川は選択自由」とは言われても、凡そ、先の客香が「山」、後の客香を「川」と書いてしまうのが人の習性というものですから、香記の景色を考えて、率先して先の客香を「川」とする「へそ曲がり」も中には居た方がよろしいかと思います。また、中級者の場合、小記録に木所が記載される流派であれば、「木所」を頼りに「山」と「川」を敢えて判別して回答するのも個人の内なる楽しみとなるでしょう。一方、小記録に木所が記載されない流派の場合は、「山」「川」を「当座の名目」と考えて要素名と切り離し、自分のイメージで「山の香り」「川の香り」と自由に決めて、ストーリーを思い描くのも良いでしょう。それが、香組者のイメージとピッタリ合っていれば、嬉しさもこの上ないことでしょう。こういう隠れた嗜みは、札打ちの場合でも共通して言えることです。

 本香が焚き終わりましたら、名乗紙を回収し、執筆は、連衆から提出された答えを全て書き写します。この組香は要素名が長いため、出典の「松風香之記」では「山」「川」「故」と1文字に省略して記録されていますが、この組香は「松風香」なので、香記に「風」が吹かないのは「ものさびしい」気がします。できれば、紙面に都合のつく限り「○の松風」を書き記し、適当に省略を散らすのが景色として美しいかと思います。札打ちの場合は、執筆は当たった要素のみ香記に書き記して得点までも表してしまうのが一般的ですが、この組香では、後に「点・星」を付けることを趣旨としているため、連衆から提出された答えを全て書き写すこととしています。
 また、点法は、前述のとおり「山」「川」については、「無試十*柱香」的な要素を含んでいますので、同香を聞き当て無ければ得点とはならず、最初に「山」「川」と選択した香と同じ香りを2つ以上聞き当てて初めて得点となります。一方、試香のある「故郷」については、1つでも聞き当れば得点となりますが、主役であっても「試香」があるので特に加点要素はありません。ただし、出典には「故郷の松風をききちがへたるは星一つ也。」とあり、「故郷」を聞き外すと「星」という減点要素が与えられるところが、この組香の第3の特徴となります。これは、懐かしい明石の君の海風を忘れたことに対する「懈怠の星」ということでしょう。この「星」は、勝負の際に得点から差し引きされることとなります。

例えば・・・
 「山、故郷、川、故郷、山、山、川、故郷、川」という香の出だった場合
 「山、故郷、山、故郷、川、山、故郷と答えた方は、1炉目の「山」は同香を1つも聞き当てていないので得点とならず、下線部のみが当たりとなります。さらに「故郷」1つを聞き間違えているので「星」が1つ付きます。
また、「川、故郷、川、故郷、山、川、故郷と答えた方も見た目は違いますが、同じ聞き方をしたといえます。

 そうして、執筆は、当たった要素名の右に「ヽ」と「点」を打ち、「故郷」の外れには要素名の左に「・」と「星」を打ちます。執筆は、同香同士を見つける「点」の付け方が難しいのに加え、先の客香を「川」と答えられた場合は、さらに頭を使います。その上で減点要素の「星」もありますので、正解を見誤らないように細心の注意を払う必要があります。下附は、先ほどの点法のとおり、当り数を合計して得点を漢数字で「○(一〜九)」と1文字で書き記し、故郷の聞き外しがあれば、その減点分をその左隣に「星 ○(一〜三)」と並記します。

例:

 

 


 最後に、勝負は、各自の得点から「星」(減点)を差引いて、最も点数の多い方の勝ちとなります。同点の場合は上席の方の勝ちとしますが、この組香は「故郷」を聞くことを本意としていますので、「星の少ないものを優位とする」等の座中のルールを決めても面白いかと思います。

 騒音と喧噪があふれる現代では、かなり人里離れた所に行かないと松風のような「幽かな音」を聴くことは難しくなりましたが、「寂を聴く」ということは、自分の心から俗塵を洗い流してくれる至極の時間でもあります。皆さんも「松風香」で、もの悲しい秋の夕べに聞こえる琴と松の調べに「寂」を聞き、懐かしい浦風を思い出しつつ、秋の月、明石の君、明石の 姫君らを自由に配置して、シンプルな組香から、どのような心象風景が生まれるか、心のお絵描きをお楽しみください。
  

 

茶道では釜煮えの音を「松風」と言うのも有名です。

茶の味や香りを損じやすい「沸騰の頂点」ではなく

最適の湯相を「シュンシュン」という音で聞き分けるのも乙の極みですね。

 

組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。

最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。

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