十二月の組香

三色の雪が舞う様子を表した色彩感の美しい組香です。

数の違う客香が二種類登場するところが特徴です。

※ このコラムではフォントがないため「火篇に主と書く字」を「*柱」と表記しています。

説明

  1. 香木は3種用意します。

  2. 要素名は、「紫雪(しせつ)」「紅雪(こうせつ)」と「不二雪(ふじのゆき)」です。

  3. 香名と木所は、景色のために書きましたので、季節等に因んだものを自由に組んでください。

  4. 「紫雪」は4包、「紅雪」は3包、「不二雪」は1包作ります。(計8包)

  5. まず、「紫雪」4包のうち1包を試香として焚き出します。

  6. 次に、残った「紫雪」3包と「紅雪」3包を打ち交ぜて、任意に1包引き去ります。(計5包)

  7. 手元に残った5包に「不二雪」を加えて打ち交ぜます。(計6包)

  8. 本香は、6炉廻ります。

  9. 答えは、名乗紙に香の出の順序に要素名で書き記します。(札打ち可)

  10. 記録は、香の出に従って、各自の回答をすべて書き記し、当たりに点を掛けます。

  11. 点数は、当たり1つにつき1点、「不二雪」は2点とします。(7点満点)

  12. 下附は、当たった炉の数により、所定の言葉を記載します。(委細後述)

  13. 勝負は、点数の多い方上席の方の勝ちを基本とし、同点の場合は、正解した炉数の多い方の勝ちとします。

 

 冬枯れのケヤキには、雪の葉が茂り、ダイオードの花が咲いています。

先日、初雪が降っ た日に玄関の御簾を上げて広がる雪景色に思わず拍手してしまうほど心躍る自分を反芻してみました。私は、どうも一面真っ白に染められた景色の「統一感」がたまらなく好きなようです。何もかも「ふんわり」と丸くなった形に は「ほのぼの」とした安らぎを感じますし、子供のころの雪遊びの記憶がよみがえって「わくわく」し、「早く雪に触りたい」という衝動にも駆り立てられます。小学校の頃は、校庭に雪が積もれば、迷路やトンネル、滑り台を作り、雪ダルマを配して「全面フィールドアスレチック状態」にしてから雪合戦をはじめたものです。下校の際も家まで雪にもぐったまま帰れるような土地柄に育った私にとって「雪」は郷愁そのもの です。大人になって、「雅」の世界に遊んでいても、雪灯籠や雪原の花火のこの上ない美しさは、心に刻まれて忘れようもありません。

このように雪好きの私も、何度か日本海側で「地吹雪」を経験したことがあり、「雪女」にこそさらわれませんでしたが、 たいへんな思いをしました。真昼でも目の前が真っ白(ホワイトアウト)で、前を行く人さえ見えない道をひたすら歩いていると、それは正に「彷徨」・・・向こうから黄泉の国が近づいてきたような気さえしました。風向きによっては、身体の半分が「雪だるま」状態になり、体温が右から左に流れるような感覚がわかりますし、真っ向から風を受けて進まなければならないときは、無数の氷結が顔に当って、針を刺すように痛く、屋内に入れば顔が見る見る内に真っ赤になります。

そのような時に、決まって頭の中で廻るのが、新沼謙治の「津軽恋女」です。歌詞を全部記憶している訳ではありませんので、出て来るのは「サビ」の部分のリフレイン。「降り積もる雪雪雪、また雪よ〜♪、津軽には七つの雪が降るとか川♪、こな雪、つぶ雪、わた雪、ざらめ雪ぃ〜♪、みず雪、かた雪、春待つ氷雪ぃー♪」です。この歌詞は、雪の変体(含水率と季節変動)を順に並べて、最後には「春」に繋げるという、非常に叙情的な表現を用いていますが、何よりもその「たたみかけるようなリズム」に北国特有の「雪の激しさが」表れており、アグレッシブな雪中行軍には、ハードロック並みのアドレナリン放出効果があるのでした。

とはいえ、東北人にとって、雪は「害」のみで形容されるものではありません。確かに、「克雪」は、ある意味お金にもなるので捨てては置けませんし、身の回りの最小限の「除雪」「排雪」は生活の基礎ですが、感情的にそれほど「忌み嫌うべきもの」として扱われているわけではありません。冬になれば「雪」が降り、それが避けて通ることは出来ない宿命を持った東北人は、雪の「厳しさ」を身近なものとして甘受し、「美」、「利」、「癒」など多面的に昇華していることも確かです。

