月の組香

正月に行われた宮中行事をテーマにした組香です。

色柄の違った矢羽が目にも鮮やかです。

慶賀の気持ちを込めて小記録の縁を朱色に染めています。

 

説明

  1. 香木は5種用意します。 

  2. 要素名は、「左近衛(さこんえ)」「右近衛(うこんえ)」「左兵衛(さひょうえ)」「右兵衛(うひょうえ)」と「四府舎人(しぶのとねり)」です。 

  3. 香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。 

  4. 「左近衛」「右近衛」「左兵衛」「右兵衛」」は各4包「四府舎人」は1包作ります。(計17包) 

  5. 「左近衛」「右近衛」「左兵衛」「右兵衛」各1包を試香として焚き出します。 (計4包)

  6. 残った「左近衛」「右近衛」「左兵衛」「右兵衛」各3包と「四府舎人」1包を打ち交ぜて焚き出します。 (計13包)

  7. 本香は、「一*柱開(いっちゅうびらき)」で13炉回ります。 
    −以降8番から11番までを13回繰り返します。− 

  8. 連衆は1炉ごとに答えを「香札」で投票します。 

  9. 香元が正解を宣言します。 

  10. 執筆は香記に当たった答えのみ書き記し独聞は2点、客香の当たりも2点、客香の独聞は3点を答えの右肩にかけます。

  11. 盤者は、所定の方法で正解者の矢を進めます。(委細後述) 

  12. 矢がゴールに行き当たっても、最後まで投票を続け、成績は記録に認めて置きます。

  13. 下附は、各自の得点を漢数字で点数を書き記します。

  14. 最後にチームの点数の総計をそれぞれ記載し、多い方が勝ちとなります。

 

 新年あけましておめでとうございます。

丑年は、「辛抱」の象徴。土中の種子が発芽して、未だ丸く絡んでいるイメージで、新生への開拓・計画に動き、希望を託して回生を待つ時期のようです。丑年の人は、辛抱強く誠実・実直ですが、感情を表に出さない分だけ内奮は激しく、無口で偏屈に見えるところが運を損ねることもあるようですね。そんな丑年の人と接する時は、相手に理解を示しつつ、じっくりと論理的に話すのが良いそうです。

さて、昨年の自分の出来事を総括して、清水寺の管長さんのように「一文字」で表わすとすれば、皆さんはどのように書かれるでしょうか?私は「母」と書くでしょう。おそらく、この歳になるまで自分の重大ニュースに「母」が入ったことは無かったと思います。夏前に母の体内に腹部大動脈瘤が見つかり、検査入院をして手術日が確定してからは、母の中にも「このまま、この世からオサラバするかもしれない。」という不安が初めて訪れたようです。これまでも一病息災でうまく病気と付き合ってきたつもりが、全く違う方向から矛先を突き付けられ、少なからず動転した様子でした。気丈で自立心の強い「猛母」が、とうとう「愚息」を頼らなければならなくなったのは、相当のことだったと思います。

私としては、いつ単身赴任の辞令をいただいて「親の死に目にも合えない」状況になってもおかしくない時期に来ているので、「親孝行はこれが仕納め」という気持ちで雑事を吹っ切り、半年間は気長に付き合うこととしました。

お盆に実家に帰った際、「自重」が昂じて家を出られなくなっていた母を近くの温泉に連れて行きました。「遠刈田温泉」でカラスの行水をして、「たまご舎」によって、親子で「親子丼」を食べ、沿道の桃や梨などを買っての帰り道・・・。実は私には、まだ伏線があったのです。母には何も言わぬまま、車を走らせて15kmほど南の「生まれた街」に帰り、まずは父方の祖父母の墓参りをしました。祖父母はクリスチャンでしたので「偕老同穴」、1本の十字架に墓碑銘が2つ並んでいます。そこで隠し持って来た「乳香」の小瓶を供えてお祈りしますと、焚いたわけでもないのに、辺りの空気が芳しく変るのが感じられました。(良い霊と出会うとよく感じられることです。)その香気に包まれならが、「生家」のあった地区を眺めつつ小高い丘の道を下って、ここからは「ふるさと探訪」です。

