一月の組香
新年の吉兆を占う正月行事を景色にした組香です。
盤上で勝方の人形が引き退くところが特徴です。
※ 慶賀の気持ちを込めて小記録の縁を朱色に染めています。
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説明 |
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香木は4種用意します。
要素名は、「一」「二」「三」と「客」です。
香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。
「一」「二」「三」は各4包、「客」は1包作ります。(計13包)
連衆は、あらかじめ「左方」「右方」の二手に分かれます。
まず、「一」「二」「三」の各1包を試香として焚き出します。(計3包)
残った「一」「二」「三」の各3包に「客」1包を加えて打ち交ぜます。(計10包)
本香は、「一*柱開(いっちゅうびらき)」で10炉廻ります。
※ 「一*柱開」とは、1炉ごとに連衆が回答し、香元が正解を宣言するやり方です。
※ 以下、16番までを10回繰り返します。
香元は、香炉に続いて、「札筒(ふだづつ)」または「折居(おりすえ)」を廻します。
連衆は、1炉ごとに試香に聞き合わせて、「香札(こうふだ)」を1枚打ちます。
香炉と連衆の札が戻って来ましたら、盤者は札を開いて、「札盤(ふだばん)」の名乗の下に並べ、執筆が正解を請います。
香元は香包を開いて、正解を宣言します。
盤者は、不正解の札を伏せ、執筆は香記の回答欄に正解者の要素名のみを書き記します。
点数は、「客」の独聞(ひとりぎき)は3点、「客」の当りは2点、その他は、要素名1つの当りにつき1点とします。
執筆は、双方の合計点を計算し、炉の勝負の「勝方(かちかた)」と「点差」を盤者に告げます。
盤者は、合計点の差分だけ勝方の立物(たてもの)を後退させます。(委細後述)
「盤上の勝負」は、相手方を「勝負場(しょうぶば)」に引き出し、さらに自陣まで引き込んだところで勝ちとなります。
盤上の勝負がついても、本香は最後まで焚き出します。
「記録上の勝負」は、双方の合計点で優劣を決します。
香記は、「勝方」となった方の最高得点者のうち、上席の方に授与されます。
新年あけましておめでとうございます。
どこの国にもいろいろな年中行事がありますが、宗教に根ざして堅固に守り伝えられるもの以外は、年々数が減っているようです。日本にも明治6年まで公式に制度化されていた「五節句」があり、3月3日の「上巳(じょうし)」は「雛祭り」、5月5日の「端午(たんご)」は「こどもの日」、 7月7日の「七夕(しちせき)」 は「たなばた」と名前を変えて現代でも催されていますが、1月7日の「人日(じんじつ)」は、「七草粥」が風前の灯となり、9月9日の「重陽(ちょうよう)」を行う家庭に至っては、既に「絶滅危惧種」に指定されています。
数ある日本の年中行事のうちでも、「年末・年始」というものは、正に因習・風習の宝庫で、「自分が日本人であること」を再認識する数少ない機会となっています。「旧家」であれば、年末から小正月にかけて、「こまごまとしたしきたり」があり、御当主や御内儀の仕切りに従って家族が生活し、挨拶に訪れた親族も粛々と「当家流」を追体験し、一族全体で「家風」の継承をしていくこととなります。 また、「普通の家庭」では、およそ「地域のしきたり」に従った年末・年始を過ごすことが多く、お供えの飾り方や料理、お雑煮の出汁等、いろいろな側面で「地域性」が現れて来ます。「地域の伝承ごと」にもやはりそれぞれに「こまごまとしたしきたり」があり、これを守ることによって「市町村」や「地区」のアイデンティティと絆を再確認することができます。さらに、「ギャルママ」が家庭を牛耳るような、「かなり今風のご家庭」でも、流石にお正月は気持ちもあらたまり、鏡餅を飾り、初詣ぐらいはするのではないかと思います。正月に「日本のしきたり」を踏襲することは、僅かながらも「日本人」の自覚を取り戻すことができる絶好の機会となるのではないでしょうか。そうしてみますと、年末・年始の過ごし方は、まるで「ワイン」のように「全国→地方→家」と継承する主体が限定されるほど、味わいも深くなるように思えます。
