三月の組香
草の名前を使った文字遊びのような組香です。
春の野辺に出て旬の野草を摘む姿を想像しながら聞きましょう。
※ このコラムではフォントがないため「」を「柱」と表記しています。
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説明 |
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香木は、7種用意します。
要素名は、「つ」「み」「く」「さ」と「な」「は」「し」です。
香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。
「つ」は9包、「み」「く」と「な」は4包、「さ」と「は」は2包、「し」は1包作ります。(計26包)
まず、「つ」「み」「く」「さ」の各1包を試香として焚き出します(計4包)。
すると、手元には「つ」8包、「み」3包、「く」3包、「さ」1包、「な」4包、「は」2包、「し」1包の香包が残ります。(計22包)
これらの香包を組み合わせて、所定の草の名を「早春の摘み草」「仲春の摘み草」「季春の摘み草」と分けて2組ずつ結び置きします。(委細後述)
次に、「早春」「仲春」「季春」各2組のうち、1組ずつ任意に引き去ります。(3×2−1=3、3×2−1=3、5×2−1=5)
なお、引き去られた3組(11包)は「捨て香 」となります。
本香は、「早春」「仲春」「季春」の順に結びを解き、打ち交ぜをせずにそのまま焚き出します。(3+3+5=11包)
本香11炉回ります。
連衆は、試香に聞き合わせ、「早春」「仲春」「季春」に出された草の名を名乗紙に3つ書き記します。
執筆は香記に全ての回答を書き写します。
点数は、草の名の当り1つにつき1点と換算します。(最高得点3点)
下附は、草の名が1つ当れば「一草」、2つ当れば「二草」、全問正解は「三草皆」と書き記します。
勝負は、最高得点者のうち上席の方の勝ちとなります。
うららかな天気に誘われて森羅万象が陽転していく気配を感じます。
春の野遊びは、本当に心躍りますねぇ。♪└|∵|┐♪ヨモギやフキノトウは2月頃からチラホラ見られることもありますが、草花の季節は、やはり彼岸過ぎからが本番というところです。各地の花便りが聞かれ始める頃、護岸のされていない鄙の小川を訪れますと、枯れ草が新緑に入れ替わり、色とりどりの小さな花が咲いていて 、まさに「生命の祭典」と言った風情です。野辺には、私の大好きな花であるオオイヌノフグリを筆頭にツクシ、ナズナ、ホトケノザ、トキワハゼ、ヒメオドリコソウ、カラスノエンドウ等・・・決して派手ではない花たちが精いっぱい生命を謳歌しており、その姿に愛おしさをも感じてしまいます。芽吹きの時期に最も目立つ花はタンポポかもしれません。しかし、そのタンポポも主役を張っていられるのは「菜の花」が咲くまでの短い間なので、これまた精いっぱい華やかに「黄色」を主張しているところがいじらしいです。私は3月生まれのせいか、暖かな陽光の中、このような風景に日がな一日包まれていると、とても心安らぎます。
私の子供の頃は、遊びといえば「外遊び」が当たり前でした。下校後は玄関にランドセルを放り投げて、まず「基地」に集まり、近所の子供たちで今日は何をするかを相談し、田んぼや川原に出かけては日暮れまで遊んでいたものです。春は、芽吹いてくる草花が目新しかったのか、遊びの中ても「草遊び」が多かったように思います。
「シロツメグサ」の首輪や冠は、およそ女の子の遊びの定番でしたが、香り好きで手仕事の好きな私は「男なのに作れる!」ということが自慢で、よく女の子への貢物にしていたものです。
「スギナ」では、継ぎ目を上手く抜いてから元に戻し「どこ繋いだ?」という遊びをしました。この洞察力ゲームには「指で指し示す時に触れたら反則」というルールもありました。
「ナズナ」は、蕾の膨らんだものを取って、花枝をポキンポキンと折り、皮一枚でつながった状態にして、耳元でデンデン太鼓のように廻して遊びました。「鈴の音が聞こえる」という趣旨だったらしいのですが、それほどの達成感(音)はなく、これはおそらく「スズナ(蕪)」と間違えて韻を踏んだ遊びだったのではないかと思っています。
「スズメノテッポウ」田んぼにたくさん生えていましたので、穂先を抜いて草笛にしました。
「オオバコ」は、通称ゲロッパ(葉の裏に蛙が卵を産むことから)と呼ばれ、茎の部分をお互いに十字にかけ、「切れた方が負け」という引っ張りっこをして遊びました。
「タンポポ」は、戦時中は食用にしたと聞いていたので、茎を折り、中から染み出る白い液を「ミルク」と呼んで舐めていましたが(>。<)・・・思えばあれが「苦味」の原体験となった人は多いのではないでしょうか?