母にとっては、訳あって40年ぶりに訪れた土地でしたが、意外にもとても懐かしがり、早速、昔のご近所さんに挨拶しては立ち話をしました。ご近所さんも母はもとより、当時小さかった私の名前を「ちゃん」付けで呼んでくれて、40年の空白を感じさせない懐かしい時間でした。その後、二人で付近の思い出の場所を訪れ、変らない街の様子を肴に「飛ばされた帽子を取ろうとして川におぼれたこと。」「10円持っていけば、もぎたての葡萄をくれた葡萄園。」等・・・思い出話に花を咲かせながら、たくさんの魚が泳ぐ堀端を歩きました。この時の母は、「自分でも不思議」というくらい元気になり、足の痛みも訴えず、スタスタと堀端を歩いて進んでは風景を楽しんで思い出を語りました。こちらは帰り道が心配なので、「もうここまで!」と留めますが、小さかった私よりも記憶がしっかりしている母は、まだまだ、曲がって見たい路地があるようでした。

無事、車に戻ると、母は、私を生後間もなくから小学校まで託児してくれた「小母ちゃんに会って御礼がしたい。」と言い出しました。こちらは17年ぶりの再会でしたが、歳を感じさせない小母ちゃんのバイタリティーは実母と変らず、御礼もそこそこに2人で盛り上がる世間話で、私は存在感を無くしてしまうほどでした。期せずして、乳母と実母の両方へ孝行をしてしまったことになった私にとっては、2人の会話を聞いて、時折、古い話で小突かれるのが快く感じられました。

そうして私達は、お金など全くかかっていない日帰り旅行で、家族が最も幸せだった土地の風景や人々に再会し、思い出を語り合うことで、土地や人に纏わるいろいろなわだかまりや未解決問題が解け「魂が浄化された」ことを実感したのです。私は、あまりにスッキリしたので、「これでは、天国に近くなってしまうなぁ」と、これから控える手術の行く末を心配するほどでした。母にとって、「これが最後・・・」との自覚があったのかどうかはわかりませんが、とにかく「夢のような・・・宝物のような1日だった。」と今でも時折、反芻しているようです。

今年は、私にとって、一年遅れの「変」の年かもしれません。住居が変わり、生活が変わり、仕事が変わり、お金が無くなっても、健やかなるときも病める時も・・・「人生の背骨」である当サイトの運営は続けていきたいと思っております。

今月は、正月十八日の宮中行事「賭弓の節」からテーマを得た「賭弓香」(のりゆみこう)をご紹介いたしましょう。

賭弓香」は、大枝流芳の『香道千代乃秋』に掲載がある「新組香十品」のうちの一組です。この組香は、香席を催すために特定のゲーム盤を用いる「盤物(ばんもの)」であり、その「組香盤立物之図」は上巻に、「組香小引」は中巻に分かれて掲載されています。中巻の小引には、「(誤字)弓香」という題号の下に「流芳組」とあることから、大枝流芳自身が作ったオリジナルの組香であることが分かります。今回は、オリジナルの組香ですので、『香道千代乃秋(上・中巻)』を出典として筆を進めたいと思います。

まず、この組香に証歌はありません。ただし、この組香のテーマである「賭弓(のりゆみ)」について、出典の冒頭に「正月十八日、天子、弓をご覧になり、左右の近衛(こんえ)、左右の兵衛(ひょうえ)、四府(しぶ)の舎人(とねり)ども射侍るなり。勝のかたは舞楽を奏し、負けし方は罰酒をおこの(行)ふ。射礼のあくる日は、射遺りとて在り・・・射礼に参ぜざるものに、い(射)さしめたまふとなり。弘仁二年正月にはじまるといへり。」という詳しい解説が掲載されています。

平安時代には、正月の17日に、「射礼(じゃらい)」という行事があり、建礼門の前に射場を設け、親王以下五位以上、六衛府の官人などが競射を行うという典礼がありました。「賭弓」は、その翌日の18日に、再び天皇が弓場殿に出御し、典礼には参加できない身分の左右の近衛府、兵衛府の舎人などに弓を射させて、勝ち方には「賭物(のりもの)」を賜い、負け方には「罰酒(ばつざけ)」を課した正月行事の一つです。また、「弘仁二年」(811)とは、平安時代の嵯峨天皇の御世ですから、この行事は、典礼に使用した射場を有効利用して、宮廷内外の兵士の鍛錬や実力者の発見等を目的として、嵯峨天皇が始められた行事ということになりましょうか。