どこの家庭も子供が生まれれば、「社会常識」として日本の「しきたり」に則った年中行事を見せてやりたくなるのが「親心」というもので、いきおい家庭内の行事は増えていきます。私も田舎の惣領として生まれましたので、地域の因習に則ったかたちで、大掃除、餅切り、お歳取り、元朝参り、元日の朝餉、初夢、三日とろろ、七草、鏡割り、どんと祭、小正月と数々の行事を取り仕切ってきましたが、きっちりと「家風」を仕込むと、「あずかりもの」の娘たちには、それが かえって仇となり、婚家での軋轢の種になるのではと思い、「背中を見せる」だけで、取り立てて講釈はしないで来てしまいました。
しかし、我が「一族」は当代で断絶となる予測も現実化しており、当主不在となった後、最後に「921」の姓を名乗るのが我が奥様となる可能性が高いわけですから、「どのような正月の暮らし方をするのか?」と思うとちょっと不安になりました。そこで、母や親戚に聞き込んだ「当家流」を記録に残して、せめて大人の女性の教養として「そういうものがある」という「事実と由縁」だけは知らせておこうと思いました。このような父親の自己満足的な蘊蓄は、その後「読み捨て」にされるか、「死蔵」されるかは、娘たちの自覚に委ねるしかないのですが、少なくとも「なぜそうするのか?」という、「ものの道理」が記憶の片隅にでも残れば、記録した甲斐はあったかなと思っています。
現在では、新暦の1月に「野辺の七草」を取りそろえることが気候的に難しくなり、「七草粥」も冷凍や乾燥、ハウス物で急場を凌いている状況が多く見受けられます。9月の「長陽」が衰退したものハウス物でなければ菊が手に入らないことが億劫がられたためではないでしょうか。とかく「伝承ごと」というものは、現代人に「無価値」と判定されれば、自然と消えゆく運命が待っています。芸道の世界に身を置くものとして、「合理性」の名の元に消え去る「伝統の由縁と美意識」をせめて教養として身につけておきたいと思います。
今月は、中国伝来の正月行事「綱牽香」(つなひきこう)をご紹介いたしましょう。
「綱牽香」は、大枝流芳の『香道軒乃玉水』に掲載のある「盤物(ばんもの)」の組香です。小引の冒頭には「正月十四日郷里の小児、大綱を引きあひて、勝ちたるを吉事とす。もろこしにてはこれを釣強(ちょうきょう)と云うよし、歳時記に見えたり。今、此の趣をうつして組香となし侍るなり。」とあります。私自身、「鳥追い」など、まだ見ぬ小正月行事もたくさんありますが、この組香も正月行事である「綱引き」の景色を表したオリジナルの組香であることが分かります。他に類例のないオリジナルの組香ですので、今回は『香道軒乃玉水』を出典として筆を進めて参りたいと思います。
「綱引き」は、元々中国「春秋時代」の楚と越の国同士の水上戦に起源があり、大工の神様「魯班」(ろはん)が考案し、楚国で使用した「釣拒」(ちょきょ)という船上兵器を使用する「軍事教練」として行われていたそうです。その後、競技の舞台は、水上から陸上へと移り、漢の時代には正月の陰暦の15日に一般の習俗として定着していたようです。唐の時代の『封氏見聞記』には、「拔河」(=古くは「牽釣」)の項があり、綱の真ん中に旗を立て、川の境界線を勝敗の標識にして双方引き合ったことから、「釣拒」「牽釣」から現在も中国語で使用される「拔河(=綱引き)」に名前が転じたと書かれています。唐の玄宗皇帝は、長さ約50丈の(約167m)、荒縄から小綱を数百条に分け、千人余りの人々が綱を引き合い、太鼓や掛け声が天を震わすような壮大な綱引き競技を観覧していたそうです。
