月の組香

正月にふさわしいお目出度い景色の組香です。

本香の聞き方が前段・後段で異なるところが特徴です

慶賀の気持ちを込めて小記録の縁を朱色に染めています。

 

説明

  1. 香木は5種用意します。 

  2. 要素名は、「鶴」「亀」「松」「竹」と「賀」です。 

  3. 香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。 

  4. 「鶴」「亀」「松」「竹」は各2包、「賀」は1包作ります。(計9包) 

  5. 「鶴」「亀」「松」「竹」各1包を試香として焚き出します。(計4包)

  6. 残った「鶴」「亀」「松」「竹」各1包に「賀」1包を加え、打ち交ぜて順に焚き出します。(計5包)

  7. 最初の3炉は、「本香A段」として、普通どおりに要素名を聞き当てます。

  8. 残る2炉は、本香B段」として「二*柱聞き」とし、2つの要素名と見合わせて「聞の名目」を聞き当てます。(委細後述)

  9. 答えは、名乗紙にA段で出た要素名を3つ、B段は聞の名目を1つ書き記します。

  10. 執筆は香記に連衆の答えを全て書き記し、A段の当りは各1点、B段の独聞は3点、当りは2点、片当りを1点として答えの右肩に点を掛けます。

  11. 下附は、B段の正解にのみ「蓬莱山(ほうらいさん)」と書き記し、その他については下附せず、「点」のみで示します。

  12. 勝負は、最高得点者の上席の方の勝ちとなります。(委細後述)

 

 新年あけましておめでとうございます。

我がPCのディスプレイを地デジテレビにしたお陰で、無料期間にあたる年末年始は「映画三昧」となりました。邦画のインディーズものの好きな私は、小さな世界で淡々と繰り広げられる人生の機微に何故か涙するのです。

若い頃の私は、心がプラスチックでできていると思うほど「喜怒哀楽」の振幅が少ない人間でした。まぁ、テクノポップ♪で育った年代ですので、 他の多くの若者も「サイボーグと呼ばれたい」という願望を持っていたことは確かです。ただ、私の場合、単なるファッションというよりは、ちょいと根が深く、小さい頃から他人様のお宅を転々として一日の大半を過ごしつつ育てらてれていましたので、なんとなく「好きも嫌いも良いも悪いも・・・」他人様のルールにうまく順応している間に、「お客さん体質」が身に付いたのだと思われます。少しは「不幸な家庭環境」とやらのせいにしてグレてみても少年らしくて良かったのでしょうが、始終「母の背中」を見ていたためか、全く不正直にも「危なげなく・大人しく」成長してしまいました。

そのプラスチック青年も年をとったせいか近頃「涙もろく」なり、ハンカチの手放せない自分に驚いています。まぁ、香人ですから怒鳴りも高笑いもしませんが、「泣き」の回数は明らかに増えました。「もうそろそろ生理的に涙腺が緩んでいるんだろう!」と言われるでしょうが、その多くは御多分にもれず「感涙」なので、私としては「多感な年代?になったためなんだ。」と勝手に解釈しています。

「泣き」の多くなった理由の1つは、確かに寂しさで始終「心が傷ついている」ことに起因するものもあると思っています。しかし、寂しいだけで男は泣きませんから、何か泣けるものに代替措置を求めるのでしょう。人間は心の穴を涙で埋めることができ、小さな擦り傷やササクレなら、涙で潤しておけば一時期痛みを忘れていられるものです。「昔、泣き虫神様がぁ♪うれしくても泣いてぇ、悲しくても泣いてぇ・・・今ではドロップスぅ♪」のような話ですが、カタルシスというものは有り難いものです。もう1つは、やはり「加齢」により人生経験が豊富になり「実相感入」や「ノスタルジー」などの琴線に触れる「思い出」が心に溢れるようになったからではないでかと思っています。

私にとって「青春映画」は、取り戻し得ない時間への憧憬と言う意味で、かなり の「ツボ」です。生来、ひねくれてはいるので「泣け泣け」と言わんばかりの感動作や悲恋話では全く泣けませんが、何でもなく流れる情景のちょっとした瞬間に「ウルっ」と来てしまうのです。ごくまれに予告編を見た段階で「これは泣く・・・劇場では見られない!」と思う作品に出くわしますが、そういうものは半年待ってビデオで鑑賞するという便法も覚えました。

私の泣ける瞬間ランキングは、@「努力が報われる瞬間」、A「人と人との心のわだかまりが解ける瞬間」、B「静かで深い愛情が垣間見える瞬間」、C「小さい子供の放つ健気な一言」、D「エンドロールの音楽(歌詞)」というところでしょうか・・・。いろいろな場面で自分も経験してきたことが脳裏に甦り、ついつい目頭を押さえてしまいます。ものによっては声を殺してしゃくり上げてしまうこともあり、そのどれもが「清々しい心」を取り戻させてくれる気持のよいものなのです。こうなると一種の「泣き依存症」かもしれませんが、自室の中のことですので誰にも迷惑は掛かかりませんし、これで心のバランスが保てるなら、カウンセリングよりも安上がりなことと思っています。