次に、この組香の要素名は「左近衛」「右近衛」「左兵衛」「右兵衛」と「四府舎人」です。「近衛」とは、禁中の警固、行幸の警備などに当たった朝廷の常備軍のことです。一方「兵衛」とは、内裏外側の諸門の警衛や、行幸の供奉などにあたる外勤担当でした。これらがそれぞれ「左右」に分かれて左近衛府、右近衛府、左兵衛府、右兵衛府の「四府」となり、そこで雑事にたずさわった役人「舎人」です。

この組香の香種は5種、本香数は13包です。本香数は、大抵「12包」が上限であり、他の盤物に比べても多いのが特徴とも言えますが、これは四府の役人を平等に登場させるために必要な数でしょう。一方、「舎人」を「四府」からそれぞれ出場させないのは不平等とも言えますが、これは身分が低いため数合わせをして、香数が膨大になるのを防ぎ、そのかわり「四府の・・・」と共通項で括って「客香」に据えているものと思われます。いずれ、実際の「賭弓」では、もっと多くの出場者がいたのでしょうが、「舎人」の身分で出場できたのは、これぐらいの割合だったのかもしれません。

この組香の構造は単純明快です。まず、「左近衛(4包)」「右近衛(4包)」「左兵衛(4包)」「右兵衛(4包)」のうち、それぞれ1包を試香として焚き出し、残った「左近衛(3包)」「右近衛(3包)」「左兵衛(3包)」「右兵衛(3包)」に客香である「四府舎人(1包)」を加え、「3+3+3+3+1=13包」を打ち交ぜて「一*柱開」で焚き出します。

さて、この組香は、連衆をあらかじめスキルや抽選によって「左近衛方」「右兵衛方」と二手に分け、双方の合計得点を競う「一蓮托生型対戦ゲーム」となっています。ゲームに使用する「賭弓香盤」は、「十行十五間」で、「十行」とは、コマの進むコースが10本あり、一度に10人(5対5)の人が遊ぶことが出来るということです。「十五間」については、ゴールまでに進むマス目の数が15あるということですが、出典には「的場の間数なり」との注書があり、実際の射程である「十五間(約27m)」にも掛けていることがわかります。また、盤のゴールには三つの穴があり、金箔製の「金的(きんてき)」を中心に「鳥甲(とりかぶと)」、香包を入れ込んだ「瓶子(へいし)」を挿しておきます。

それぞれのマス目には穴が開いており、そこにコマとなる「矢」を立てて、当たり数だけ進むという方式です。「矢」は、大まかに「金矧(きんはぎ)」5本と「朱矧(しゅはぎ)」5本があります。「矧(はぎ)」とは、矢羽根の上下や鏃(やじり)のつけ根の辺りを糸で巻くことで、この糸の色で連衆を「左近衛方」「右兵衛方」に区別するというわけです。さらに、矢は、それぞれ違った「矢羽」の色柄のものが、各自に1本割り当てられ、その名前が盤上の名代と香席での名乗とを兼ねることとなります。矢羽の名前について、出典では、「白尾(しらお)」「糟尾(かすお)」「褄黒(つまぐろ)」「中黒(なかぐろ)」「中白(なかしろ)」「山鳥(やまどり)」「蜂隈(はちくま)」「本厭(もとうすべ)」(出典では『厭』の下に『黒』と書く字)「切生(きりう)」「摺生(すりう)」と十種類が列挙されています。矢羽の名称は私が調べただけでも64種の名前がありました。簡単に解説しますと、まず基本は、色柄が「白」「黒」「糟」「厭」「切」「摺」のように分かれており、これが羽の一部に分布している場合は、「鏃(やじり)」に向かって近い方から「本」→「中」→「褄」という部位に分かれています。そのため、同じ「白」でも「白尾」「本白」「中白」「褄白」があるほか、白い部分の面積によって、「大中白」、「小中白」という細かい分類もあります。また、「切生」のような柄物については、他の柄と混ざり合った全体の景色によって「白」「島」「星」「猫」「波」「摺」のような頭文字が付き、「摺生」についても「斑」「護摩」「豹」のような名前が付されています。さらに、鷲・鷹といった「真」の素材でない矢羽根には「山鳥」「蜂隈」のように素材となっている鳥の名が付けられています。それぞれの矢羽のイメージについては、「賭弓香盤立物之図」を参照してください。