雪を身近に感じている人ほど、表面的には「雪が降って嫌だ」と言いますが、それは謙遜を伴った外交辞令であることも多く、少しうち解ければ、白銀の世界の厳しさともに、美しさ、魅力、不思議さを「誇りを持って」語り始めます。そして、雪に閉ざされることによって、隠者のような生活ができることで「何もしなくても焦燥感に捕われず、安堵感がある。」「貧しさを忘れられる」という癒しの側面も漏らしてくれるようになります。

「雪」は「雪月花」という日本の美の筆頭です。みちのくに住む我々もこの季節の美を享受して生きていることは間違いなく、「晴耕雨読」が 「雨の日」のみならず、「雪の季節」という大きなうねりで訪れてくるということでしょう。本がたくさん要りそうですね。

今月は、銀世界に藤色と桜色の砂子模様を映し出す「三雪香」(さんせつこう)をご紹介いたしましょう。

「三雪香」は、米川流香道『奥の橘(月)』(大同楼維休編)に掲載のある組香です。「三雪香」と聞けば、組香の最小単位と言ってもよい「三」と言う数と、景色の最小単位と言っても良い「雪月花」の「雪」という要素を組み合わせた、冬の組香としては王道を行くような名前ですが、意外に他書に類例を見ないのが不思議です。もっとも『奥の橘』は、「香道の中興」と呼ばれる米川常白系統の組香書として江戸時代の「香道指南」が華やかなりし頃に作成されているため、このようなシンプルな組香は、稽古用に創作されたオリジナルと考えてよいかと思います。今回は、「ナンバーワン&オンリーワン」ということで、米川流香道『奥の橘(月)』を出典として筆を進めたいと思います。

まず、この組香には証歌はありません。「三雪」については、『名数辞典』にも掲載がありませんでしたので、特段の解釈は必要無く、要素名が三つで構成される数々の組香と同様、組香名や要素名を見て景色をイメージすればよろしいかと思います。名前に「三」のつく組香は 「三*柱香(系図)」、「三夕香(歌3首)」、「三友香(松、竹、梅)」、「三景香(厳島、松島、天橋立)」、「三島香(厳島、江ノ島、竹生島)」、「三教香(儒、仏、道)」、「三壷香(蓬莱、方丈、瀛州)」、「三才香(天、地、人)」、「三徳香(智、仁、勇)」、「三道香(儒、仏、神)」、「三戒香(酒、色、財)」、「三星香(福、祿、壽)」、「三鳥香(呼子、百千、稲負)」・・・と枚挙に暇がなく、そのほとんどが、要素名そのものを3つの主景として、それぞれの関係性で組香の景色を彩っていくというものです。

次に、この組香の要素名は、「紫雪」「紅雪」と「不二雪」となっています。そもそも「雪」には、降っている状態でたま雪」「こな雪」「はい雪」「わた雪」「もち雪」「べた雪」「みず雪」と7種類の呼び名があり、積った状態で、「新雪」 「こしまり雪」 「しまり雪」 「ざらめ雪」と4種類の呼び名がありますが、要素名は、このような気象上の呼び名に関わらず、色彩感のある呼び名を用いています。

「紫雪」については、よく雅号などで使われているので、さぞかし雅な謂れがあるのだろうと文献を調べてみましたが、紫雪散」など解熱剤として広く用いられている漢方薬の名称しか見当たりませんでした。因みに、薬の「紫雪」は、羚羊角、水牛角、麝香、朱砂、玄参、沈香を成分としており、熱病、高熱、沈静、失神、痙攣等に効果があるようです。麝香と沈香が含まれていることから、ある意味で「香薬」とも言えるかと思いますが、それ以外の香道との関係は結び出せませんでした。 敢えて申せば、「紫雲(しうん)」が仏が乗って来迎する「おめでたい雲」という意味を持つことから、「紫雪」についても高次元から到来する雪という意味を含めているのかもしれません。

「紅雪」についても、同じく雅号に多用され、漢方薬の名称としてもあるのですが、究極には「黄砂現象」により着色された雪という、現実的な解釈にしか尋ね当たりませんでした。日本でも古くから黄砂現象が認められており、江戸時代に編纂された「本朝年代記」には文明9年(1477年)に北国で「紅雪」が降ったとの観測記録が残されています。黄砂は必ずしも黄色とは限らず、赤みがかったものもあるようで、最近では、2007年4月10日に「新潟県の守門岳で、真っ白なはずの雪山がうっすらと桜色に染まった。」という新聞報道がなされています。また、世界的には高山や極地でクラミドモナスなどの藻類が繁殖して赤色になった雪も「紅雪」と言うそうですが、どちらも作者が意図した「紅雪」とは違うものでしょう。

