月の組香

客中の「客」を見つけ出す組香です。

組香の途中で焚き方が変わるところが特徴です。

 ※ このコラムではフォントがないため「」を「*柱」と表記しています。

説明

  1. 香木は4種用意します。

  2. 要素名は、「一」「二」「三」と「客」です。

  3. 香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。

  4. 「一」「二」「三」は各3包、「客」は2包作ります。(計11包)

  5. このうち「客」の1包を試香として焚き出します。

  6. まず、「一」「二」「三」の各3包を打ち交ぜて、その中から6包を任意に引き去ります。(3×−6=3包)

  7. 本香1炉目から3炉目は、手元に残った3包を「一*柱開」(いっちゅうびらき)で順に焚き出します。(計3包)

「一*柱開」とは、1炉ごとに連衆が回答し、香元が正解を宣言するやり方です。−

  1. 香元は、香炉をとともに、折居(おりすえ)を廻します。

  2. 連衆は、1炉ごとに「無試十*柱香」の要領で香札を1枚打ちます(委細後述)

  3. 廻り終えた折居は、開かずに留め置きます。(8〜10を3回繰り返します。)

  4. 続いて、先ほど引き去っておいた「一・二・三」6包と試香で焚き残した「ウ」1包を打ち交ぜます。(計7包)

  5. 本香4炉目以降は、この7包を「客」が出るまで「一*柱開」で順に焚き出します。

  6. 香元は、香炉をとともに、折居を廻します。

  7. 連衆は、1炉ごとに「無試十*柱香」の要領で、香札を1枚打ちます。

  8. 執筆は、折居を開き、各自の札を札盤に並べ、仮に留めて置きます。

  9. 香元は正解を宣言します。

  10. 執筆は、当否に関わらず各自の答えを香記に書き記します。

  11. この組香では、香元が「ウ」の出現を宣言した時点で「本香焚き終り」となります。(それまでは、13〜17を繰り返します。)

  12. 点数は、「独聞」は3点、「ウ」の当たりは2点、その他は1要素につき1点となります。

  13. 下附は、全問正解は「皆」、その他は点数で書き記します。

  14. 勝負は、最高得点者のうち上席の方の勝ちとなります。

 

雨の窓辺には、頬杖をついた人待ち顔も似合うものです。

先日、散歩をしていたら町内の掲示板に小さな貼紙を見つけました。そのたおやかな筆づかいに目を留めた私は、一瞬通り過ぎたものの引き返して、その内容を読むことにしました。貼紙には、「梅干一つで、お茶はいかがですか。客一人だに無きぞ悲しき。」と書いてあり、ビニールで防水対策を施していることから、長くこの場に掲示して置くつもりなのだということがわかりました。

このメッセージの後半は、「七重八重花は咲けども山吹の実のひとつだになきぞかなしき(中務卿兼明親王)」 (後拾遺和歌集1154本歌は「なきぞあやしき」)から、引用されていることが即座にわかりました。この歌は、山道の一軒家に雨宿りを願った太田道潅に貸す蓑すらないその家の女性がこの歌を引用して「お恥ずかしぅございます」と八重山吹の枝を差し出したという逸話で有名になった歌です。今しがた八重山吹を愛でて来たばかりの私は、この一片のメッセージが心に深く突き刺さりました。すぐにでも、返歌を持参して、お茶でもご一緒しようと思いましたが、如何せん何方のものやら「名乗り」が書かれてありませんでしたので、「願い」としてはそこまでのもの・・・「寂しい私がここにいますよ」という心音だけを持ち帰りました。

この辺りは、藩政時代からのお屋敷町で、家の構えを大きく広く、少なくとも生活には困らない家庭の御婦人でしょうに、おそらく「独居の寂しさ」という心に空いた穴が、彼女の家柄や教養、財力といった「幸せ」を上回って大きくなってしまったのでしょう。家族と言えるものは作っても、その家族が傍にいないという寂しさは私にも良くわかります。独居の親を持ちながら家に入るでもなく、親が亡くなれば地所を更地にしてお金に替えるだけの相続者もたくさん見てきました。また、彼女が本歌を十分に理解する素養があって、自分を山吹(実の出来ない)として喩えているなら、お子様もいなかったのかもしれません。