私たちは、裸一貫で生まれて来て、「蓬莱山」を夢見つつ大海に泳ぎ出しますが、爺婆と鶴亀しかいない南海の弧島は、不老不死であるために退屈が蔓延しているかもしれません。ほとんどの人は夢叶わず、いずれはまた裸一貫で海の骸となり果てますが、「結果よりは過程が大事」というものです。私たちの体躯に内包される「思い出」こそ大切なエネルギーで、これが来世のステージを決める要素になると信じています。私の一年の計は若い頃からいつも同じ・・・「より多く知り、より多くやる」です。これからも「迷うことは、やる価値があること」と思って、せいぜい泣きながら(;э;)「思い出」を作りを続けたいと思います。

今月は、お正月にふさわしい蓬莱山の景色を写した「蓬莱香」(ほうらいこう)をご紹介いたしましょう。

 「蓬莱香」は、米川流香道『奥の橘(風)』に掲載のある組香です。同名の組香は御家流組香集(義)にも掲載がありますが、こちらは、要素名が「福(2包)」「寿(2包)」「海(1包)」の五*柱焚きで、「鶴」と「亀」が一*柱当たるごとに「陸→海→方丈→海→蓬莱山」と進んでいくという盤物のようなストーリー性のある組香です。(詳しく書かれていませんが、札打ちの一*柱開きなので盤物だったのかもしれません。)「蓬莱」とは、中国の神仙思想で説かれる「方丈(ほうじょう)」、「瀛州(えいしゅう)」とともに三神山の一つに数えられる仙境です。渤海湾に面した山東半島のはるか東方の海中にあり、不老不死の仙人が住むと伝えられていました。古来、祝い事などには、蓬莱山をかたどった台上に、松竹梅、鶴亀、尉姥を配置して飾る「蓬莱台」が用いられましたが、最近ならば七五三の「千歳飴の袋」の絵柄でイメージできるかと思います。 このようにお目出度い言葉なので、「蓬莱」と名のつく「祝香」には「蓬莱十*柱香」など有名な組香も多数ありますが、今回は、要素名には「松竹鶴亀」が網羅され、本香では蓬莱・方丈・瀛洲の「三神山の景色」も現れ、さらには「御目出度尽くしの聞の名目」も配されて、完璧な祝香の様相を呈している『奥の橘(風)』を出典として書き進めたいと思います。

 まず、この組香の要素名は、「鶴」「亀」「松」「竹」と「賀」です。基本構成は、地の香を「甲乙の対比」とし、客香に「賀」という包括的な要素を加えることにより、全体をまとめています。先ほどの蓬莱台に並べる要素としては「梅」と「尉」「姥」が足りませんが、オールスターキャストの7*柱焚きとすると、後述する聞の名目の数が膨大になりますし、人の要素である尉」「姥」は、景色以外にドラマ性も孕んでしまいますので、組香の景色や解釈が煩雑にならないように要素を抽出して整理したものかと思われます。

 次に、この組香の香種は5種で祝香の基本である「七、五、三」の陽数を踏襲しています。構造は、まず「鶴」「亀」「松」「竹」を2包ずつ作り、そのうち1包ずつを試香として焚き出し次に残った「鶴」「亀」「松」「竹」の各1包に「賀」1包を加えて打ち交ぜます。都合、本香は5香となり各要素が1包ずつ(5種)出ることとなります。

 ここで、この組香は、本香を二つに区切って焚き出す「段組(だんぐみ)」を用いるところが第一の特徴となっています。まず、本香A段の3包は、常のごとく1炉毎に要素名を聞き当てて回答していく方式を取ります。これについて出典では「蓬莱、方丈、瀛洲と名付けて焚き出す。」とあり、渤海の三神山になぞらえて「蓬莱の鶴」「方丈の亀」「瀛洲の松」・・・のような心地で景色作りをしながら聞けばよろしいかと思います。続く本香B段は、残りの2包を「二*柱聞き」とし、2炉聞き終えたところであらかじめ用意された「聞の名目」で回答します。こちらは、香の出を締めくくる「寿ぎの言葉」となっており、A段は具象的、B段は抽象的な景色という次元の違いが段組みによって表されています。

 さて、香炉が廻り終えますと、連衆は名乗紙にA段の答えを要素名で3つ、B段の答えを聞の名目で1つ書き記します。 B段の聞の名目については、出典に「但し、右の名目前後構いなし」とありますので、焚き出された要素名の順序に関わらず、2つの要素の組合せで「聞の名目」を当てはめることとなっています。