一方、日本では、その年の豊作や豊漁、商売繁盛を占う神事として「綱引き」が行われている地域が数々見られます。開催時期は大きく旧暦の上元(1月15日)と中元(7月15日)に分かれますが、多くは「小正月」頃に行われることが多いようです。東北では500年以上の伝統を持つ国指定の重要無形民俗文化財「刈和野の大綱引き」が有名です。もともと市神様の祭事として始まったこの大綱引きは、毎年2月10日(旧暦1月15日)の満月の夜、上町(二日町)、下町(五日町)の町衆が市場の開設権をめぐる勝負として刈和野を二分して行われていましたが、現在は「上町が勝つと米の値段が上がり、下町が勝つと豊作になる」とどちらに転んでも「吉兆」となるように変わってしまいました。他地域の「綱引き」にもいろいろな由来はあるようですが、「東が勝てば豊作、西が勝てば商売繁盛」(鳥取県東伯郡三朝町)、「夷子側が勝てばその年は豊漁、大黒側に軍配が上がれば豊作」(福井県敦賀市相生町)、「北が勝てば麦が豊作、南が勝てば米が豊作」(京都府南丹市)、「サキカタ(浜組)が勝てば豊漁,ウラカタ(岡組)が勝てば豊作」(佐賀県呼子町)、「基本的に豊年祭・・・どちらが勝ってもカチャーシ♪┕ (~o~)┙♪」(沖縄県各地)と勝負の行方は「オールハッピーなお告げ」に繋がるようになっています。
まず、この組香は、ゲーム性の強い「盤物」ですので証歌は無く、表そうとする景色は前述のとおり小引の冒頭に記載してあります。また、要素名も「盤物」の習いに則り、「一」「二」「三」「客」と匿名化されており、国文学的な景色等はみられません。各々の香は、盤上の建物を進退させるための素材、いわば「双六のサイコロ」のようなものとして扱われており、より具体的な景色 が盤上に繰り広げられていく趣向となっています。また、この組香は、「一蓮托生型対戦ゲーム」となっておりますので、寄付や仮座の時点で、抽選や衆議等を行い、連衆を「左方」「右方」の二手に分け、チームが決まってから本座に着座します。
この組香の構造は、所謂「有試十*柱香」形式を踏襲しており、「一」「二」「三」を各4包、「客」は1包作ります。そのうち「一」「二」「三」の各1包を試香として焚き出し、残った「一(3包)」「二(3包)」「三(3包)」に「客(1包)」を加えて打ち交ぜ、合計10包を本香として焚き出します。試香が焚き出されたら、執筆は、香記に「題号」「香組」等を書き記し、回答欄に「左方」、「右方」と見出しをつけ、双方の構成員の名乗りを書き記します。
次に、 この組香では「綱牽香盤」という専用のゲーム盤を使用します。盤について出典には「長さ一尺七寸、左右六寸づつ、中五寸、横幅五寸」と寸法が記載され、細長い盤に人形の動く溝が一筋通り、中央に5本の罫の入った「勝負場」(しょうぶのば)がある構造となっています。立物は、人形10体、人形台2枚、松4本、扇1本で、盤の四隅に松を飾り、双方の人形台に連衆の数だけ人形を置き、双方を「紅白の糸をないまぜに」作った綱で繋ぎます。双方の人形台は、「勝負場」の5マスを挟んで対峙させた形で出香となります。「扇」は「勝ちたる方の松にかける也」とあり、勝負がついてから「褒美」として飾ることになります。
本香は、「一*柱開」とすることが出典に記載されており、香元が1炉目を回し、続いて札筒や折居を回すと、連衆は試香に聞き合わせて、これと思う香札を1枚打ちます。回答に使用する香札は「十種香札」を使用します。香炉と札筒が帰って参りましたら、盤者は香札を開いて席順に並べ、執筆が香元に正解を請います。香元は香包を開き、正解を宣言します。正解が宣言されましたら、盤者は、不正解の札を伏せ(または取り除き)、執筆はこれを見ながら「一*柱開」の通例に則り、各自の回答欄に当たった要素名のみ書き写し、外れたものは「空白」とします。得点について出典では「客独聞三点、二人より二点、常の当たりは一点たるべし」とあり、客香の聞き当てについて加点要素があります。「平点(1点)」に値するものは、答えが記載してあることで「1点」を表しますので、「客の独聞(3点)」は、「客」の右肩に「ヽヽ」、「客の当たり(2点)」は「ヽ」と点を付します。