いずれ、「紫雪」「紅雪」については、作者が実際に色づいた雪景色を見て組香に写したとは考えづらく、当時「文字」として作者の目に届いた「紫雪」「紅雪」が作者の観念の中で要素名として昇華されたのではないかと思われます。

一方、「不二雪」については、出典の文中に「冨二雪」との表記も散見されることから、「富士山に降り積もった白雪」という意味で間違いないかと思います。

以上のように要素名は、言葉の具象的な意味に囚われずに「感性表現」であると解釈すれば、作者は、この組香で「うす紫」「うす紅」「純白」の雪が、それぞれに降り積もる様子を表現したかったのではないかと思います。また、雪は見る時間や方向によっても様々に色が変化しますので、紫外線の強い朝方の雪は「うす紫」に見え、昼間は白く見え、赤外線の強い夕方の雪は「うす紅」に見えるという時間的・場所的要素による見え方の違いを表しているのかもしれません。このように、要素の配置を「色彩感」のみで解釈すると、私の脳裏には、富士の高根を背景に白く降り積もった銀世界に「桜色」と「藤色」の雪が舞う様子が思い浮かび、シンプルながらとても美しい景色の広がりを感じることができる組香だと評価できるのです。

続いて、この組香の香種は3種、香数は全体香数が8包、本香数は6包となります。本香数の6については、雪にまつわる組香の多くがそうであるように、雪の別称である「六華」の名数に因んでいます。

この組香の構造は、まず、「紫雪」を4包作り、「紅雪」は3包、「不二雪」は1包作ります。次に「紫雪(4包)」のうち1包を試香として焚き出します。ここで、残った「紫雪(3包)」と「紅雪(3包)」を打ち交ぜて、任意に1包引き去ります。そうして出来上がった5包は、「3:2」と数に違いが生まれるところが重要です。最後に「不二雪(1包)」を加えると、本香で焚きだされる6包は「3:2:1」の割合となっており、数の組合せは「紫雪(3包)」「紅雪(2包)」「不二雪(1包)」か「紫雪(2包)」「紅雪(3包)」「不二雪(1包)」の2パターンだけとなります。本香では、試香を聞いた「紫雪」のみ聞き合わせ、それが3つ出たか、2つ出たかを確認すれば、1つしか出なかったものは「不二雪」ということになるので、香りと数の違いで自ずと「紅雪」が判別できるわけです。

例:紫雪が「〇」と聞けば・・・

  1. 「〇、〇、▲、■、〇、■」→「紫、紫、不二、紅、紫、紅」

  2. 「〇、■、〇、■、▲、■」→「紫、紅、紫、紅、不二、紅」

このようにして、本香を順に6*柱聞きます。出典には「札を用ゆ」と書いてありますので、「紫雪(3枚)」「紅雪(3枚)」「冨二雪(1枚)」の香札を用意するようです(十種香札代用可)。しかし、この組香では、先ほどのように「数の違い」で「紫雪」か「紅雪」を最終的に判断することになりますので、いわゆる「一*柱開」には馴染みません。(一*柱開とすると、「紫雪」以外の香が最初に出た時点では、それを「紅雪」とするか「冨二雪」とするかの判別ができないからです。)

出典がこの組香を「札打ち」としている意味が分かりかねますが、敢えて出典どおりに決行するとすれば、座中ではメモを取っておき、本香が全て焚き終ってから、順次「札筒」に投票して記録することになろうかと思います。しかし、「後開きの札打ち」では、手間ばかりであまり意味がありません。それならは、香札を廃して、名乗紙に6*柱分を順に書き記して提出するほうが、手間もかからないと思います。これを単に手間と考えず「香炉が6つ廻ってから、札筒も6回廻す所作に、この組香の深い意味がある」とお感じになる方は、趣向として試みられるのもよろしいかと思います。

