二月の組香
春の空に雁と燕が行き交う景色を表した組香です。
回答の際に要素名を入れ替えるところが特徴です。
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説明 |
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香木は3種用意します。
要素名は、「燕(つばめ)」「帰雁(きがん)」と「霞(かすみ)」です。
香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。
「燕」「帰雁」「霞」は、各3包作ります。(計9包)
まず、「燕」「帰雁」の各1包を試香として焚き出します。(計2包)
残った「燕」「帰雁」の各2包に「霞」3包を加えて打ち交ぜます。(計7包)
本香は、7炉廻ります。
回答は、香の出の順に要素名で7つ書き記して提出します。
ただし、その際、「燕」が焚かれたと思えば「帰雁」と答え、「帰雁」が焚かれたと思えば「燕」と入れ替えて回答します。(「霞」はそのまま答えます。)
点数は、要素名1つの当りにつ き2点とし、外れは-2点、「燕」を「燕」、「帰雁」を「帰雁」と回答したものは-3点とします。
下附は、全問正解を「皆」、その他は漢数字で書き記します。
勝負は、各自の得失点を合計し、最高得点者のうち、上席の方の勝ちとなります。
日向に芽吹く草花が枯野の色を点描で変えていきます。
立春を過ぎますと、県北大崎平野の空には白や黒の「く」の字見られるようになります。これは、渡り鳥のメッカ「伊豆沼」(ラムサール条約指定)から「北帰行」する白鳥や雁、鴨の編隊飛行の姿です。
観光地として定番化した伊豆沼のサンクチュアリーセンターでは、野鳥の人慣れが進み、白鳥までが人の手から餌をついばむ姿が見られ、かえって興ざめしますが、県南の白石川河畔では、まだまだ野生の片鱗が伺えます。白石川に白鳥が到来したのは、およそ30年前にひとつつがいが飛来したのが最初でした。当時写真に傾注していた私は、望遠レンズを携えて撮影に行きましたが、当時の白鳥は逃避距離が長く、岸辺に降りている間に「そろーっと」対岸に移動してしまうので、なかなか近づけませんでした。当時は、まだ雁や鴨の姿はなく、ユリカモメも珍しかったので、飛び交う姿を好適の被写体として追っていたことを思い出します。
いつしか、「白鳥飛来地」は町の河川公園となり、一時期「餌付け体験」で賑わいましたが、今は訪れる人もまばらで、かえって野生が戻ったのではないかと思えます。白鳥は、大抵は対岸を泳いでいて、決して岸から上がって人に群がることはありませんし、餌に群がる雁や鴨の中に分け入ってくるような下品な真似はしません。それでも悠々と岸に近づいてくれば、人の方が優先的に餌を投げるため、主役に「食いっぱぐれ」はないようです。雁や鴨も面白く、人が訪れるとおもむろに近づいてきて、1m程の逃避距離を守りながら、しばしたむろして「この人は餌をくれる人か?」を品定めしているようです。そして「餌をくれない人だ。」と分かると、また、おもむろに離れて行きます。彼らは、餌をくれる人に出逢ってもおとなしく撒かれる餌をついばむだけですが、数百の大軍が岸から押し寄せてくる光景はファッショナリズムを彷彿とさせ、ちょっとした独裁者気分も味わえます。最も意地汚く見えるのはユリカモメでしょうか、群れなして飛び交っては、雁や鴨に撒かれた餌を横取りし、人の手から直接撒こうとしていた餌を強奪していくものがおり、これは人にとっても脅威のようです。
私は、餌やり自体を控えているため、ここに訪れる人々のマンウォッチングも楽しみにしています。小さな子供は、有る程度は喜んで走り寄って行くものの、鳥の方から踏み込んで来られると反射的に逃げるようです。ユリカモメの強奪には時として泣きだします。それをなだめたり、笑ったりしている親御さんも含め、家族連れは微笑ましいものです。若いカップルは、ほとんどが餌やりのために訪れ、「カワイイって言葉は、そう言っている自分をカワイイと思ってもらいたいんだよ。」と失笑しているオヤジを尻目に「カワイイ」「カワイイ」を連発しています。そして 、ご多分にもれず彼女がユリカモメの強奪に合うと、「キャッ!」と飛び退くように彼氏に寄り添い、うつむき加減から顔見合わせるとそこにハートの輪が「ポッ」と浮かびます。老年の夫婦も寄り沿うように訪れますが、餌やりする人は少なく、土手に佇んでは光る岸波と水辺の鳥を見つめています。ここにハートの輪は浮かびませんが、空気感の共有というのでしょうか、とても大きな雰囲気の塊のようなものを感じます。