そして、いよいよゲーム盤のスタートラインに矢を立てて、「一*柱開」で香炉が廻りはじめます。連衆は香炉を1つ聞き終わるごとに、「香札(こうふだ)」を使用して回答を提出します。香札の札表は、答えとなる「左近衛(3枚)」「右近衛(3枚)」「左兵衛(3枚)」「右兵衛(3枚)」「四府舎人(1包)」が書かれており、13枚を一人前とします。札裏は、先ほどの「矢羽」の名前が書かれており、これを記録上の名乗とします。残念ながら、この組香では5種の札を必要としますので、「十種香札」の流用はできません。催す際には、あらかじめ札を用意するか、13枚の名乗紙(解答用紙)が必要です。一気に簡略化して、「後開き」とし、答えを名乗紙に13個書いてもらう方式でも香席は出来ますが、「香盤」を廃してしまうと、正月の双六のような楽しみ方ができなくなるところが難点です。

続いて、連衆は香炉が廻る毎に、試香と聞き合わせて香札を打ち、その都度当否が決定します。「矢」の進み(点数)について、出典では「独聞二間、ウ二間、ウの独聞三間たるべし。」との記載があり、連衆の中で唯一当たった場合と客香である「四府舎人」を当てた場合に加点要素があります。そのため、優秀な人が連衆に恵まれて、最初から独聞を続けると最短で7炉目でゴールに到達することも想定されます。この先は、出典には記載がないのですが、最初の矢がゴールに行き着いても、香は残らず聞いて回答し続け、その成績は記録に認めておくのが順当でしょう。そうすると、先を争って次々とゴールする二番手、三番手の方にも達成感があり、座が盛り上がる時間も長くなると思います。

一方、13炉を全て聞いても誰もゴールに到達しない場合は、その時点での各自の進み具合を点数に換算して記録し、合計点の多いグループの勝ちとなります。また、点 数が同点で勝負がつかない場合について、出典では「『射遺(いのこり)』と名付け、追加を聞くべし。追加、一*柱にても二*柱にても、勝負つ(付)かばや(止)むべし。」と記載があり、勝負がつくまで予備の香を焚くこととなっています。このため、出香者は予備の香包を何包か用意しておく必要があります。

記録は、「一*柱開」なので、席中に認めます。各自の解答欄は、「左近衛方」「右兵衛方」と見出しをつけ、左近衛方は「白尾」「糟尾」「褄黒」の順に、右兵衛方は「山鳥」「蜂隈」「本厭」の順に人数分だけ名乗りを記載します。香元から正解が宣言されたら、執筆は、まず香の出の欄に「右兵」「左近」「舎人」と要素名を略して書き記します。これは、本香数が多いための便法です。次に、各自の答えについては「当たったもののみ」先ほどと同様に2文字に略して記載します。なお、客香や独聞等、加点要素のある当たりには、各自の答えの右肩に2点「ヽヽ」、3点「ヾ」と 合点を掛けます。

点数は、矢の進みと同様に換算して漢数字で記載します。(最初から独聞を続けると最高得点者は27点、他の人は0点です。)個人の点数は、13炉分を合計して、各自の解答欄に下附します。(記録は、「矢が最初に到達した人」の功に関わらないため、この人が最終的な最高得点者となるとは限りません。)そして、個人の点数が決まりましたら、チームごとの合計点を「左近衛方」「右兵衛方」の見出しの下に記載します。そして、合計点の低い方の点数の下に「負了」と下附します。

この組香では、勝負が決着した後に「賞罰の儀式」が待っています。これは、香元からゴールに指してあった「鳥甲」(烏帽子)を勝ち方に与え、これが「勝ち方の舞楽」を表します。一方、「瓶子」の中には、「香包」を仕込んでおき、負け方は、これを香元から受け取って、中の「香包」を勝ち方に献上します。この「香包」が勝ち方への「賭物」(褒美)となっており、「献上」が負け方の「罰酒」の代わりとなっているわけです。

この組香は、道具立てさへ揃えば「お初会」には格好の組香となります。まぁ、お正月なので、勝ち方には本当に「賭物」を与え、負け方には「罰酒」を飲ませるのもよろしいのではないかと思います。「お初会」は、初座では襟を正して「鑑賞香」を聞き、午餐後、後座で「投扇興」などの座興に興ずるというのが一般的ですが、座興と鍛錬が一度に行える「賭弓香」も是非取り入れてみてはいかがでしょうか?

 

母親への息子の愛情を人は「マザコン」というけれど・・・

支配、従属、依存の関係のない対等な愛情交換ならば、

それは「仁慈」というものではないでしょうか?

我が母の脈と息吹を数えつつ八十路の生命花咲くを知る(921詠)

本年もよろしくお願いいたします。

組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。

最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。

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