私の実家のような田舎であれば、老人にとって地域の「友達」は宝です。我が母も「お茶飲みは面倒だ」とか、「時間の無駄だ」とか言いながら、結局、入院後の軽い欝や記憶の混乱は、地域に戻って友達と行き来するうちに自然に回復してきました。気力が回復するにしたがって、心の敷居も低くなり、敷居が下がれば、交際範囲も活動範囲を広くなります。兎角「面倒だ」と言われがちな「人付き合い」ですが、「外から人が入って来る」「外に出て行く」という行為が、生活のモチベーションをかなり向上させるのだということを実感しました。特に女性にとっては、自分や生活を「磨く」、「飾る」ための契機として他人様との交流は重要なのではないかと思います。

一方、もともと人の心の敷居が高い都会の一角で、物理的にも塀が高い「お屋敷」の中ともなると、そうやすやすと「○○ちゃん、居たのぅ?」と訪れる人も少ないでしょうし、品性が邪魔して、「そういう気安い人とは付き合い辛い」という方もいるかもしれません。こういう方は、自分から「門戸を開けること」「外に出ること」で自分の敷居に見合った人付き合いを求めることを考えなければならないと思います。このメッセージには、どこか近所で「にじり戸」が少し開いていることだけは感じられます。そのうち、町内掲示板を見る人の中には、彼女を見つける方もいるかもしれません。私は、「生協の白石さん」よろしく、掲示板に返歌を貼り付けようかと思っています。そんなことから、ご近所のコミュニティが生まれるのもステキではないですかね。

今月は、連客の中から賓客を見つける「賓客香」(ひんきゃくこう)をご紹介いたしましょう。

「賓客香」は、米川流香道『香道奥の橘(風)』に掲載されている組香です。同名のものは、聞香秘録の『拾遺聞香撰(巻之三)』にも掲載されており、両者の記述はほとんど同じです。委細部分について若干の差異があるため、今回は、記載が具体的な『香道奥の橘(風)』を出典、『拾遺聞香撰(巻之三)』を別書として、両者の対比も含めて書き進めたいと思います。

まず、この組香には証歌はありません。加えて、要素名が「一」「二」「三」「ウ」という記号ですので、組香名にある「賓客」の表す景色を小記録から端的に読み取ることはできません。初めは「賓客」をもてなすための厳格な式に使用される組香かとも思いましたが、全体を眺めて観ても、それほどの華美荘厳の景色は見えてきませんでした。そのため、この組香が何の景色を表そうとして、創作されたものかについては、未だ判然としていないというのが正直なところです。ただし、出典の前後に「ウ客香」(一、二にウと客を加えた八*柱香)、「三種加客香」(一、二、三に3種のウを加えた九*柱香)、「主客十*柱香」(一、二、三とウを結び合せて行う十*柱香)等、「客」が構造上の要素として重く用いられている組香が並んでいることから、この組香もおそらくは、試香の無い「客香」の中に「客」を入れて、「客中の客」探すという構造的な特徴をとらえて題したものかと思っています。

「賓客」とは、敬いもてなすべき大切な客人のことで、現代風に言えばVIPVery Important Person=非常に重要な人物)ということになるでしょう。現在よく耳にする「賓客」は、外交上の用語でしょうか?国家元首、王族、行政府の長、あるいはこれに準ずる方が実務目的で日本を訪れる場合に、その地位や訪問目的に照らして内閣が「国賓」「公賓」のように接遇レベルを決定し、政府や皇室はそれに応じて公式対応をするというものです。しかし、この組香は江戸時代の諸芸の世界ですので、それほど厳格に構えたものではなく、会合のうち最も心を尽くすべき「正客」を表すと考えればよろしいかと思います。

次に、この組香の要素名は、「一」「二」「三」「客」という記号となっています。聞の名目に繋がる要素でしたら、いつもは「匿名化」という言葉を用いますが、ここでは何にも転化しないので「記号」と呼ぶこととします。最後の要素名「客」について、出典では「ウ」、別書では「客」と表記されています。「ウ」は「客」の略字で同義あることは周知の事実ですのでどちらでも同じなのかもしれませんが、この組香の主役である「賓客」を表すならば略字を用いず、「客」と表記して構造や香記の部分で光らせた方が連衆もイメージしやすいかと思い、当コラムの小記録は「客」と改めました。