蔵王の東麓に「杖をついたおじいさん」の姿が現れると、もうすぐ春本番、白峰をバックに白鳥の優雅な営みを観察できるのも少しの間です。
今月は、燕と帰雁の行き交いを空に描く「如月香」(きさらぎこう)をご紹介いたしましょう。
「如月香」は、『御家流組香集追加(全)』、三條西尭山氏著『組香の鑑賞』、三條西尭雲氏監修の『組香の栞(二)』に掲載されている組香です。昭和の刊行本である『組香の鑑賞』と『組香の栞(二)』の記載は、宗家二代に引き継がれたものですので、組香に関する内容は全く同じで、解説の部分だけが異なります。この中で最も古い『御家流組香集追加(全)』は江戸時代の伝書ですが、その内容は、構造、聞き方、点法等の記載は同様なものの「証歌」が明記されていません。この組香は、『組香の鑑賞』で「明治以前の組香」として紹介され、本文でも「この組香の証歌は万葉集のものが採用されて珍しい。」と述べられているので、「証歌」について、後に三條西尭山宗匠が自ら脚色したものとは考えづらく、他の伝書に源典を見出すことができるのだろうと思います。
「如月香」は、その名のとおり2月を象徴する組香なので、御家流系では比較的ポピュラーに行われています。私も10年前に茶友と催したことがあります。てっきり、その際にこのコラムでも紹介したものとばかり思っておりましたら、然にあらずでしたので、今頃になって改めてのご紹介となりました。今回は、全書とも構造、聞き方、点法等の記載には齟齬がないため、「証歌」の入った『組香の鑑賞』を出典として筆を進めたいと思います。
まず、この組香の証歌は「燕来る時になりぬと雁がねはくに思いつつ雲がくり鳴く(万葉集4168 大伴家持)」となっています。ただし、『角川国歌大観』の万葉集には「燕来 (ツバメクル) 時尓成奴等(トキニナリヌト) 鴈之鳴者(カリガネハ) 本郷思都追(フルサトオモヒツツ) 雲隠喧 (クモガクレナク)」とあり、これに「つばめくる ときになりぬと かりがねは くにしのびつつ くもがくりなく」という訓読が付いています。この時点で第三句「本郷思」読み方の違いが見られ、そのせいか、他の和歌集に引用された際も第三句が区々の表記となっています。どちらをとっても「証歌」に掲載された「くに思いつつ」に落ち着かないのですが、ここは組香伝書としての出典優先で掲載することとしました。
次に、この組香の要素名は、「燕」「帰雁」「霞」となっており、「燕」と「雁」は、証歌にも読み込まれている要素です。この組香は、証歌の示すとおり「燕」と「雁」を登場人物として、これらが北に南に行き交う季節の景色が主景となっています。証歌の主旨からすれば「雲」が隠れ蓑になって、燕か雁かを判かりにくくする仕組みが相当なのでしょうが、ここでは、「霞」というより春らしい景色を背景と迷彩に加えて組香の舞台を構成しています。
この組香は、「如月香」の名を冠していますので、2月に催すにふさわしい組香であることは自明のことですが、『組香の栞(二)』の解説の書き出しには「燕は春の社日に来て、秋の社日に帰るといわれています。」と記載されています。「社日」(しゃにち)とは、春分と秋分に最も近い戊(つちのえ)の日のことで、土地の神様を祭る日となっています。春の社日は「春社」と言われ五穀の種子を供えて豊作を祈り、「秋社」には初穂を供えて収穫を感謝します。因みに今年の「春社」は3月24日(旧2月20日 三隣亡)で彼岸明けとなり、「秋社」は9月20日(旧8月23日 三隣亡)で彼岸入りとなります。つまり「如月香」は、新暦の彼岸近くが最も季節的にふさわしいということが分かります。
この組香の香種は3種、本香数 は7香となっており、対峙させる2つの主役と背景のみで構成され、証歌の表す「燕と雁の行き交う空の景色」をシンプルに表しています。構造は、「燕」「帰雁」「霞」ともに各3包作り、そのうち「燕」「帰雁」の各1包を試香として焚き出します。そうして残った「燕(2包)」「帰雁(2包)」「霞(3包)」の計7包を本香として焚き出します。「燕」と「帰雁」の間には主客はありませんので、香数は同数となっています。「霞」については、「客香」となっていますが、香数が3包と最も多いことから、前述のとおり「燕」と「帰雁」の行き交う姿を薄っすらと隠す、迷彩の意味で使われているのだろうと思います。「霞」が客香として1包しかでない香組であれば、景色の解釈はまた違って「燕の帰雁の行き交いが終わって、待ちに待った春霞が立ち、春も本番を迎えた。」という感じになるのでしょうが、ここではあくまで鳥たちが主役です。