「イタドリ」は、通称スカンポと呼んで、遊び疲れたときにおやつ代わりに皮を剥いてガリリと噛んでいました。今ではあの酸味もなんでもないのですが、子供の舌にはなかなかの刺激だったのを覚えています。春の七草のみならず、昔は正に「道草を食う」のが当たり前でした。
私の遊び場は、主に田んぼのあぜ道や用水掘の土手だったのですが、田植え前に当たり前のように繁茂しては一斉に花を咲かせる「蓮華草」の見事な景色と香りは、今思えば「低炭素循環型社会」のシンボルのように思えます。これが田起こしで土に混じることによって肥料となり連作障害も避けられるのだと知ったのは、相当大人になってからのことでした。
大人になり、腰をかがめて草花に触れることも少なくなりましたが、可憐で健気な「花笑み」に彩られた里山と小川の景色を味わいながら散歩ができる我が身を幸せだと思っています。「日本の原風景」は「原」と言われながら、その実「元」と書き表すのにふさわしく、今では本当に貴重な風景となりました。
今月は、香による春の野遊び「摘草香
」(つみくさこう)をご紹介いたしましょう。
「摘草香」は、米川流香道『奥の橘(月)』に掲載のある組香です。同名の組香は『香道蘭之園(四巻)』にも掲載されていますが、こちらは同名異組で要素名が「若菜(わかな)」「早蕨(さわらび)」「虎杖(いたどり)」「土筆(つくし)」「嫁が萩(⇒よめな)」の5種×3包=本香15香で、あらかじめ自分の摘む草を宣言し、その草の出た順番だけを答えるという面白い特徴がある組香です。草花にスポットライトを当てた「文字遊び」的な組香は「小草香」が一般的で、要素名を自由に選ぶことによって春の組香にも秋の組香にもすることができますが、「摘草香」は、「春」を表す要素名とそれにふさわしい構造で組まれており「春の組香」として分類されています。ただ残念なことに、「摘草香」は、作られた香包の半数が「捨て香」となる宿命を背負っているため、香道の現場では敬遠されて一般化しなかったのだろうと思います。今回は、実際には「盤物」以上に催しづらい?「摘草香」の復興を願いつつ、『奥の橘(月)』を出典として書き進めたいと思います。
まず、この組香に証歌はありません。「春と若菜」という言葉を聞きますと百人一首で有名な「君がため
春の野に出でて若菜つむわが衣手に雪は降りつつ(古今集21:光孝天皇)」が思い出されますが、これは「雪」という景色も出てきますので、春と言っても正月近くの「七草」の時期の情景を詠んだ歌ということになるでしょう。「春」「草」「摘む」のキーワードで検索を繰り返しましたが、なんとなく「初春」に限定された景色が多く、なかなかこの組香の証歌としてふさわしい「野遊びの風情」を感じるものは見つかりませんでした。
一方、「摘草」というと、このような唱歌が思い当たります。
「摘草」[作詞不詳・長谷川良夫作曲/文部省唱歌]
野辺は春風 そよそよ吹いて 土筆(つくし)ついつい よめなもまじる 一つ見つけた すみれを摘(つ)めば 籠(かご)にむらさき 春の色 |
空は水色 うらうら晴れて たどる田圃(たんぼ)に 根芹(ねぜり)も青む 袂(たもと)ぬらして 三つ四つ摘めば 春の香(か)がする 指の先 |
こちらの歌は、春うららの野遊びの情景をよく表しており、これが私の心象風景と合致しました。
次に、この組香の要素名は大変多く、「つ」「み」「く」「さ」「な」「は」「し」の7つの文字となっています。文字をパズルのピースのように組み合わせて「草花」の名前を作るという趣旨は、「小草香」と同じとなっています。要素の序列について、小記録に見るように「試香の有無と香数の多い順」に並んでいるのですが、私は「つ・み・く・さ・は⇔な・し」と並べ替えて「摘み草話」(正)や「摘み草は無し」(負)との暗示物にするのもおもしろいかなと思いました。
続いて、この組香の構造は、なにしろ香種7種、全体香数26香、本香数22香ですので非常に複雑です。まず、「つ」は9包、「み」は4包、「く」は4包、「さ」は2包、「な」は4包、「は」は2包、「し」は1包、合計26包を作ります。つぎに「つ」「み」「く」「さ」のうち各1包を試香として焚き出します。これは、「これから春の野辺に出て摘み草をしますよ。」という情趣を連衆に思い起こさせるための前触れだと思います。