連衆は、たった1つの試香を頼りに聞き合わせ、客香2種は数から判別して、要素名が「3+2+1=6包」となるように回答します。回答が戻りましたら、執筆は連衆の回答を全て香記に書き記し、香元に香の出(正解)を請います。香の出が宣言されたら、執筆は当たりの要素の右肩に合点を掛けます。点数は、出典に「平点一点、冨二(不二雪)二点也」とありますので、「不二雪」の当たりについては、要素名の右肩に二点を書き記します。このように、客香の中でも「不二雪」に加点要素があることから、この組香の主役は、やはり純白の「不二雪」であることが分かります。そうしてみると、試香の無い「紅雪」は、不二雪を見え辛くするためのカモフラージュ・・・「星合香」の「仇星」のような役回りを与えられた要素なのかも知れません。

さて、点数の換算では、6炉聞いて全問正解が「7点」ということになろうかと思いますが、この組香は、当たりの点数をそのまま記載せず、下附という言葉で成績を表すこととなっています。

下附

炉の当たり 下附 点数
 一*柱聞き  残雪(のこりゆき)
 二*柱聞き  薄雪(うすゆき) 2、 3(※)
 三*柱聞き  初雪(はつゆき) 3、4(※)
 四*柱聞き  積雪(つむゆき) 4、5(※)
 五*柱聞き  深雪(みゆき) 5、6(※)
 六*柱聞き  むつの花(むつのはな)
 無  雪解(ゆきどけ)

※ 「不二雪」が当たると、同じ炉数でも1点高くなる。

上の表をご覧いただくと、炉の当たり数と下附との対応は、雪を定量的に比較したものであり、他の「雪」に因む組香のように、季節を時系列的に捉えたものではないことがわかります。そのため、残雪や薄雪は、初雪よりも前に来て時期的には齟齬があるのですが、こと「雪の量」ということで比較すると、残雪<薄雪<初雪<積雪<深雪と並んでおり不都合はありません。そして、全問正解の「六*柱聞き」は、シンボリックに「むつの花」とし、「六華」をイメージさせています。また、我々みちのくの人間からすると「むつの花」は「陸奥の花」と下北半島の雪をイメージできるため、雪の量としても尋常ではない量であると解釈できます。東北地方で「三雪香」を催すときは、ローカル・ルールで「陸奥の花」が主意で「六華」が副意と解釈を加えてもよろしいかな?と思います。そして、1つも当たらなかった「無(点)」は、「雪解」と下附し、もはや雪の量も「ゼロ」ということになります。ただ、この下附の優しいところは、「あなただけ春になったのねぇ。」と、無点を明るいイメージに結びつけていることです。これは、「白菊香」の「夜目」(暗くて良く見えなかったのねぇ。)と同じで、連衆や亭主に無点の方への慰めの機会を与えているという粋な計らいだと思います。

最後に勝負は、基本的に点数の多い上席の方の勝ちでよろしいかなと思いますが、同点の場合は当たった炉数の多い方を勝ちとすべきと思います。先ほど述べましたように、全問正解は7点で、点数は「0〜7点」までの8通りのバリエーションがありますが、下附は、「無〜六*柱」までの7通りとなっており、点数ごとに下附が対応しているわけではありません。そのため、全問正解の「むつの花(7点)」と全問不正解の「雪解け(0点)」の場合は、点数と下附がの組み合わせが1通りしかないので問題ないのですが、たとえば、加点要素のある「不二雪」を聞き外した5点は「深雪」、「不二雪」を聞き当てた5点は「積雪」となります。このように「不二雪」の当否によって同点でも下附が違う例が「薄雪」「初雪」「積雪」「深雪」のそれぞれに現れる可能性があります。この場合、一般的な組香のルールでは、「客香を聞きあてた方が優位」という原則がありますが、私は、香記の景色(雪の量)と勝負の優劣を符合させることも重要な趣向かと思います。点数と炉数のどちらを優先するのか、出典に細かい指示はありませんが、私としては、「下附」の序列(雪の量)を優先して、正解した炉数の多い方に軍配を上げるべきと思っています。

日本列島もこれから冬本番となり、雪景色も次第に遠景から身近に迫ってくるかと思います。雪の最中に「三雪香」を催して、純白の雪景色を美しいパステルカラーに染めてみるのも「閉ざされた冬」ならではの楽しいかなと思います。是非、お試しください。

 

大人になって唯一できなくなった雪遊びがあります。

踏み固められていない「こしまり雪」の上を靴のまま埋まらないようにして歩くだけ・・・

正に「薄氷を踏む思い」でしたが、安全かつスリリングな遊びでした。

今年も1年ご愛読ありがとうございました。

良いお年をお迎えください。

組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。

最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。

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