この組香は、力比べである「綱引き」に因み、双方が「引き合う」ことで雌雄を決するところに特徴があります。出典には「当りは、双方消し合わせて、多き方の数程引き退く、また向う勝てば引きもどす。負けし方引き出さる。」とあり、他の組香のように勝方が勝ち点分だけ「進む」のではなく、この組香では勝ち点分だけ「ひき退く」ことになります。勿論、双方の5マス分の間隔は変わりませんので、一方が退けば一方が進み出るような動きとなります。執筆は、1*柱ごとに各自の当否を「点数」に換算し、素早く双方の「合計点」を集計し、双方の合計点の差分を「勝ち点」として割り出します。そうして、「○方、○点の勝ち」と「勝方と点差」を盤者に伝え、盤者は、「勝方の人形を勝ち点分だけ後退させる。」こととなります。例えば、本香で「一」の香が出て、「右方」合計2点、「左方」合計3点の場合は、「左方」が勝方となり点差は「1」ですので、「左方」の人形台を1間分退きます。退く際、自陣には罫がありませんので、相手方の人形台を「勝負場の中へ1マス引き出すと考えていいでしょう。
こうして、双方の差分だけ綱を引き合って、「オーエス! オーエス!」と人形が盤上を行ったり来たりするところが、この組香の醍醐味と言えましょう。勝負については出典に「勝負の場へ引き出され、向うの地に一人にても引き入れられたる方負けなり。」とあり、相手方の人形の先頭を自陣に引き入れ(台の先端が勝負場と自陣の境界線を越え)たところで「勝負あり」となります。双方の実力が拮抗してなるべく長く「引きつ、引かれつ」の勝負を楽しみたいところですが、最初に「客」の香が出て、「左方」に当たりなく0点、「右方」に3人の当たりがあり6点となった場合は、一気に「左方」の人形は、「右方」の陣を踏むことになり、たった1*柱で勝負が決まることもあります。早々に決着が付くと、香が余ってしまいますので、出典には「盤の勝負終わりても、香は残らず焚く」との記載があり、「盤上の勝負」は「記録上の勝負」へと引き継がれます。その際、盤上の景色は勝負のついた時点でそのままにしておきます。
「盤上の勝負」がついても、本香が10*柱焚かれることに変わりはなく、そのまま聞香と投票は続き、各自の当否は香記に記録されていきます。本香がすべて焚き終わりましたら、執筆は各自の得点を合計します。得点は、香記に記された要素名を各1点と換算し、「客」に掛けられた「ヽ」「ヽヽ」の数を加算します。全問正解の場合は11点が最高得点となり、「客」の独聞がある場合は12点となります。各自の得点が定まりましたら、漢数字で「○」と下附します。その後、チームごとの合計点を算出して記録上の勝負が決まりますので、後半の戦績によっては、「盤上の勝負」の勝方が「記録上の勝負」の負方となることもあります。記録上の勝負は、「左方」「右方」の見出しの下に、チームごとの合計点を記載し、合計点の多い方に「勝」と付記して示します。香記は、「記録上の勝負」の勝方のうち最高得点者の上席の方に授与されます。
「綱引き」は、運動会の定番種目から出世して、現在では国際競技として世界中の人々が楽しめるようになったようです。軍であれ、地域であれ、クラスであれ「自分の所属するチームが1本の綱に繋がって『気と力』を合わせて引き合う競技」は、「心の絆」をも結ぶ効用があったのかもしれません。皆様も「お初会」に「綱牽香」を催し、「社中」の心の絆をさらに太く結んでみてはいかがでしょうか?
人生の予想を超える出来事というものは、「人との出逢い」から生まれるものです。
これからも人に恵まれ、人に施し・・・
「ラ・ヴィ・アン・ローズ」を謳歌したいと思います。
紅に手指染めつつ摘むかな野辺の若菜に春の淡雪 (921詠)
本年もよろしくお願いいたします。
組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。
最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。
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