本香で使用されるの香包について出典では「結(び)合(わせ)草の名にすること左のごとし」とあり、要素をあらかじめ組み合わせて摘むべき草名を定めておくことになっています。この「結び置き」の所作がこの組香の第一の特徴となっています。これに続いて出典では「なの香二包、つの香一包、右三包結び合、是、なづなと成す。・・・」のように凡そ1ページ半を費やして香の組み合わせ方を記述しています。最初の4組「なつな」「みつな」「つはな」までは3包で1組ですが、後の2組「つくづくし」「つつみぐさ」は5包で1組となっています。本来、「つくし」を表すのならば香数は3包で十分なのですが、ここでは、わざと要素名を「つくつくし」と組み合わせており、最後の「つみくさ」も「つつみくさ」と組み合わせています。香数としては、「つ」と「く」の端数整理のように見える5包の組みについて調べてみますと、「つくづくし」は「ツクシ」の異名として用いられていますので順当な組み合わせであることが分かりま した。
一方、「つつみぐさ」は「タンポポ」の異名ということが分かりましたが、出典ではバッサリと「・・・右五包結び合、雑草と成す。」と書いてあり、タンポポは「その他」に扱いにされています。こうしてできあがった六種の草は、出典本文の最後に「香は早春、仲春、季春と二組づつ始めよりわけておくべし。」とも注記があり、それぞれ組み合わせた6組の結びを2組ずつ「早春」「仲春」「季春」の季節に分け、季節が混ざらないように手元に置くことが指示されています。
さて、本香の焚き方について、出典には「まず、なつな、水菜の二組を別に置きて打交、一組焚くなり。是を早春の摘草と云う。・・・つはな、三つ葉の二組を打交、何れにても一組たく。是を仲春の摘草と云う。・・・五包づつ結合たる二組を打交、何れにても一組たく。これを季春の摘草といふ。」とあり、季節ごとの摘み草として2組のうちから「1組だけ」を本香として焚き出すことが記載されています。因みに「季春」とは、春の終わりのことで「晩春」と同じ意味となります。このように香元の手で「最初の摘み草」が行われ、3種の草は淘汰されるため、22包の香のうち、本香として焚き出されるのは「早春(3包)」、「仲春(3包)」、「季春(5包)」の計11包のみとなります。香元の草籠に摘み取られず、焚かれなかった3組(11包)はこの時点「捨て香」となります。これがこの組香の最大の特徴なのですが、相当に「もったいない」ことだと思います。しかし、後座で「拾遺香」をするにも残された答えがバレバレでは面白くありません。先達も「どうしたものか・・・?」と考えている間に、催すことすら忘れられてしまったというのが、この組香の悲しい経歴ではないかと思います。
ここで、本香を聞く際の判別方法として、出典には「早春の摘草と云う。無試の香は『な』の字と心得札紙に認る事、小草香に同じ」「仲春の摘草と云う。無試は『は』の字になして・・・」「季春の摘草といふ。無試の香は『し』の字になして・・・」とあり、それぞれの季節に用いられている客香が異なるため、出た順番や有無を用いて聞き分けるべきことが記載されています。
以上について要約するとこのような表になります。
要素の組み合わせ | 草の名 | 季節 |
「な」「つ」「な」 | なづな(薺) | 早春 |
「み」「つ」「な」 | みづな(水菜) | |
「つ」「は」「な」 | つばな(茅花) | 仲春 |
「み」「つ」「は」 | みつば(三葉) | |
「つ」「く」「つ」「く」「し」 | つくし(土筆) | 季春 |
「つ」「つ」「み」「く」「さ」 | 雑草 |
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下線太字の要素が客香
続いて、この組香では、香元が本香を焚き出す際に改めて打ち交ぜはせずに、結び置きのまま焚き出しますので、あらかじめ設定された「草の名」が崩れることはありません。そこで、連衆は、本香が焚き出されましたら、それぞれの要素を試香と聞き合わせ、客香の出を探りながら「草の名」を導き出して、名乗紙に「早春」「仲春」「季春」の摘み草を3つ書き記して回答します。