続いて、この組香の構造は、「一」「二」「三」を各3包、「客」を2包作り、そのうち「客」1包を試香として焚き出します。一般的には「客(ウ)は客香である」というのが常道ですが、「客」に試香のあるところが、この組香の第一の特徴といえましょう。「客」で表す「賓客」は亭主にとって既知の方でありましょうし、普通の会合では「招待」もしますので、前触れとして「こんな方が来ますよ。」と連衆に知らせる趣向かと思います。一方、「一」「二」「三」は試香がない「客香」扱いとなっていますが、こちらは賓客に較べて縁の薄い方々や初対面の方等、その席に連座する「連客」と捉えてよろしいかと思います。

試香が焚き終わりますと、残された香種・香数は、4種10香(3+3+3+1)となり「十*柱香」形式と大変似た形となります。出典小引の最終行には「無試十*柱香のウばかり試あるものなり」と総括されており、この組香が十*柱香の構造を模したものであることが解ります

この組香の第二の特徴は、本香が「前半」と「後半」に分かれているというところにあります。まず、最初の3炉は、「一(3包)」「二(3包)」「三(3包)」の9包のみを打ち交ぜ、そのうち6包を任意に引き去り、残った3包を順焚き出します。そして、4炉目からは、先ほど引き去っておいた6包に「ウ」1包を加えて、順に焚き出します。この時、出典には「ウの入れたるよし」を宣言して焚き出すこととされています。普通、このような場合は「段組」という手法を使って「続いて本香後段焚き始めます。」と挨拶して後段の区切りとするのが順当ですが、この組香では、小引の中で「三炉目」「四炉目」と続きで呼んでいることや、香記にも香の出が区切り無く記載されていることから、「前段」「後段」と区別しないで催行する意図が明らかになっています。一般的に「段組」は景色の大きな変化を表す時に用いる手法ですが、この組香には、そういった場面転換が必要ないため「段組無し」とし、本香の手筋を替えることで、「待合の風景」と「賓客の訪れ」といった小さな景色の変化を表現しているのかもしれません。

 因みに、別書では、「五包*柱きて客の香打ち交ぜ」と記載があり、本香の区切りが3包ではなく5包とされているところが出典と別書の大きな相違点となっています。確かに5包焚けば、その分「待合の景色」も長くなり、連客の数も種類も多く楽しめます。一利あるのですが、別書の「賓客香之記」には、4炉目に「客」が出現して小引の記述と矛盾しているところもありますので、出典を正当として採用しました。

さて、この組香の回答方法については、「無試十*柱香」と同様、「十種香札」を使用して1炉に1枚札を打つ方法で行われます。つまり、最初に出たお香は全て「一」と回答し、2炉目が1炉目と同じ香りならば「一」、異なる香りならば「二」とします。3炉目は、1炉目と同じ香りならば「一」、2炉目と同じ香りならば「二」とし、どちらとも異なる香りならば「三」という具合です。出典には「初炉から三炉目の札は折居に入れ置く」とあり、最初の3炉については、連衆は、香元から香炉に続いて廻される「折居」(一、二、三と表書きのあるもの)に1枚ずつ投票し、廻された3枚の折居は、開かずにそのまま並べて置きます。各自の回答は公表しないものの、香元は「一*柱開」の作法に則って回答を宣言します。そうすると、他の連客にはわからなくとも、自分の当否は各自「腹積もり」をしつつ、最後まで回答することができます。

香元から「客が入りました。」(お正客様がいらっしゃいましたの意?)との挨拶があって4炉目から本香が終わるまで、連衆は、廻される「折居」(ここからは札筒可)に前3炉の回答基準を継承して札を打ちます。つまり、既に回答済みの「一」「二」ないし「三」と同香の場合は、その記号の書かれた札を打ち、もし試香で聞いた「客」が出た場合は「客」の札を打ちます。(その際、前3炉を全て「一」と回答した場合、4炉目は必ず異香となりますので「二」か「客」のどちらを打つことになりますし、4炉目に聞いたことの無い3種目の香が出れば「三」ということもあります。)折居が帰ると、執筆はこれを開き、札盤の上に各自の札紋と席順を見合わせて並べます。札が並べ終わったところで、香元は香包を開き、「正解」を宣言します。記録法について、出典では「上三段書かず、明け置きて残らず書く」とあり、執筆は、回答が隠されている前3炉の部分を空けて各自の回答を全て書き写しておきます。