本香は、常の如く焚き出します。『御家流組香集追加(全)』には「手記録にて聞く。」との記載がありますので、連衆は本香が焚き終わりましたら名乗紙に要素名を出た順に7つ書き記して回答します。その際に「燕」が出たと思えば「帰雁」と書き、帰雁が出たと思えば「燕」と書くということがあらかじめ指定されています。この真意については、『組香の栞(二)』の解説に「春に燕と雁が入れかわることを表現するために答えを書く時に入れ替えをします。」と書いてあり、燕と帰雁の「行き交い」を答えの「入れ替え」で表すというところが、この組香の最大の特徴となっています。なお、本香7炉を即断で聞き分け、入れ替えられる方はいいのですが、回答の際に「入れ替え」を行う方、全部を聞き終わってから答えを調整する方は、あらかじめ1炉ごとにメモを取っておくことをお薦めします。
因みに、『御家流組香集追加(全)』には、回答方法を「札打ち」とする場合について「燕に花一、同二、帰雁に月一、同二の札を打つなり。霞にウの札打つなり。此の時もつばめと雁と打違え打つなり。」とあり、「燕に花」、「帰雁に月」、「霞にウ」を対応されるよう指定されています。この組香は、試香の無い「霞」が3包も出ますので、「札打ち」の「一*柱開」として難度を上げ れば、上級者向けにアレンジすることも可能です。
この組香の点数については、出典に「中(あたり)は全部二点とし、燕を燕、帰雁を帰雁と表現した場合は星三点をつける。また不中のものには星二点をつける。」とあり、各自の得点は加点と減点を差し引きして算出することが記載されています。例えば、「燕」を「帰雁」と答えれば正解で2点の加点となりますが、「燕」を「霞」と答えれば2点の減点となります。そして「燕」を「燕」と答えてしまった場合は3点の減点となります。この組香は平点(平常点)が2点であることも1つの特徴と言っていいでしょう。おそらくそれは、「聞き当てる」と「入れ替える」という2つの作業を経て正解を導き出すからではないかと思います。「霞」は「入れ替え」はありませんが「客香」の当りを含んで2点ということでしょう。
一方、「燕」を「霞」と答えれば、単純な「聞き当てミス」と想定された「入れ替えをしなかったミス」を犯しているので減点2というのも妥当だろうと思います。また、「燕」を「燕」と答えた場合は、「帰雁」と聞き間違えて「燕」と入れ替えたものか、「燕」と聞いたが「帰雁」と入れ替えなかったかのどちらかのミスを犯していることかと思いますが、試香もあり、景色の上でも最も間違ってはいけない「燕」と「帰雁」について外しているため、「懈怠の星」を加えて減点3としているものかと思います。
この組香には「独聞」による加点要素はありませんので、最高点は2点×7炉=14点となります。反面、この組香には減点要素が厚く設けられていますので、最もひどい間違い方をすると−15点となります。
※ 香の出「燕、燕、帰雁、帰雁、霞、霞、霞」
答え「霞(−2)、霞(−2)、霞(−2)、燕(−3)、燕(−2)、帰雁(−2)、帰雁(−2)」=−15点
この組香の下附について、出典では「下附は点数、但し中の場合は皆と認める。」と記載されています。他書には下附についての記載はなく、この記述も御家流の通例に従ったものとなっていますが、敢えて言えば「全中は皆」というのが正しいかと思います。また、外れようによっては、前述のとおり相当数のマイナス点も表記しなければなりませんので、そのときのために各自の加点と減点を差し引きしてマイナスとなる場合は「星○」と負数を示すことも必要かと思います。
最後に 、この組香は個人戦ですので勝負は、最高得点者のうち上席の方の勝ちとなります。
春の陽 光が恋しいこの季節に一足早く、雁の北帰行を見送り、燕を迎える景色を思い浮かべながら「如月香」を催してみてはいかがでしょうか?
燕の方は外敵から身を守ってくれる人間の棲家が好きなようです。
軒下の燕の巣は、住む人の「徳」を象徴するものかも知れませんね。
組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。
最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。
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