本香が焚き終わり、各自の回答が戻って来ましたら、執筆は名乗紙を開き、各自の答えを全て書き写します。写し終えましたら香元に正解を請い、香元は正解を宣言します。香の出は、香元が摘み採った3種の草の名となりますので、執筆は「早春」「仲春」「季春」の季節ごとに、正解の草と同名をに答えたものに合点を掛けます。このとき「点」は、何種かの要素を含んで1つだけ付けられるもののため「長点」がよろしかろうと思います。こうして、香元によって提供された「季節の摘み草」を聞き当て、「自分の摘み草として収穫する」という、2段構えの摘み草を楽しむところが、この組香の趣旨であろうと思います。
最後に、この組香の点法は、要素の数に関わらず、草の名ごとに1点と換算しますので、最高点は3点となります。また、この組香の下附については、出典に「下へは一草、二草、三草皆等と書く。無の聞きは雪埋と書く。」とあり、草の名が1つ当れば「一草」、2つ当れば「二草」、全問正解は「三草」に「皆」まで付けて「三草皆」とするよう記載されています。また、惜しくも全問不正解の場合は「埋雪」と書き記し「雪が深くて草が無かったのねぇ。」と雅な芸道らしく、慰めの言葉が書き記されることとなります。なお、勝負は、最高得点者のうち上席の方の勝ちとします。
蛇足になりますが、「摘草香」の本文末尾に、この本を編纂した大同樓維休のコメントが注記されています。要約しますと「此の香は、小草香の3組分を1組にしてクドイ感じがするけれども、試香で『つみくさ』と出すのは風情があって、面白い組香である。ただ、私が思うに、答えは草の名を3行に書き、1つ聞き当れば「一草」と書き、「二草」、「三草皆」と下附を書くのは納得がゆかない。ここは、小草香のように、仮名1字当るごとに「一草」とすれば、全問正解で「十一草皆」となり分かりやすい。3つの答えのうち、3文字の草の名を間違えても、5文字の草の名を間違えても同じ「二草」はおかしい。」と異論を唱えています。
私としては、「小草香」は、「文字」の当否を採点する組香なので、元来下附は無く、有っても点数表記となっていますから、「摘草香」のように「草の名」の当否を採点する組香とは、下附の景色が異なって当たり前だと思っています。また「摘草香」は、要素が打ち交ぜられることなく焚き出されるため、文字ごとの当否をつけても「早春(なづな、みづな)」の「つ」と「季旬(つくづくし、つつみぐさ)」の「つ」だけが草の名を間違えても当る要素となるに過ぎず、大きな変動要因にはなりません。このことから、「摘草香」は草の名を分解して「文字を当てる」という意識はよりは、むしろ「草の名としてどれが当てはまるか」ということに傾注すべき組香と考えることがふさわしく、1つの草の名が当ったら「一草摘〜んだ。」と草籠に入れるいう心持でよろしいかと思います。
いずれ、維休さんの御遺志もありますので、残った11包を使って「摘草拾遺香」をする時には、各組の香包をそれぞれ打ち交ぜて、「香の出」と「要素名」で当否を判定する方式で行うのも楽しいのではないでしょうか?そうすれば、草の名からは離れますが、「ななつ」「はなつ」「くさみつつ」などという香の出も現れて面白いかもしれません。
「摘草香」は、なにしろ「捨て香」が多いため、なかなか実践に移すのは難しいかもしれませんが、上手い「拾遺香」を思いつきましたら、2席セットにして香筵の「春の草摘み」を楽しんでみてはいかがでしょうか?
野の花が咲き始めますと道端の香りの風景も彩りを増して来ます。
樹木の花が勢いを強めるまでは姿勢を低くして散歩しましょう。
小さな香気の塊が見つかりますよ。
組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。
最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。
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