これを繰り返し、香席は「一*柱開」で進行しますが、出典では「ウ出ずれば香は終りなり」と記載があり、香元が「ウ」の出現を宣言した時点で焚き止めとなるのがこの組香の第三の特徴となっています。これは別書に「客香出で次第に香終わる鶯香のごとし」と指摘のあるとおり、「鶯香」にも見られる特徴で、前景となる香が焚きだされる中に忽然と鶯の初音が聞こえ「待ちにまったものが訪れたので本懐を遂げた」ということを表します。つまり、この組香では、連客が三々五々集まる中、「賓客が到着した」ことを意味するものだと思われます。現実的には相当不遜な態度に思われますが、封建制度の時代の貴人の扱いならば「賓客より遅参したものは門前払い」とし、それ以上の来訪は望まないので受付終了とすることもあったのでしょうか?いずれ、賓客にとっては心を尽くしたもてなしと感じられることでしょう。(利休が床の朝顔以外の花を皆摘んでしまったように・・・)

このように、この組香は「十*柱香」の形式を多く取り入れながら、「十*柱」を全て焚かない可能性があるため、所謂「替十*柱香」のカテゴリーには属さないものとなっています。

本香が焚き止めとなりましたら、香元は「本香焚き終わりました。」の挨拶をし、執筆は留め置いた前3炉の折居を順に開いて、空けておいた各自の解答欄に3つずつ書き入れます。本香の出は、既に逐一宣言済みですので、すぐに当否の判定に入ります。判定方法は、「無試十*柱香のウばかり試あるものなり」のとおり、試香のある「客」を「客」とすることを除いては、香種の出現順に「一」「二」「三」を決定して、各自の香の出と見合わせます。

例:本香の出「三、一、一、二、二、一、三、二、客」(9炉目に客が出て焚き止め)

     正解:「一、二、二、三、三、二、一、三、客」

点数については、出典に「点法、ウ二点、独聞三点なり。」と記載されており、加点要素があります。例えば、10炉目に「客」が出て、全て独聞ならば大量「三十点」も狙える組香ということです。また、「平点」については、特段の記載がありませんが、「賓客香之記」の記載例では各要素に「点」が掛けてありますので、「その他の当たりは一点」とするのは自明のことでしょう。当たりの点は、平点は「ヽ」、独聞は「ヾ」というように各自の回答の右肩に点数分だけ掛けます。また、

各自の当否が決まったら下附を記載するのが順ですが、出典の「賓客香之記」には下附の記載がありません。しかし、この組香は、本香数が一定していない上に、加点要素もあるため、合点のみでは最高得点者の比較が即座に判別できない場合が想定されます。一方、別書には全問正解に「皆」、その他は「点数」の下附がありますので、各自の得点が一目瞭然となっています。これについては、「米川流(出典)」と「御家流(別書)」の違いかもしれませんが、同じ出典でも前述の「ウ客香」「三種加客香」「主客十*柱香」には下附がありますので、このコラムでは、別書と同様の下附を採用しました。

最後に、勝負は最高得点者のうち上席の方の勝ちとなります。

雨の最中に色とりどりの和傘が露地を通って寄付に入って行き、そこに黒紋付姿の御仁が現れるという来客の風景を想像すると、なかなか美しい組香のように思えて来ます。迎える亭主はそんなことを楽しむ余裕はないでしょうけれども、せめてお香の世界で「寄り合い」のプロローグを味わってみてはいかがでしょうか?

 

「満たされざる心」というのは、いろいろありますが・・・

他人のせいに出来るものが「不満」で、出来ないものが「寂しさ」でしょうか?

いずれにしろ

「幸や不幸は・・・どちらにも等しく価値がある。人生は、明らかに意味がある。」

(映画「自虐の詩」より)

組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。

最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。

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