 香の出と聞の名目

香の出 聞の名目
 鶴・亀(亀・鶴)  幾代の寿(いくよのことぶき)
 松・竹(竹・松)  千歳の寿(せんざいのことぶき)
 鶴・松(松・鶴)  八千代の寿(やちよのことぶき)
 鶴・竹(竹・鶴)  八千代の祝(やちよのいわい)
 亀・松(松・亀)  千代万代の度(ちよまよのたび)
 亀・竹(竹・亀)  万歳の度(ばんざいのたび)
 賀・鶴(鶴・賀)  千秋楽(せんしゅうらく)
 賀・亀(亀・賀)  万歳楽(ばんざいらく)
 賀・松(松・賀)  常盤の緑(ときわのみどり)
 賀・竹(竹・賀)  清風寿の色(せいふうじゅのいろ)

 このように、香記全体がお目出度いムードで満たされるように「寿ぎの言葉」が配されています。名目の数詞が「鶴は年」、「亀は年」を踏襲して区分けされていることもなかなか心の行き届いたことだと感心しています。ここで、「千代万代の度」「万歳の度」の「度」については、「お目出」のにも含まれている文字ですが、ここでは、「三々九」のような「回数」という意味と解釈し、回数を重ねること自体が「慶祝」であるという意味ではないかと思っています。また「清風寿の色」の「清風寿」については、熟語そのものが見当たりませんが、「爽やかで清々しい寿ぎの色」ですから、私的には薄青緑色でしょうか?こんな色を放つ長寿の風体というのは個人的にも憧れます。

 連衆から名乗紙が戻りましたら、執筆は各自の答えを全て香記の回答欄に書き写します。執筆が香の出を請うと香元は正解を宣言します。執筆は、香元の宣言どおり香の出の欄に要素名を5つ書き写しますが、出典の「蓬莱香之記」に倣いますとA段は常のごとく縦に3つ、B段は横に2つを並べて、都合4行に書くようになっています。

 続いて、この組香の点法は、段ごとに異なるというのが第二の特徴です。A段については要素名の当たりにつき1点となります。また、A段については客香の当たりや独聞等の加点要素はありません。一方、B段については、出典には「あたり長点、独聞は三点、片中り傍一点なり。」とあり、「正傍の点」があることを示しています。まず、執筆はB段の要素名から正解の「聞の名目」を割り出しておきます。次に「聞の名目」自体が当たったものは2点とし、名目の右脇に長い点2本(正点)を掛けます。また、名目を構成する要素のうちどちらかが当たった場合は「片当たり」が認められているため1とし、短い点(傍点)を掛けます。また、B段については、独聞の場合3点とする加点要素があり、この場合は「長中短」3本の点を掛けて示します。これらの点数を合計すると、通常の全問正解は「5点満点」となり、独聞があった場合のみ「6点満点」があり得ることになります。

 ここで、この組香は「5種5香」のため、点数に出目のパターンがあることにお気づきでしょうか?例えば、独聞が無いという仮定で申しますと、A段で3つ当てた場合B段は残りの2種なので順序がどのように出ても必ず「満点」となります。またA段で2つ当てた場合は、B段はA段で間違えた1種との入れ違いなので必ず片当たりとなり、得点は「3点」となります。一方、A段で3つ間違えた場合でも、B段は残りの2種なので必ず当たり、得点は「2点」となります。A段で間違えた2種がB段の2種とそのまま入れ違った場合のみ得点が「1点」となり、要素名の間違いには必ず入れ違いが生ずるので、得点「4点」はあり得ません。

 下附について、出典では「あたり下へは蓬莱山と書く」とだけ記載されています。これについて、出典の「蓬莱香之記」を見ますと、A段の当否はに関わらず、B段の名目が当たったもののみ「蓬莱山」を下附するルールのようです。その他については点数も記されず、答え の右脇に掛けられた「正傍の点」が各自の合計点を示すこととなります。結果、A段が全く外れていてもB段さえ当たっていれば(点数は2点でも)「蓬莱山」が下附されることとなります。 このため、A段が2点、B段が片当たりで得点が「3点」となった方とどちらが優位なのかは、出典の小引や香之記に記載が無いため判断が付かないというのが惜しいところです。

 最後に、勝負は基本的に「最高得点者」の上席の方の勝ちとなりますので、本来ならば全問正解者に「蓬莱山」を下附し、景色を完成させたという意味を含めるべきかと思います。しかし、前述のとおり「蓬莱香之記」の雰囲気からは、点数が低くてもB段を正解し「蓬莱山」が付いた者に優位性を認めているような気がします。いずれ、この辺りは連衆の「蓬莱山」への心持ち次第かと思いますので、「亭主の決め事」なり、「衆議」なり、「正客の判断」なりで、勝者を決定しても構わないかと思います。

 

現世利益を得た人は皆「不老不死」を願うけれど・・・

退屈凌ぎに何をしても何も変えられない無力感に苛まれませんかね。

「幸せに生きる」ことは大事ですが、双六は「上り」があるから面白いのかもしれません。

いつしかと松に初日の照らすかな我行く路や遥けからまし921詠

本年もよろしくお願いいたします。

組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。

最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。

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